~後始末~
使徒殲滅後にネルフ司令室に呼び出された時田シロウは、司令の碇ゲンドウと、副司令の冬月コウゾウと初めての対面を果たしていた。
(この二人がネルフのトップ……なるほど、ただ者では無い)
テーブルに肘を着くゲンドウと、その脇で直立の姿勢を崩さない冬月。無言でも伝わってくる威圧感に、時田は無意識のうちに気圧され、頬を一筋の汗が流れた。
「ぎ、技術局第七課所属の時田シロウです」
「ああ、聞いているよ。先日の働きは見事だった」
「お褒めにあずかり光栄です」
冬月からの労いに時田は背筋を伸ばして応える。呼び出された時からその理由を考えていたが、恐らく褒められるだろうと思ってはいた。だが一方で独断での開発を、咎められるかも知れないと言う不安もあった。
だから不安が取り越し苦労に終わった事もあり、時田は肩の力を抜いたのだが、
「では本題に入ろう」
予期せぬ冬月の言葉にギョッと目を見開いてしまった。
「ほ、本題……ですか?」
「ああ。流石に労いの為だけに、わざわざ呼び出したりはせんよ」
「で、ですよね。は、ははは」
乾いた笑いを零す時田。強張った表情から緊張しているのが伝わったのか、冬月は幾分和らいだ表情で時田へと言葉をかける。
「そう緊張する事は無い。君にとっても悪い話では無いと思うよ」
「と言いますと」
「まず、君の元に部下をつけよう。同時に君を技術局第七課の課長に昇進させる」
「じ、自分が課長ですか!?」
思いも寄らぬサプライズだった。配属された技術局第七課とは名ばかりで、実質職員は時田一人だった。正直閑職のような思いをしていたのだが、まさかの待遇改善が告げられたのだ。
自分の仕事が正当な評価を受ける事は、時田にとってこの上ない喜びだった。
「今回の功績を私達は過小評価していない。これは当然の結果だよ」
「あ、ありがとうございます」
「今後は第六課と協力して、ネルフ本部の設備強化……特に対人戦闘用の設備を強化して欲しい」
まさに天に昇るような気持ちだった時田だが、続く冬月の言葉に思わず眉をひそめる。専門分野外と言う事もあるが、指示された内容が少々物騒だったからだ。
「対人戦闘、ですか?」
「うむ。君も知っての通り、我々ネルフは対使徒に特化した組織だ。故に対人戦には備えが乏しい」
「はぁ……」
「だが今回の停電は、明らかに人為的な工作が原因だった。侵入者があったと我々は睨んでいる」
「なるほど。そう言う事でしたか」
順序立てて分かりやすく説明する冬月に、時田は得心がいったと頷いてみせる。
「二度と同様の事件を起こさぬように、万全の備えをと言うわけですね」
「うむ。あくまで万が一の備えだが、極めて重要な仕事だ。期待に応えてくれる事を願っているよ」
「はっ! お任せ下さい」
ビシッと背筋を伸ばして凛とした返事をする時田。人に必要とされる事は、分野を問わず嬉しいものだ。組織のトップから直々に重要任務を言い渡された彼は、やる気と自信に満ち溢れていた。
「では早速仕事に取りかかりますので、失礼致します」
二人に一礼すると、時田は胸を張って司令室を後にした。
「さて、少しは役に立つと良いのだがね」
「……豚もおだてれば木に登る。精々上手く扱ってやれば良い」
時田が去った司令室で、無言を貫いていたゲンドウがようやく口を開く。そこへ時田の退室を待っていた、黒服サングラス姿の保安諜報部員がやってきた。
「失礼します」
「どうだった?」
「はい。発電施設へのネットワーク経由での工作と、電気ケーブルの物理的損壊が認められました。いずれも偶然の事故では起こりえない物です」
「……やはり停電は起きたのではなく、起こされたのだな」
「やれやれ、本部初の被害が使徒ではなく、同じ人間による物とは。やりきれんな」
「所詮、人間の敵は人間だよ」
残念そうに呟く冬月とは違い、ゲンドウの言葉にはある種諦めの様な感情が込められていた。
「犯人は……まあ聞くまでも無いか」
「ああ。だが証拠を残すほど、無能な相手でもあるまい」
「仰る通りです。犯人の特定に繋がる痕跡は、一切発見できませんでした」
諜報部員の報告を予測していたのか、ゲンドウ達に落胆の色はない。彼らには今回の事態を引き起こした犯人の正体に、目星がついていたからだ。
「ご苦労だった。引き続き彼の監視を継続して、逐次情報を送れ」
「はっ!」
短く返事をすると保安諜報部員は司令室から姿を消した。
「さて碇、この状況をどう読む?」
「……老人達からの警告か。あるいは政府の牽制かだ」
停電の狙いが本部の構造を探ることだとすれば、それを行って得をする組織は多くない。犯人が彼らの予想通りであるなら、黒幕と思われる組織は二つに絞られる。
「ふむ。今彼らに動かれるのは厄介だぞ」
「問題ない。使徒が依然健在である以上、彼らには何も出来んよ」
心配そうな冬月に、ゲンドウは自信に満ちた言葉を返す。
「なら良いのだが。それと一つ報告だ。例の槍、回収の手筈が整ったぞ。委員会の承認も得ている」
「そうか……」
「全てはゼーレのシナリオ通り、だな」
「ああ。今はそれで良い」
呟くゲンドウの視線は、遙か遠くを見つめていた。
作者が本来想定していた小話の趣旨とは、少々異なる話です。ただ本編のキリが良かったために、ここに入れさせて頂きました。
今後は小話は小話らしく、息抜き出来るようにして参ります。
本編も本日中に投稿させて頂きます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。
※サブタイトルの表記ミスを訂正致しました。