エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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15話 その2《新たな絆》

 その日の夕方、ネルフ本部実験室ではシイ達のシンクロテストが行われていた。何も特別でない定期テストなのだが、管制室で様子を見守るリツコの表情は暗い。

「……何かあったのかしら」

「シイちゃん? そりゃあの事故の後だし、影響あるんじゃない?」

 精神汚染こそ免れたが、エヴァからの侵食という体験がシイに与えた影響は大きい筈だ。しかしリツコは首を横に振ってミサトの言葉を否定する。

「だけじゃないわ。レイもよ」

「レイも?」

「はい。シイちゃんもレイも共に、シンクロ率がかなり下がってます」

 困ったようなマヤの報告に、ミサトは身を乗り出してディスプレイをのぞき込む。アスカ以外の二人は大きく数値を落としており、一目で不調であることが分かる結果だった。

「変ね。シイちゃんは結構波がある方だけど、レイは安定してたのに」

「はい。先日の互換試験以来、この調子です」

「試験の影響は無いはずよ。恐らく、それ以外の問題があるのね」

 リツコの言葉にミサトは一つだけ思い当たる節があった。

「……シイちゃんはあれかも。ほら、明日」

「ああ、碇司令とお墓参りだったわね」

 明日は母親の命日と言う事で、シイはゲンドウと二人きりで墓参りに行く予定になっている。それがシイの精神状態に影響を及ぼしている可能性はあるだろう。

「二人きりになるのは初めてだろうし、結構動揺してると思うわ」

「でもレイは」

 シイはともかくレイには、そう言った不安要素が何も無かった。そもそも今回の様に、シンクロ率が極端に落ち込む状況が無かった為、リツコも困惑してしまう。

「続くようなら、何らかの対策を立てるわ」

「それしか無いか。ま、アスカが好調なのは救いかもね」

「ですね」

 これでアスカも不調ならば、使徒襲来時に目も当てられないだろう。ただ一人普段通りのシンクロを見せているアスカに、ミサト達は頼もしさを感じていた。

 

「明日と言えば、何を着ていくの?」

「ん、ああ結婚式ね。そ~ね~、アレはこの間着たし……」

 実験中には珍しいリツコの無駄口に、ミサトはあごに手を当てて悩む。明日は友人の結婚式に出席する予定なのだが、着ていく服がまだ決まっていなかった。

「オレンジのがあるじゃない。最近着てないけど」

「あれはちょっち、ね」

「……太ったの?」

「うっさいわね。私のせいじゃ無いわ、シイちゃんの料理が美味しすぎるのが悪いのよ」

 図星を突かれたミサトは、シイへと責任転嫁をする。

「あら、でもシイさんはちゃんと、カロリーコントロールしてるって言ってたわよ」

「はい。前に献立を教えて貰いましたが、ちゃんと計算してました」

「…………」

「ミサト、寝る前のビールとおつまみは控えた方が良いわよ」

「ぐぅ」

 完璧に反論を封じられたミサトは、文字通りぐうの音しか出なかった。

 

「はぁ、帰りに新調するか。また出費が嵩むわね~」

「貴方の場合使いすぎなのよ。車のローンも大分残ってるんでしょ?」

「三佐に昇進しても、ですか?」

 不思議そうにマヤはミサトに尋ねる。二尉である自分ですら同世代と比べて、大分多い給料を貰っているのだ。三佐のミサトならば服の一着や二着、どうと言う事は無いはずなのだが。

「……減給でプラマイゼロよ。あの髭親父とエロ爺め……」

「今のは聞かなかった事にしておくわ」

 せめてもの情けだった。

「服も新調して、ご祝儀も用意して……馬鹿にならない出費だわ」

「こう立て続けだとね」

「みんな三十路前だから焦ってんのよ。ケッ!」

「お互い、最後の一人にはなりたくないものね」

 葛城ミサト29才、赤木リツコ30才。妙齢二人の会話にマヤは口を挟めずに、ただ黙々と作業を続けていたのだが、火種は彼女にも飛び火する。

「マヤ、貴方も他人事じゃなくてよ」

「えっ!?」

「そうそう。まだまだ大丈夫なんて思ってると、三十路なんてあっという間なんだから」

「き、気を付けます」

 二人に絡まれたマヤは、冷や汗を流しながらそう答えるのが精一杯だった。

「誰かいい人は居ないの?」

「わ、私はその……まだそう言う事は考えられないので」

「良いわね~若いって」

「あら、ミサトは加持君が居るじゃない」

「だ、誰があんな奴と」

 まるで女子の会話のように、恋愛話に花を咲かせる三人。皮肉にもシイが不調でプラグ深度が安定している事が、常に気を張っているいつものテストとは違い、彼女たちに余裕を持たせていた。

