エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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13話 その4《使徒対母娘》

 ネルフのセキュリティーは厳重だ。それは物理的な物だけでなく、形を持たないネットワークに関しても同じ事が言える。常時展開されている強固な防壁のお陰で、通常はコンピューターに侵入する事すらさせなかった。

 だが今回のハッキングは違う。防壁を軽々と突破され、サブコンピューターに接触を許してしまう。

「侵入者は?」

「不明です。現在逆探を実施」

「疑似エントリーを展開」

「回避されました」

「防壁を展開」

「駄目です、突破されました」

 一流のスタッフが揃っているネルフ。彼らが総力を挙げて侵入を防ごうとしているにも関わらず、それを防ぐ事が出来無い。旗色が悪いのは門外漢のミサトにも一目瞭然だった。

 

「逆探に成功。侵入元はネルフ本部内です!」

「馬鹿な!?」

(あの男か……いや、流石にそこまで愚かではあるまい。ならば一体誰が……)

 内部からのハッキングに冬月は焦りを隠せない。

「位置特定。B棟シグマユニット…………ぷ、プリブノーボックスです!!」

 あり得ない事実に青葉は思わず叫び声をあげる。既に破棄されたプリブノーボックスが、無人である事は既に確認されている。ならば考えられる事はただ一つしか無かった。

「まさか……使徒!?」

 ミサトは慌ててモニターへ視線を向ける。そこに映る使徒は、赤から黄金色へとその輝きを変えていた。斑点のようだった侵食部も、複雑な模様へと変化を遂げている。

「何、あれ……」

「また進化したのよ。光っているラインは電子回路、コンピューターそのものね」

 事の重大さを理解しているのかリツコの顔に深いシワが刻まれた。

 

「疑似エントリー展開……失敗、回避されました」

「防壁展開……突破」

 必死に対応するネルフ職員だが、相手はコンピューター同様の存在へ進化した使徒。人間の技術と速度で敵うはずもなく、抵抗はことごとく無駄に終わった。

「使徒、保安部のメインバンクに接触。パスワード……全て突破されました」

「メインバンクに侵入……データを解析しています。こちらからは阻止できません!」

 サブコンピューターから侵入した使徒は、既にネルフのコンピューターの中枢にまで到達していた。

「使徒の狙いは何なの」

「分からないわ」

 使徒の意図が読めずミサトは困惑する。保安部のデータは確かに最重要機密だが、それは人の手にあってこそ。使徒が得をするような物は何もない筈だった。

「使徒はパスを探っています……これは、やばい。ま、MAGIに侵入するつもりです!!!」

 青葉の絶叫はスタッフ全員を絶望させるに充分すぎるものだった。

 

「碇、不味いぞ」

「……電源を落とせ。MAGIへの侵入を許すな」

「「了解!」」

 ゲンドウの指示に青葉と日向が同時に反応する。メインオペレーターである彼らが、電源キーを端末へと差し込んで同時に回す。これでシステムが強制終了される筈なのだが、何も変化は起きなかった。

「で、電源が切れません!」

「使徒、メルキオールに接触します」

 発令所のメインモニターに、MAGIのシステム映像が映し出される。青い三つの変則五角形が、互いに向き合うMAGIのイメージ図。そこに赤色で示される侵入者が現れた。

「メルキオール、使徒に侵入されています。対応出来ません!」

「駄目です。メルキオールが、使徒に乗っ取られます」

 ネルフ本部を支える三基のスーパーコンピューター。その一つメルキオールが使徒に奪われ、再プログラムをされてしまった。一つだけ真っ赤に染まった変則五角形が、メルキオールが敵に回ったことをハッキリと示す。

 

『人工知能メルキオールにより、自立自爆が提訴されました』

『否決』『否決』

 無機質な音声が告げる言葉が、使徒の狙いを語った。

 

