エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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11話 その1《失われた光》

 第三新東京市にある小さなコインランドリー。早い安いと二拍子揃った店内では出勤前のリツコとマヤが、両手に抱えた大量の洗濯物に渋い顔をしていた。

「はぁ、毎回のクリーニング代が結構痛手ね」

「でも本部内のランドリーよりは、余程良心的な価格だと思います」

「ありゃぼったくりっすよ」

 今時珍しい手動の引き戸を開けて店内に入ってきた青葉が、マヤに同調する様に言う。ネルフ本部内にも洗濯施設はあるのだが、値段は割高でなかなか利用しづらいものであった。

 その為通いで勤務している職員の多くは、こうして安いランドリーを使用している。

「人類を守るためにはお金が掛かるとは言ってもね」

「ですよね。せめて自分でお洗濯出来る時間があれば良いんですけど」

「家に帰れるだけまだマシだよ。俺のダチの中には、もう一ヶ月泊まり込みって奴もいるし」

 ネルフ職員と一括りにしても、部署や役職でその勤務時間は大きく変わる。その面では青葉やマヤは帰宅できるだけ恵まれているとも言えた。

「さあ、そろそろ行くわよ。今日は予定がびっしりだからね」

 愚痴を言っていても始まらないとリツコに促され、三人は本部に向かうべくコインランドリーを後にした。

 

 登りかけの太陽が照らす第三新東京市を歩いて、駅に到着した三人はジオフロント行きの電車へと乗り込む。ほとんどネルフ職員しか利用しない電車は、どの時間帯でも席に余裕がある。

 三人が乗り込んだ車両も例外では無かったのだが、今朝に限っては珍しい先客が居た。がらがらの車内で椅子に座りながら新聞を読んでる冬月だった。

「あら副司令。おはようございます」

「「おはようございます」」

「ああ、おはよう」

 冬月は新聞からチラリと視線をあげてリツコ達の姿を見ると、軽く挨拶を返した。冬月の隣に腰掛けるリツコとは対照的に、青葉とマヤは二人の前で直立の姿勢を崩さない。

 二尉である彼らにとって副司令の冬月は、遙か上の地位に居る存在。その人物の前で許可無く席に着く事は出来なかった。

 そんな二人に苦笑しながら、リツコは冬月に軽く声を掛ける。

「今朝はお早いですね」

「碇に雑務を押しつけられたよ。MAGIのお陰で昼前には戻れそうだがね」

「ああ、今日は評議会の定例でしたね。ご苦労様です」

「君の方は確か……」

「本日9:30より初号機の改修後起動実験。13:00より零号機の第二次稼動延長試験です」

 リツコはスケジュール帳を見ているかのように、すらすらと予定を答える。最近物忘れが心配される彼女だが、その頭脳に何らかげりは見えなかった。

 今日行われる実験が予定通り消化できれば、ネルフは三体のエヴァを自由に動かす事が出来る。使徒殲滅のためには、是が非にも成功させて欲しいものであった。

「ふむ、朗報を期待しているよ」

 四人を乗せた電車はネルフ本部へと運行を続けるのだった。

 

 

 前回の戦闘で中破した初号機の修復作業は、生体パーツの大部分を交換する大規模なものだった。外部装甲ならいざ知らず生体パーツの交換は、パイロットとのシンクロに影響を及ぼしてしまう可能性がある。

 その為修復された初号機は実戦投入前に、シイとのシンクロとハーモニクスの調整を行う必要があった。

 とは言え実験自体は難しいものでは無く、特に大きな問題も起こらずに実験は終了した。

「お疲れ様シイさん」

 着替えを終えて管制室へやってきたシイを、リツコは上機嫌で迎える。タイトなスケジュールをこなす彼女にとって、定刻通り実験が済んだことはありがたかった。

「はは、初号機に怒られちゃいました」

「怒られた? 壊したことを?」

「どちらかというと、私が無茶したことを窘める感じで……まるでお母さんに叱られているみたいな気分でした」

「……そう」

 苦笑しながら告げるシイに、リツコは何処か寂しそうな視線を向けた。今の会話から予想出来ないリツコの反応に、シイは不思議そうに首を傾げる。

「リツコさん……どうしたんですか?」

「別に何でも無いわ。今日はお疲れ様。明日のシンクロテストまで、ゆっくり身体を休めて」

 話は終わりとリツコはシイから離れていき、端末を操作するマヤへと声を掛ける。取り残されたシイは納得行かない表情を見せたが、やがて一礼して管制室を後にした。

 シイが退室したのを確認すると、リツコは真剣な表情でマヤに小声で問いかける。

「……マヤ、今のデータで初号機からの逆流はあった?」

「逆流ですか? いえ、計測出来ていません」

「そう……」

 予想していた通りの回答に、リツコは厳しい顔のままため息をつく。

(このままだと、そう遠くない内に気づくわね。その時、あの子はどうするのかしら)

