エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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12話 その4《集う力》

「エヴァ各機、予定地点へ配置完了しました」

「了解。それじゃあ、貴方達も避難して。ここには私が残るから」

 高速輸送機を使用すれば、今からでも危険区域外への避難が間に合う。シイ達をフォローする最小限の人員だけが残れば良いと、ミサトは発令所のオペレーター達に告げた。

「何言ってるんですか、葛城さん」

「そうっすよ。戦闘配備中の俺達の居場所はここですから」

「はい。それにシイちゃん達だけ危険な目にあわせるのは、流石に嫌ですし」

「そう言う事よミサト。あの子達を信じているのは、貴方だけじゃ無いの」

 リツコの言葉を証明するかのように、発令所にはメインオペレーター三人だけでなく、ほぼ全てのスタッフが残っていた。それぞれが自分の仕事に従事し、不安な様子は欠片も見えない。

「でも、万が一の事態にもあの子達は大丈夫でしょうけどね」

「そうね。ATフィールドがある限り、エヴァの中が一番安全だもの」

「だからあの子達をエヴァに乗せたの?」

「……違うわ。あくまで使徒殲滅を優先しただけ。私怨と言われても仕方ないけどね」

「自分で分かっているなら結構よ。それに、貴方の作戦を受け入れたのはあの子達だもの」

 以前の彼女なら間違いなく、シイ達に作戦を強要しただろう。だが今回はそれをしなかった。理由は分からないが、リツコはミサトの心境に何らかの変化が起きた事を察した。

「目標を最大望遠で確認。現在距離3万!」

「さて、始めましょうか」

 ミサトはニヤリと笑みを浮かべ、エヴァへと通信を繋いだ。

 

 

『みんな、スタート体勢に入って』

 プラグ内でミサトの指示を聞いたシイは、両足を広げて初号機の腰を低く落とす。零号機と弐号機はクラウチングスタートの姿勢を取っているが、彼女は転びそうだからと言う理由で、スタンディングスタートの姿勢で合図を待った。

『目標は光学観測による弾道計算しか出来ないの。だからMAGIが距離1万までは誘導するわ。その後は各自の判断で行動して。……あなたたちにすべて任せるわ』

「はい」

「……了解」

「ま、大船に乗ったつもりで安心してなさいって」

『目標、距離2万!』

『では、作戦開始』

 ミサトの言葉と同時に、エヴァ三機はアンビリカルケーブルを排除。一斉にスタートを切った。

 

 巨大なエヴァが第三新東京市を駆け抜ける。大地をえぐり、空気を切り裂き、ただ一つの目的のためにひたすら加速していった。

『距離、1万5千!』

 徐々に地表に向けて近づいてくる使徒。真っ赤な空気を纏い空高くから落下するその姿は、エヴァに乗っているシイ達からも確認出来た。

 MAGIの計算によってリアルタイムで修正されていく落下予測地点。自分達の活動範囲外に落下すると知ったレイとアスカは、シイに通信を入れる。

『……私は間に合わないわ』

『ちっ、こっちも少し遠い。シイ、あんたの出番よ!』

「うん! お願い初号機。一緒に頑張ろう」

 シイがグッとレバーを握りしめると、初号機の鋭い両眼に強い輝きが宿る。限界を超えた加速は、周囲の全てを吹き飛ばす風を巻き起こしながら、使徒の元へとシイを運ぶ。

『距離、1万!』

「ここ! ATフィールド全開!!」

 立てたかかとでブレーキを掛けながら、初号機は落下する使徒の真下に滑り込む。そして両足を強く踏ん張り、ATフィールドを最大出力で発生させた。

「おっきい……」

 目前に迫る使徒は、とても一人では支えきれない程巨大に見えた。押しつぶされそうな威圧感に、シイの身体が恐怖に竦みかけたその時、脳裏にふっと海上での戦いが蘇る。

(でかいだけでしょぉぉ!)

