エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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13話 その1《オートパイロットテスト》

 

 その日のネルフ本部発令所ではMAGIの定期検診が行われており、慌ただしい空気に包まれていた。スタッフ達は忙しげに動き回り、リツコやマヤも端末を操作して作業を行っている。

「こっちはこれで良いわね。マヤ、そっちはどう?」

「現在最終確認中です」

 端末を操作するマヤは、ホログラフィモニターを高速で流れる数値を読みとりながら答える。流れるようなキータッチは、惚れ惚れする程の速度と正確さだった。

「流石はマヤね。大分仕事が速くなったじゃない」

「そりゃもう、先輩の直伝ですから。後輩として恥ずかしい仕事は出来ません」

 リツコに褒められてマヤは嬉しそうに表情を緩めるが、端末を操作する手は緩めない。リツコ程では無いにしろ、彼女も優秀なスタッフであった。

「嬉しい事言ってくれるわね。あ、そこA-8の方が早いわよ。ちょっと貸して」

 マヤの作業を止めて操作権を移行すると、リツコは自分の端末を片手で操作する。自分の数倍は早く処理されるデータに、マヤはただ感嘆のため息をつくしかなかった。

「流石先輩……私はまだまだです」

「慣れればこの位直ぐ出来るわよ」

 操作をマヤに戻すと、リツコは再び自分の作業へ取りかかる。

(やっぱり先輩は凄い。私も頑張らなきゃ)

 尊敬するリツコに刺激を受けたマヤは、気合いを入れ直して作業を再開した。

 

「どうリツコ。作業は順調?」

「ええ。どうにか今日のテストには間に合いそうよ」

 発令所にやって来たミサトに、リツコはモニターから視線を外さずに答える。作業が大詰めに入っている事を察し、ミサトは余計な口を挟まずに状況を見守った。

『MAGIシステム再起動後、自己診断モードに切り替わります』

「第127次定期検診、異常なし」

 待つこと数分、MAGIの検診終了を告げるアナウンスが発令所に流れた。張り詰めていた空気がほぐれ、スタッフ達に安堵の表情が浮かぶ。

「みんなお疲れ様。テスト開始まで休んで頂戴」

「「了解」」

 作業が一段落したところで、ミサトはリツコに声を掛ける。

「お疲れ様。毎度思うけど、定期検診って大仕事よね」

「MAGIはネルフの要。僅かな異常も許されないもの」

 非常時は勿論のこと平常時の業務も、ネルフはMAGIに大部分を頼っている。だからこそ、そのメンテナンスには細心の注意が必要だった。

「それよりミサト。シイさん達にはちゃんとテストの事伝えた?」

「一応普段と違う大切なテストって言ってあるけど……ねえ、結局今回のテストは何なの?」

「オートパイロットの実験よ」

「それだけ?」

「あら、とても大切な実験なのよ。それじゃあ私も休憩してくるから」

 背中にミサトから向けられる疑惑の視線を受けながら、リツコは発令所を後にした。

 

 

 空高く上った太陽が照らす道路を、シイ達三人はネルフ本部に向かって歩いていた。緊急時には本部から迎えが来るのだが、平時はこうして自分達で本部まで移動しなくてはならない。

「あ~あ。落ち着いてご飯を食べる時間も無いなんて」

「仕方ないよ。大事なテストだって言ってたし」

「……そうね」

 本来ならお昼ご飯を食べる時間なのだが、テストを受けるために三人は昼食を早々に切り上げ、ヒカリ達に見送られながら学校を早退した。

「でも何のテストなんだろ。いつもテストは放課後にやるのに」

「さあね。リツコ直々の招集だし、きっとロクでもないテストよ」

「……否定はしないわ」

「綾波さんは、どんなテストか知ってるの?」

「……いいえ。ただ赤木博士だから」

 それだけで通じてしまうのもどうかと思うが、レイの言いたいことが二人には分かってしまった。仕事は出来るし真面目なのだが、ちょっとネジが外れる時がある。それがネルフ内での赤木リツコの評価だった。

「あの女の事だもの、その内エヴァに二人乗りするわよ、とか言い出すんじゃない?」

「はは、幾らリツコさんでもそれは無い……かな」

(三人で動かすとか、無人で動かすとか、リツコさんなら考えるかも……)

 否定をしつつも、ちょっとだけシイは有り得るかもと思ってしまった。

「ま、何にせよちゃっちゃと終わらせちゃいましょ」

「そうだね。頑張ろう」

「……ええ」

 三人は和やかな雰囲気でネルフ本部へと向かう。これから自分達を待ち受けている、予想の斜め上を行くテストを知るよしもなく。

 

 

