エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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14話 その3 《シイと零号機》

 

『シイさん、これから神経接続を開始するけど、何か問題はあるかしら』

「……いえ、大丈夫です」

 プラグ内に響くリツコの声に、シイは瞳を閉じたまま答える。初号機とは違った感覚に戸惑いこそしたが、今のところ不具合は無かった。

『分かったわ。それでは、第二フェーズへ移行』

『了解。第二次コンタクト、開始します』

『A10神経接続開始』

 実験が進むにつれて、シイと零号機がより深く繋がっていく。すると朧気だった零号機の存在が、徐々にハッキリと感じられるようになってきた。

(……貴方が、零号機?)

 初号機と同じようにシイは心の中で語りかけた時、不意にシイの脳裏に映像が流れ込んできた。

(えっ! 何……これ)

 包帯姿のレイ。制服姿のレイ。プラグスーツ姿のレイ。様々なレイの姿が現れては消える。

(綾波さん……なの)

 脳内に直接送り込まれる情報は、シイの頭に激しい痛みを与える。それでも映像は次々と送られ続けていた。

(これはアスカ……二人で訓練してた時かな)

(学校だ……みんな笑ってる……)

(私と綾波さん……これはお見舞いの時?)

(初号機のケージ……私と綾波さんが初めて会った……)

 まるでアルバムを捲るように、映像は徐々に過去へと向かっていく。そして映像は遂にシイの知らない、自分と出会う前のレイへと到達した。

(零号機のテスト……だよね。お父さん……前は眼鏡だったんだ……)

 真っ暗なプラグのハッチが開かれ、息を切らしたゲンドウが笑顔を向けている。以前リツコに聞いた、零号機の起動実験で起きた事故の光景なのだろう。

(……何これ。どうして綾波さん……裸で)

 薄暗い部屋に全裸で体育座りをしているレイ。まるで感情が無い人形の様に、こちらに無機質な瞳を向けていた。視線の先に誰が居るのか、何があるのかはシイには分からない。

 ひたすらレイのイメージが送りこまれる中、ある映像がシイの心を酷く乱した。

(…………何……コレ)

 真っ暗な部屋。無数のケーブルとコードが繋げられている水槽。そして、LCLの様な液体で満たされた水槽の中に浮かぶ……大勢の綾波レイ。

(綾波さん? ……綾波さん……なの?)

 激しい頭痛と乱れた精神状態。限界を迎えていたシイはまともな思考も出来ずに、ただ頭に流れてくる映像を見るしかなかった。

 そして脳内に送り込まれた最後の映像。真っ暗な闇の中、全裸のレイが近づいて来る。ただしその姿は、まるで胎児のように異形をしていた。

(誰……綾波さん……じゃない?)

 シイの思いが伝わったのか、異形のレイはゆっくりと顔を上げてシイを見つめる。大きく見開かれた瞳、唇をつり上げる気味の悪い笑み。

「い……いやぁぁぁぁ!!!」

 それを見た瞬間、シイの精神は限界を超えた。

 

 

 突如鳴り響くアラートとシイの絶叫に、管制室は騒然とした空気に包まれた。

「どうしたの!?」

「パイロットの神経パルスに異常発生!」

「せ、精神汚染が始まっています!!」

 オペレーターの悲痛な叫びに、その場にいた全員の顔色が青ざめる。実験中のトラブルの中でも、考えられる最悪の事態だった。

「あり得ないわ。プラグ深度の管理はしていたのでしょ!」

「は、はい。プラグ深度は、正常位置を維持しています」

 以前の実験と同様、今回もシイのプラグ深度は浅い位置で固定されていた。エヴァから遠ざけられた状態で、パイロットへの逆流は考えられない。

「じゃあ……まさか」

「はい。エヴァからの浸食です」

「くっ、実験は中止よ。全回路を遮断、電源も落として。早く!」

「了解!」

 零号機の背中からアンビリカルケーブルが外されると同時に、零号機は内蔵電源に切り替わった。暴走状態に陥り制御不能となった零号機は拘束具を引き千切り、悶え苦しむように実験場を動き回る。

「零号機、内部電源に切り替わりました。稼動限界まで、後62秒」

「シイちゃんは!?」

「回路遮断、モニター出来ません」

 ガラス越しに見える零号機は、頭を抑えて苦しそうな素振りを見せている。それが中にいるシイの状態を表している様に思えて、管制室の面々は悲痛な表情を浮かべた。

 