 リツコは自問自答を繰り返しながら、次の実験へ向けて準備を始めるのだった。

 

 

 シイが実験を行っている同時刻に、ネルフ本部職員宿舎の一室、現在空室になっている筈の室内で、一人の男が椅子に腰掛けて電話をかけていた。

「……ええ、例の件は作業を終了しています」

『ご苦労。気づかれてはいないか?』

「今のところは。ただ碇司令も勘が鋭い方なので、怪しまれはすると思いますが」

『奴は欲深い男だ。君に利用価値がある間は、泳がせて置くだろう』

「だと、良いのですが。では予定の時刻に」

 男は通話を終えると小さく息を吐く。

(悪いが、利用価値が無いと消されるんでね。せめて使徒が来ないことを祈らせて貰うか)

 立ち上がった男は、誰にも気づかれることなく部屋から出ていった。

 

「ほ~、シイと綾波の奴は仕事かい」

「惣流は行かないのか?」

「はん、あたしはエヴァを壊して無いから必要無いのよ。ま、実力の差よね」

 昼休みに第一中学校の屋上で食事を摂りながら、アスカはヒカリ達と時間を過ごしていた。本性を知っている三人には気を遣う必要が無く、アスカにとっては学校生活で数少ない心休まる時だった。

「それにしても、エヴァが三体揃うなんて凄いや。是非そろい踏みの映像が欲しいところだよ」

「三機もおれば使徒もイチコロやな」

(……そう言えば、まだ三人で出撃した事無かったわね)

 言われてふとアスカは思う。来日してから既に二回出撃していたが、三機揃っての出撃は未だに無く、シイに関しては一度も共同戦線を張ったことは無かったと。

 浅間山での戦闘はあくまで単独作戦だったので、共同戦線とは言えないだろう。

「エヴァンゲリオンチームかぁ、言い響きだな~」

「だっさい言い方止めなさいよ。まあチームって言うなら当然、リーダーはあたしだけどね」

「かー、相変わらず自信過剰なやっちゃな」

「でもトウジ。碇とか綾波にリーダーは無理だと思うよ」

 ケンスケの指摘通り、レイもシイも人の上に立つタイプではない。だがアスカは自己主張が強く、グイグイと他人を引っ張るタイプ。三人の中ではリーダーに一番適任だった。

「なんやかんやで、三人揃って丁度バランスが取れとるんやな」

 トウジが勝手に納得していると、席を外していたヒカリが戻ってきた。

「お帰りヒカリ、電話誰だったの?」

「うん、お姉ちゃんから。夕ご飯はいらないって話だったんだけど、途中で電池が切れちゃって」

「あ~あるある。僕も何度バッテリー切れに泣かされた事か」

「このミリタリー馬鹿はほっといて。ねえ大丈夫なの? なんならあたしの携帯貸すけど」

「話は殆ど終わってたから平気よ。ありがとうねアスカ」

 心配そうなアスカにヒカリは微笑みながらお礼を返す。二人は最初こそ微妙な関係だったが、元来社交的なアスカは直ぐさまヒカリと打ち解け、互いに名前で呼び合う仲になっていた。

 仲の良い二人を見て、トウジはパンをくわながらそっとケンスケに語りかける。

「委員長とアスカのツーショットも、売れるんかな」

「売れると思うよ。アスカは言わずもがな、委員長も隠れファンが多いからね」

「ほ、ほんまか!?」

「今更何言ってんだか。まあそんな訳だから、早めの行動をお薦めするよ」

「わ、わしは別に……気にもならんわ」

 あからさまに動揺したトウジは、ぷいっと顔を背ける。そんな素直じゃないトウジに、ケンスケは呆れ混じりのため息をつくのだった。

 

