その日のネルフ本部発令所ではMAGIの定期検診が行われており、慌ただしい空気に包まれていた。スタッフ達は忙しげに動き回り、リツコやマヤも端末を操作して作業を行っている。
「こっちはこれで良いわね。マヤ、そっちはどう?」
「現在最終確認中です」
端末を操作するマヤは、ホログラフィモニターを高速で流れる数値を読みとりながら答える。流れるようなキータッチは、惚れ惚れする程の速度と正確さだった。
「流石はマヤね。大分仕事が速くなったじゃない」
「そりゃもう、先輩の直伝ですから。後輩として恥ずかしい仕事は出来ません」
リツコに褒められてマヤは嬉しそうに表情を緩めるが、端末を操作する手は緩めない。リツコ程では無いにしろ、彼女も優秀なスタッフであった。
「嬉しい事言ってくれるわね。あ、そこA-8の方が早いわよ。ちょっと貸して」
マヤの作業を止めて操作権を移行すると、リツコは自分の端末を片手で操作する。自分の数倍は早く処理されるデータに、マヤはただ感嘆のため息をつくしかなかった。
「流石先輩……私はまだまだです」
「慣れればこの位直ぐ出来るわよ」
操作をマヤに戻すと、リツコは再び自分の作業へ取りかかる。
(やっぱり先輩は凄い。私も頑張らなきゃ)
尊敬するリツコに刺激を受けたマヤは、気合いを入れ直して作業を再開した。
「どうリツコ。作業は順調?」
「ええ。どうにか今日のテストには間に合いそうよ」
発令所にやって来たミサトに、リツコはモニターから視線を外さずに答える。作業が大詰めに入っている事を察し、ミサトは余計な口を挟まずに状況を見守った。
『MAGIシステム再起動後、自己診断モードに切り替わります』
「第127次定期検診、異常なし」
待つこと数分、MAGIの検診終了を告げるアナウンスが発令所に流れた。張り詰めていた空気がほぐれ、スタッフ達に安堵の表情が浮かぶ。
「みんなお疲れ様。テスト開始まで休んで頂戴」
「「了解」」
作業が一段落したところで、ミサトはリツコに声を掛ける。
「お疲れ様。毎度思うけど、定期検診って大仕事よね」
「MAGIはネルフの要。僅かな異常も許されないもの」
非常時は勿論のこと平常時の業務も、ネルフはMAGIに大部分を頼っている。だからこそ、そのメンテナンスには細心の注意が必要だった。
「それよりミサト。シイさん達にはちゃんとテストの事伝えた?」
「一応普段と違う大切なテストって言ってあるけど……ねえ、結局今回のテストは何なの?」
「オートパイロットの実験よ」
「それだけ?」
「あら、とても大切な実験なのよ。それじゃあ私も休憩してくるから」
背中にミサトから向けられる疑惑の視線を受けながら、リツコは発令所を後にした。
※
空高く上った太陽が照らす道路を、シイ達三人はネルフ本部に向かって歩いていた。緊急時には本部から迎えが来るのだが、平時はこうして自分達で本部まで移動しなくてはならない。
「あ~あ。落ち着いてご飯を食べる時間も無いなんて」
「仕方ないよ。大事なテストだって言ってたし」
「……そうね」
本来ならお昼ご飯を食べる時間なのだが、テストを受けるために三人は昼食を早々に切り上げ、ヒカリ達に見送られながら学校を早退した。
「でも何のテストなんだろ。いつもテストは放課後にやるのに」
「さあね。リツコ直々の招集だし、きっとロクでもないテストよ」
「……否定はしないわ」
「綾波さんは、どんなテストか知ってるの?」
「……いいえ。ただ赤木博士だから」
それだけで通じてしまうのもどうかと思うが、レイの言いたいことが二人には分かってしまった。仕事は出来るし真面目なのだが、ちょっとネジが外れる時がある。それがネルフ内での赤木リツコの評価だった。
「あの女の事だもの、その内エヴァに二人乗りするわよ、とか言い出すんじゃない?」
「はは、幾らリツコさんでもそれは無い……かな」
(三人で動かすとか、無人で動かすとか、リツコさんなら考えるかも……)
否定をしつつも、ちょっとだけシイは有り得るかもと思ってしまった。
「ま、何にせよちゃっちゃと終わらせちゃいましょ」
「そうだね。頑張ろう」
「……ええ」
三人は和やかな雰囲気でネルフ本部へと向かう。これから自分達を待ち受けている、予想の斜め上を行くテストを知るよしもなく。
※
ネルフ本部に到着したシイ達三人をマヤが出迎えた。普段のテストの時とは違う展開に首を傾げる彼女達に、マヤは笑顔で挨拶をする。
「三人とも、お疲れさま」
「あ、マヤさん。こんにちは」
「今日はいつもとは違う所を使うから、私が案内するわね」
シイ達はマヤの先導で、ネルフ本部の中を移動する。いつもよりも大分長い距離を歩き、初めて足を踏み入れる区画へ辿り着くと、アスカは眉をひそめてマヤに問いかけた。
「ねえ、ここ何処よ」
「ここはセントラルドグマのB棟よ。シグマユニットと呼ばれてるの」
「いつもの実験室じゃ無いんですか?」
