エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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12話 その1《葛城三佐》

 

 ある日の放課後、ミサトの家ではシイとアスカ、そしてヒカリが勉強会を開いていた。

「うぅぅ、分からない……」

「ここはね、この方程式を使うのよ」

「ホント、あんた馬鹿ね。こんなの授業聞いてれば分かる事でしょ」

 リビングの机に教科書とノートを広げて勉強に励む三人。一応勉強会という名目だが、実態はシイにアスカとヒカリが勉強を教えるというものだった。

「あんたがどうしてもって頼むから、こうしてあたしとヒカリが面倒見てあげてるんでしょ。そんな情けない顔するんじゃないの」

「それはそうだけど……うぅ」

「落ち着いてシイちゃん。ほら、少し考えれば分かってくるから」

 アスカとヒカリの教え方は、まるで飴と鞭の様に対照的だった。正座して問題を解いていくシイを、両側に座った二人が着きっきりでフォローしている。

 因みにレイは特別任務があるらしく、今回は不参加だった。

「大体テストの点なんて、あたし達パイロットには関係無いでしょ」

「だって私が馬鹿だとお父さん、がっかりするだろうし……」

「碇司令が? それは無いんじゃない」

 アスカはゲンドウと話す機会に恵まれていないが、それでもスタッフ達から話は聞いている。冷徹非情の鬼で、娘すらも駒として扱う酷い男だと。そんな男が娘の成績に一喜一憂するとは思えなかった。

「でも勉強するのは大切な事よ。私も手伝うから頑張ろう、ね」

「ヒカリちゃ~ん」

「はぁ、ヒカリは甘いのよ。この子は甘くするととことん甘えるから、厳しい位が丁度良いの」

「アスカは厳しすぎだよ……」

「ほらほら、手が止まってるわよ。さっさと問題解きなさい」

 アスカに促されてシイが再び問題に取りかかろうとすると、不意に来客を告げるチャイムが鳴った。

「あ、お客様だ」

「タイミング悪いわね」

「は~い、今行きます」

 シイは立ち上がるとトコトコと玄関へと向かう。そこで待っていたのは、

「「おじゃましま~す」」

 トウジとケンスケのコンビだった。

 

 シイに迎え入れられてリビングにやってきた二人を見て、アスカは露骨に不機嫌な顔に変わる。嫌っている訳では無く、単に女子だけの空間に男子が入ってきたのが嫌なのだろう。

「げっ、馬鹿コンビ。何しに来たのよ」

「決まっとるやろ。わしらも勉強会に参加させて貰うんや」

「鈴原が……勉強!?」

 トウジの言葉にヒカリはショックを受けて、手にしていた教科書をぽとりと落とす。何度勉強しろと言っても聞かなかったトウジから、自主的に勉強すると言われれば当然の反応とも言えるが。

「実はさトウジの奴、この間のテスト結果が親父さんにバレたらしくて」

「今回のテストで赤点とったら、来月の小遣い無しなんや。こうなりゃ、背に腹は変えられん」

「そうなんだ。でもどうして家に?」

「あれ、碇は知らないのか? 委員長は学年でトップ5に入る優等生なんだよ」

「知らん仲や無いし、ここは恥を忍んで頼もうっちゅう訳や」

 トウジはまだ呆然としているヒカリに元に近づくと、膝を着いて深々と頭を下げた。

「頼む委員長。わしの小遣いのため、力を貸してくれ」

「えっ、あ……ま、全く仕方ないわね。シイちゃんのついでに、見てあげるわよ」

「ほんまか。おおきに委員長。恩に着るわ」

 ヒカリの気持ちを知っているアスカとケンスケはやれやれと言った様子で、シイはキョトンとした様子で二人を見つめていた。

 

 賑やかに、騒がしく、五人の大所帯となったシイ達は勉強会を再開した。ヒカリがトウジに付きっきりになってしまったので、シイはアスカとマンツーマンでしごかれる事になってしまう。

「ほら、また計算ミスしてる。あんたもう少しイージーミス減らしなさいよ」

「うぅぅ、ごめんなさい」

「言った側からまたミス。次ミスったらでこピン一発ね」

「うぅぅぅ」

 ヒカリという飴が無くなった今、シイは徹底的に鞭で叩かれていた。

「ん~分からん。委員長、ここはどないするんや?」

「あ、ここは引っかけなの。これじゃなくて、こっちの式を当てはめれば」

「なるほど。いや~流石委員長、んじゃ次も頼むわ」

「こっちは……」

 一方のトウジとヒカリは、対照的に和やかな空気で勉強を進めていた。机を挟んで正反対の指導が行われる様子を、ケンスケはニヤニヤしながら見つめている。

 実は相田ケンスケという少年、意外に成績は悪くなかった。素行にこそ問題があるが、テストでは平均点より上ををしっかりキープしており、赤点とは無縁の位置にいた。

 すっかり傍観者に徹しているケンスケに、シイは恨みがましい視線を送る。

「相田君ずるいよ……」

「そりゃ言い掛かりだよ。僕は一応授業をちゃんと聞いてるし、まあ要領は悪くないからね」

「ほら、あんたは馬鹿な事言ってないで、ちゃんと集中しなさいよ。でこピン喰らいたい?」

「うぅぅ」

 威嚇のようにでこピンの空打ちをするアスカに、シイは怯えながら問題に取りかかるのだった。

 

