エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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12話 その3《天空の使徒》

 使徒の襲来に備え、ネルフと国連軍は日本の陸海空を常時警戒している。これまでも日本に近づく使徒を早期発見し、エヴァによる迎撃が行われていた。

 だが今回の使徒は、彼らの予想を裏切る位置に姿を現した。

「二分前に突然現れました」

「マグマの時も驚いたけど、まさか宇宙とはね」

 非常招集に慌てて駆けつけてみたら、使徒が出現したのはまさかの地球外。予想外にも程がある出現地点に、ミサトは呆れたように呟いた。

「目標はインド洋上空、衛星軌道上に位置しているわ。後はデータ解析待ちよ」

「第六サーチ、衛星軌道に入りました。目標との接触まで、後二分」

「映像データ受信確認。映像を主モニターに回します」

 青葉の報告と同時に、メインモニターが使徒の姿を映し出す。

 巨大な目からアメーバ状にオレンジ色の手が両側に伸びており、シンメトリックの様な形態をしている。それはまるでシュールレアリズムの絵が、現実に現れた様だった。

「「おぉぉ」」

 既に数体の使徒を確認しているスタッフ達だったが、モニター一杯に映し出された使徒のあまりに規格外のその姿に、思わず驚嘆のため息が溢れた。

 

「こりゃ凄いですね」

「常識を疑うわね。ま、使徒に常識なんて無いでしょうけど」

「サーチ衛星、目標と接触。データ解析開始……あっ!」

 マヤが端末を操作しようとした瞬間、メインモニターの映像が砂嵐へと変わる。それは映像を送っていた第六サーチの消失を意味していた。

「攻撃された? でも何をしたようにも見えなかったけど」

「恐らくATフィールドをぶつけたのね。新しい使い方だわ」

「……不可侵領域を相手に、か。それってエヴァも出来るって事?」

「理論上はね。マヤ、他のサーチ衛星を回して。まずはデータ収集を行うのよ」

「現在第四、第七、第十二サーチが衛星軌道へ向けて移動中です」

 今度は先程よりも少し離れた位置からデータの解析を開始した。

 

 出現してから目立った動きを見せなかった使徒だが、何か切っ掛けがあったのか突然、攻撃行動を取った。自らの身体の一部を切り離し、地上へと落下させる常識外れの攻撃。

 作戦司令室に移動したミサト達はテーブルディスプレイに映し出されている、海に出来た巨大なクレーターを見て、呆れたように顔を見合わせる。

「へぇ~大した破壊力ね。改めてATフィールドの力を思い知ったわ」

「落下のエネルギーも利用していますからね」

「その一度目がそれ、後は確実に誤差修正しているみたいね」

 太平洋に落下した初弾以降、二度、三度と繰り返された落下攻撃は、徐々にではあるが確実にネルフ本部へと近づいていた。四度目が無いのは、もう試し打ちの必要が無いと判断したからなのだろうか。

「N2航空爆雷による攻撃が行われましたが、効果はありません」

「ま、これだけATフィールドが強いんだし当然ね」

「その後、全てのサーチ衛星が破壊された為、使徒の消息は不明です」

 青葉の報告を受けたミサトは少しの間、瞳を閉じて思案を巡らせる。これまで得られたデータから、導き出される答えは一つだった。

「……来るわね、ここに」

「ええ、間違いないでしょう。それも本体ごとね」

 ミサトの予測にリツコも同意した。確実に目標地点へ命中させると判断したなら、出し惜しみをする意味は無いだろう。それはすなわち、使徒本体による直接攻撃を意味する。

「南極の碇司令と連絡は取れる?」

「使徒の放つジャミングが強力な為、通信は依然不能です」

「MAGIは?」

「全館一致で撤退を推奨しています」

 三系統のコンピューターによる多数決でMAGIは結論を出す。あの無謀と言われたヤシマ作戦でさえ、賛成二、条件付き賛成一だった。

 それが今回は全てが撤退を推奨している。状況がいかに絶望的なのかを示すに十分だろう。

「ま、そりゃそうよね」

「どうするの? 今の責任者は貴方よ、葛城三佐」

 その場にいた全員の視線が集まる中、ミサトは暫し考えて指示を下す。

「……日本政府各省に通達。ネルフ権限における特別宣言D-17を発令します。半径50km以内の全市民を避難させて。MAGIのバックアップは松代に」

「ここを放棄するんですか?」

「いえ、勿論最後まで戦うわ。ただ、みんながリスクを背負う必要はないもの」

 困惑する日向の問いかけに静かに答えるミサトだったが、その目には確固たる意思が宿っていた。

 

 

 D-17が発令された第三新東京市は大混乱に陥っていた。避難指示に従って第三新東京市から脱出しようとする車で道路が埋め尽くされ、戦自の輸送用ヘリもかなりの数が動員されている。

「……なんや、今回はえらい大事みたいやな」

「うん。地下シェルターじゃ無くて外へ避難なんて、相当の異常事態だよ」

「やっぱり使徒が来るからよね」

 トウジ達2年A組の生徒達も、学校からバスで第三新東京市の外へと避難している最中だった。とは言え以前の様にはしゃぐ者は誰一人居ない。

 自分達の友人が戦ってくれていると自覚してから、彼らは避難指示を真摯に受け止める様になっていた。

「やるせへんな。わしらの為に戦うシイ達を残して、わしらだけ逃げるっちゅうのは」

「僕らが居ても邪魔になるだけだよ。僕達に出来ることは、三人の無事を祈る事だけだね」

「……シイちゃん、綾波さん、アスカ……どうか無事で」

 手を合わせて祈るヒカリ。それは彼女だけでなく、バスに乗り込んでいるクラスメイト全員が、それぞれの形でシイ達の無事を祈っていた。

 

