エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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11話 その3《初の共同戦線》

 現れた使徒は半球状の胴体に細長い四本の足がついた、まるで蜘蛛のような姿をしていた。暗い色の胴体には、全方位を見回す様に絵のような瞳が多数刻み込まれ、使徒の不気味さを引き立てている。

「気色悪いわね。まるで虫じゃない」

「うぅ、私虫苦手だよ」

「……私が守るわ」

 プラグスーツ姿のシイ達は、作戦司令室で使徒の姿を確認して眉をひそめる。特にシイは虫が生理的に苦手なのか、顔が青ざめていた。

「まあ気色悪いのは分かるけどね。とにかく、使徒は現在ここに向かって侵攻中よ」

「作戦はどうするの?」

「エヴァ三機で迎え撃つわ。これが初めての同時出撃になるわね」

「そうですね。よろしくね、アスカ、綾波さん」

「ま、足だけは引っ張らないでね」

「……アスカは先走らないでね」

 出撃前だと言うのに、三人の間にはリラックスした空気が流れていた。味方の数が多いというのは、それだけで戦う者にとって安心感があるのだろう。

「詳しい作戦は出撃してからにして、とにかくみんなエヴァに――」

「は~い、ミサト。やっぱ複数で戦うからには、リーダーは必要よね」

 アスカは大きく手を挙げて、ニコニコしながら提案する。

「え、まあ居るに越したことは無いけど」

「この面子なら、当然あたしがリーダーよね。異議無いでしょ」

 腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべながら、シイ達を見据えるアスカ。それは自分に絶対の自信を持っている、彼女ならではの態度だった。

 アスカからの突然の提案に、ミサトは視線をシイとレイに向けて意思の確認を行う。

「私は良いと思うよ。アスカは強いし頭も良いから。綾波さんは?」

「……構わないわ。作戦指揮権は葛城一尉にあるもの」

「あんたは何時も一言多いわね。ま、これで決まり。あたしがリーダーよ」

「話が纏まったところで、早速出撃して頂戴」

「は~い。さあ二人とも行くわよ。着いて来なさい」

 作戦司令室を飛び出すアスカと、それに続くシイとレイ。

(ま、問題ないか。案外良いチームかもしれないし)

 ミサトは苦笑しながら三人を見送ると、自分も発令所へと向かうのだった。

 

 

 地上へと射出されたエヴァ三機は、それぞれ武器を構えて使徒の迎撃態勢を整える。アスカは新型近接戦闘用武器のソニックグレイブを、レイはパレットライフル、シイはマステマを装備した。

