エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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13話 その2《テスト開始》

 

 入念な処置を受けた三人は真っ白なクリーンルームにやってきた。

「ほら、お望みの姿になったわよ」

「……もう嫌です」

「……碇さん、テストはこれからよ」

『準備は出来たようね』

 室内の隅にあるスピーカーから、リツコの声が聞こえてきた。

『では三人とも、そのままシミュレーションプラグに入って頂戴』

「このまま、ですか?」

『ええ。今回のテストはプラグスーツの補助無しで、肉体から直接ハーモニクスを行うのが趣旨なの』

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。確かプラグ内は、モニターされるんじゃ」

 テスト中は万が一の事故に備えて、管制室でエントリープラグの内部をモニターしている。裸を不特定多数の人間に見られる事をよしとしないアスカは、それだけは譲れないとリツコに抗議の声を上げた。

『安心して。プライバシー保護の為、映像モニターは切ってあるから』

「良かったね、アスカ」

「そう言う問題じゃ無いでしょ。気持ちの問題よ。あんたも少しは恥じらいを持ちなさい」

「うぅぅ、アスカさっきと言ってる事が違う」

「……自分に自信が無いのよ」

「な、何ですってぇ。あんたに言われたく無いわ! 良いわ、やったろうじゃないの」

 レイの挑発とも取れる言葉にアスカはあっさりと乗る。クリーンルームを大きな足音を立てて歩いていき、シミュレーションプラグの搭乗口へといち早く入っていった。

『やれやれね。では二人も搭乗して頂戴』

「あ、はい」

「……了解」

 シイとレイもアスカの後を追い、それぞれシミュレーションプラグへと搭乗していった。

 

「ふぅ、あの年頃の子は難しいわね」

 実験管制室のリツコは小さくため息をつきながら呟く。

「ま、人前で裸になることに抵抗はあるでしょうし。例えそれが仕事でもね」

「そうね。ひとまず、テストが始められる事を良しとするべきかしら。マヤ、準備は?」

 ミサトのフォローに軽く頷くと、リツコは準備を進めるマヤに問いかける。

「はい、各パイロットエントリー完了しました」

 管制室のモニターにプラグ内の様子が表示される。リツコの約束通り三人の姿は、サーモグラフィーの様な姿で映っていた。

「「はぁ……」」

(ったく、こいつらは……ちっとは自重しなさいよ)

 落胆のため息を漏らすスタッフ達に、ミサトは頭を抱えるのだった。

 

「各シミュレーションプラグ、模擬体への挿入準備に移ります」

「パイロットの様子はどう?」

「アスカは若干心拍数が上がっていますね。シイちゃんとレイは特に問題ありません」

「へぇ~、レイはともかく、恥ずかしがり屋のあの子が平常心なのは意外ね」

 マヤの報告にミサトは少し驚いた様子で呟く。テストを正確に行うには、パイロットの精神状態の安定が必須。特殊環境でのテストの為、一番の不安要素はシイだと思っていたのだが、良い意味で予想は外れたようだ。

「多分疲れ切っていて、余裕が無いんだと思います」

「消毒プールで溺れかけたそうよ。いつもの癖で肺に消毒液を取り込もうとして」

「……ある種の職業病よ、それ」

 その光景がありありと想像出来てしまい、ミサトは頭を抱えながら呟く。

「シミュレーションプラグ、模擬体へ挿入完了」

「システムを模擬体と接続します」

 技術局のスタッフ達によって、手際よくテストの準備は進められていった。

 

 管制室のガラスからは、液体で満たされた実験室に存在する三体の模擬体が見えた。頭の無い人の形をした模擬体には、壁から伸びる無数のケーブルが繋げられていた。

 その首筋にシイ達が搭乗したプラグが挿入されていく。

「神経接続開始。各模擬体異常ありません」

「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」

 マヤの報告と同時に管制室には大量のデータが送られてくる。MAGIによって処理されるデータは、人の目で追えない程の速度でディスプレイを流れていく。

「お~早い早い。MAGI様々ね」

「因みにMAGI無しで行った初回実験では、終了までに一ヶ月かかったわ」

「あの時は……正直厳しかったですね」

 当時の苦労を思い出したのか、リツコとマヤは苦笑を浮かべる。ミサトはその実験に立ち会っては居なかったが、二人の様子から相当大変な物だったのだと容易に想像できた。

 

『三人とも、気分はどうかしら?』

 実験が安定状態にさしかかった所で、リツコはシイ達へ様子を尋ねる。被験者から聞き取る生の声は、数値とはまた違う貴重なデータであった。

「……何か違うわ」

「感覚がおかしいのよ。右手だけハッキリしてて、後はぼやけた感じ」

『レイ。右手を動かすイメージを描いてみて』

「……はい」

 レイがレバーを握って指示通りにイメージを浮かべると、模擬体の右手が僅かに動く。その全てのデータはMAGIによって直ぐさま処理されていく。

 順調に進むデータ収集にリツコは満足げな顔をしたが、ふとシイが一言も発していない事に気づく。

『シイさん。貴方はどう? 何時もと違うかしら?』

「……上手く言えないんですけど、遠い感じがします」

『遠い?』

「エヴァが……いつもより、遠くに感じるんです」

 シイは少し寂しげな声で答えた。

 