「ええ。今日のテストは特別だから、施設も特殊な物が必要なの。さあ、ここよ」
シイ達がやってきたのは更衣室だった。
「ここで服を脱いだら、そこのドアから中に進んで滅菌処理を受けて」
「め、滅菌!?」
「ちょっと、あたし達が汚いって言いたいの?」
「あ、違うの。ごめんなさい、言葉が足りなかったわね」
ギロッと睨むアスカに、マヤは慌てて手を振り否定する。
「これからみんなには、クリーンルームに入って貰うんだけど、その為には特殊な処置が必要なの」
「だからって……」
「恥ずかしいのは分かるけど、どうしても必要な事だから……我慢して、ね」
何とか納得して貰おうと、マヤは両手を合わせてアスカに頼み込む。そもそもマヤもリツコに指示されただけなのだと理解し、アスカは渋々了承した。
「駄々こねても時間の無駄だし、さっさと終わらせるわよ」
「うん」
「……ええ」
三人はロッカーに荷物を置いて着ていた制服を脱いでいく。そして、美少女と呼んで問題無いであろう三人の姿を、本当に幸せそうな顔で見つめるマヤ。
(……役得)
そんなマヤの心中を知るよしもなく、三人は全ての衣服を脱ぎ終えた。
「ほら、お望みの姿になったわよ」
両手を腰に当てて、惜しげもなく裸体を晒すアスカ。レイも無表情で気を付けの姿勢をとり、指示を待っているが、シイだけは恥ずかしげに身体を丸めていた。
「あんたね、もっと堂々としなさいよ。見られて減るもんじゃないでしょ」
「うぅぅ、アスカは恥ずかしく無いの?」
「同性に見られて恥ずかしいのはね、自分に自信が無いからよ」
「……大丈夫。碇さんの身体は綺麗だから」
「綾波さん……それ、恥ずかしい」
無自覚なレイのフォローによって、シイの白い肌はすっかり桜色に染まっていた。
「って、あんたもぼさっとしてないで、早く次に進めなさいよ」
「はっ! ご、ごめんなさい」
三人の姿を心のフィルムに焼き付けていたマヤは、アスカに指摘されて慌てて我を取り戻す。
「じゃあこれから三人には、この部屋に入って貰うわね」
更衣室の奥には厳重にロックされたドアがあった。マヤはドアの脇にある端末を操作してドアを開くと、三人を中へと誘導する。
三人は一瞬躊躇したが、アスカを先頭に部屋へと入っていった。
窓一つ無い密閉された小さな部屋。青白いライトが照らす中、シイ達は部屋の中央で立ち止まる。
「ねえマヤ。何も無いけど?」
「これから全自動で滅菌処理が始まるわ。それじゃあ、頑張ってね」
(え、頑張って? 全自動なのに?)
不安を覚えたシイがマヤに尋ねようとする前に、更衣室へのドアが閉じられてしまった。薄暗い室内に裸の少女が三人。何とも奇妙な光景だった。
「滅菌って、何するんだろう……」
「さあね。アルコールのシャワーでも浴びるんじゃない?」
「……始まるわ」
レイの言葉通り部屋の壁から何かの起動音が響いてくる。その直ぐ後に壁が一部スライドして、姿を見せた穴から風が吹き出してきた。
『まずはエアシャワーで、埃なんかをはらうから』
「はん。仰々しい装置の割りにやってる事は大した…………っっっ!!」
エアシャワーとは名ばかりで、実際はサイクロンシャワーと言った方が適切なほどの強風だった。猛烈な風が室内に吹き荒れる中、三人は腰を落として必死に踏ん張る。
「と、飛ばされるぅぅ!!」
「……碇さん、手を!」
ふわりと浮いたシイの身体を、レイが手を掴んでどうにか引き留める。その後数分間吹き続いた強風が止むと、三人は早くもげんなりした表情を浮かべていた。
『じゃあ次ね。今度は熱風消毒よ』
「あっつ~い!!」
「うぅぅ」
「……碇さん、目を閉じて。乾燥してしまうわ」
『次は冷風殺菌よ』
「さっむ~い!!」
「うぅぅ」
「……碇さん、身体を寄せて。少しは凌げるわ」
『今度は消毒プールに入ってね。室内に消毒液が注入されるから』
「ごぼごぼごぼごぼ」
「……!!!」
(……碇さん、駄目! これはLCLじゃないわ)
結局、計十七回に及ぶ消毒、殺菌、滅菌を繰り返し、ようやく実験準備が終了した。流石のアスカもすっかり疲れた様子で、シイと並んで床に座り込んでいる。
『みんなお疲れさま。今出口を開けたから、そこからクリーンルームに進んでね』
「……了解」
くたくたのシイ達とは対照的に、ただ一人普段と全く変わらぬ様子のレイ。
「あの子、本当に人間かしら」
「…………」
呆れたように呟くアスカに、シイは答える気力を残してはいなかった。
ネルフスタッフの皆さんが輝く話がやってきました。
シイ達の殺菌滅菌シーンは、新劇場版の破をイメージしてます。多分TV版でも同じ様な事をやったのではないかと。
原作のこの話はテンポが凄い良かったので、加筆修正の速度を上げて13話だけでも一気に投稿出来たらな、と思っています。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。