エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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11話 その2《こんな事もあろうかと》

 

 ネルフ本部実験管制室では定刻通り、零号機稼動延長試験が開始されようとしていた。立ち会うと言っていたミサトの姿が無い事にリツコは少し呆れたが、直ぐに意識を試験へと集中する。

「レイ、準備は良いかしら?」

『……はい』

「センサー及び制御装置、並びにデータ収集装置も全て問題ありません」

 リツコの呼びかけに被験者であるレイは、いつも通り落ち着いた様子で返事をする。実験の最終準備を行っていたマヤからの報告を受けて、リツコは小さく頷く。

「ではこれより、エヴァンゲリオン零号機の第二次稼動延長試験を始めるわよ」

 リツコの宣言を受けて管制室に緊張感が満ちる。スタッフ達がそれぞれ自分の担当作業に集中し、表情を引き締める中、リツコは端末のボタンをポチっと押す。

 その瞬間、管制室は闇に包まれた。

「え゛……」

「主電源ストップ……電圧ゼロです」

 マヤの報告にスタッフの視線が一斉にリツコへ集まる。どう考えてもこのタイミングでは、犯人は金髪白衣の女性以外にはあり得なかった。

 呆然と立ち尽くすリツコに、マヤが気の毒そうな視線を向ける。

「先輩……」

「わ、私じゃ無いわよ」

((絶対博士のせいだ))

「と、とにかく復旧を待ちましょう。実験は一時中断よ。良いわね」

 冷や汗を流しながら指示を出すリツコに、スタッフ達は苦笑しながらも従う。ネルフの電源設備を知っている技術局の彼らは、直ぐにでもこの停電が復旧すると信じて疑わなかった。

 

 

「み、み、ミサトさ~ん」

「あ~よしよし、怖くないからね」

 突然の暗闇に動揺するシイを、ミサトは抱きしめながら宥める。予想外の事態に彼女も少なからず動揺しているのだが、怯えるシイのお陰か冷静さを保つことが出来た。

「停電……事故かしら」

「時間的考えて、赤木が実験でもミスったのかもな」

 からかうような加持の口調だが、実験開始時刻と停電の時刻はぴたりと重なる為、あながち間違いでは無いかもとミサトも納得してしまう。その間に廊下にはうっすらと非常灯が灯り、僅かながら視界が確保できた。

「停電なんてするんですか?」

「ま、ほとんど考えられない確率だけどね。少しは落ち着いた?」

「はい、ごめんなさい」

 非常灯が点いたことで落ち着きを取り戻したシイは、ミサトに謝ってから身体を離す。

「葛城もすっかり母親役が板に付いたじゃないか」

「失礼ね。私はお姉さん役よ」

 怒ったように訂正するミサトに、加持は苦笑いを浮かべる。

「さて、この状況じゃ設備は動かないだろうし、どうするかな」

「と、閉じこめられちゃったんですか!?」

「あんたね、シイちゃんを脅かさないの。大丈夫よ、直ぐに予備電源に切り替わる筈だから」

 ミサトは薄暗い非常灯を見つめながら、シイを安心させるように告げた。

 

 

 突然の停電は、ネルフ本部の中枢である発令所に大打撃を与えていた。全てのシステムは緊急停止してしまい、暗闇の中スタッフ達が大慌てで復旧にあたる。

「電源の復旧を急げ!」

「駄目です、予備回線が繋がりません」

「馬鹿な!?」

 青葉の焦り混じりの報告に、冬月は信じられないと言った表情を浮かべる。本部の設備を熟知している彼だからこそ、この展開があり得ないと思えてしまう。

 だがそんな同様も一瞬の事。冬月は直ぐさま頭を状況の改善に切り替えた。

「生き残っている電源は!?」

「全部で1.2%。2567番からの回線だけです」

 通信設備が使用できないので、発令所の端から大声で叫ぶ職員。それを受けて冬月は即座に指示を下す。

「電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ」

「全館の生命維持に問題が発生しますが……」

「構わん。最優先だ」

 躊躇いがちに尋ねる青葉に、毅然とした態度で指示を出す冬月。そんな冬月の揺るぎない姿勢が、スタッフ達の動揺を最小限に抑えていた。

 

 

 ネルフ本部はほぼ全ての設備が電気によって稼働しており、ドアも左右に自動開閉するタイプの物が採用されている。その為電力が失われると開閉機能は完全に沈黙してしまうのだが、同時にロック機能も失われてしまうので、人力で強引に開けることが出来た。

 男性スタッフが無理矢理こじ開けた管制室のドアを通り抜け、リツコとマヤは発令所へと向かう。

「発令所に急ぐわよ。これだけ時間が経っても復旧されないなんて、明らかにおかしいわ」

「ですね」

「モールス信号なんて、無駄な知識だとばかり思っていたけど」

「シイちゃんだったら、絶対に伝わらなかったですよね」

 男達がドアをこじ開けている間、リツコは零号機内のレイと連絡をとるため、懐中電灯の光でモールス信号を送った。レイは内蔵電源で零号機を起動させて信号を読みとり、頷くことで理解を表現したのだった。

「待機モードなら、少なくとも半日は持つわ。それまでに復旧しなくちゃ」

 険しい表情を浮かべながら、リツコとマヤは急ぎ暗い通路を歩くのだった。

 

 