「来たわね。近くで見ると一層気持ち悪い奴」

「……大丈夫、碇さん?」

「うぅぅ、怖いけど頑張る」

『みんな聞こえる? 敵の攻撃手段が分からないから、まずは様子見をするのよ』

 三人にミサトから指示が届く。エヴァが三機動かせる事で、作戦の幅は飛躍的に増大した。その上でミサトは、被害が最小限に留められる安全策を選択する。

『レイとシイちゃんで射撃。使徒のの反応を見てから、アスカが近接戦闘を仕掛けて』

「は、はい」

「了解」

「様子見なんていらないわ。戦いは常に先手必勝よ!」

 ミサトの指示をあっさり無視したアスカは、ソニックグレイブを握りしめて使徒に向かって駆けだした。

『アスカ、待ちなさい!!』

「行くわよぉぉぉ!」

 慌てて制止するミサトの声を受け手も、弐号機は動きを止めない。真っ直ぐ使徒へ突進して、手にした槍を突き立てようとしたその時、使徒に変化が起きた。

 胴体に刻まれた目の模様が、涙を流すように潤み始める。そしてその目からオレンジ色の液体が、まるで水鉄砲の様に弐号機目掛けて噴射された。

「ちっ!」

 弐号機は横っ飛びで襲いかかる液体を回避する。勢いよく吹き出された液体はそのまま地面へと撒かれ、白い煙をあげて地面を溶かしていく。

『あの液体はどうやら溶解液の様ね。触れたらエヴァもただじゃ済まないわ』

『アスカ、一度後退しなさい』

「触れなきゃ良いんでしょ。楽勝よ」

 予想外の攻撃だったがアスカには勝算があった。使徒は攻撃の直前に溶解液を放つ目が潤む為、予測回避が可能だったからだ。

 再度突撃を仕掛ける弐号機は、使徒の吹き出す溶解液を華麗に回避していく。このまま使徒へ肉薄できるかと思われた時、使徒の胴体にある全ての瞳が一斉に潤んだ。

「はん、下手な鉄砲は数撃っても当たらないの……っ!」

 アスカの予想は裏切られた。使徒は先程とは違いまるでシャワーのように、目から溶解液を広範囲にまき散らしたのだ。全方位に撒かれる溶解液は、使徒の周辺全てを包み込む。

「くぅっっっ!!」

 前後左右全てに降り注ぐ溶解液のシャワーは、高い操縦技術を持つアスカであっても回避出来るものでは無かった。まともに溶解液を全身に浴びてしまい、弐号機の表面装甲が白煙をあげて溶けていく。

 身体中が焼けただれる様なフィードバックダメージに、アスカは操縦を中断して痛みに耐えるしかなかった。

 

「綾波さん!」

「ええ」

 アスカを危機から救うべく、シイとレイが使徒へ向けてライフルとガトリング砲を放つ。それに反応した使徒はシャワー攻撃を中断し、再び水鉄砲攻撃に切り替えて零号機と初号機を狙い始めた。

 射撃を続けながら使徒の攻撃を回避する二機のエヴァ。共同戦線ならではの援護によって、アスカは最大の危機から脱する事が出来た。

『ナイスよ二人とも。アスカ、今の内に後退して。体勢を立て直すのよ』

「冗談じゃ無いわ。リーダーのあたしが、そんなみっともない真似出来るわけ無いでしょ」

 頑として徹底命令を受け付けないアスカ。とは言え彼女も馬鹿では無い。自分でも一度後退するのが正しいと分かっては居るのだが、プライドがその邪魔をしてしまう。

 傷ついた弐号機でアスカは再度攻撃を仕掛けようとする。そんな彼女に突然ライフルの弾丸が直撃した。

「痛っ!」

「あ、綾波さん!?」

 アスカを撃ったのはレイのパレットライフルだった。それは誤射ではなく、明らかにアスカを狙って放たれたもの。アスカはそれに気づいて怒りの形相に変わる。

「あんた、何してんのよ!!」

「……邪魔よ」

「な、何ですってぇぇ」

「……戦わないなら撤退して。射撃の邪魔だわ」

 何時も通りの様子で淡々と告げるレイに、アスカの怒りは振り切れた。鬼の形相を浮かべながら使徒に背を向けて、離れた位置で射撃を続ける零号機へ詰め寄る。

「あんたね、味方撃ってその態度は何よ! あたしを舐めてるの!!」

「アスカ……綾波さん……」

 ソニックグレイブを零号機の喉元に突きつける弐号機。もうレイもアスカも、使徒の事を完全に意識の外へと放り投げてしまう。

 その結果シイは共同戦線にも関わらず、一人使徒への攻撃と回避を続ける羽目になった。

 

「……舐めてなんかいないわ。それに、作戦の邪魔をする人を味方とは言わない」

「っっっっ!!」

 アスカの感情の高ぶりが伝わり、ソニックグレイブを握る弐号機の手に力がこもる。だがレイは全く動じる事無く、通信ウインドウのアスカを見据える。

「……あなたは使徒を倒すために、エヴァに乗っているのでは無いの?」

「そうに決まってんでしょ。使徒を倒して、みんなにあたしの存在を証明するのよ」

「……なら最も勝算の戦いをするべきだわ」

「リーダーはあたしよ。出しゃばらないで」

「……リーダーと言うのは、味方を無視して一人で突撃するの?」

 鋭い棘を含んだレイの言葉に、アスカはびくりと肩を震わせて言葉を失う。

「……碇さんはあなたを信じてリーダーと認めたわ。それを裏切るのは許さない」

「…………」

「……戦うのなら指示を。戦わないなら――」

「ったく、うっさいわね。あんたやっぱりあたしを舐めてるわね」

 アスカはレイの言葉を遮り不敵な笑みを浮かべて言う。

「あたしは惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機のパイロットで……あんた達のリーダーよ。尻尾を巻いて逃げるなんてまね、するわけ無いでしょ」