 

 

 プラグ内のシイはいつもと同じように、瞳を閉じてテストに挑んでいるが、内心は全く集中出来ていなかった。彼女の心は別の所に向いており、エヴァを意識する事すらしない。

(この後だよね……アスカの言うとおりにすれば、綾波さんとお話出来る)

 昼間アスカから提案された作戦は、このテストの後に実行する予定になっていた。それがシイに緊張と動揺を与え続けている。

(でも、もしお話しして……嫌いだって言われたら)

 真実に立ち向かう決意をした筈だった。だがレイに嫌われるかもと言う恐怖は、人に拒絶されることを極度に恐れているシイの心を容易くかき乱す。

 テスト不調の原因はゲンドウではなく、隣でテストを受けているレイだった。

 

 

 テスト終了後、レイは素早く着替えを終えると、そそくさと一人更衣室から出ていってしまう。アスカは自分の目で見て、シイの話が間違いでは無いことを確信した。

「なるほどね。こりゃ本当にあんたを避けてるわ」

「うん……」

 分かりやすく落ち込むシイに、アスカはため息をつきながら活を入れる。

「ほら、そんな顔してんじゃ無いわよ。その為にわざわざ根回ししといたんだから」

「そうだよね。ちゃんと確かめなきゃ」

「そう言うこと。じゃ、上手くやりなさいよ」

 アスカはシイの背中をポンと叩く。暖かい激励を背中に受けたシイは小さく頷くと、レイの後を追って更衣室を飛び出した。

 

 アスカの策、それはエレベーターを利用する事だった。レイがエレベーターに乗り込んだのを確認すると、シイは全速力で通路を走って中へ駆け込もうとする。

「……碇さん!?」

 シイの接近に気づいたレイは、慌てて閉じるボタンを押そうとするが、一瞬躊躇ってしまう。

(今ドアが閉まれば、碇さんが怪我をする……)

 その思いがレイの動きを止めてしまい、結果シイとレイはエレベーターに二人きりになった。

「はぁ、はぁ……」

 エレベーターに飛び込んだシイは、荒い呼吸を繰り返しながらもどうにか立ち上がる。そんな彼女に背を向けたレイはドアギリギリに立つ。直ぐ近くの階で降りて、シイから逃げるつもりなのだ。

 だが指定した階に到達しても、エレベーターは止まらなかった。 

「……何故?」

「ごめんね、綾波さん。私がお願いしたの」

 申し訳なさそうにシイはレイに告げた。

 ネルフ本部にはシイのファンは多く、そこには本部施設担当の時田も含まれていた。アスカはシイの為だと交渉し、エレベーターの一時的な私的利用を許可させたのだ。

「……どうして?」

「綾波さんと、お話したかったから」

 シイの言葉を聞いて、僅かにレイの肩が震える。

「綾波さん……私の事嫌いなのかな?」

「……どうしてそう言う事聞くの?」

「綾波さんが私を避けてるから。嫌いになっちゃったのかなって思ったの」

「……それは碇さんの方」

 静かにレイは言葉を紡ぐ。それはシイにとって全く予想外の答えだった。

 

「私が綾波さんを嫌う? そんな事あるわけないよ」

「……何故?」

「何故って、だって綾波さんは大切な友達だもん」

「……私がヒトじゃ無いのに?」

「そんなの関係ない! 綾波さんは綾波さんだから」

 ハッキリと言い放つシイに、振り返ったレイは驚いた表情を向けた。信じられないと大きく見開いた目でシイを見つめる。

「……私はヒトじゃない。貴方達とは違う」

「ヒトだから友達になったんじゃ無い。綾波さんだから友達になったの」

 自虐的とも取れるレイの言葉を、シイは少し怒ったように否定する。心の奥底から沸き上がる感情を、徐々に処理出来なくなってきていた。

「それに綾波さんは心がある。感情がある。暖かい……それってヒトと同じじゃない。産まれ方なんて関係ないよ」

「……何故、泣いているの?」

 言葉では伝えきれない想いが、涙となってシイの頬を伝う。

「分からないよ……でも、悔しいからだと思う」

「……悔しい?」

「綾波さんが辛い思いをしているのを、知らなかった事が悔しいの。綾波さんに、私が綾波さんの事を知ったら嫌いになるって、そう思われた事が悔しいの」

 溢れる涙を拭いもせずに、シイは真っ直ぐにレイを見つめ続ける。そこに嘘偽りは無く、ただ純粋にレイのことを想う気持ちだけが込められていた。

「私は……綾波さんとずっと友達で居たいの。それは何があっても変わらないから。だから」

「……私は、碇さんの側に居ても良いの?」

「居て欲しい。居ないと悲しい……そんなの嫌だよ」

「……ありがとう」

 レイから告げられる感謝の言葉。僅かに微笑むレイの顔を見て、シイはレイの胸に顔を埋めて泣いた。

 