「……そう、大きいだけ。大丈夫……やれる」

 間近で見たアスカの勇気を思い出したシイは、歯を食いしばると初号機の両腕を天に掲げた。

 

 小高い丘の上で初号機と使徒は接触した。互いのATフィールドが反応しあい、巨大な光の壁が両者の間に広がると同時に、強烈な衝撃波が周囲一帯をなぎ払う。

「っっっ……」

 シイの身体に伝わる衝撃は、彼女の予想を遙かに超えていた。両腕の骨と筋肉が悲鳴を上げ、気を抜けば直ぐにでも肩の骨が外れ、押しつぶされてしまうだろう。

 苦悶の表情を浮かべ脂汗を流しながら、それでもシイは決して諦めなかった。目に浮かぶ涙を拭う事もせずに、歯をすり減るほど強く食いしばって必死に耐える。

「……うぅぅぅぅ!!」

 使徒を支えていた初号機の上腕部が、衝撃に耐えきれずに裂けてしまった。筋肉が断裂した痛みがシイを襲うが、まだ諦めない。徐々に踏ん張っている足場が大地に沈んでいっても、シイは挫けない。

「負け……ないんだから……」

 一人ならば決して耐えられなかっただろう。だが今は仲間がいる。自分を信じてここに向かっているレイとアスカを思うと、不思議と力が沸き上がってきた。

 

『碇さん』

『あんたにしちゃ、根性みせたじゃない』

「綾波さん、アスカ」

 待ちわびていた瞬間だった。丘を駆け上がってきた零号機と弐号機が、初号機の両側に立って使徒を全員で持ち上げる。エヴァ三機のATフィールドが重なり合った瞬間、使徒の身体が僅かに浮いた。

「私は手が動かない。お願い!」

『任せて』

 レイは零号機の肩からナイフを取り出すと、使徒のフィールドを切り裂く。

『アスカ』

『上出来よ! くたばれぇぇぇ!!』

 最初で最後のチャンス。それをアスカは逃さず、ナイフを使徒の巨大な目へと突き立てる。目玉の部分がコアだったのか、使徒は力尽きたように身体の力を抜くと、三機のエヴァを巻き込んで大爆発を起こした。

 

 

 発令所のモニターには使徒が滅びた際に発する、巨大な十字の光が映し出されていた。使徒殲滅が確認できても彼らはまだ表情を緩めない。

「…………エヴァ全機、確認!」

「「おぉぉぉぉぉ!!」」

 シイ達の無事を告げられた瞬間、ようやく発令所に歓喜の雄叫びが巻き起こった。

「まさに奇跡ね」

「いいえ、あの子達は自分達の力で使徒を倒した。奇跡なんてあやふやなものに頼ること無くね」

(奇跡を起こすのは人の意思……か)

 リツコは歓喜に沸く発令所で、一人複雑な表情で黙り込む。

「回収班を向かわせて。あの子達は活動限界だから」

「了解!」

 爆発の震源地で仲良く横たわるエヴァを、ミサトは誇らしげに見つめていた。

 

 本部に帰還したシイ達は、ミサト達が待つ発令所へ姿を見せた。困難な作戦を終えた開放感からか、作戦前の話題を楽しそうに話ながら歩いてくる。

「あたしがトドメを刺したんだから、当然フランス料理よ」

「……最初に使徒を止めたのは碇さん」

「わ、私は別に……。やっぱり綾波さんのアシストが大きかったと思うけど」

「でもさ、あんたその手でご飯食べられるの?」

「うぅぅ、ちょっと無理かも」

 情けない声を出すシイの両腕には、痛々しく包帯が巻かれていた。火事場の馬鹿力なのか、一時的にエヴァとシンクロが高まった為に、フィードバックダメージも強くシイに跳ね返ってしまったのだ。 