 そこには先程までの気負った様子は微塵もなく、いつもの自信に満ちたアスカの姿があった。

「シイ、そのまま牽制しながら後ろに下がりなさい。一旦相手の射程外まで引くわよ」

「アスカ……うん」

 様子の変わったアスカに気づいたシイは嬉しそうに微笑むと、ガトリング砲を使徒へ向けて放ちながら、徐々に距離を取っていく。そして三機のエヴァは、使徒の攻撃射程外に再集結した。

 

「今分かってる限りじゃ、あいつの攻撃パターンは二つ。一つは水鉄砲みたいに直線に溶解液を噴出するパターン。威力と速度は結構あるけど、予備動作もあるし回避しやすいわね」

 アスカの分析にシイとレイは頷く。

「そしてもう一つは、シャワーみたいに広範囲へ溶解液をまき散らすパターン。威力は水鉄砲程じゃ無さそうだけど、範囲が広すぎて回避は難しいと思うわ」

「使い分けてるのかな?」

「今のところ、遠距離では水鉄砲、中近距離ではシャワーがパターンみたいね」

 先程の突進を生かしたアスカの分析は、二人にも分かりやすく纏まっていた。

「じゃあ、みんなが一斉に攻撃するのは駄目なんだね」

「……シャワーの攻撃範囲を見る限り、近接戦闘は厳しいと思う」

「ふふん、ところがどっこい、あいつの攻撃にも死角があるのよね」

 自慢げに髪をかき上げてアスカは二人に告げる。

「死角って、周り全部溶けちゃうんだよ?」

「上よ。哨戒機からの映像データを見たら、あいつの目は全部身体の側面に着いてるのよね。つまりあいつの真上には溶解液は届かないってこと」

「あ、そうか。凄いアスカ」

「……でも、どうやって使徒の直上まで行くかが問題ね」

 レイは冷静に指摘する。例えエヴァがジャンプしたところで、使徒の上に飛び上がるほどの高さは出ない。ビルを足場にしようにも、溶解液シャワーでみな溶け崩れていた。

「どうしよう」

「……作戦はあるわ」

 アスカは静かに話し始めた。

 

「――てな感じよ。どうレイ、リーダーの作戦に不満はある?」

「……良いわ。じゃあディフェンスは私が」

「お生憎様。それはあたしがやるわ」

「そんな、危険すぎるよ」

「あんた馬鹿ぁ? だからリーダーがやるんじゃない。それにあんたに借りを返しておかないとね」

「借り?」

「ディフェンスはあたし。サポートはレイ。アタッカーはシイが担当、これで行くわよ」

 アスカの作戦にレイは頷いて了承の意を伝える。シイは最後まで迷っていたが、やがてアスカを信じて力強く頷いた。

「ミサト、現場の判断で動くわよ」

『ええ。任せるわ』

「じゃあ行くわよ……Gehen!!」

 アスカのかけ声で、真の意味で初めての共同作戦は開始された。

 エヴァ三機は縦一列になって使徒へと突進する。先頭を弐号機が務め、零号機が後に続き、最後方の初号機は二機とは少し距離を取っていた。。

 射程距離に入ったエヴァに使徒は溶解液水鉄砲を発射するが、それを弐号機は避ける事をせず両手を交差した姿勢でまともに受けた。

「くぅぅぅぅぅ!!」

 焼けただれる痛みにアスカの顔が歪むが、それでも足を止めることはない。急接近を許した使徒は、攻撃手段を水鉄砲からシャワーへと切り替えようと、一瞬水鉄砲が止む。

「今よ!」

 アスカの叫びを受けて、背後を走っていた零号機が弐号機の肩に飛び乗る。肩車の様な姿勢になった二機に、マステマを構えた初号機が猛スピードで駆け寄った。

 そして二機のエヴァの背中を踏み台にして、使徒へ向かって高く跳躍した。速度と高さを得た初号機は空高く舞い上がり、やがて使徒の直上へと達する。

「やぁぁぁぁ!!」

 マステマを前方に突き出して使徒へと落下する初号機。アスカの読み通り胴体上部に目が無い使徒は、直上からの攻撃に迎撃手段を持たず、無抵抗でマステマのブレードに貫かれた。

「これで終わってぇぇ!」

 使徒の胴体に突き刺さったマステマのガトリング砲を、だめ押しとばかりに撃ち込む。ATフィールドを中和したゼロ距離射撃は、使徒の胴体に風穴を開けていく。

 やがて使徒の細長い足が力なくぱたりと倒れ、気持ち悪いと言われ続けた使徒は爆発の中へ消えていった。

 