「使徒の狙いは、自爆によるここの破壊?」

「みたいね。MAGIは多数決で結論を出すから、直ぐに否定されたけど」

「……じゃあ、他のも奪われたら」

「メルキオール、今度はバルタザールにハッキングを始めました!」

 ミサトの予想は的中した。使徒が二基のMAGIを支配してしまえば、自爆は止められない。最悪のシナリオが進んでいる事を悟り、発令所の緊張は極限まで高まった。

 圧倒的な速度でバルタザールへの侵入を行う使徒。日向、青葉、マヤ、そして全てのスタッフが必死に対応するが、形勢不利は変わらない。

 絶望感が徐々にスタッフ達へ広がる中、不意に冬月が口を開いた。

「赤木博士。自律自爆は、ジオフロントも巻き込むかね?」

「え、あ、はい。本部を中心に半径数百キロは、確実に消滅するかと」

「なるほど。因みにパイロットは今、全員ジオフロントの地底湖に居るそうだ」

 リツコとミサトは冬月が何を言いたいのか分からずに、不思議そうな視線を向ける。

「そうなると、もし我々が使徒をくい止められなければ、シイ君達も巻き込まれるのか……」

「「!!!!」」

「シミュレーションプラグは通信不能。シイ君は今頃、不安で震えているだろうな」

「「…………」」

「事情も分からぬまま自爆に巻き込まれる、か。あまりに酷い結末だな」

 ため息をつきながらしみじみ呟く冬月。檄を飛ばすでもなく叱責するでもない。だがその呟きは、発令所スタッフの絶望感を吹き飛ばし、心に火を点けた。

「総力戦よ! シイさん達を私達が救うの! 死力を尽くして作業に挑んで!!」

「「おぉぉぉぉ!!」」

 発令所に雄叫びが響き渡った。

 

 スタッフ達の決死の対応、そしてリツコが指示したロジックモードの変更により、使徒のハッキングを大幅に遅らせる事に成功した。僅かな猶予を与えられたネルフは、ゲンドウとリツコを中心に作戦会議を開く。

「進化、か」

「はい。この短時間で知能回路を持つに至るまで、使徒は爆発的速度で進化を続けています」

「自己の弱点を克服し、更に優れた存在へと進化する……生物のシステムを凝縮した使徒だな」

 生物が長い時をかけて行う進化を、あまりに短い期間で成し遂げた使徒に対し、冬月は呆れとも感心ともつかぬため息をついた。

「進化を続けられたら、正直どうしようも無いじゃない」

「……いえ、進化を続けるのなら打つ手はあるわ」

「進化の促進か」

 リツコの意図を読みとり、ゲンドウは静かに言った。

「はい。無限に続く進化はありません。行き着く先は……死です」

「なるほど。それをこちらから促進するのか」

「そんなこと出来るの?」

 ミサトの疑問にリツコは頷くと、自分の考えを一同に説明する。

「進化の促進、つまり自滅促進プログラムをカスパーから使徒へ送り込むわ。コンピューターそのものと化した使徒には、それを防ぐことは出来ないはず」

「ただ、プログラムを送り込む必要上、使徒への防壁も解除する必要があります」

「肉を切らせて骨を断つか。賭けだな」

「現状で考え得る最善の、そして唯一の策です」

 強い意志を込めてゲンドウを見るリツコ。その視線を真っ直ぐに受けて、ゲンドウは小さく頷く。

「やりたまえ。人が勝つか、使徒が勝つか、生き残る生物は常に一つだ」

「はい」

 責任者であるゲンドウの許可を得て、リツコは力強く頷いた。

「リツコ、信じて良いのね?」

「……ええ。約束は守るわ」

 リツコは作業を行うべくカスパーの本体へと向かうのだった。

 

 

 MAGIの本体は、コンテナの様な立方体の箱に覆われていた。発令所中段にある本体へ近づいたリツコが端末を操作すると、箱が上昇して隠されていた内部が露出する。

「はぁ~、MAGIの中ってこんなんだったの」

「物理的な点検の時くらいしか、開ける事は無いけどね」

 リツコは膝を着くと小さな入り口から内部へと進んでいく。無数のコードとパイプで埋め尽くされた内部には、あちこちに小さなメモが貼り付けられていた。

「何よこれ、訳分かんない言葉が書いてあるけど」

「開発者の落書きね。母さんらしいと言うか、相変わらず捻くれた人だわ」

「……えっ、これ、裏コード! MAGIの裏コードです!!」

 何気なくメモの一つを手に取ったマヤは、書かれている内容を見た瞬間興奮した声をあげる。彼女にとって無造作に貼り付けられているメモ紙は、一つ一つが宝物に見えた。

「凄い……こんなの知っちゃって良いのかしら」

「思いがけない援護って訳ね」

「先輩。これなら予定よりも早く、プログラム出来そうですね」

「ええ、そうね。……ありがとう母さん」

 小さく微笑みながらリツコは母への感謝を告げた。

 

