エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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復活のアホタイムです。


小話《母の姿》

 

~母の真実?~

 

 使徒襲来から数日後、両手の怪我も癒えたシイはネルフ本部の中を歩いていた。テストも実験も特にない今日、わざわざ本部に出向いた目的はただ一つ。

(冬月先生なら……お母さんの写真を持ってるかも)

 レイからのたれ込みにより、母親の写真を持っている可能性が浮上した冬月に会うためだ。本人に直接確かめて、もし持っているなら母親の姿を一目みたい。その想いがシイを突き動かしていた。

 

 とは言えシイには冬月の居場所に心当たりが無い。そもそも広いネルフ本部のごく一部しか、シイは把握していなかった。そこでまず発令所に向かおうと廊下を歩いていると、向こうから偶然リツコがやって来た。

「あら、シイさん」

「こんにちは、リツコさん」

「今日はどうしたの? テストの予定は無かったと思うけど」

「えっとですね、冬月先生に会いに来ました」

「……え゛」

 シイの発言にビクッとリツコの頬が引きつる。

「ふ、副司令に?」

「はい。あ、そうだ。今どこに居るかご存じですか?」

「知ってはいるけど……こほん。何の用かしら? 副司令は忙しいと思うわよ」

(不味いわね。執務室に居るあの爺の所にこの子を送るなんて、危険すぎるわ)

 リツコは素晴らしい精神力で動揺を抑えると、極めて事務的に尋ねた。先に多忙だと告げて、やんわりと冬月から遠ざけるように誘導するあたりは、流石と言うべきか。

「そう、ですよね。冬月先生は偉い人ですから、お忙しいですよね」

(ぐっ、その顔は……。そうだわ、上手いこと理由を付けて、私も着いていけば良いのよ)

「でも用件次第なら副司令も時間を作るはずだわ。それで、一体何の用なのかしら?」

 気落ちするシイを慰めながらも、リツコはグイッと顔を近づけてシイから用件を聞き出そうとする。それ次第では、訪問を無理にでもくい止めるつもりだった。

「その……冬月先生に聞きたい事があるんです」

「それは何?」

「私のお母さんの事です」

 その一言でリツコはシイの意図を理解する。ミサトの昇進パーティーの席で、シイ達がその話をしているのを耳にしていたからだ。

「なるほどね。レイから聞いたのね」

「はい。お母さんの先生だったなら、写真を持ってるかもって思いまして」

(……確かに有り得るわね。母さんから聞いた限りだと、結構ぞっこんだったみたいだし)

 リツコはアゴに手を当て、真剣な表情で思考を巡らせる。それをシイは冬月に会いたいという理由が、リツコの納得いかないものだったのだと勘違いしてしまう。

「こんな理由じゃ、お仕事の邪魔をしちゃ悪いですよね」

「……大歓迎だと思うけど」

「え?」

「あ、いえ、こっちの話よ。そうね……よし、私が一緒に行って話をつけてあげるわ」

 僅かな逡巡の後、リツコはポンと手を叩きシイに提案する。シイの願いを叶えつつ、冬月の毒牙から彼女を守る一石二鳥の策だった。

「良いんですか?」

「勿論よ。仕事も大切だけど、母親の姿を見たいと言う貴方の気持ちはもっと大切だわ」

「リツコさん! ありがとうございます」

 優しく暖かいリツコの言葉にパァッとシイの顔が輝き、感激のあまりリツコに抱きつく。

(ふ、ふふふ……堪らないわね。この子は絶対にあの爺の毒牙から守って見せるわ)

 そんな心の内を知らないシイの中では、リツコの株が大幅に値を上げていた。

 

 ネルフ本部副司令執務室。発令所の近くにあるその部屋は、無駄に広く使い勝手の悪い司令室とは異なり、実用的な広さの部屋だった。几帳面に整理された資料の山と、余計な装飾を一切排除したシンプルな室内は、主である冬月の実直な人柄を表している。

「おや、赤木博士と……シイ君か。随分珍しいお客様だね」

 机に向かい雑務を処理していた冬月は、突然の訪問者に驚きつつも快く招き入れる。

「こんにちは、冬月先生。お忙しい所をお邪魔してごめんなさい」

「はは、気にしなくて良いよ。君なら何時でも大歓迎だ」

 冬月は仕事中の厳しい表情から、優しい先生の顔に一瞬で切り替わり、シイに向かって微笑みかけた。

「あら副司令。私は歓迎して下さらないのかしら?」

「……無論、君も大歓迎だ」

 シイの前に身体を割り込ませるリツコと冬月の間に、二人にしか見えない火花が散る。互いに牽制し合いながら、冬月はシイに問いかける。

「それで、わざわざ尋ねてきてくれたのだ。何か用があったと思うのだが?」

「あ、はい。実は……私のお母さんの事なんです」

「!!」

 細い目をカッと見開いて、冬月は分かりやすい動揺を示した。普段の沈着冷静な様子からは想像出来ない姿に、シイは勿論リツコすらも驚きを隠せない。

「あの、冬月先生。ひょっとして聞いちゃいけない事でしたか?」

「む、ああ、大丈夫だよ。ただ少し、そう少しだけ予想外の問いだったからね」

「冬月先生は、私のお母さんの先生だったんですか?」

「良く知っているね。その通りだ」

「シイさんは母親の……碇ユイさんの写真を、副司令がお持ちでは無いかと期待しています」

「ふむ……」

 リツコの言葉に冬月は腕を組んで、何かを考えるように瞳を閉じた。

 

