時間軸は、イロウル戦の後、14話開始前となっています。
~進路調査~
第十一使徒侵入の事後処理も終わり、発令所は久しぶりにゆったりとした空気に包まれていた。警戒待機レベルも低い為、オペレーター達はそれぞれリラックスした様子で待機している。
「ふんふふ~ん、じゃん!」
「お、随分ご機嫌だな」
鼻歌交じりにエアギターを披露する青葉に、日向は読んでいた漫画をしまいながら声を掛ける。一応警戒待機中ではあるのだが、業務に支障の出ない行動はある程度許されているので、咎める必要は無い。
「ええ。ここんとこ忙しくてご無沙汰だったんすけど、今夜ちょっとライブがありましてね」
「ああ、確か職員でバンド組んでるって言ってたっけ」
「良かったら日向さんも来てくださいよ。久しぶりに今夜は燃えますよ」
青葉は長い髪をふりながら、一際激しくエアギターを奏でる。出勤時にギターを持参する程のギタリストである青葉にとって、忙しく満足に演奏出来なかった日々は辛かったのだろう。
生き生きとした青葉の表情に、日向は少し考えてから頷く。
「ライブか……たまには良いかもな。伊吹はどうだ?」
「え?」
急に日向から話をふられたマヤは、驚いた様に読んでいた小説から顔を上げて二人を見る。
「えっと、何がでしょう」
「ライブだよ、ライブ。青葉が今夜ライブをやるから、見に行かないかって話」
「その……私はちょっと」
マヤは申し訳なさそうに誘いを断る。とは言えその答えを予想していたのか、青葉も日向もさほど気にする様子を見せず、軽くマヤに頷く。
「まあ、無理強いはしないさ。じゃあ日向さん、これチケットですんで」
「代金は今度で良いか?」
「今回はサービスっすよ。久々の演奏なんで、一人でも多く見て欲しいってのが本音ですから」
「そりゃ楽しみだ。って、二枚あるぞ、これ」
日向は受け取ったチケットを確認して青葉に問い返す。
「誰か誘って来て下さいよ。そうっすね……折角だし、葛城三佐なんかどうです?」
「ば、馬鹿言うなって。俺は別にそんな」
顔を赤くして否定する日向だったが、その態度が全てを物語ってしまう。彼がミサトに恋心を抱いているのは、青葉やマヤには周知の事実だった。
「いやいや、ライブで盛り上がっちまえば、意外と行けるかもしれませんよ」
「……まあ、誘うだけ誘ってみようかな」
「あら、誰を何に誘うのかしら?」
不意に会話へ割り込んできた声に、日向と青葉は慌てて振り返る。そこには発令所の入り口から歩いてきた、リツコと冬月が並んで立っていた。
「あ、赤木博士。その、ですね」
「ふふ、冗談よ。プライベートに干渉するつもりは無いから」
「ただし、節度を持って行動したまえ。仕事に支障が出るようでは困りものだぞ」
「は、はい」
リツコと冬月に言われ、日向は思わず立ち上がり敬礼をするのだった。
「マヤ、MAGIの状態はどうかしら?」
「異常ありません。既に全システムのチェックを終え、通常稼動を行っています」
「そう。後遺症は無いみたいね」
マヤの背後からディスプレイを覗き見たリツコは、満足そうに頷く。一度徹底的に検査と再調整を行った為か、寧ろ以前よりも調子は良いようだった。
リツコとマヤのやり取りを聞いてから、冬月も自分の指示した仕事の確認を行う。
「シグマユニットの方はどうだ?」
「はい、使徒汚染による影響は感知されませんでした。現在、プリブノーボックスの復旧作業中です」
「ふむ。青葉、関係各省の動きはどうだ?」
「問題なしです。日本政府、戦自、国連軍から今回の件に関しての問い合わせはありません」
「ひとまずは、幕を下ろせそうだな」
部下達の報告を聞いて、使徒の残した爪痕が薄れた事を確信した冬月は僅かに表情を緩めた。
状況の確認が終わると、話題は先日中止となったテストの事へと移る。
「さて、赤木博士。オートパイロットテストは中断してしまったが、どうするね?」
「必要最低限のデータは取れました。次のフェーズに移行するべきかと」
「互換試験か」
リツコの返答に、冬月はアゴに手を当てて考える仕草をする。オートパイロットテストは、互換試験の為のデータ収集が目的。それが最低限でもクリアされたのなら、次の段階へ進むのもありだろう。
「はい。既に零号機と初号機の機体相互互換試験に向けて準備を進めてます」
「君が言うのなら問題ないのだろう。任せるよ」
「互換試験ってレイが初号機に乗って、シイちゃんが零号機に乗るって言うアレっすか?」
二人の会話に青葉が口を挟む。
「そうよ」
「でもレイはともかく、シイちゃんは零号機を起動出来るんですかね?」
「パーソナルパターンが酷似しているから、理論上は可能な筈よ」
「それって、レイとシイちゃんが似てるって事ですか?」
日向の言葉に、一同はふと考え込む。脳内にシイとレイ、二人の少女を思い浮かべて、両者の姿を改めて見比べてみる。
「顔立ちは……確かに似てますね。シイちゃんが少し幼い感じですけど、姉妹みたいに」
「体付きは……俺の口からは言えない」
「髪も瞳も色が違うし、総合的に見て、あんまり似てないかな」
「性格も正反対だな。他者を求め受け入れるシイ君に対し、レイは他者に興味が無いからな」
一同はそれぞれが思ったことを次々に口にする。外見的には似てないとは言わないが、酷似と言えるほどの共通点は無いと言うのが結論だった。
そんな面々にリツコは苦笑しながら突っ込みを入れる。