「ちょっとリツコ、どうなってんのよ」

「……分からないわ」

「分からないって、そんな無責任な事……」

 リツコに近づき食って掛かるミサトだが、寸前でそれを自制する。平静を装うリツコの手が、真っ白になるまで握りしめられていたのを見てしまったからだ。

「……オートエジェクションは?」

「室内で作動すればどうなるか。私は嫌と言うほど知ってるわ」

「じゃあどうすれば止められるの?」

「電源が切れるまで、待つしかないわ」

 暴走する零号機を見つめながら、ミサトとリツコは自分達の無力さを実感して顔を歪ませた。

 

 実験場の零号機は片手で頭部を押さえながら、もう片方の手で壁を殴り続けている。まるで少しでも苦しみを和らげようとするかのように。

「ちょっと、シイ! あんた何やってんのよ!」

「アスカ……」

「あたしが見てるのよ! 恥ずかしいとこ見せてないで、とっとと制御しなさい!」

 管制室のガラスに張り付き、アスカはシイへ檄を飛ばす。言葉こそあれだが、必死に叫ぶ姿がアスカの気持ちを雄弁に語っていた。

「何とか言ったらどうなの! 返事をしなさいよ!」

「……通信回路も遮断されているわ」

 アスカの隣に立って、冷静に事実を告げるレイ。

「だからって、黙ってらんないでしょ! あんたはシイが心配じゃ無いっての!?」

「……そんな訳、無い」

 普段から何事にも動じず、ポーカーフェイスを崩さないレイだが今は違う。唇を噛みしめ、必死で何かを堪えるように、悶え苦しむ零号機を見つめていた。

「稼動停止まで、後三十秒」

 管制室の面々には、一秒が何倍にも思えるほど時の進みが遅く感じられた。

 

「稼動停止まで、後十、九、八、七、六、五……」

 マヤがカウントダウンを行う間も、零号機は実験場の壁を破壊し続けている。拳での殴打に頭突きと、あまりに原始的で暴力的な行動に、アスカは思わず息をのむ。

 この場で唯一彼女だけが、エヴァが暴走した姿を見たことが無い。本能のままに暴れるエヴァの姿は、アスカに大きな衝撃を与えていた。

「四、三、二、一、活動限界です」

 壁に頭をめり込ませた瞬間、零号機は内蔵電源を使い切って完全に動きを停止した。

「パイロットの救助を急いで!」

「了解。待機していた救護班を向かわせます」

「私も行くわ」

「ったく、あたしも行くわよ」

 ミサトは管制室を飛び出し、大急ぎでシイの元へと向かう。アスカも慌ててそれに続いた。

 

 実験場の床に降ろされたエントリープラグ。非常用ハッチから外に引き上げられたシイは、グッタリと身体を弛緩させ、完全に意識を失っている様だった。

「……碇さん」

 管制室のガラス越しにその光景を見て、レイは不安そうに呟く。その不安にはシイの身を案じる以外の感情も含まれていたのだが、それを知るのはレイだけだった。

「零号機がシイさんを拒絶……いえ、取り込もうとしたの?」

 慌ただしい管制室で、リツコは誰にも聞こえない程小さな声で呟くのだった。

 

 

 

「葛城さん、シイちゃんの意識が戻ったそうです」

「そう……会えるかしら」

 ネルフ本部の作戦室で待機していたミサトは、疲れた声色で日向に尋ねる。あれから数時間が経ち、既に中央病院の面会時間は過ぎている為だ。

「いえ……その……面会は出来ないとの事で」

「……何かあったの?」

 単に面会時間の問題にしては、日向の歯切れが悪い。言いにくい何かがあるのかと察したミサトは、眉をひそめて再度尋ねた。

「目覚めたシイちゃんは……錯乱状態だったらしく」

「なっ!? それって、精神汚染……」

「その心配は無いそうです。ただ酷く興奮していた様で、鎮静剤を使ったと報告が」

「……そう」

(何かがあったのね、あの実験で。そしてリツコはそれに気づいてて……隠してる)

 ミサトは唇に指をあてて思考を巡らせる。

(今回の実験……いえ、ネルフにはやはり何か裏がある。それはシイちゃんを危険な目に、最悪犠牲にすることすら厭わない程のもの。……気に入らないわね)