「ふふん、じゃあシイは不参加ね。あ~可哀想、折角のご馳走なのに見てるだけなんて」

「酷いよアスカ……」

「……大丈夫、私が居るもの」

 意図の読めないレイの発言にシイは首を傾げた所で、三人はミサトの前に辿り着いた。困難な作戦を成し遂げたシイ達を、ミサトは微笑みながら迎える。

「お疲れさま、みんな。本当に良くやってくれたわね」

「ありがとうございます」

「あたしにかかれば楽勝よ。ねえミサト、ミサトはやっぱフランス料理が良いわよね?」

 スポンサーを取り込む作戦に出たアスカに、ミサトは苦笑を浮かべる。このまま三人に付き合ってあげたい所だが、その前に責任者としてやるべき仕事が残っていた。

「悪いけど、その話はちょっち待ってね」

「葛城三佐。南極の碇司令から通信が入っています」

 ジャミングの元凶が居なくなったお陰で、通信システムは復旧していた。臨時の責任者であるミサトには、自らの指示とその結果を、ゲンドウに報告する義務があった。

「お繋ぎして」

『話は聞いたよ。使徒は無事殲滅出来たようだね』

「はい。ただ申し訳ありません。私の独断で初号機を損壊、搭乗者も負傷させてしまいました。責任は全て、私にあります」

『初号機の事は構わん。使徒の殲滅がエヴァの使命だよ』

『ああ。良くやってくれた、葛城三佐』

「ありがとうございます」

 労いの言葉を掛ける冬月とゲンドウに、音声のみの通信と知りつつもミサトは頭を下げた。

『ところで、そこに初号機のパイロットは居るか?』

「え? あ、はい。ここに居ます」

 突然ゲンドウに呼ばれ、シイは慌てて返事をする。

『…………ま、まあ何だ……良くやったな、シイ』

「お父……さん」

 初めてに近い父からの褒め言葉。それはシイが求めていたものだったが、自分が何を言われたのか一瞬理解出来なかった。褒め言葉を素直に受け取るには、あまりに親子の距離は遠すぎた。

『私からも礼を言わせてくれ。ありがとうシイ君、本当によく頑張ってくれた』

「あ……ありがとうございます、冬月先生」

『そして、他のチルドレンも良くやってくれた。君達の働きにも感謝する』

 一番活躍したのはシイかもしれないが、今回の作戦は彼女だけでは達成できなかった。冬月はレイとアスカにもシイと同じように賛辞を呈する。

 このあたりの気配りが当然のように出来るのが、冬月という男であった。

「……問題ありません」

「こんなの楽勝よ」

『頼もしい限りだな。では葛城三佐、後は頼むよ』

「はい」

『それと、搭乗者負傷の件については、戻ったらたっぷりと話を聞こう』

「え゛」

 冬月の言葉にミサトはぎくりと肩を震わせる。そう言えば冬月は先程、初号機『の事は』構わないと言っていた。だとすれば、シイの負傷については構うと言う訳で……。

『そうだな。報告を楽しみにしている。葛城三佐』

 何とも不吉なゲンドウの言葉を最後に通信は終わった。この先自分の身に待ち受けている展開を予想して、青ざめるミサトにシイは必死でフォローを入れる。

「み、ミサトさん、私ちゃんと言いますから。ミサトさんは悪くないって」

「シイちゃん、ホントにお願い。冗談抜きでやばいかもしれない」

 肘から肩口まで巻かれたシイの包帯を見て、ミサトは見得を捨て去ってお願いするのだった。

 

 

 あれから事後処理などを終えたミサトは、シイ達と一緒にルノーで夜の第三新東京市を移動する。期待に応えてくれた少女達に、せめてもの感謝をする為だ。

「約束は守って貰うわよ」

「ええ。フルコースだってどんと来いよ」

 強気に応えるミサトだったが、ハンドルを握る手は震え頬には冷や汗が伝っている。運悪く今日は給料日前で、ありったけを下ろしてきたミサトの口座は、冗談抜きですっからかんだった。

「あ、そこ右に曲がって。ほら、着いたわよ」

 ルノーのフロントガラスに小さな店の明かりが見える。だがそれはフランス料理でも回らないお寿司でもなく、一軒の小さなラーメン屋台だった。

「ここ?」

「そうよ。ミサトの懐具合くらい分かってるし、レイが和食、あたしが洋食で結局意見が纏まらなかったから、間を取って中華って訳」

 第三新東京市には、中華料理の高級店もある。それでもラーメンの屋台を選んだのは、本人は否定するだろうが、アスカなりの気遣いなのだろう。

「私屋台初めて来ました」

「……私も」

「ネルフのみんなに聞いたんだけど、ここって知られざる名店らしいわ」

「へぇ~楽しみだね、綾波さん」

「ええ」

「ほら、何ぼけっとしてるのよ。行くわよ、ミサト」

 アスカに促され一同は屋台ののれんをくぐった。

 

