エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

61 / 221
12話 その2《昇進パーティー》

 

 すっかり日が落ちた第三新東京市をミサトのルノーが駆け抜ける。同乗者はシイだけで、アスカとレイはある事情から別の車でミサトの家へと向かっていた。

「ごめんね。今日のテストは変な事になっちゃって」

「いえ、私にも問題があったと思うので」

「……何かいつもと違う事でもあった?」

「今日はちょっとだけ、エヴァが近くに感じられたんです」

 シイの返答にミサトは僅かに眉をひそめながら尋ねる。

「どんな感じだったの?」

「声は聞こえなかったんですけど、何かを語りかけてくれた……それが分かったんです」

「それでシイちゃんはエヴァに近づいたの?」

「はい。でも見えない壁みたいな何かが、私とエヴァの間にあったんです。だからそれを超えようとして……」

「なるほどね」

 突然プラグ深度が急降下した理由を察し、ミサトは小さく呟く。

(超えてはいけない領域、か。多分リツコはそれを知ってるのね)

 それっきりミサトは厳しい表情のまま、黙り込んでしまった。

 

 ミサトが黙ってしまうと、二人しか乗っていない車内は無言の空間になってしまう。漂い始めた暗い空気を変えようと、シイは話題を切り出す。

「……あの、ご昇進おめでとうございます」

「ありがと。でも、正直あんまり嬉しくは無いの」

「どうしてですか? 昇進って、人に認められたって事ですよね」

「そりゃ少しは嬉しいわよ。でも、それが目的でネルフに入った訳じゃないから」

 答えるミサトの表情に影が落ちる。以前から何度か尋ねてみたが、ミサトがネルフに入った理由は結局教えて貰えなかった。

 それを聞くことがミサトの心に踏み込む事だと分かっていても、シイは聞きたい気持ちを抑えきれない。

「聞いても良いですか?」

「つまらない話よ。それでも良い?」

 直ぐさま頷くシイをチラリと横目で見て、ミサトは覚悟を決めた表情で語り始めた。

 

「私の父は自分の研究、夢の中に生きる人だったわ。そんな父を許せなかった。憎んでさえいた」

(……お父さんに似てるかも)

「家族の事なんか見向きもしなかったわ。周りは繊細な人だと言っていたけどね。だけどホントは心の弱い、現実から……私たち家族という現実から、逃げてばかりいた人なのよ」

(家族という現実……)

「だから母が父と別れたときも、すぐ賛成したわ。母はいつも泣いてばかりいたもの」

(私のお母さんも泣いてたのかな……)

「父はショックだったみたいだけど、私は自業自得だと笑ったわ。だけど……」

 ミサトは一度言葉を止めると、ハンドルを握る手に力を込めて続きを語った。

「最後は死んだわ。セカンドインパクトの時、私の身代わりになってね」

(…………)

「前に温泉で見せた胸の傷はその時のものよ。この傷を見る度、この傷がうずく度に私はあの時の光景を思い出すの。この世の終わりと思う程荒れ果てた世界と、その中心に伸びる光の柱を」

「それが、使徒……」

「分からないわ。ただ一つ確かなのは、私はセカンドインパクトを引き起こした使徒を、私から全てを奪った使徒を許さない。だから復讐の為にネルフに入ったの」

 語り終えたミサトにシイは何も言えなかった。この話はミサトの心の傷を呼び起こすもの。気軽に聞いて良い話では無かったのだ。

 そして、過去の自分の失言にも気づいてしまった。

「……ミサトさん、ごめんなさい」

「え?」

 予期せぬシイからの謝罪にミサトは間の抜けた声を上げる。彼女は私怨の為にシイ達を道具扱いした自分を、シイは責めるだろうと思っていたからだ。ミサトは驚いて視線を横に向ける。

「私……前にミサトさんに……酷いこと言っちゃって」

「前……」

「大切な人を失えば分かるって……ミサトさん……私より……辛い思いをしてたのに……」

 膝の上で震えるシイの拳に涙がこぼれ落ちる。あの時の自分の言葉が、どれだけミサトを傷つけたのか。後悔の念は涙となって溢れ、止まることを知らなかった。

「ありがとうシイちゃん。私の代わりに泣いてくれて」

「……え」

「私は父が死んだときも、泣けなかったのよ。あの時の私は父を憎んでいたから」

 ミサトは車を止めて助手席のシイへと向き直る。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「だからありがとう。父のために、私のために泣いてくれて、ありがとう」

 シイはミサトの胸に顔を埋めて思い切り泣いた。それは大切な人を失っても泣くことを許されなかった、ミサトの涙でもあったのかも知れない。

 

 

 

