エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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10話 その3《マグマに在るモノ》

 ネルフ本部発令所のメインモニターには、真っ赤に燃えるマグマ内の映像が映し出されていた。時折黒い影のような物が見えるが、高熱の為カメラの解析度が悪く正体を掴むには至らない。

「これでは何とも言えんな」

「……だが無視できる物でも無い」

 ゲンドウの言葉に冬月は頷く。この影が使徒に関係あるのか否かは、現状で判断する事は出来ない。だが少しでも関係している可能性があるのなら、ネルフは動くことを躊躇わなかった。

「確かこれは浅間山だったな」

「はい、現地には既に葛城一尉が向かっています」

「先程連絡があり、火口観測所にて調査を開始したとの事です」

 日向の報告に青葉が補足する。

「MAGI判断は?」

「フィフティーフィフティーです。解析には更に詳細なデータを要求していますね」

 全ては第一報を受けて直ぐに現地へ赴いた、ミサトの報告待ちと言うことだった。ならば今すべきことは、報告を受けて直ぐに動ける状況を作っておくことだろう。

「総員第二種警戒態勢。エヴァ搭乗者は全員本部に待機させろ」

「ふむ、彼女たちの現在地は?」

「三人ともネルフ本部に居ます。今は外部区画の、プール施設に集まっています」

 青葉の報告と同時にモニターは本部のプールを映し出す。そこには黙々と泳いでいるレイと、スキューバーをしているアスカ、そしてプールサイドで勉強に勤しむシイの姿があった。

「やれやれ、呑気なものね」

「仕方ないっすよ。確か今日は」

「ああ、修学旅行の日だったっけ」

「でも流石はシイちゃんですね。気を緩めることなく、勉強するなんて」

 マヤの言葉に発令所の一同も同意して頷く。プールに入ることも無く、プールサイドのテーブルに置かれた携帯端末で勉強しているシイは、傍目には優等生にしか見えなかった。

「シイ君は真面目だな。流石はユイ君の娘か」

「……ああ」

 興味なさげに相づちを打つゲンドウだが、その口元はニヤニヤと嬉しそうに歪んでいた。

 

「えっと……この数式は……うぅ、分からない……」

 自分の姿を見られていると夢にも思わないシイは、端末に表示される課題に四苦八苦していた。休んでいる間に授業が進んでしまった為、追いつこうと頑張っているが成果は芳しくない。

「お父さんが知ったらきっとガッカリするだろうし……頑張らないと」

「あんた何やってんの?」

 シイの元にスキューバを終えたアスカが近づいて来た。赤白ストライプのビキニを着たアスカは、そのスタイルも相まってシイの目にも魅力的に見える。

「その水着素敵だね」

「ま~ね。本当だったら沖縄の海でお披露目だったのに、ギャラリーがあんただけじゃね」

「うぅぅ、ごめん」

「ま、あんたに文句言っても仕方ないんだけど。それで、何やってんのよ」

 アスカはシイが操作している端末をのぞき込む。自然と胸が強調される姿勢になり、シイは圧倒的な戦力差に恥ずかしさと寂しさを感じてしまう。

「先生に課題を作ってもらったの。でも少し難しくって」

「はぁ、あんた馬鹿ぁ? こんな簡単なのが解けないの? ちょっと貸しなさいよ」

 片手で手早く端末を操作すると、アスカはいとも容易く問題を解いてしまった。その手際の良さに、シイは思わず感嘆の声をあげる。

「凄い……アスカって頭良いんだね」

「こんなの楽勝よ。一応大学出てるし」

「大学!?」

 驚いたシイは目を見開いてアスカを見つめる。外国には飛び級制度があるのは知っていたが、まさか同い年の少女が大学を卒業しているとは思いも寄らなかった。

「アスカ凄いね……あれ、じゃあどうして成績悪かったの?」

「ああ、単に読めない問題があったのよ。まだ日本語は完璧じゃないから」

「そうなんだ。ねえアスカ、良かったら私の勉強手伝ってくれない?」

「何で私があんたの……うっ」

 面倒はご免だと断ろうとしたアスカだが、上目遣いでじっと見つめるシイに思わずたじろぐ。

(ど、どうしてこの子は人に簡単に頼れるのよ……てかこれは反則じゃない)

「駄目かな?」

「ま、まあ、同じパイロットが落第するのは恥ずかしいし、ちょっとだけなら良いわよ」

「ありがとう」

 満面の笑みを浮かべるシイを、アスカは一層危険な人物だと認識を改めるのだった。

 

