エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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アホタイムの出番です。


小話《マグマの飛び火》

 

~お土産~

 

 灼熱地獄での作戦を無事遂行したシイとアスカは、旅館で一夜を過ごした。温泉と豪華な料理で心身共にリフレッシュした二人は、上機嫌で第一中学校へと登校する。

 クラスメイトと挨拶を交わすと、シイは真っ直ぐ窓際のレイの席へと向かった。

「おはよう綾波さん」

「……おはよう碇さん、アスカ」

「グッドモーニング、レイ。相変わらず辛気くさい顔してるわね」

「……温泉、楽しかったみたいね」

 無表情のレイだが、言葉には明らかに棘が含まれていた。二人が温泉を堪能した話を聞いたのか、少し拗ねているようにも見える。

「ご、ごめんね。綾波さんも呼びたかったんだけど、待機命令があるからって……」

「ちゃんとお土産買ってきたわよ。ほら」

 アスカは鞄から取り出した箱をレイの机へと置く。それは旅館のお土産コーナーで購入した温泉饅頭だった。

「あたしも食べたけど、結構いけてたわよ」

「……そう」

「私も買ってきたの。はい、これ」

 ゴソゴソと鞄を漁り、シイはアスカに続いてお土産をレイに手渡す。それを受け取ったレイは、暫し目をパチパチさせた後、僅かに首を傾げた。

「……これは?」

「私もおまんじゅうだよ。アスカのとは違う種類を選んだの」

 レイは手に持った箱をじっと見つめる。真っ赤な箱には『超絶マグマ饅頭』と達筆な太字で書かれており、見た目から嫌な予感が漂っていた。

 無言で見つめていたレイだが、そっと蓋を外してみた。中には十五個の小さな饅頭が並べられていたのだが、その色は間違いなく危険を告げる真紅。

「レイ、言いたいことがあったら、言った方が身の為よ」

「……べ、別に何も無いわ。ありがとう碇さん」

 僅かに引きつった顔でお礼を言うレイに、シイは心底嬉しそうな笑顔を向けるのだった。

 

「お、三人娘勢揃いかいな」

「やっぱ絵になるよね」

「おはよう、シイちゃん、綾波さん、惣流さん」

 シイ達の姿を見つけたトウジ達が、窓際のレイの席へ集まってきた。そこで彼らは、レイが手に持っている見慣れぬ箱に気づく。

「何やそれ、饅頭かいな」

「うん、浅間山のお土産なの」

「ほ~美味そうやないか」

「……食べたいならそうしたら」

「ええんか?」

 トウジの確認にコクリと頷くレイ。

「んじゃ遠慮無く。もぐもぐごっくん………………っっっっっっ!!!!」

 それはまさに一瞬の出来事だった。饅頭を口に放り込み飲み込んだトウジは、全身を真っ赤に染めて異常な量の汗を垂れ流す。大きく見開いた目は血走り、身体は小刻みに震え続けていた。

「鈴原君?」

「……うま……かったわ。ちょいとすまん……」

 震える声でシイに礼を言うと、トウジは猛ダッシュで教室から飛び出していってしまった。

 

 その姿を見たレイ達は、この饅頭の恐ろしさに背筋を凍らせる。真紅のボディに恥じぬ破壊力を、この小さな饅頭は持ち合わせているのだ。

「鈴原君、美味しいからって泣かなくても良いのに」

「いや~多分違うと思うけど」

「昨日もね、お土産コーナーでミサトさんが試食したの。そしたら鈴原君みたいに、泣きながら走り出しちゃったんだ。そんなに美味しいのかな?」

((ミサトさん……))

 ケンスケとヒカリは、犠牲になったであろうミサトに哀悼の意を表した。

「……アスカは食べたの?」

「あ、あたしは饅頭が苦手なのよ」

「残念だよね。ひょっとして、綾波さんも苦手だったりする?」

「……いえ、後で美味しく頂くわ」

((あの目は反則だよ……))

 拒否不可能の上目遣いに、ケンスケ達はレイへ心の中で合掌するのだった。

 

 

 放課後、ネルフ本部にやってきたシイは発令所へと足を踏み入れた。

「こんにちは~」

「「シイちゃん」」

 熱烈な歓迎を受けて少し照れたシイだが、直ぐさま目的の人物へと駆け寄る。

「リツコさん、昨日はありがとうございました」

「あら、何のこと?」

 シイがミサトの話を告げると、リツコは困ったように頬を掻く。

「それは気にしなくて良いのよ。私達の仕事は貴方達のバックアップなのだから」

「でも助けて貰ったのは間違いないですし、本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げるシイに、リツコは嬉しそうな笑みを浮かべる。彼女にしてみれば当たり前の事をやっただけなのだが、それでも目の前の少女に自分の仕事を感謝されて悪い気がする筈が無い。