 薄暗い休憩スペースで、電気の復旧を待っていたミサト達。だが予想に反して未だに電力は戻らず、ミサトの表情に焦りと疑問の色が浮かび始める。

「おかしいわね。本来なら直ぐに予備電源が作動する筈なのに」

「ここの電源系統は?」

「正、副、予備の三系統よ。当然全て別回線で、設備も違う場所にあるから停電なんて」

「理論上はあり得ない、か」

 加持は非常灯を見上げながら呟く加持に、ミサトは頷いて同意する。ネルフ本部は地下に存在していると言う性質上、電力の確保が極めて重要であった。

 その為電気関連の施設は厳重な管理がされており、この事態は計算外の事態と言えた。

「あり得ないことが起きた。こりゃただ事じゃ無いな」

「ど、どうしましょう……」

「とにかく発令所に向かいましょう。あそこなら事態の把握をしてるかもしれないし」

 ミサトの提案にシイと加持は頷くと、三人は発令所を目指して薄暗い廊下を歩き始めた。

 

 

「やはり備えはしておく物だな」

「ああ」

 非常用のロウソクに火を灯す冬月に、自力で発令所までやってきたゲンドウは頷く。椅子に腰掛けいつものポーズをとっているが、流れる汗と乱れた呼吸が彼の苦労を無言で伝えていた。

「全電源の停止か。想定外の事態だぞ」

「赤木博士。この事態が起こりうる可能性は?」

「万に一どころか、億に一と言った所でしょうか」

 こちらもどうにか辿り着いたリツコが、ゲンドウの問いかけに即答する。

「ネルフ本部の性質上、電源の管理には特に気を遣っていましたので」

「外部から隔離されても自給自足出来るコロニーだからな。となると……」

「この停電は人為的な物、何者かの工作と考えるのが妥当だろう」

 ゲンドウの言葉に冬月とリツコも同意する。どれ程万全な電源システムでも、物理的に断線や破壊をされてしまえば意味がないからだ。

「目的はここの調査か」

「……電源の復旧ルートから、本部の構造を推察するつもりだろう」

「小癪な事を考える」

 冬月は苦笑を浮かべる。ネルフを快く思わない組織が多いことは知っているが、これ程あからさまな工作を仕掛ける相手はそう多くないからだ。

「小型バッテリーを使い、MAGIを最小電力で稼動。ダミーデータを流します」

「多少は効果があるか。頼む」

 リツコが作業に取りかかろうとすると、

『ふ、ふふふ、お困りの様ですね』

 ロウソクで照らされた発令所に、突然男の声で通信が入った。

「「えっ!?」」

 停電という状況下であり得ない通信に、リツコを含めたスタッフが驚きの表情を浮かべる中、通信主の男は自信満々に名乗りを上げた。

『私ですよ、私。技術局第七課所属、時田シロウです』

 

「時田博士、一体どうやって」

『お忘れですか? 私が本部の施設強化を担当していた事を。それは電源管理も例外ではありません』

 戸惑うリツコの声に喜びを覚えているのか、時田は自慢げに語り始める。

『正副予備以外に、第四の電源設備を極秘裏に開発していたのです。正に、こんな事もあろうかと』

「碇、知っていたか?」

「……いや」

『おお、司令と副司令もいらっしゃいましたか。ええ、この度の開発は私が独自に進めて――』

「能書きは良いわ。それで、その電源は直ぐ使える物なの?」

 昔の名残なのかゲンドウと冬月に媚びを売ろうとする時田の言葉を、リツコは少し苛立った様子で遮る。彼女にとって大切なのは結果。今この事態を打開できるか否かだけなのだ。

『勿論です。今電力を最大出力で供給致しますので』

「……どうだ?」

「Unknown回線から電力の供給を確認。全体の82.7%を復旧出来ます」

「充分だな」

「ああ。各施設への電力供給を再開。同時に第二種警戒態勢へ移行しろ」

 ゲンドウの指示を受けて青葉が素早く端末を操作する。すると発令所を始めとするネルフ本部に光が宿り、元の姿を取り戻していった。

『如何ですか?』

「見事ですわ、時田博士。ただもう少し早く稼動して欲しかった所ですが」

『それは申し訳ないです。ただ試運転をしていないプロトタイプですので、起動に時間が掛かってしまいましてね。ただ今後改良を重ねて参りますよ』

「ふむ、ご苦労だった。引き続き電力供給の維持に回ってくれ」

『ありがとうございます。この時田シロウ、全力で任務を全うしますとも』

 冬月の労いに時田は嬉しそうな声色で答えて通信を切った。

「思いも寄らぬ拾い者だったな」

「ああ」

「では技術局はこれより正電源の復旧を――」

 リツコの言葉を遮るように、けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「何事だ?」

「戦略自衛隊より緊急入電。正体不明の物体を海岸にて確認したとの事です」

 青葉の報告に緩んだ発令所の空気が再び張りつめた。復旧したばかりのシステムをフル稼働させ、情報の収集と分析を即座に行う。

「データ照合。波長パターン青、使徒です」

「やれやれ、何とも言えぬタイミングだな」

「ですが、不意打ちを受けずに済んだのは幸いですわ」

 リツコの言葉に冬月は苦笑して頷く。停電した状態で使徒を迎え撃つ事など、想像すらしたく無かった。

「総員第一種戦闘配置。レイ以外のパイロットの搭乗を急がせろ」

 威厳に満ちた声でゲンドウは指示を下した。

 

 




時田博士、最大の見せ場かもしれません。優秀な彼が環境に恵まれれば、この位はやってのけると思います。

無事電力が戻り、万全の状態で使徒を迎えるネルフ。果たしてあの使徒に、真っ向勝負が出来るのでしょうか。

中途半端ですので、本日中にもう一話投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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