「あのね、誤解しないで。パーソナルパターンが酷似してるのは、あの子達じゃなくてエヴァの方よ」
「そ、そうだぞ君達。早とちりしてはいかんよ」
「……副司令。貴方が言わないで下さい」
リツコは頭痛を堪えるように、頭に手を当ててため息をついた。
「あれ、みんな揃って……副司令まで居るなんて、何か事件でもあったの?」
発令所にやってきたミサトは、勢揃いしている面々を見て不思議そうに首を傾げた。
「いえ、次の実験の話をしていただけよ」
「次って、あの乗換だっけ。相変わらず変なことばっか考えるわよね」
「今後に備える為にも、必要な実験よ」
軽口を戒めるようなリツコの言葉に、ミサトははいはい、と肩をすくめた。
「それで葛城三佐。今日は非番だった筈だが、君こそ何かあったのかね?」
「あ、いえ、大した事では無いのですが、シフトの変更をしに」
「あら珍しい。デートかしら?」
リツコの皮肉にビクッと日向の肩が震えるが、ミサトはそれに気づかない。
「違うわよ。今朝学校から連絡があってね、来週シイちゃん達の進路面談があるの」
「……へぇ」
「……ほう」
何気ないミサトの発言を聞いた瞬間、すっとリツコと冬月の目が鋭さを増した。まるで獲物を見つけた肉食獣の様に、危険な光が瞳に宿っている。
「だから、その時間抜けられる様にちょっち、ね」
この時点ではまだシイ達も、進路相談の面談があることを知らない。実はミサトが以前学校側に話を通して、スケジュールの調整が必要な行事は、事前に連絡を貰うようにしていたのだった。
出来る限りシイ達の保護者として頑張りたい、と言う気持ちの現れだろう。
「それで、シフトは調整出来たの?」
「ま~ね。余程の事が無い限り、それこそ使徒が来なきゃ問題ないわ」
「……成る程。つまり、余程の事が起きれば」
「葛城三佐は面談に出れない、のだな」
リツコと冬月から発せられる底知れぬ気迫に、ミサトは思わずたじろいだ。何故だか恐ろしいことを同僚と上司が口にしているが、気にしたら負けだと言葉を返す。
「ま、まあそうですけど……もしもの話ですから」
「甘いわよミサト。未来の事なんて、誰にも分からないのだから」
「赤木博士の言うとおりだ。急な出張が入るかも知れんしな」
「え゛……」
もうミサトの顔からは愛想笑いすら消えていた。副司令の冬月なら自分に、出張を命じる事も出来るだろう。そして今冬月は、冗談抜きで本気の顔をしていたのだから。
「安心してミサト。もし貴方が行けなくなっても、私が代わりに行くから」
「待ちたまえ。君はレイの保護者も兼ねているから多忙だろう。ここは私に任せて貰おう」
顔を引きつらせるミサトを余所に、リツコと冬月は軽く火花を散らす。もうこの二人の中では、ミサトに余程の事が起こるのは確定事項の様だ。
「だからこそです。レイも同じ日にして貰えば、何も面倒な事はありません」
「進路面談は大切だ。三人も面倒見るのは厳しいと思うがね」
「いえいえ、副司令と違って私は若いですから」
「ならば余計に、保護者役には不安があるな。ここは人生経験豊富な私こそが適任だよ」
「副司令はお忙しいでしょうに」
「大切な実験を控えた君ほどでは無いよ」
穏やかな口調で話す二人だが、その間に激しい火花が散っているのをミサト達は確かに見た。
いつもならオペレーター達も参戦する所だが、流石に進路面談では分が悪すぎる。三人の保護者役を務めるには、日向達は若すぎたのだ。
(今名乗りをあげても、赤木博士と副司令に潰されるのがオチだな)
(そうっすね。どうにか兄妹って形で挑みたい所ですが……)
(姉妹……お姉さん、お姉ちゃん……ふふ、良いかも)
マヤは置いておくとして、日向と青葉は虎視眈々と隙を狙うのだが状況は厳しかった。彼らが内心葛藤している間にも、リツコと冬月のバトルは続いていた。
「だ、大体副司令はいい年して子供も、結婚すらしていないのに、保護者役が出来るとでも?」
「それは君も同じだろう。そろそろ真剣に考えた方が良いのでは無いのか?」
「余計なお世話です」
「条件は同じだろう。折角だ、ここはシイ君に決めて貰おう」
冬月の提案にリツコは顔を歪ませる。シイが冬月を尊敬し、好意を持っているのを知っている為、選ばせると言う方法では、明らかに自分が不利だと悟った。
「ふっ、どうやら決まりの様だね」
リツコの様子を見て、冬月はまるで悪役のように勝利の笑みを浮かべた。
「さて、葛城三佐。その面談はいつかね?」
「……はぁ。来週の月曜日ですが」
「むっ!?」
「あっ!?」
すっかり諦めモードに入ったミサトが投げやりに答えると、何故か冬月とリツコは同時に顔をしかめる。実は丁度その日、二人揃って絶対に外せない仕事が入っていたのだ。
黙り込む二人。場に気まずい空気が漂う中、リツコと冬月は恨めしそうな視線をミサトへ向ける。
「……今回は貴方に任せるわ」
「……余程の事は起こらないだろう。くれぐれも、粗相の無いようにな」
捨てぜりふを残して二人は発令所を後にした。
その後ろ姿を見送るミサトは改めて、碇シイの保護者であることの大変さを思い知ったのだった。
原作ではゲンドウの一言で拒否された面談。あの男ももう少し言い方って物があると思いますが……。やっぱり不器用なんでしょうね。
小話ですので、本日中に本編も投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。