「親父さん、あたしフカヒレチャーシュー大盛りでね」

「フカヒレ……チャーシュー?」

「何よその顔。リツコ曰く、一度食べたら二度と忘れられない味らしいわよ」

(それ、どっちの意味にもとれるよ……)

「私はニンニクラーメンチャーシュー抜きで」

「綾波さんは刺激物大丈夫なんだ」

「いえ、食べたこと無いわ。ただ赤木博士が疲労回復には良いって」

(リツコさん……それは無責任過ぎるんじゃ)

「そうね~、じゃあ私はチャーシュー麺大盛りで。あ、それと生中をジョッキで――」

「「「じぃぃぃぃぃ」」」

「じょ、冗談よ。嫌ね、ほほほ」

(絶対本気だった……)

 西暦2015年現在、飲酒運転は勿論犯罪だった。

「私は……うぅ、どうしよう」

「あんたって、ホント優柔不断ね」

「ん~、すいません、お薦めは何ですか?」

「そりゃ醤油ラーメンだな。うちはこれで店を立ち上げた位だし、自信はあるよ」

「凄いですね。じゃあそれをお願いします」

 注文を終えた四人の前に湯気を立てる美味しそうなラーメンが並べられる。パチンと割り箸を割る音が、空腹の胃袋を一層刺激した。

「「いただきます」」

 アスカ、レイ、ミサトが箸を伸ばす中、両腕が動かないシイは寂しそうに丼を見つめていた。

(どうしよう……お腹空いたけど、手が動かないし)

「碇さん」

「えっ!?」

 不意にシイの口元に麺が運ばれる。驚いて視線を向けると、隣に座るレイがシイの丼から麺を取って食べさせようとしてくれていた。

「……食べないの?」

「あ、うん、頂きます」

 一瞬驚いたシイだったが、素直にレイの箸から麺を食べる。まるでひな鳥にエサを与える親鳥の様な光景に、ミサトとアスカは苦笑を浮かべていた。

「ホント一人じゃ駄目な子ね」

「でもそれを本人が自覚してるから、周りが助けてくれるのよ」

「そう言うもんかしらね」

「人は一人では生きられない生き物だから。それは貴方も例外じゃ無いわ」

「……あたしは一人で生きていけるわ」

「今はそれで良いわ。だけど何時か気づく時が来る。その時、それを憶えておいて」

 諭すようなミサトの言葉に、アスカは答えずに無言でラーメンを啜る。ミサトはそんな彼女に悲しげな視線を向けたが、何も言わずに自分も食事を再開した。

 

「ねえ、綾波さん」

「何?」

「綾波さんは、お父さんに褒めて貰った事ある?」

「……多分無いと思う」

「私も、あれが初めてだったと思う。お父さんは……どんな人なんだろう」

「……なら話してみたら?」

 悩んでいるシイに、レイはあっさりと答えを出した。シイは驚いたように視線をレイに向けるが、彼女はそれが当たり前と言った様子で視線を返す。

「……お互いを知るにはまずは会話から。貴方が病院で私に言った事」

「そう、だよね。私が逃げてるだけなんだ」

「碇さんと碇司令が仲良くなると……私も嬉しい」

「……うん。ありがとう綾波さん。今度お父さんとお話ししてみる」

「ええ」

 シイに向けられるレイの顔には、小さな子供を見守る母親の様な、穏やかな笑みが浮かんでいた。

 




奇跡という言葉は人の努力を否定するようで、あまり好きではありません。今回の作戦でも、絶望的な勝率を引き寄せたのは人の力ですから。

イメージ的には、ここまでが前半戦でしょうか。TSの影響は多少出ていますが、物語を大きく変化させるには至っていません。

この後に控える中盤戦、後半戦で、果たしてハッピーエンドの花を咲かせることが出来るのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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