 

 管制室を後にしたシイは、ネルフ本部内の休憩スペースへとやってきた。ベンチと豊富な種類の自販機が置かれたこのスペースは、職員達が小休止する場となっている。

「うぅ、やっぱりエヴァに乗ると喉が渇くよ」

 LCLと言う液体につかっているせいなのか、エヴァに搭乗した後は酷く喉が渇く。シイはからからになった喉をさすりながら自販機の前に立つ。

「あ、ココア売り切れだ。ん~どうしよう」

 人差し指をウロウロさせて悩むシイの背後に、そっと人影が忍び寄る。そしてその無防備な首筋に、冷えたジュースの缶を軽く当てた。

「ひゃぁぁぁ!!」

 予想外の刺激にシイは悲鳴を上げて尻餅を着く。そして激しい鼓動を続ける心臓に手を当てながら、恐る恐る背後を振り返った。

「か、加持さん?」

「やあ。すまない、そんな驚くとは思わなくてな」

 涙目で見上げるシイに、加持は困った顔をしながら謝る。軽くからかったつもりだったのだが、目の前の少女は予想以上に臆病だったようだ。

「赤木から実験が終わったって聞いてね、ちょいと差し入れをと思ったんだが」

「そうだったんですか……ごめんなさい」

「いや、こちらこそすまない。手を貸そう」

 まるで紳士のように、尻餅を着いたシイへ手を差し伸べる加持。そんなキザな態度が自然に感じられるのは、加持リョウジという人間性なのだろう。

 手を借り得て立ち上がったシイは、スカートの埃を軽く払うと加持に向き合う。

「あの、ありがとうございました」

「礼はいらないさ。元々は俺の責任だからな。このジュースはお詫びって事にしとこうか」

 加持は微笑みながら、手に持ったオレンジジュースをシイに手渡した。そして自販機で新たに缶コーヒーを買うと、近くのベンチに腰掛ける。

「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。どうだい、休憩がてら少し話でもして行かないか?」

「私は良いんですけど、加持さんお仕事は大丈夫ですか?」

「生憎と可愛い子と過ごす時間以上に大切な仕事は、持ち合わせていなくてね」

「そうなんですか、ミサトさん?」

 シイは腰掛けた加持の上に視線を向けて尋ねた。

 

「……やあ、葛城」

 振り返った加持は、自分の背後で青筋を立てているミサトに、冷や汗を流しながら挨拶する。

「良いご身分ね。あんたこれから零号機の実験に立ち会うって、言って無かったかしら?」

「あ~そういやそうだった」

「ったく、あんたは昔っからそうなんだから」

 呆れたように頭を掻くミサトと、反省している様には見えない加持。二人の間に漂う何とも言えない空気に、シイは自然と笑みを浮かべてしまう。

「ミサトさんと加持さんは仲良しなんですね」

「ただの腐れ縁よ」

「まあ、ほくろの数を知っている位の仲ではあるな」

「あ、あんたね~! シイちゃんの前で何言ってんのよ!!」

 加持の発言に思いっきり動揺するミサトだったが、意味の分からないシイは首を傾げるだけ。わりと直接的な表現だったのだが、それでもシイにはまだ早すぎる様だ。

「と、まあ、そこそこ親しい間柄って奴かな」

「それって、恋人さんだったりするんですか?」

「ち、違うわ。今はこいつと何にも無いんだから」

「今は?」

 気になるミサトの言葉をシイが尋ねようとした時、本部内にチャイムが鳴り響いた。昼休憩終了の合図、つまりは零号機稼動延長試験開始の時間を告げるものだった。

 予想外の足止めを受けたせいで、開始時刻に間に合わなかったミサトの顔が歪む。

「やっば、またリツコに嫌味を言われる」

「赤木は時間に煩いからな。んじゃ名残惜しいけど、ぼちぼち行くか」

「あの~、私も行って良いですか?」

「ええ、構わないわよ。じゃあ一緒に行きましょう」

 空き缶をくずかごに入れて、三人が実験が行われるフロアに向かおうとした瞬間、何の前触れも無く全ての光が失われて辺りは闇に包まれた。

 




視点変更が多すぎて、読みにくかったかもしれません。今回はシイ達が全員ばらけた場所にいるので、それを表現したかったのですが……反省します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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