 発令所のスタッフが使徒をくい止めている間、リツコとマヤはプログラムの準備を進める。MAGIに潜り込み作業を行うリツコを、ミサトが手伝っていた。

「レンチ取って」

「はい」

「……25番のボード」

「はいはい」

 手伝いと言っても簡単な補助しか出来ないが、ミサトは少しでも困難な作業に挑む友人の力になりたかった。

「こうしてると、大学時代を思い出すわね」

「そう?」

「あんたはあの頃から今みたいに無愛想で、自分のこと何にも話さなくって」

「ミサトが喋りすぎなのよ」

 話をしながらもリツコの作業は一切の遅れを見せない。作業に支障が出るようなら、リツコはハッキリとミサトに黙るよう言うだろう。

 ミサトはリツコの補佐をしながら話を続ける。

「なら、さ。教えてよ。MAGIの事とか」

「片手間に話せる程、簡単な話じゃ無いけれど……」

 リツコは小さく呟きながら細いパイプとパイプの間に身体を滑り込ませると、狭いMAGIの内部を縫うように進んで行く。そのまま後に続くミサトに、顔を向ける事無く静かに話し始めた。

「……人格移植OSは知ってるわよね?」

「えっと、確か有機コンピューターに、個人の人格を移植して思考させるシステムだっけ」

「そう。エヴァにも使われているシステムね。MAGIが第一号らしいわ」

 2015年現在でも、MAGIに並ぶコンピューターシステムは存在しない。その事実は理論を構築し実現させた、赤木ナオコという科学者の異端ぶりを十分に証明している。

「リツコのお母さんが開発したの? なら移植した人格は」

「母さんよ。言ってみればMAGIは……母さんの脳味噌そのものよ」

 MAGI本体の中心部に辿り着いたリツコは、球体のカバーに覆われた部位を工具で切り開く。中から現れたのは、人間の脳味噌と酷似したMAGIの中枢だった。

「じゃあ、MAGIを乗っ取った使徒を許せなくて、この作戦を?」

「……関係ないとは言わないわ」

 リツコは手にした端末の先端を疑似脳味噌へと刺し込み、MAGIの中枢へ直接アクセスを行うと、自滅促進プログラムを送るためのシステムを構築していく。

「リツコのお母さんって、どんな人だったの?」

「優秀な科学者だったわ。恐らく私は今も、母さんに及ばないでしょうね」

 高速のキータッチを行いながらリツコは応える。短い言葉だったが、そこに母親への尊敬の念が込められているのを、ミサトは感じ取ることが出来た。

「そりゃ凄いわね。じゃあ、リツコの先生でもあったの?」

「受けたのは簡単な手ほどきだけ。母さんは……少し困った人だったから」

「困った人? それって……」

「悪いけどお喋りはここまでよ。そろそろ始まる事だから」

 リツコは会話を止めて作業に全神経を集中させた。

 

 

「バルタザール、使徒に乗っ取られました!」

『人工知能により自律自爆が決議されました』

 青葉の悲鳴に近い報告と同時に、無機質な合成音声の最終通告が館内に響き渡る。カスパーが乗っ取られた直後に自爆を実行する、と言う絶体絶命の危機に緊張感が再び高まっていく。

 逆ハッキングを行う為、カスパーは外部への防壁を展開していない。無防備に近いカスパーを、使徒は凄まじい速さで乗っ取ろうとしていた。

『自律自爆まで、後二十秒』

「リツコ!」

「……大丈夫、一秒近くも余裕があるわ。母さんのお陰ね」

「一秒って……あんた」

「ゼロやマイナスじゃ無いのよ。一秒早ければ確実に勝てるの。焦る必要は無いわ」

 端末を高速で操作するリツコの顔には焦りも動揺も無かった。一つでもタイプミスをすれば、その瞬間に命を失う極限状況下において、平常心を保てる精神力は異常としか言いようがない。

『自律自爆まで、後十秒、九、八、七、六、五』

「…………マヤ」

「行けます!」

 カウントダウンが進む中、リツコの声にマヤは即座に了承の意を示す。

『二、一……』

「押して!」

「はい!」

 リツコとマヤの二人が同時に端末のキーを叩く。それとほぼ同時に、

『ゼロ』

 合成音声がカウントダウンを完了した。

 