「それでですね、これ浅間山のお土産です。とっても美味しいお饅頭なんですよ」

「あらあら、気を遣わなくても良いのに゛……」

 言葉とは裏腹に嬉しそうに手を伸ばすリツコだったが、真っ赤な箱の超絶マグマ饅頭を受け取ると、一気に顔が顔が引きつった。手にしただけで本能が危険だと告げているが、それを表に出すわけにはいかない。

「あ、ありがとうシイさん。折角だから、みんなで食べても良いかしら?」

((なっ!?))

 思いも寄らぬ所から飛び火したオペレーター三人組が、がたっと思わず立ち上がる。

「はい、何時も皆さんにはお世話になってますし、どうぞ食べて下さい」

「さあみんな、シイさんからの差し入れよ」

「あ、ありがとうシイちゃん」

「は、はは、こりゃ……美味そうだ……な」

「そうね……凄く……赤い」

 真紅の饅頭を手にした日向達の顔がにわかに青ざめる。例えシイのお土産だとしても、口に入れるにはどうしても本能が邪魔をしていた。

「あの、ひょっとして皆さん……お嫌いですか?」

 誰も饅頭を口にしない光景にシイは不安げに尋ねる。そんな彼女の姿を見せられてしまったら、彼らの返事は一つしか無い。

「「大好物です!!」」

「よかった~。さあ召し上がって下さい」

 笑顔で促すシイ。その姿は彼らにとって、残酷な天使そのものだった。

 

(ほら、食べなさい)

(日向さん、お先にどうぞ)

(こう言うときは後輩が先陣を切るべきだろ)

(だ、だったら伊吹が一番後輩ですって)

(因みにマヤ、MAGIの判断は?)

(全会一致で撤退を推奨しています)

(命まで取られる訳では無いでしょう。日向二尉、食べなさい)

(自分の上官は葛城一尉ですから)

(ミサトは本日欠勤。多分これの犠牲になったのね)

(葛城さん……今、貴方の元へ)

 僅か数秒で行われたやり取りの末、生け贄に選ばれた日向が意を決して、饅頭を口に運ぼうとした瞬間、

「お、何やってるんだ?」

 加持が発令所へとやってきてしまった。

「浅間山のお土産を食べる所だったんです。お一ついかがですか?」

「そりゃありがたい。丁度腹が減ってたんだ。それじゃ遠慮無く…………っっ!」

 シイから手渡された饅頭を、加持は無造作に口へと運んでしまう。すると見る見る顔が赤く染まり、異常な発汗が見られたが、加持はそれでも余裕を崩さない。

「どうです?」

「……そうだ、な。美味かったよ。ちょいと用事を思い出したんで……失礼」

 加持は最後まで普段通りの態度を崩さずに、発令所をそそくさと出ていった。

 

(どうやら、想像以上の破壊力みたいね)

(加持監査官……恐ろしい精神力だ)

(さあ日向さん、行っちゃって下さい)

(どうぞ)

 加持の姿に尻込みしながらも、再び日向が饅頭を口に運ぼうとしたその時、

「赤木博士、例の件でご相談が……」

 再び発令所に犠牲者が現れた。

「おや、貴方は……」

「こんにちは。時田博士、ですよね」

「名前を覚えて頂けたとは光栄だ。ええ、ネルフ技術局第七課所属の、時田シロウです」

 まだ着慣れていないネルフの制服姿で、時田は恭しく一礼する。ファンクラブに所属している彼にとって、シイと直接会話出来る事は大変嬉しいものであった。

「ん、みなさん手に持っているのは……饅頭?」

「はい、お土産に買ってきたんです。時田博士もお一つどうですか?」

「おおそれは嬉しい。ではお言葉に甘えまして…………っっっっ!!!」

 全身の血行促進、極度の発汗、痙攣に似た身体の震え。饅頭の作用は共通らしく、饅頭を口にした時田の身体は、トウジや加持と同じように状態異常を起こしていた。

「どうですか?」

「は、ははは、これは……美味しいです。あ、忘れ物をしてました……戻らなければ」

 男の意地だった。時田は最後まで穏和な笑みを浮かべたまま、発令所から姿を消した。

 