「流石というか何というか、良く気づいたわね」

「ですね」

「どういうこと?」

 勝手に納得するリツコとマヤに、ミサトは問いかける。

「今回のテストでは、シイさんのプラグ深度を浅い位置で固定しているの」

「それでデータが取れるの?」

「ええ。それに今回のテストは大切なもの。万が一にも失敗は許されないから」

 管制室のガラス壁から実験室を見つめるリツコ。その厳しい表情にミサトはこのテストに、自分が知らされていない何かがあることを確信した。

 

 一方その頃、ネルフ本部発令所ではテストに立ち会えなかった男性スタッフ達が、むすっとした顔で仕事をこなしていた。

「あ~あ。今頃シイちゃん達はテスト真っ最中か」

「裸で乗ってるんだよな。はぁ」

「残念ながらモニターはカットされているから、結局ここに居ると変わらんよ」

 愚痴る日向と青葉に冬月は無念そうに告げる。因みに彼は直前までテストに立ち会う気満々だったのだが、リツコを始めとした女性スタッフ達の猛反発を受けて、泣く泣くこちらに戻ってきていた。

 文句を言っていても仕方ないと、冬月は気持ちを切り替えて青葉へと声を掛ける。

「それで、問題の場所はどれだ?」

「あ、はい。この第87蛋白壁です。三日前に搬入されたパーツですね」

 青葉は端末を操作して問題の壁をモニターに映す。冬月が視線を拡大された壁面に向けると、そこには黒いシミのような物がハッキリと確認できた。

「浸食だと思いますよ。最近多いんですよね」

「工期が短縮されてますからね。ま、B棟の工事がずさんなのは、今に始まった事じゃないっすけど」

「使徒が現れてからの工事だからな。余裕が無いのは皆同じだよ」

 実はネルフ本部の建造工事は、今現在も進行中であった。予定では既に完成している筈だったが、使徒の襲来が工事のスケジュールを大幅に遅らせてしまい、一部区画は未だ未完成で放置されている。

 今実験が行われているシグマユニットも、使徒襲来後に建造された区画だった。

「替えのパーツは納品済みです。本日のテスト終了後に、交換予定となっています」

「うむ。碇が煩いからな、早めに処理しておくぞ」

 部下である青葉の迅速な対応に冬月は満足げに頷くのだった。

 

 

 ネルフ本部の一角、無数のパイプが集まる場所に男は居た。手にした携帯端末をパイプの隙間にある端子に接続し、何やらコソコソと作業を行う。

 大規模なテストが行われている今、MAGIもスタッフも注意がそちらに向いている為、館内の警戒は普段とは比較にならない程緩く、男の行為は順調に進んでいた。

「こんなチャンスは滅多に無いからな、精々利用させて貰うか」

 低い駆動音が鳴り続ける場所で、男は人知れず自分の目的の為に動き続けていた。

 

 

 オートパイロットのテストは大きな問題もなく順調に進んでいた。

「問題無いようね。マヤ、MAGIを通常に戻して」

「はい」

 MAGIの表示が対立モードへと移行する。三系統のコンピューターが問題に対して、多数決で結論を出すシステムは他に類を見ない独特な物だった。

「ジレンマ、か。作った人の性格が伺えるわね」

「何言ってんのよ。作ったのはあんたでしょ?」

「貴方何も知らないのね」

 問い返すミサトに、リツコは呆れたようにため息をつく。

「あんたが大切な事とか自分の事を、全然話さないからでしょ」

 馬鹿にされたようで面白くないミサトは、ふて腐れたように文句を言う。大学時代からの付き合いだったが、ミサトはリツコの事を実はあまり知らなかった。

 そんなミサトの言葉を受けてなのか、リツコは静かに言葉を紡ぐ。

「私はシステムアップしただけ。基礎理論と本体を作ったのは、母さんよ」

「リツコのお母さんって、確か」

「赤木ナオコ博士です。大変優れた科学者で、技術局で名を知らない人はいません」

 マヤは少し興奮した様子でミサトへ告げる。憧れの先輩の母親で、その道の大先輩と言うこともあってか、彼女の中では尊敬の対象となっているようだ。

「娘が言うのも何だけど、本当に凄い人だったわ。ただ少し困った人でもあったけど」

 何処か寂しげに言うリツコに、ミサトは深い事情を察して何も言葉を掛けられなかった。

 

 そんな人間のやり取りを余所に、MAGIは淡々とデータ処理を続けるのだった。

 




まだ平穏にテストが進んでおります。この実験、オートパイロットという名目ですが、実際にはアレの為のテストだったんですね。
昔買ったフィルムブックを本棚から発掘しましたが、意外な情報満載でした。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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