 

「……手で」

「使徒を」

「受け止めるぅぅ!?」

 緊急招集を受けてネルフ本部に集合したシイ達は、ミサトから今回の作戦を告げられ、唖然とした様子でオウム返しする。

「そうよ。落下してくる使徒を、エヴァで直接受け止めるの」

 ミサトはモニターに第三新東京市近辺の地図を表示させる。

「これが使徒の落下予想範囲よ。この何処に落ちても、ネルフ本部は消滅するわ」

「こんなに広いなんて……」

「……全てをカバーするのは不可能だと思います」

「ええ。なので、エヴァ三機をこの位置に配置するわ」

 地図に青、紫、赤の色で塗りつぶされたエリアが現れる。それは使徒の落下予想範囲内で、エヴァ各機がカバー出来る最大エリアだった。色は範囲内の大体六割程を埋め尽くしていた。

「気づいたと思うけど、この色はそれぞれのエヴァが移動できる距離の範囲を示しているわ」

「じゃあもし、色がついてない所に使徒が落ちたら……」

「アウトね」

「他の二機がカバーに入る前に、機体が衝撃に耐えられなかったら?」

「その時もアウト」

「で、この作戦の勝算は?」

「神のみぞ知る、かしら。正直作戦と呼べないレベル……だから貴方達には拒否権があるわ」

 MAGIが弾き出した作戦の成功確率は、1%にも遠く満たない。無謀とも言える作戦だからこそ、ミサトは彼女たちに無理強いをせずに、それぞれの意思に委ねた。

「私はやります」

 三人の中で真っ先に意思を表明したのはシイだった。

「私達がやらないと、みんな無くなっちゃう。そんなのは嫌だから」

「……私も問題ありません」

「ちょっと、リーダーを差し置いて勝手に話を進めないで。んな訳でミサト、そんなのは愚問よ」

 シイ、レイ、アスカはそれぞれ覚悟を決めた視線をミサトに向ける。三人の意思をしっかりと受け止めたミサトは、感謝するように深々と一礼した。

 

「……ありがとう。これが終わったら、みんなにステーキ奢るから」

「駄目です!」

「却下よ!」

「えっ!?」

 ミサトの言葉にシイとアスカが即答で駄目出しをした。ミサトにしてみれば、ちょっとしたサービスのつもりで言ったのだが、まさかの反応にミサトは目を丸くする。

「綾波さんがお肉食べられないんですから」

「そうよ。ご褒美のご馳走なら、もっと他にあるでしょ」

「そ、そう……じゃあ何が良いかしら」

 二人の反応がレイを思いやっての事だと理解して、ミサトは苦笑しながらシイ達に尋ねる。

「チョコレートフォンデュ」

「フランス料理のフルコース」

「……精進料理」

 三人同時に食べたいものを告げたのだが、見事に意見が割れた。アスカとレイはともかく、シイに至っては食事と言うよりもデザートだった。

「ちょっと、あたしがリーダーなんだから、あたしに合わせなさいよ」

「え~チョコレートフォンデュ美味しいのに」

「……精進料理」

 譲らないシイとレイに、アスカは自分の意見を押し通そうとアピールを行う。

「シイのはそれデザートでしょ。世界最高峰の料理は、フランス料理って相場が決まってんの」

「それはおかしいよ。日本食はヘルシーで、とっても健康に良いんだから」

「チョコレートフォンデュって言った奴の台詞じゃないでしょ!」

「……精進料理」

 食べ物の好みはそれこそ千差万別だ。育ってきた環境や国籍が異なる三人の意見が分かれるのも、ある意味で必然と言えるだろう。

「むぅ~なら私は綾波さんに賛成。じゃあ二対一でお寿司に決定ね」

「いいえ、違うわ。あたしはリーダーだから二倍の決定権があるのよ」

「ズルイよアスカ。大体アスカはドイツ人なんだから、ドイツ料理を勧めれば良いじゃない」

「あんた馬鹿ぁ? こんな島国に、本物のドイツ料理を出す店があるわけ無いでしょ」

「なら本場の日本料理で決まりだよ」

「……精進料理」

「あ~も~煩いわね。てかレイはいつまでそれ言ってんのよ」

 絶望的な作戦を前にしても、普段通りに振る舞う三人。それをミサトは頼もしく見つめていた。

 

「三人とも、盛り上がってる所悪いけど時間が無いわ」

「ちっ、しょうがないわね」

 作戦が成功しなければ、そもそもご馳走の話すら無くなってしまう。アスカは気持ちを切り替えると、握った拳を二人の前に差し出す。

「この続きは使徒を殲滅した後よ。だから絶対に全員揃って作戦を完遂すること。これはリーダーの命令よ!」

「うん、そうだね」

「……ええ」

 シイは微笑みながら、レイは無表情でアスカの拳に自分の拳を合わせる。こうして希望に満ちあふれた少女達による、絶望的な作戦が開始されるのだった。

 




新劇場版で超VIP待遇を受けた使徒様のご登場です。この小説のベースはTV版なので、あんな派手な演出は無いと思いますが。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※レイが魚も駄目だったと言う事実を、感想で教えて頂いたので、一部表現を変更致しました。
ご指摘下さった方、ありがとうございます。

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