「あら、賑やかだと思ったらこんなにお客様が来てたのね」

「「ミサトさん!!」」

 ふすまを開けて部屋から姿を現したミサトに、トウジとケンスケは素早く反応した。ネルフの制服を着込んだミサトは、そんな二人に苦笑を浮かべる。

「みんなで勉強会? 精が出るわね」

「いえいえ」

「こんなん、学生として当然の事ですわ」

((馬鹿コンビ))

 でれでれのトウジ達に、アスカとヒカリは冷めた視線を送る。

「勉強も良いけどシイちゃんとアスカは。今日のテストに遅れないようにね」

「あ、はい」

「は~い」

「みんなはゆっくりしていってね。じゃあ私は先に本部へ行くから」

 ミサトはヒカリ達に笑顔を向けると、リビングから玄関へと向かおうとする。その時ケンスケが何かに気づいたように眼鏡を光らせ、突然立ち上がり深々と頭を下げた。

「こ、この度はご昇進おめでとうございます」

「はは、ありがとう」

 少し困った顔をしながら礼を言うミサト。話に着いていけない他の面々は、ポカンとした顔で二人のやり取りを見つめていた。

 

「ねえ相田君。ミサトさんに何かあったの?」

 ミサトが玄関から出ていった後、シイはケンスケに尋ねてみた。

「気が付かなかったのかい? ミサトさんの襟章だよ。線が二本になってる」

「それが何よ」

「昇進したんだよ。一尉から三佐に」

 興奮したようにケンスケはまくし立てる。ミリタリーマニアの彼は軍人の階級にも詳しい様で、あの短い間に小さな襟章の変化を見逃さないあたりは、筋金入りと言えるだろう。

「へぇー知らなかった」

「……ねえアスカ。それって凄いの?」

「碇は何も分かってない!! あの若さで佐官なんて、普通じゃ考えられない出世なのに」

「そ、そうなんだ……」

 まくし立てる様なケンスケの迫力に、シイは冷や汗を流しながら引き気味に答える。まだシイにはどれほど凄いのかよく分からなかったが、それでもケンスケの話から良いことなのだと理解出来た。

「まあ何にしても、目出度い事やな」

「そうだね……何かお祝いした方が良いのかな」

「それだ!!」

 シイの呟きにケンスケは眼鏡を光らせて叫んだ。

「ミサトさんの三佐昇進パーティーをしよう。そうだ、それが良い」

「パーティーね、まあシイがご馳走作るのなら賛成だけど」

「私は構わないよ」

「よし、決まった。じゃあ準備は僕達に任せてくれ」

 一人盛り上がるケンスケ。だが他の面々もミサトをお祝いする事には賛成であり、今夜葛城家でパーティーを行うことに決定した。

 細かい打ち合わせをしている間に、シイとアスカは本部へ向かう時間になってしまった。飾り付けをトウジとケンスケに、料理の準備をヒカリに任せて、二人はテストの為本部へと向かうのだった。

 

 

 赤い冷却液に満たされた実験室に、三つのテスト用プラグが並んでいる。プラグはそれぞれのエヴァとリンクしており、エヴァに搭乗しなくても実験を可能としていた。

 シイ達はそれぞれのプラグに入り、初めて三人揃ってのテストに臨んでいた。

(でね、ミサトさんが昇進したんだって。よく分からないけど、凄いことみたいなの)

 テスト用プラグの中で、シイはいつものように初号機へ語りかける。実験の間にエヴァへ近況報告をすることが、シイにとっては当たり前になっていた。

(ミサトさんが認められたって事だよね……ふふ、私も嬉しいな)

 エヴァからは言葉こそ返ってこないが、感情の変化の様な物が伝わってくる。なので言葉は交わせなくとも、何となくではあるが意思の疎通が出来ていた。

(今日はみんなでパーティーなの。みんなが嬉しい顔をしてるのは、幸せな事だよね)

『………………』

 聞こえなかった。だが今確かに、エヴァが何かを語りかけてくれた。今までとは違う感覚に、シイはもっとハッキリ聞こうと意識を集中させる。

(今、何を言ってくれたの? ねえ貴方はお話出来るの?)