 

 すれ違いを乗り越えた二人を乗せたエレベーターは、タイミング良く地上フロアへ到着する。ドアが開いた先に居たのは、アスカと時田だった。

「……アスカ。それに時田博士?」

「どうして先に居るの?」

「あんた馬鹿ぁ? あんた達のエレベーターの速度を、特別遅くしてたからに決まってんじゃない」

「ははは、まあこの私にかかれば、この程度の小細工は朝飯前ですよ」

 腰に手を当てた同じポーズを取る二人。珍しい組み合わせだが、意外と相性は悪くない様だ。

「ま、誤解も解けたみたいだし、良かったじゃない」

「うん、ありがとう……って、どうして知ってるの?」

「そんなの、あんた達の会話を聞いてたからに決まってるでしょ」

「ああ、そうな…………えぇぇぇ!!」

 あっさり言い放つアスカに、シイは叫びながら数歩後ずさる。レイも表情を変えないまでも、その頬には一筋の汗が流れていた。

「しょうがないでしょ。もし決着が着かない内に到着したら困るだろうし」

「万が一の時には、話が終わるまで何度でも往復して貰うつもりでしたから」

「じゃあ、二人は綾波さんの事……」

 シイの顔がにわかに青ざめるが、アスカはそんな彼女の頭を軽く叩いて鼻で笑った。

「甘く見ないでよね。レイの事を知ったって、あたしがどうかするとでも思ってんの?」

「えっ?」

「元々人間離れしてたし、別に驚きはしないわよ。あんたの言った通りレイはレイだしね」

「アスカ……」

 口調こそあれだが、アスカもレイを認めてくれた事を理解し、シイは嬉しそうに表情を崩す。

「ま、黙ってたのはムカツクけど、特別に許してあげる。どうせ口止めでもされてたんでしょ?」

「……ええ」

 レイの正体が重要機密であることは、アスカにも容易に察しがついた。だからこそ、その事で追求する野暮はしなかった。

 

「無論、私も同じですよ」

「時田さん?」

「シイさんの言葉、胸に響きました。久しぶりに年甲斐も無く涙腺が緩みましたよ」

「はぁ……」

「この事を口外するつもりはありません。時田シロウ、胸に秘めて墓場まで持っていきますとも」

 ドンと胸を叩き、時田は何とも爽やかな笑顔で三人に宣言した。

「ま、それが正解だと思うわ。どうもやばい秘密みたいだし、下手に口外すると消されるかもね」

「そんな大げさな……」

「……いえ。碇司令なら有り得るわ」

「どういう事?」

 予想外のレイの言葉に、シイは不安そうに尋ねる。

「……碇司令にとって、私は何かの役割を果たす存在らしいの。それはとても大切な事だと思うから」

「ふ~ん、あんたはそれを知らないの?」

「……ええ」

「なら尚更、黙ってた方が良さそうね。特にあんたは、マジでやばいかもよ?」

 パイロットであるアスカ達は、貴重な人材としてある程度保護されている。だが時田は違う。優秀な科学者であるが、あくまで一職員に過ぎないのだ。

「そのようですね。元より口外するつもりはありませんが、肝に銘じておきましょう」

 今回のエレベータ私的占有自体、バレればただではすまないだろう。それでも自分達の為に協力してくれた時田に、シイは感謝の気持ちで一杯だった。

「ありがとうございます、時田さん」

「いえいえこの位。今後もし私の力が必要なら、何時でも声を掛けてください」

「で、でも時田さんが……」

「一度は全てを失った身。今更怖いものなどありませんよ。それに私は、シイさんの味方ですから」

 時田はこれ以上に無い程良い笑顔で、親指を立てて見せるのだった。

 




レイの正体の一端、ヒトではない事がシイとアスカ、そして何故か時田の知るところとなりました。
それを知って尚、三人の絆は変わりません。これまで築き上げた関係があるからこそ、レイを受け入れられたのかなと思います。

ただ時田博士の立場が地味にやばいです。優秀な科学者で、しかも原作ではこの時点で退場済みと言う事もあって、非常に使いやすいキャラなんですよね。
そのせいでやばいところまで首を突っ込んでしまいました。
原作加持さんを回避出来るかどうか……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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