 食べたらどうなるかは、嫌なほど分かったが、食べないと言う選択肢は無い。これはシイが感謝の気持ちを込めて、持ってきてくれたお土産なのだから。

 日向は覚悟を決めて饅頭を口に運ぼうとして……三度邪魔者が入った。

「何を騒いでいる」

「「碇司令!」」

「お父さん……」

 発令所へ姿を現したのは、ネルフ総司令の碇ゲンドウだった。普段はあまり顔を出さない彼だが、偶然騒ぎを聞きつけたのか、不機嫌な様子でシイ達に近づいてくる。

「警戒態勢の筈だ。それに何故お前がここにいる?」

「あ、あの……」

 サングラス越しに鋭い視線を向けられてシイは萎縮する。距離が縮まったかと思ったが、やはり仕事中のゲンドウは遠い存在だった。

 上手く言葉が出せないシイに代わり、リツコがゲンドウへ事情の説明をする。

「……碇司令、シイさんが先日のお土産を、差し入れしてくれていたのです」

「は、はい。その……お父さんも良かったら」

 怖ず怖ずと饅頭が並べられた箱をゲンドウへと差し出した。真っ赤なそれを見たゲンドウは、僅かに眉をひそめてシイに尋ねる。

「……何だ、これは」

「美味しいお饅頭です」

 シイの即答を受けてゲンドウは、オペレーター達に視線を向ける。だが彼らはソッと顔を背けて、ゲンドウと目を合わせようとしない。

(やはり危険だと言うことか。だが何故シイはこれを美味しいと表現して、私に食べさせようとする……)

 無言でじっとシイを見つめるゲンドウの脳裏に、ハッとある想像が浮かんだ。

(そうか、セカンドを捨て駒にした私への牽制のつもりか)

(お父さんどうしたんだろう。甘い物とか嫌いなのかな?)

(セカンドと同居を始めたと聞いていたが……私の予想以上に信頼関係を築いていると言うことか)

(嫌いなら無理に進めるのは良くないよね)

(ふっ、だが所詮は子供だな。この程度でどうにかなると思っているとは)

 ニヤリと口を歪め、ゲンドウは饅頭に手を伸ばす。だがその目前でシイは差し出していた箱を引き戻し、ゲンドウを悲しい目で見た。

「お父さん甘い物苦手なんだね。ごめんね、気が付かなくて」

(揺さぶるつもりか……どうやら、少し認識を改める必要があるようだ)

「……問題ない」

 ゲンドウは更に手を伸ばし箱から饅頭をつかみ取る。そしてそのまま口の中へと放り込み、もぐもぐと一口で食べ終えた。

(……ぬぅぅぅぅぅ!! この程度…………ユイ、私に力を……)

 精神は時に肉体をも凌駕する。ゲンドウの強靱な精神力は、数々の犠牲者を生み出したマグマ饅頭の状態異常を、を見事に押さえ込んで見せた。

((凄いっ、流石碇司令))

 普段と変わらぬ様子で食べ終えたゲンドウに、日向達は尊敬の念を抱いた。

「……シイ、お前の気持ちは分かった。そして、これが私の答えだ」

「え!?」

(牽制など無駄だ。私は目的を果たすまでは、決して立ち止まらないのだからな)

 ゲンドウはニヤリと笑みを浮かべると、一同に背を向けて発令所から去っていく。何を言われたのか分からなかったシイは、暫くポカンとしていたが、

(ひょっとして、私がお父さんと仲良くしたいって分かってくれたのかな。え、じゃあ食べてくれたのが答えって事は……)

 ゲンドウの真意を誤解したまま、本当に幸せそうな笑顔に変わるのだった。

 そしてその後、リツコ達が地獄を見たのは言うまでもなかった。

 

 

 その夜、自分の部屋でレイはそっとマグマ饅頭を口にする。

「…………美味しい」

 レイが自分も知らなかった新たな嗜好に目覚めたのを、まだ誰も知らなかった。

 




わさび入りシュークリームのロシアンルーレット、等はよくテレビで見ますが、あれが全部当たりだったら……そりゃ地獄ですよね。

因みにシイが辛党と言うわけではありません。単に味見をしていないのと、旅館の人の美味しいと言う評価を信じてしまっただけです。
ある意味一番質が悪いのは、シイなのかもしれません。

今回は小話ですので、本日中に本編の投稿もさせて頂きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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