「それでは、葛城ミサト三佐のご昇進をお祝いして」

「「かんぱ~い」」

 ミサトの家にグラスが重なり合う音が響いた。テーブルに並べられた豪華な料理と、ミサトを祝うべく集まった多くの人達で、リビングは明るい空気に満ちていた。

「みんなありがとう」

「言いだしっぺは、こいつですわ」

「そうです。企画立案はこの相田ケンスケ、相田ケンスケです」

「ありがとう、相田君」

 立ち上がり力一杯主張するケンスケに、ミサトは苦笑いを浮かべながらもお礼を言う。結果的に彼の一言で加持やリツコまで招待する、盛大なパーティーが開かれたのだから侮れない。

 

「ねえアスカ、あの人が加持さん?」

「そうよ。大人の男って感じで素敵でしょ」

「ん~そうなのかな。綾波さんはどう思う?」

「……美味しい」

 ヒカリとアスカが加持の話題で盛り上がる中、レイは一人黙々とシイの作った料理を食べる。肉が食べられない彼女の為に、シイが工夫を凝らした料理をお気に召したようだ。

 パーティーが始まってから全く箸が止まらないレイに、アスカは呆れたように突っ込みを入れる。

「あんたね、あんまり食べると太るわよ」

「……アスカ、鏡を見たことはある?」

「何ですってぇぇ!!」

 さらりと毒舌を吐くレイに、アスカが思い切り噛みつく。ただそれは仲の良い友人のじゃれ合いであり、喧嘩するほど仲が良いを体現している様であった。

 そんな二人を微笑ましそうに見つめるヒカリの横で、シイは羨望のため息を漏らす。

「はぁ、アスカも綾波さんもスタイルが良くて羨ましいな」

「牛乳飲むと良いらしいわよ」

「……毎日一本飲んでるの」

「そ、そうなんだ。そう言えば遺伝も関係あるって聞いたことが」

「うぅぅ、お母さんも私みたいだったのかな……」

 シイには母親の記憶がほとんど無い。実家で暮らしていた時も、何故か写真などは全て処分されていたので、母の姿を想像することが出来なかった。

「ふ~ん、でも写真の一枚くらい、誰か持ってそうだけどね」

 ヒカリとシイの話が聞こえたのか、アスカが二人の間に入ってくる。

「家族じゃなくて、知り合いなら意外と捨てずに持ってるかも知れないわ」

「お母さんの知り合い?」

「……昔、副司令が碇さんのお母さんの先生だったと、聞いた事があるわ」

「冬月先生が!?」

「ええ」

「そうだったんだ……今度聞いてみようかな」

 レイの言葉を聞いたシイは、母の姿を見ることが出来る希望に笑顔を輝かせるのだった。

 

 女の子グループから少し離れた場所では、ケンスケとリツコが兵器について熱く語り合っていた。

「それは凄い。ガンブレードはやはり優れた武器ですよね」

「あら、貴方若いのに分かってるわね」

「槍と斧があるなら、やっぱり剣も作ってたりするんですか?」

「ふふ、一応ね。機密だから詳しくは言えないけど、刀型の武器を試作中なの」

 今日が初対面の筈の二人だが軍事オタクのケンスケと、マッドサイエンティストの気があるリツコは相性が良いらしく、すっかり打ち解けた様子を見せていた。

「おぉ、素晴らしい。なら後は防御面ですよね。プロテクターとかは?」

「動きを制限しない追加装甲を思案中よ」

「流石はネルフが誇る赤木リツコ博士。こうしてお話出来るだけでも光栄です」

「貴方もなかなか見込みがあるわね。今度うちに見学へいらっしゃい」

 意気投合したケンスケとリツコはエヴァの装備について、ディープに語り合い続けた。

 

 そんな二人の横では、トウジと加持が男女について言葉を交わしていた。

「やっぱ女っちゅうのは分からんですわ」

「そりゃそうさ。俺達男性にとって、女性は永遠の謎だよ」

「加持さんは女性の扱いが得意って、聞いとりますけど」

 トウジと加持はオーヴァーザレインボーで出会って以来だったが、その時のやり取りから加持が女性に慣れている男だと、トウジは認識していた。

「ま、それなりにな。君は気になる女の子でもいるのかな?」

「わ、わしは別に……気になるっちゅうか、まあ何と言いますか」

「なら俺からのアドバイスだ。恋愛に関しては、当事者以外の言葉は信じるな」

「何でですか?」

「男女の仲は、本人達にしか分からない世界だからさ。だから全ては、自分で考え自分で決めろ」

「自分で……」

「時にそれは悲しい結果を迎えるかもしれない。だが、後悔だけはしないで済むさ」

 大人の男の雰囲気を纏った加持の言葉は、不思議な説得力があった。トウジは尊敬の眼差しを加持に向け、深々と頭を下げる。

「加持さん、いや加持の兄さんと呼ばせてください」

「大げさだな。まあ、君の場合相手にも脈がありそうだぞ」

「え、分かるんですかって…………へへへ、そう言う事ですね」

「そうだ、それで良い」

 トウジと加持は男同士の会話を堪能していた。

 

