夜の第三新東京市に対峙するエヴァ初号機と使徒。突然地上に姿を現した初号機を警戒してか、使徒は様子を伺うようにその場から動こうとしない。
初の実戦。それはシイに限った話では無く、ネルフにとってもこれが初陣となる。戦場を映し出すモニターを、発令所のスタッフ達は緊張の面持ちで見つめていた。
「良いわね、シイちゃん」
『え、何がですか?』
キョトンとした表情で返すシイに、ミサトはがくっと身体を崩す。
「あのね、目の前に敵が居て、これからそいつと戦うの。良いわね?」
『は、はい。ごめんなさい』
「……本当に大丈夫かしら」
「ミサト、今のは貴方の言い方が悪いわ。キチンと主語を入れて話しなさい」
「赤木君の言うとおりだ。葛城一尉、指示は的確かつ明瞭に行いたまえ」
「す、すいません」
納得行かない表情で、取り敢えず頭を下げるミサト。内心不満たらたらであったが、喉元までこみ上げていた文句をぐっと飲み込む。
今この場所、ネルフ本部第一発令所はアウェーなのだと、彼女は遅ればせながら理解したのだ。
『ま、とにかく……エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!』
ミサトの号令で、初号機の背中を支えていた輸送台兼拘束具が解除された。固定されていた肩と腕のパーツが外され、自由になった初号機は猫背気味に自立する。
『シイちゃん。今は歩くことだけを考えて』
「分かりました。……歩く……歩く……」
レバーを握りながら、シイは歩行するイメージを浮かべる。普段歩くと言う動作は、ほとんどの人が無意識レベルで行っているだろう。それを自分の身体を動かさずに、意識するのは予想外に難しかった。
それでも必死にシイは歩く姿をイメージし続ける。するとそれに呼応するかの様に、初号機の右足がゆっくりと上がり、第一歩を踏み出した。
『『歩いた!!』』
「えっ!?」
スピーカー越しに発令所で響く歓喜の声が聞こえ、シイは思わず目を見開く。
「あの~ひょっとして、今まで動いたこと……無かったんですか?」
もっともな疑問だった。使徒と戦えと言うのに、命令した者達は歩いただけで大喜び。
正直不安になる。
『えっと……それは……ね』
思わずミサトは言葉に詰まってしまう。
実はこの初号機、起動する確率は『0.000000001%』と言う絶望的な数値で、オーナインシステムと揶揄されていた代物だった。
それがあっさり起動して更に歩行までして見せた為、思わず彼らは喜んでしまったのだ。
『違うわシイちゃん』
変わりに答えたのはリツコだった。
『初めて搭乗した貴方が無事初号機を動かせたことに、私達は思わず喜んでしまったの』
「そうだったんですか。すいません、先程から失礼な事ばかり言ってしまって」
『気にしないで良いわ。さあ、もっと歩いてみて』
「はい」
すっかり信じ込んだシイは、素直に初号機の歩行を続ける。一度歩いたことで感覚が掴めたのか、ぎこちないながらも二歩、三歩と順調に歩を進めていく。
だが、
『ねえシイちゃん。言いにくいんだけど……手と足が同じ方出てるわよ』
「え、あ、本当だ! 恥ずかしい……」
緊張のためか、手足が同方向出ていたことをミサトに指摘され、焦ったシイはイメージを乱してしまう。すると初号機は軸足に反対の足を引っかけてしまい、前のめりに盛大にずっこけた。
一斉に非難の視線がミサトに集中砲火を浴びせる。
「ミサト! 貴方がパイロットの精神を乱してどうするの!」
「だって……つい気になって」
「……葛城一尉。減俸10%追加だ」
「了解!」
冬月の非情な通告に、ミサトは再び肩を落とす。だがそんな彼女の都合など関係無しに、戦いは続く。
「使徒、初号機に接近!」
青葉の焦った報告に、発令所の緊張感が増す。モニターの向こうでは、俯せに倒れたままの初号機へ向かって、沈黙を守っていた使徒がゆっくりと近づいて来ていた。
「痛たた……」
転倒した衝撃はプラグ内のシイにも届いていた。プラグ内のインテリアに身体を固定されているので、直接的なダメージは無いが、初号機とシンクロしている為、脳が痛みを認識してしまう。