 

 使徒殲滅後、帰還したアスカはミサトに呼び出しを受けた。使徒殲滅を果たすことは出来たが、ミサトには作戦部長としてやらなければならない事がある。

「独断専行と作戦無視。悪いけど今日一日、懲罰房に入って貰うわ」

「随分軽い罰ね。口添えしてくれたの?」

「貴方の作戦で使徒を殲滅出来たのも事実だからね。完全に罰無しって訳には行かなかったけど」

 アスカの行為は本来であれば、厳罰に処されるべき物だった。だが使徒殲滅に繋がる作戦立案と行動力が認められ、大幅な酌量を得られた。

 それでも組織という体面上、何の罰も無しでは示しが着かないため、今回の処罰に落ち着いたのだ。

「ごめんね、アスカ。本来なら作戦部長の私が責を問われるべきなのに」

「別に構わないわよ。ま、シイの料理が食べられないのは、ちょっと嫌だけど」

「明日はご馳走を作って貰いましょ」

「そうね。じゃあ行くわ」

 アスカは軽口を叩くと、保安諜報部員に連れられて懲罰房へと向かう。胸を張って堂々と歩く彼女の後ろ姿を、ミサトは申し訳なさそうに見送るのだった。

 

 懲罰房と言っても牢屋の様な部屋ではなく、ビジネスホテルの様な個室だった。テレビなど娯楽品は当然無いが、ベッドとトイレ、風呂まで完備されており、普通に生活するには何の不便も無かった。

「使徒を倒して罰を受けるなんて最低だって、シイに言ったのに。格好付かないわね」

 ベッドに仰向けに寝転がりながらアスカは一人ごちる。疲れはあるのだが戦闘で高ぶった気持ちが、眠ることを拒否していた。

(レイに説教されるなんて、あたしもどうかしてたわね)

 冷静になって思い起こせば、自分の行動が如何に無謀だったのかが分かる。二人に自分の力を示そうとするあまりの暴走に、アスカは自嘲気味に笑う。

(ま、折角だし一人で頭を冷やすか…………ん?)

 ガチャガチャとドアの鍵を開ける音に、アスカは視線を鋼鉄製のドアへ向ける。幾らなんでも解放には早すぎるので、きっと食事でも運んでくれたのかとドアを見つめていると、

「アスカ~」

「こんばんは」

 何故か制服姿のシイとレイが中に入ってきた。

「あ、あんた達、何でここに?」

「私達もアスカと一緒に懲罰房に入る事にしたの」

「あんた達馬鹿ぁ? 何でわざわざ……」

「……チームなら責任も当然連帯であるべき」

 二人が室内に入ると、外からドアが閉められ鍵が掛けられる。中からは開けられないため、これで三人は明日までここに居るしか無くなった。

 だと言うのに、シイとレイには微塵も後悔している様子は見えない。

「あのね、もうすぐご飯なんだって。どんな料理か楽しみだね」

「どーせ冷凍食品とレトルトの不味い飯よ」

「……このベッド、小さいわ」

「懲罰房なんだから、一人用に決まってるじゃない。当然あたしが使うから、あんた達は床で寝なさいよね」

「え~一緒に寝ようよ。ほら、三人寝られそうだよ」

 シイは頬を膨らませるとアスカの隣で横になる。レイも反対側に横になると、一人用の狭いベッドはぎゅうぎゅう詰めになってしまった。

「せっま~い。これじゃ寝返りも打てないじゃない」

「でも暖かいよ」

「……ぬくぬく」

 小さなベッドに並んで横になる少女達。それはお泊まり会の様な雰囲気で、とても懲罰を受けているとは思えないほど穏やかなものだった。

(……はぁ。ホント、こいつらは馬鹿なんだから)

 口では文句を言うアスカだったが、その心は不思議と暖かな感情に満ちていた。




使徒最弱の呼び声高いマトリエルですが、本当はもっと強いのでは無いかと、勝手に妄想しちゃいました。
実は直下からの攻撃が唯一の弱点で、偶然が重なって楽勝だったなんて……無いですね。

少しずつですが、チルドレンの絆が深まってきました。原作では些細な切っ掛けで壊れてしまった関係を守れるかが、今後の鍵となります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字修正しました。ご指摘感謝です。

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