「そう言えば、シイさんは持ってないの?」

「はい。実家にあった写真も、全て処分してしまったらしくて」

「……実家と言うと、お母さんのかしら?」

「はい。私はお爺ちゃんとお婆ちゃんに育てて貰ったので」

 答えるシイは少し表情を曇らせる。祖父母には良くして貰ったが、それでもゲンドウに捨てられたという過去は、彼女の心に深い傷を残していた。

「でも変ね。普通は娘の写真くらい、残して置くと思うけど」

「私も不思議だったんですけど……その話をするとお爺ちゃん達が、凄く悲しそうな顔をするので」

(……碇司令の指示? なら理由は……あれかしら)

 リツコはユイの写真が処分された理由を察したが、口には出さなかった。

 

「写真か……ん、待てよ」

 じっと考え込んでいた冬月は、何かを思いだした様に呟くと急いで端末を操作する。

「確かあのデータが…………やはり残っていたか」

「あるんですか?」

「集合写真だが、それでも良いかね?」

「勿論です。是非見せて欲しいです」

 冬月に顔を近づけてお願いするシイに、冬月は鼻の下を伸ばしながら頷く。そしてフォルダの中に残っていた、画像データをディスプレイに表示した。

 それは十人ほどの男女が並んで写っている集合写真だった。全員が白衣を着ており、その中央には今より少し若い冬月が優しい笑顔を浮かべている。

「これは、私が大学で教授をしていた時の写真だよ。写っているのは研究室の生徒達だ」

「確か副司令は、京都大学で教鞭を振るっていたんでしたね」

「古い話だ。既に除籍された身だよ」

 リツコの問いに冬月は自嘲気味に答えた。そこにどんな感情が込められていたのか、当人以外に知るよしはない。

 二人の会話を聞きながらも、シイの視線は画面に釘付けになっていた。二十歳前後の若者が並ぶ中、シイが熱い視線を向けているのは冬月の隣に立つ一人の女性だった。

 栗毛色のショートカットヘアをした、知的な顔立ちの女性。淡いピンク色のシャツに、紺のミニスカートの上から白衣を着ている女性からシイは目を離せなかった。

「やはり一目で分かったかね。彼女が碇ユイ君、シイ君のお母さんだよ」

「お母……さん」

 初めて見る母親の姿は、思い描いていたよりもずっと綺麗で優しそうだった。不意にシイの目から涙がこぼれる。察するにあまりある彼女の心情に、冬月とリツコはただ黙って見守るしか出来なかった。

 

「ありがとうございます、冬月先生」

「喜んで貰えたなら何よりだよ」

「お母さん……とっても綺麗で、優しそうで……私の理想のお母さんでした」

 涙を拭ったシイは満足げな笑みを冬月に見せた。

「冬月先生は、お母さんと仲良しでしたか?」

「ん、まあそれなりにはね」

「お母さんは、どんな人だったんでしょう」

「そうだね……優秀な生徒で、思慮深く発想豊かで……強い女性だったよ」

 懐かしむように呟く冬月に、シイとリツコは目を見開いて驚く。

「え、強い?」

「この写真を拝見した限りでは、儚げな印象を受けましたが」

 二人が思い描いた碇ユイのイメージは、清楚可憐なお嬢様だった。写真を見ただけだが、それでも強いという感じでは無い。

 だが冬月は何処か面白そうに言葉を紡ぐ。

「……強い女性だよ。何せあの碇すら頭が上がらなかったのだから」

「「え゛っ!!」」

 シイとリツコは同時に冬月に、信じられないと視線を向けた。どう考えてもこの可憐な女性が、あの髭親父を抑えられるとは思えなかったからだ。

「まあ、あまり詳しくは言わないが……決して弱い女性では無いと言うことだ」

「お母さん……」

「かかあ天下だったのでしょうか?」

「それは碇から聞くんだな。恐らく答えはしないだろうが」

 冬月の言葉がそのまま答えなのだろう。シイは新たに築き上げた母親のイメージが、早速崩れていくのを感じていた。

「おっと、すまないが会議の時間だ。話の途中だが、これで失礼させて貰うよ」

「あ、はい。お忙しい中ありがとうございました」

「写真のデータは君にあげよう。ただし、碇には知られないようにな」

 冬月は写真のデータを移したチップをシイに手渡すと、そのまま執務室から出ていった。

 

「碇ユイさん、想像以上に凄い人物みたいね」

「そうですね。ただ、安心しました」

「あら、何か心配事があったの?」

 ホッとした表情を見せるシイにリツコは不思議そうに尋ねる。

「えっと……その……お母さん、スタイル良かったから」

「…………ああ」

 恥ずかしそうに頬を染めて自分の胸に手を当てるシイを見て、リツコは全てを察した。

「きっとこれから、私も成長する筈です…………きっと」

「そう、ね」

(碇司令の遺伝子が邪魔しなければ良いけど……それに、スタイルと遺伝は……)

 拳を握り明日への希望を抱くシイに、リツコは何も言えずにただ応援するしか出来なかった。

 




碇ユイ、ある意味全ての元凶とも言える人物ですね。良くも悪くも、色々な人に影響を与えたと思います。

原作からの変更点は、シンジは親戚の家(先生の家?)にお世話になっていましたが、シイはユイの実家で育ちました。
今後話に出てくると思いますが、祖父母に大切に育てられていたので、シンジと根本で性格が変わっています。男女の関係に疎いのもその為です。

ユイのスタイルがどうなのかは、原作ではよく分かりませんが、この小説でシイが劇的に成長することは無いかと。

小話ですので、本日中に本編も投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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