 ネルフ本部に到着したシイ達三人をマヤが出迎えた。普段のテストの時とは違う展開に首を傾げる彼女達に、マヤは笑顔で挨拶をする。

「三人とも、お疲れさま」

「あ、マヤさん。こんにちは」

「今日はいつもとは違う所を使うから、私が案内するわね」

 シイ達はマヤの先導で、ネルフ本部の中を移動する。いつもよりも大分長い距離を歩き、初めて足を踏み入れる区画へ辿り着くと、アスカは眉をひそめてマヤに問いかけた。

「ねえ、ここ何処よ」

「ここはセントラルドグマのB棟よ。シグマユニットと呼ばれてるの」

「いつもの実験室じゃ無いんですか?」

「ええ。今日のテストは特別だから、施設も特殊な物が必要なの。さあ、ここよ」

 シイ達がやってきたのは更衣室だった。

「ここで服を脱いだら、そこのドアから中に進んで滅菌処理を受けて」

「め、滅菌!?」

「ちょっと、あたし達が汚いって言いたいの?」

「あ、違うの。ごめんなさい、言葉が足りなかったわね」

 ギロッと睨むアスカに、マヤは慌てて手を振り否定する。

「これからみんなには、クリーンルームに入って貰うんだけど、その為には特殊な処置が必要なの」

「だからって……」

「恥ずかしいのは分かるけど、どうしても必要な事だから……我慢して、ね」

 何とか納得して貰おうと、マヤは両手を合わせてアスカに頼み込む。そもそもマヤもリツコに指示されただけなのだと理解し、アスカは渋々了承した。

「駄々こねても時間の無駄だし、さっさと終わらせるわよ」

「うん」

「……ええ」

 三人はロッカーに荷物を置いて着ていた制服を脱いでいく。そして、美少女と呼んで問題無いであろう三人の姿を、本当に幸せそうな顔で見つめるマヤ。

(……役得)

 そんなマヤの心中を知るよしもなく、三人は全ての衣服を脱ぎ終えた。

 

「ほら、お望みの姿になったわよ」

 両手を腰に当てて、惜しげもなく裸体を晒すアスカ。レイも無表情で気を付けの姿勢をとり、指示を待っているが、シイだけは恥ずかしげに身体を丸めていた。

「あんたね、もっと堂々としなさいよ。見られて減るもんじゃないでしょ」

「うぅぅ、アスカは恥ずかしく無いの?」

「同性に見られて恥ずかしいのはね、自分に自信が無いからよ」

「……大丈夫。碇さんの身体は綺麗だから」

「綾波さん……それ、恥ずかしい」

 無自覚なレイのフォローによって、シイの白い肌はすっかり桜色に染まっていた。

「って、あんたもぼさっとしてないで、早く次に進めなさいよ」

「はっ! ご、ごめんなさい」

 三人の姿を心のフィルムに焼き付けていたマヤは、アスカに指摘されて慌てて我を取り戻す。

「じゃあこれから三人には、この部屋に入って貰うわね」

 更衣室の奥には厳重にロックされたドアがあった。マヤはドアの脇にある端末を操作してドアを開くと、三人を中へと誘導する。

 三人は一瞬躊躇したが、アスカを先頭に部屋へと入っていった。

 

 窓一つ無い密閉された小さな部屋。青白いライトが照らす中、シイ達は部屋の中央で立ち止まる。

「ねえマヤ。何も無いけど?」

「これから全自動で滅菌処理が始まるわ。それじゃあ、頑張ってね」

(え、頑張って? 全自動なのに?)

 不安を覚えたシイがマヤに尋ねようとする前に、更衣室へのドアが閉じられてしまった。薄暗い室内に裸の少女が三人。何とも奇妙な光景だった。

「滅菌って、何するんだろう……」

「さあね。アルコールのシャワーでも浴びるんじゃない?」

「……始まるわ」

 レイの言葉通り部屋の壁から何かの起動音が響いてくる。その直ぐ後に壁が一部スライドして、姿を見せた穴から風が吹き出してきた。

『まずはエアシャワーで、埃なんかをはらうから』

「はん。仰々しい装置の割りにやってる事は大した…………っっっ!!」

 エアシャワーとは名ばかりで、実際はサイクロンシャワーと言った方が適切なほどの強風だった。猛烈な風が室内に吹き荒れる中、三人は腰を落として必死に踏ん張る。

「と、飛ばされるぅぅ!!」

「……碇さん、手を!」

 ふわりと浮いたシイの身体を、レイが手を掴んでどうにか引き留める。その後数分間吹き続いた強風が止むと、三人は早くもげんなりした表情を浮かべていた。

 

『じゃあ次ね。今度は熱風消毒よ』

「あっつ~い!!」

「うぅぅ」

「……碇さん、目を閉じて。乾燥してしまうわ」

 

『次は冷風殺菌よ』

「さっむ~い!!」

「うぅぅ」

「……碇さん、身体を寄せて。少しは凌げるわ」

 

『今度は消毒プールに入ってね。室内に消毒液が注入されるから』

「ごぼごぼごぼごぼ」

「……!!!」

(……碇さん、駄目! これはLCLじゃないわ)

 

 結局、計十七回に及ぶ消毒、殺菌、滅菌を繰り返し、ようやく実験準備が終了した。流石のアスカもすっかり疲れた様子で、シイと並んで床に座り込んでいる。

『みんなお疲れさま。今出口を開けたから、そこからクリーンルームに進んでね』

「……了解」

 くたくたのシイ達とは対照的に、ただ一人普段と全く変わらぬ様子のレイ。

「あの子、本当に人間かしら」

「…………」

 呆れたように呟くアスカに、シイは答える気力を残してはいなかった。

 




ネルフスタッフの皆さんが輝く話がやってきました。

シイ達の殺菌滅菌シーンは、新劇場版の破をイメージしてます。多分TV版でも同じ様な事をやったのではないかと。

原作のこの話はテンポが凄い良かったので、加筆修正の速度を上げて13話だけでも一気に投稿出来たらな、と思っています。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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