「……ねえ、ペンペン」

「くえぇ?」

「このパーティー、主役は私なのよね?」

「くえぇぇ」

 一人話の輪から外れてしまったミサトを、ペンペンは優しく慰めるのだった。

 

 

 パーティーが盛り上がる中、シイはリツコから二人の不在を聞かされた。

「そうですか、お父さんと冬月先生は今居ないんですね」

「何よそれ、司令と副司令が揃って不在なんて、緊張感無さ過ぎなんじゃない?」

「……多分初めてだと思う」

「ええ。私の知る限り、今まで二人が同時に本部を離れたことは無かったわ」

「これも全部、留守を任せた葛城を信頼してるって事かな」

「んな訳ないでしょ」

 加持の言葉にミサトは、ビールをぐびぐびと飲みながらジト目を向ける。褒められた恥ずかしさもあるのだが、自分があの二人に信頼されているとは思えなかったからだ。

「いやいや、二人が不在ならネルフの指揮責任者は葛城だからな。信頼してなきゃ出来ない事さ」

「へぇ~ミサトも偉くなったのね」

「……あの、良く分からないんですけど、ミサトさんってどれくらい偉いんですか?」

 話の流れを壊さないように、シイは恐る恐る尋ねてみる。

「そうね、ネルフの戦術作戦部の部長で作戦局第一課の課長を兼任。使徒襲来の際には、司令と副司令に続く指揮権を持ってる。そう言えば少しは分かるかしら」

「えっと、何となくですが」

「りっちゃんと俺よりも階級は上だよ。おっと、それなら敬語を使うべきかな?」

「何言ってんのよ、ば~か」

 ビールを飲むミサトの頬は、赤く染まっていた。それは酔いもあるのだろうが、自分が褒められた事に対する照れも隠れていた。

 

「でもお父さん達、二人揃って何処に行ってるんだろ」

「さあね。ひょっとしてこっそりと、温泉でも入ってるんじゃない?」

「碇司令達は今、南極に行ってるわ」

 シイの問いかけに答えたのはリツコだった。ミサトの話を聞いていたシイは南極という言葉に反応して、僅かに眉をひそめる。 

(南極……セカンドインパクトが起きた場所……何をしに行ってるんだろう)

 遠く離れた地に居るであろう父を思い、シイは窓の外へと視線を向けるのだった。

 

 

 かつて南極大陸と呼ばれた場所は既に無く、辺りは一面に広がる赤い海と所々に突き立つ塩の柱があるだけ。それはまさに死んだ世界だった。

 その中を進む艦隊の中央に位置する旗艦のブリッジ。そこにゲンドウと冬月の姿があった。

「回収は無事に終わったな」

「ああ。これも我々の切り札になり得る」

「これでようやく、この場所から離れられる。出来れば二度と来たくないな」

 ブリッジの窓からは見渡す限りの赤い海と塩の柱が見える。まるで生物の存在を否定するような冷たい光景に、冬月は心底嫌そうな顔をした。

「原罪の汚れ無き世界、浄化された世界だ」

「これがか? 俺には死の世界にしか見えんよ」

「だが我々はここに存在している。生きたままでだ」

「科学の力で守られているからな」

「科学は人の力だ。力無き我々が生き残るため得た力だよ」

 断言するようなゲンドウの口調に、冬月は嫌悪感を隠さない。

「その傲慢がセカンドインパクトを起こしたのだ。結果この有様、与えられた罰にしては大きすぎる」

「だが、我々は引き返せない。もう時間が無いのだ。冬月、揺らぐな」

「それはお前だと思うがな」

 冬月の言葉にゲンドウは僅かに顔をしかめて押し黙る。その反応こそが、ゲンドウにまだ迷いがある証拠だと理解した冬月は、小さなため息と共に言葉を続ける。

「……シイ君が望むのは、人の生きている世界だと思うぞ」

「分かっている。それでも私は引き返さない。例えシイに恨まれようとも」

 ゲンドウは旗艦の横を航行する母艦の甲板へと目を向ける。そこにはカバーでくるまれた、棒状の物体が厳重にくくりつけられていた。

(もし、シイ君が希望を見いだしたならば……あるいは)

 冬月は目を閉じて小さな願いを、あの少女へと向けるのだった。

 




シイとアスカが過去にトラウマを抱えているのと同じで、ミサトも過去に傷を持っています。この三人は似ていますよね。
だから疑似家族の存在が、三人の精神的にも大変重要な物になっています。

冬月は原作の台詞を聞いていても、やはり人類補完計画、ゲンドウの計画に関しても本心では反対っぽい感じがしました。
果たして冬月は今後、ゲンドウに協力し続けるのか。それとも……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。