 まるで時が止まったかのように、発令所にいた全員が動きを止める。モニターに映るカスパーのイメージ図は、99%が赤に浸食され、最後の1%が赤く点滅を繰り返していた。

 赤に変われば自爆と言うまさに土俵際だったが、点滅が終わった後に残ったのは青色だった。すると一気に浸食は消え去り、MAGIシステムから使徒の姿は消滅した。

 

『人工知能により、自律自爆は解除されました』

「「やったぁぁぁぁ!!」」

 歓声が発令所に響き渡る。その後も続々とシステムの安定を告げるアナウンスが流れ、危機が完全に回避された事を本部中に知らせていった。

「……ふぅ、終わったわね。ありがとう、母さん」

 MAGIの中で歓声を聞きながら、リツコは穏やかな声で母へ礼を告げるのだった。

 

 

 事後処理に追われるネルフ本部。責任者であるリツコはあちこち駆け回り、ようやく一息ついた時には既に日付が変わろうかと言う時間になっていた。

「お疲れさま」

「ふふ、徹夜がきついと感じるなんてね。歳を取ったと実感するわ」

「何言ってんのよ。ほい、コーヒー」

 大仕事をやってのけたリツコを労うように、ミサトは自分で入れたコーヒーをリツコに手渡す。一瞬躊躇ったリツコだが、そっとカップに口をつけると少し驚いた様に目を見開く。

「……達成感は最高のスパイスかしら。ミサトのコーヒーを美味しいと思ったのは初めてよ」

「相変わらず一言多いわね」

 文句を言いながらも、ミサトは嬉しそうにリツコの隣へ座る。こうして軽口を叩き合えるのも、使徒を殲滅する事が出来たからなのだから。

「ありがとうね、約束守ってくれて」

「別にお礼を言われる事じゃないわ。私は自分の仕事をしただけよ」

「MAGIも守れたし、ね」

「……そう言えば、話が途中だったわね」

 リツコはカップを両手に持って、先程MAGIの中で話していた続きを語り始める。

「私の母さん、赤木ナオコは優秀な科学者だったわ。そして良い母親だった」

「そうなの?」

「何、その意外そうな反応は」

「いや~、優秀な科学者って、家族を二の次にするイメージがあったから」

 ジト目のリツコに、ミサトは苦笑しながら頭を掻く。彼女のイメージは自分の父親の姿が影響していたのかもしれない。

「少なくとも、私にとっては良い母親だったわ」

「そう……」

「ただ、人間としては正直……褒められないけどね」

「どういう事?」

「困った人と言ったでしょ。母さんは良くも悪くも、自分に素直な人だったの」

 リツコは母親を思いだしたのか、苦笑を浮かべながら言った。

「やりたいことは、何を犠牲にしてもやる。やりたくない事は、どんな犠牲を払ってもやらない。そしてそれは善悪ではなく、自分の気持ちで決めてしまう。子供みたいにね」

「そりゃまた……困った人ね」

「ええ。でもそれを含めて、私は母さんを好きだったわ。それは今も変わらない事よ」

「今日は随分お喋りじゃない」

 珍しく饒舌なリツコをミサトは少しからかう様に言う。長い付き合いなのに、今まで自分の事を話さなかったリツコへの、軽い嫌味も込められていた。

「……たまにはね。誰かに話したくなる時もあるわよ」

 疲れたように呟くリツコ。その背後では内部を露出していたカスパー本体が、ゆっくりと収納されていく。

「お疲れさま、母さん」

 短い言葉を最後に再び親子は別れる。それだけで通じ合う程強いリツコとナオコの親子の絆を、ミサトは確かに感じていた。

 

 ネルフ本部への使徒侵入。その事実は隠蔽され、最重要機密となった。

 




読んでいてお気づきの方も多いと思いますが、リツコとナオコに関しては少々設定を変えております。
息子では無く娘だったら、ゲンドウがある行動をしなかったのでは無いのかな、と考えたからです。

アレが無かった以上、リツコがナオコを嫌う理由はありませんし、シイに対しても負の感情を抱かずに接する事が出来ます。

原作ではこの話の後、総集編を挟んで一気に鬱展開へ突入しました。ただ同時にそれは、物語を逆転させるポイントでもあります。
全26話(の予定)も折り返し地点到達です。今後も妄想を最大限に発揮して参ります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※多くの感想・評価を頂戴し、ありがとうございます。執筆している身には、読者の方の声を聞けるのは、本当に嬉しい事です。

※誤字を修正しました。ご指摘感謝です。

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