『………………』

 まるで水の中から外にいる自分へ、呼びかけてくれている様な感覚。どれだけ近づこうとしても、壁のような何かが邪魔をして声が届くことは無い。それが酷くもどかしく感じられ、シイはその先へ飛び込もうとした。

 

 三人のテストをモニターしていた管制室では、シイの異変に気づき慌ただしい空気が流れていた。

「シイちゃんのプラグ深度が急激に降下。精神汚染区域に突入します!」

「深度を戻して」

「駄目です。深度が制御できません。このままでは……」

「1番のテストを中止。全回路の切断急いで」

 リツコは素早く指示を下し、シイと初号機の回路を強制的に切った。精神汚染と言う最悪の事態を免れ、管制室のスタッフ達は深いため息をつく。

「ふぅ、テストの度にこれじゃ心臓に悪いわね」

「ですね。ハーモニクス自体は、アスカよりも大分低い数値なのですけど」

「アスカは平気なの?」

「はい。数値もプラグ深度も安定しています」

 マヤの返答にミサトは首を傾げる。以前はさほど疑問に思わなかったが、何故シイだけ毎回プラグ深度が危険な領域まで下がるのか。改めて考えると不可解だった。

「変ね。これで数値も高いなら納得出来るんだけど」

(多分シイさんは無意識の内に、彼女の存在を受け入れているのね……)

 リツコは険しい表情でガラス越しにシイの姿を見つめていた。

 

 テストが終わり管制室に集合したシイ達は、リツコからテストの結果を告げられる。

「アスカは流石の数値ね。ハーモニクスは三人の中でトップよ」

「ふふん、当然よ」

 リツコからの褒め言葉に、アスカは当然と言いつつも満更では無い様子で胸を張る。エヴァに乗ることにプライドを持っている彼女にとって、一番である事は重要だった。

「レイはもう少し高い領域での安定を心がけて」

「……はい」

 エヴァとのシンクロ率は常に上下に変動するものなのだが、レイは三人の中で一番ぶれが少なく安定した数値を記録していた。

「それとシイさんは……ごめんなさい、アクシデントでテストを中断したから、結果が出なかったわ」

「そうですか……」

「途中までの数値は悪くなかったわ。次に期待してるわね」

「あ、はい」

「じゃあテストは終了よ、お疲れさま。シャワーを浴びて着替えていらっしゃい」

 リツコに促されて三人は管制室を退室した。

 

 シャワーを浴びてから三人は更衣室で着替えを行う。そこでアスカはシイの浮かない表情に気づく。

「あんたまだ気にしてるの? アクシデントなんて、向こうの責任じゃない」

「うん……もう少しだったのに」

「……何かあったの?」

 シイの小さな呟きを聞き逃さなかったレイは、少し心配そうに尋ねる。

「もう少しでエヴァと、お話出来たかもしれなかったの」

「はぁ? あんた馬鹿ぁ? エヴァと話すなんて出来るわけ無いじゃない」

「……どういうこと?」

 着替えを終えたシイはベンチに腰掛けながら、不思議そうな顔をする二人に事情を説明する。自分以外の誰かがエヴァに居てそれと意思疎通が出来ると言う話に、アスカは胡散臭そうな顔をシイに向ける。

「あんた疲れてんじゃ無いの?」

「アスカは感じた事無い?」

「あるわけ無いでしょ。大体そんなのが居たら、シンクロなんて出来ないじゃない」

「そうだけど……」

 同じエヴァのパイロットであるアスカに言われると、シイも自信が無くなってしまう。

(あの人は私の勝手な想像なのかな……)

「レイもそう思うでしょ」

「……エヴァには心があるわ」

 ポツリと呟いたレイに、アスカとシイは視線を向ける。

「……私には碇さんの感覚は分からないけど、否定も出来ないわ」

「綾波さん……」

「ふ~ん。ま、シイはあまりにも情けないから、エヴァも黙ってられないかもね」

「酷いよアスカ~」

「ほら、この話はおしまい。今日はパーティーなんだから、早く帰るわよ」

 今この話を続けても結論は出ないだろうと判断したアスカは、強引に話題を終わらせて帰宅を促す。今こうしている間にも、ヒカリ達は準備をしながら自分達の帰りを待っているのだから。

「あ、そうか。忘れてた」

「あんたね、あれでもミサトは一応家族なんでしょ。エヴァよりも気を遣うべきじゃないの?」

「うぅぅ」

「……パーティー?」

「そうだ、あんたも来なさいよ。ミサトの昇進パーティやるから」

「綾波さんも一緒だと嬉しいな」

「……行くわ」

 アスカとシイの誘いにレイは小さく頷き、パーティーへの参加を決めるのだった。




ミサトが昇進しました。本編ではあまり活躍していないように見えますが、使徒を全て殲滅している実績は、戦闘責任者として立派な物だと思います。

原作のシンジが他人を恐怖の対象として、自分から遠ざけようとするのに対して、シイは孤独という恐怖から逃れる為に、他人を近づけようとしています。
その差が、エヴァとの関係の違いを産んでいる……って事で。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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