「葛城さん?」

 黙り込んでしまったミサトへ、日向は心配そうに尋ねる。

「……ねえ、日向君。ちょっち頼みたい事があるんだけど」

 ミサトは小さな声で日向へと自分の頼みを伝えた。

 

 

「やっぱり、どう考えてもおかしいのよ」

「ん、何がだ?」

 ネルフ本部の一角にある加持の仕事部屋。机に向かい業務を行う加持は振り返らずに、椅子の上にあぐらを掻くアスカに問い返す。

「あの実験よ」

「零号機の暴走事故か。原因は今、赤木が調査中だろ」

「そっちじゃ無くて、レイの方よ」

「綾波レイ? 彼女の実験は問題なく終了したと聞いてるが」

「それがおかしいの。どうしてあの子は、他のエヴァに乗れたの?」

 アスカの声色に真剣なものを感じ取った加持は、作業の手を止めると椅子を回転させてアスカと向き合う。

「赤木も言っていたが、零号機と初号機に互換性があるからだろ?」

「でもシイは駄目だった。なら、やっぱりレイが特別としか考えられないわ」

「だが彼女も以前、零号機の起動に失敗している。今回のシイ君と同じようにな」

 レイの暴走事故の時には加持もアスカもドイツに居たが、データで事故の事実を知っている。だから加持は何故アスカが、そこまでレイに固執するのかが理解できなかった。

 

 納得出来ない表情を浮かべるアスカに、加持はその理由を尋ねてみることにした。

「……アスカ、何か他に気になる事でもあるのか?」

「今日学校で、シイの母親の写真を見たの」

「シイ君の母親……碇ユイさんか」

 アスカの発言に加持は驚いたように目を見開く。碇ユイの姿を写したデータは全て抹消済みだった。特殊監査部に所属する加持ですら入手出来なかったのだから、相当大きな力が働いたのだろう。

 それを見たというアスカ。興味が沸かない方がおかしい。

「一体どうやって」

「えっ、シイが副司令から貰ったって」

(副司令と碇ユイに繋がりがあったのか……こりゃ調べる価値がありそうだな)

 貴重な情報を得た加持は小さく頷くと、アスカに話の続きを促す。

「それで、その写真がどうしたんだ?」

「……そっくりだったの。シイのお母さんと、レイが」

「まあ、シイ君も綾波レイと似ているからな」

「そうじゃなくて! そっくりなの。同じ人かと思うくらい」

 興奮したように立ち上がるアスカ。その様子から碇ユイと綾波レイが、自分の想像しているレベルの似ている、では無い事を加持は察した。

「絶対変よ……でも、こんなこと誰にも言えないし」

「アスカ。その写真を見たのは、君だけか?」

「ううん。ヒカリ……学校の友達三人と、レイも見たわ」

「そうか」

 加持は腕を組み考える仕草をすると、真剣な顔でアスカを見つめた。

「この話、他の誰にもするな。ネルフ関係者は勿論、学校の友達にも、誰にもだ」

「えっ、そのつもりだけど……加持さん、何か知ってるの?」

「残念ながら知らない。今はまだ、な」

 加持はそれっきり黙り込むと、胸ポケットから煙草を取り出して吸い始めた。煙草の臭いを嫌うアスカの前でわざわざ煙草を吸う。それはこれで話は終わりと言う、ドイツにいた頃からの合図だった。

 煙草の煙に追いやられる様にアスカは黙って出口へと向かうが、ドアの前で不意に立ち止まると、身体を反転させて加持と向き合った。

「……加持さん。シイのお母さんの写真……欲しくない?」

「ん、まあな」

「あげるわ。だから……」

 アスカの言わんとしている事を理解した加持は、鋭い目つきで言葉を先読みする。

「情報を教えろ、か」

「嫌なのよね。あたしだけのけ者にされるのって」

 加持は改めてアスカに向き直る。ドアを背にして立つアスカからは、強い意志が感じ取れた。

「……分かった」

 僅かな逡巡の後、加持はアスカの話に乗った。

 




零号機の暴走。それを切っ掛けに、疑惑を持った人達が動き始めました。

アスカは学卒で頭の回転も速い、ある意味天才少女です。そんな彼女がネルフの裏側に疑惑を持たない訳が無いかなと。
誰からもノーマークの彼女こそ、秘密を探る重要なキーマンだと思います。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※現在出張中のため、投稿時間が少しぶれます。申し訳ありません。

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