『シイちゃん、立ち上がって。シイちゃん!』
ふらつく頭をさすっていると、スピーカーからミサトの大声が響き渡った。
「は、はい…………」
立ち上がろうと前を向いたシイは、思わず固まる。プラグのモニターには、使徒の姿がもう目前まで迫っていたのだ。
「う、あ、あ……」
恐怖で体が竦む。立ち上がらなくては、と言う脳の指示すらまともに伝わらない。
そんな無防備な初号機を、使徒が見逃してくれる筈も無かった。
「きゃっ!」
使徒は左腕で初号機の頭を掴むとそのまま身体を持ち上げ、残った右腕で初号機の左腕を握りしめる。
「痛い、痛い、痛い、痛いよ~」
涙声で絶叫するシイ。万力で腕を潰されるような激痛が彼女を襲っていた。
『落ち着いてシイちゃん。掴まれてるのは、貴方の手じゃないのよ!』
「じゃあどうして痛いんですかっ!!」
半ば八つ当たり気味にシイは絶叫する。
「それは…………どうして?」
隣に立つリツコへ助けを求めるミサトに、ガクッと発令所スタッフ全員がずっこけた。
「あのね、前に説明したでしょ。エヴァはパイロットとシンクロして動いているの。だからエヴァのダメージも少なからず、パイロットにフィードバックしてしまうのよ」
「そう言う事よシイちゃん!」
再びずっこけるスタッフ達。他力本願ここに極まれり、だった。
そんなやり取りも、シイの耳には入ってこない。
今の彼女は、味わったことのない激痛に耐えることで精一杯だった。
「痛い……痛いよ……」
反撃はおろか、使徒から逃げることも出来ない初号機。調子に乗った使徒は、更に腕を握る力を強める。
初号機の左腕が嫌な音を立て始め、そして、
「っっっっっっっ!!!」
鈍い音を響かせてへし折られた。
「う、うう…………」
涙を零し、自分の左腕を必死に撫でる。当然折れてもいないし、何かに掴まれている訳でもない。
だが痛みは容赦なくシイを苛み続けていた。
「初号機左腕損傷」
「回路断線」
「パイロットの精神グラフに乱れが出ています」
発令所に警報アラートが鳴り響く。
「シイちゃん、シイちゃん返事をして!」
必死に叫ぶミサトだが、返ってくるのはシイの泣き声だけ。
「不味いわね。フィールドは?」
「無展開です」
「防御システムは?」
「駄目です、作動しません」
絶望的な報告に、リツコは焦りの色を浮かべる。
『助けて……もうやだよ。助けて……』
弱々しいシイの声に、発令所スタッフは唇を噛みしめる。今の状況で、自分達がシイにしてあげられる事は何も無いのだ。
すっかり戦意を喪失してしまったシイに、初号機を操縦して抵抗する気力は残されていなかった。そしてそんな無防備な獲物を見逃すほど、使徒は甘くも優しくも無い。
頭部を掴んだ手の平から、光の杭を初号機の右目へと打ち込んでいく。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
二度、三度と打ち込まれる杭に、シイは右目を押さえて絶叫する。眼球という脆い部位を強打される激痛は、年齢や性別に関係無く耐えられるものでは無かった。
完全に無抵抗状態の初号機だったが、使徒は攻撃の手を緩めない。光の杭は徐々に初号機の装甲を抉っていき、トドメと放たれた最後の一撃で遂に頭部を貫通した。
勢いよく伸びる光の杭に押されるように、初号機の身体は後ろに吹き飛び、ビルへと激突した。
すっと杭が抜かれた頭部から、血のような液体が大量に噴き出す。
「初号機頭部破損、損害不明」
「神経回路が遮断されていきます」
「し、シイちゃんは!?」
「プラグ内モニター不能。生死……不明です」
「シイちゃん!!」
ミサトの絶叫が、発令所に響き渡った。
二話目に突入しましたが、ここまではほとんど原作の流れをなぞっているだけ、性転換以外の目新しい要素はありません。
大きな変化を見せるのは後半ですが、性転換による影響は少しずつ物語を違う方向へと誘います。
作者の未熟故、読むのに労力を要する小説と思いますが、
お付き合い頂ければ幸いです。