「ほら、こんなの簡単でしょ?」

「うぅ、分からないよ~」

 シイが頭を悩ませているのは熱膨張の問題だった。考え込んでしまったシイを見て、アスカは解説のレベルをぐっと下げる事にした。

「だからとどのつまり、物は暖めれば膨らんで冷やせば縮むのよ」

「あ、なるほど」

「あんたの胸も暖めれば、少しは膨らむかもね」

「むぅ~、だったらアスカのお腹は冷やした方が良いかもね」

 軽く返したシイの発言に、ピシッと空気が固まった。アスカはこめかみをピクピクと震えさせており、明らかに地雷を踏んでしまったことをシイは今更ながら確信する。

「ふ~ん、良い度胸ねシイ。何か言い残すことはあるかしら?」

「……ごめん、ね」

「許すかぁぁ!」

 プールサイドを全力疾走するシイを、アスカは鬼の形相で追いかけ回す。どうやら本人も気にしていたらしく、完全に逆鱗に触れてしまったようだ。

「ごめんって言ってるのに~」

「謝って済むなら警察はいらないのよ。大体あんたみたいな幼児体型に言われたく無いわ!」

「これから成長するんだもん」

「良いから、とにかく待ちなさい!」

 必死に逃げ回るシイだが、基礎体力で遙かに勝るアスカに勝てる筈も無い。数分と持たずにアスカに掴まり、そのまま思い切りプールへと投げ込まれてしまった。

「ふん、少しは頭が冷えたでしょ」

「うぅぅ、酷いよアスカ」

 プールから顔だけ出してシイはアスカに不満げな視線を送る。濡れても良いように学校の水着を着ていたため、私服でのダイブは避けられたが、突然の入水で今も心臓が驚いていた。

「あんたがデリカシーの無いこと言うからよ。反省しなさい」

「……図星を突かれて怒ってるのね」

「綾波さん!?」

 シイの背後へスッと泳いできたレイは、さらりとアスカに毒を吐く。泳いでいた彼女が二人のやり取りを聞いていたのかは分からないが、その言葉は的を射ていた。

「あんたね~、いきなり出てきて最初の言葉がそれ?」

「……ええ」

「どうやらあんた達には、誰がこの中で一番上かハッキリさせる必要があるみたいね」

「……ウエストのサイズならアスカが一番ね」

「むき~、良いわ。今ここで決着を着けて――」

『非常招集です。エヴァンゲリオン搭乗者は、至急第三作戦室まで集合して下さい』

 我慢の限界、とアスカがプールに飛び込もうとした瞬間、館内に招集を告げる放送が流れる。それはシイ達のつかの間の安らぎを終わらせるものであった。

「何かあったのかな」

「……分からないわ。とにかく行きましょう」

「仕方ないわね。この続きは後よ」

 三人は一時休戦すると、急いで着替えを済ませ作戦室に向かうのだった。

 

 シイ達が作戦室に入ると、既に冬月を始めとする主要な職員が勢揃いしていた。

「あの、何かあったんですか?」

「どうせ使徒でしょ。何で出撃命令じゃ無いのよ」

「使徒には違いないけど、状況が少し特殊なの」

 到着して開口一番、文句を言うアスカにリツコは意味深に答えた。入り口に立つ三人を室内に招き入れると、部屋の中央にあるテーブルディスプレイに映像を出す。

 現れたのは一面オレンジ色の世界に浮かぶ黒い影。まるで人間の胎児のように身体を丸めた何かが、シイ達にもハッキリと見て取れた。

「な、何ですか……これ」

「使徒よ。MAGIの結論では、まだサナギの状態と思われるわ」

(子供の使徒? 使徒は成長するのかな……)

 リツコの説明にそんなことをぼんやり考えながら、シイは使徒の影をじっと見つめていた。

「今回は使徒の殲滅ではなく、捕獲を優先します」

「どうしてですか?」

「既に使徒のサンプルは二体あるけど、やはり生きたサンプルの重要性とは比較にならないわ」

 第四使徒に続き、弐号機が死闘の末殲滅した第六使徒も、技術局によって調査と研究が行われていた。だが最も重要視していたエネルギー源については、残念ながら解析出来なかった。

 それだけに使徒の生態サンプルは、喉から手が出るほど欲しい代物だ。

「……捕獲に失敗したら?」

「即座に殲滅作戦へと移行だ」

 レイの質問には冬月が答える。ネルフの目的はあくまで使徒の殲滅であり、捕獲はそれをより確実なものにする為の手段に過ぎない。

 その意味でネルフは、目的と手段をはき違えるような愚か者の集団では無かった。

「それで本作戦の担当だけど……単独で行う事になるわ」

「使徒が存在する火口への突入装備が、エヴァ一機分しか用意できないの」

「誰が担当するか――」

「は~い、私がやるわ」

 シイ達三人を見回したリツコに、アスカが元気良く手を上げて立候補する。

「ならアスカ、あなたが弐号機で担当して。バックアップは……シイさんにお願いするわ」

「は、はい」

「……私は?」

「プロトタイプの零号機は特殊装備が規格外なの」

「レイは本部で待機。非常時に備えて」 

 リツコの指示にレイは素直に頷く。少し残念そうに見えたのは、自分だけが参加できないからか。

「ふふん、悪いわね。まあお土産でも買ってくるから、大人しくしてなさい」

「私も買ってくるから」

「……ええ」

「無駄話はそこまでよ。捕獲は時間との勝負、早速準備に移って」

「「はいっ」」

 シイ達は作戦室を後にして、初の捕獲作戦へと挑むのだった。

 




登場していませんが、ミサトは現地で頑張っています。ただ捕獲作戦を提案したのは彼女では無いと勝手に設定しています。
あれだけ使徒を憎んでいるミサトが、わざわざ生け捕りを進言するのはおかしいですから。

サンダルフォン戦は、子供心に燃えた記憶があります。初めてネルフが攻勢に出て、しかも戦場は灼熱のマグマですから、盛り上がりますよね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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