エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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10話 その2《葛城家》

 

 アスカ襲来から数時間が過ぎ、外はすっかり日が暮れていた。帰宅したミサトは山の様に積まれていた段ボールが片づいている事と、リビングに倒れているシイの姿を見て何が起きたのかを察した。

「ミサトさん……私は……もう動けません」

「ごめんねシイちゃん。アスカの事を言うのすっかり忘れてて」

「良いんです。でも今日はご飯作れそうに無いので、作り置きのものを食べて下さい」

「ええ、充分よ。それでアスカは?」

「お風呂に入ってます。私も入りたいけど……もう眠くて……お休みなさい」

 それっきりシイは、うつ伏せの姿勢で静かに寝息を立て始めた。この小さな少女にとって、大量の荷ほどきは重労働だったのだろう。

 ミサトはシイの頭を撫でると、軽い身体を抱き上げてシイの部屋に運び、布団を敷いて寝かせた。

「お休みシイちゃん。詳しい話は明日ね」

 そっとふすまを閉めてリビングに戻ると、丁度アスカがお風呂から出た所だった。濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、アスカはミサトに声を掛ける。

「帰ってきてたんだ」

「ついさっきね。今シイちゃんを寝かせてきたわ」

「……ねえミサト。あの子ちゃんと訓練受けさせた方が良いわよ」

 アスカは冷蔵庫からジュースを取り出すと、椅子に腰掛けながら言った。その顔は馬鹿にしている物ではなく、本気でシイを心配している様だった。

「基礎体力まるで無いもの。エヴァに乗るのだって、結構体力使うし……」

「あら、心配してるの?」

「べ、別にそんなんじゃ無いわよ。ただ、足手まといになって貰っちゃ困るってだけよ」

 照れたように頬を赤く染めたアスカは、それを誤魔化すようにグイッとジュースを飲む。

「一応シンクロ訓練とハーモニクス訓練以外にも、基礎体力向上訓練はしてるんだけど……」

「それであれ?」

「まあ、シイちゃんだし」

「何故か納得できちゃうのが納得いかないわね」

 顔をしかめるアスカに苦笑を浮かべると、ミサトもアスカの向かいに座った。

「それで、どうして急にここへ引っ越したの?」

「言ったでしょ。あの子が作戦部長のミサトと一緒に暮らしてて、より優秀なあたしが本部で一人暮らしなんて、どう考えてもおかしいからよ」

「それだけじゃ無いでしょ」

「ふふん、それにここに居れば、加持さんと会えるチャンスが多いみたいだし。折角部屋番号を教えてるのに、加持さんったら一度も来てくれないんだもん」

「はぁ~あいつの何処がそんなに良いんだか」

 うっとりとしているアスカにミサトは軽く悪態をつく。年下の彼女から見れば、加持という男は魅力的なのかもしれないが、ミサトには理解できないと言うよりもしたくなかった。

「それに、さ。ミサトは仕事で帰りが遅くなったり、帰ってこない事もあるでしょ」

「ん~まあ、忙しいときはね」

「前にあの子、一人は嫌だって言ってたから……」

 ポツリと呟くアスカにミサトは驚いたように目を見開く。それで自分の失言に気づいたのか、アスカは慌てて立ち上がると、

「な、何でも無いわ。じゃあ、あたしも寝るから」

 そそくさと自分の部屋へと入っていってしまった。

(アスカがあんな事言うなんてね……)

 ミサトの知っているアスカは、プライドが高く何処か他人を見下すような悪癖があった。だからこそ、シイの事を気に掛けている彼女に驚いていたのだが。

(でも、あの二人は似てるのかも。どっちも失う怖さを知ってるんだから)

 新たな同居人を迎えた夜、ミサトはビール片手に一人物思いに耽るのだった。

 

 

 翌朝、シイの目覚めは最悪だった。昨夜の肉体労働が、体力と筋力が決定的に不足しているシイに、全身筋肉痛という苦行を与えた為だ。

「大丈夫?」

「は、はい。湿布とっても気持ち良いです」

「動くのはちょっち厳しそうね。まあ折角学校が休みなんだし、ゆっくり休みなさい」

 布団の上に仰向けで寝ているシイに湿布を貼り終えると、ミサトはため息混じりに言った。

「あのねシイちゃん。アスカの事、怒らないであげて」

「怒る?」

「少しきつく思えるかもしれないけど、悪い子じゃ無いのよ」

「怒るも何も、私は嬉しいですよ。家族が増えたんですから」

 微笑むシイは本心からの言葉を伝える。兄弟姉妹の居ないシイにとって、同い年ながら大人びているアスカは、まるで姉のようにも思えた。

「色々大変でしたけど……お姉さんが出来たみたいで、本当に嬉しいんです」

「そう言っても貰えると、私も少し気が楽になったわ」

「あの、アスカは今日?」

「何でも加持と一緒に買い物に行くって、おめかしして出かけていったわ」

 あの男の何処が良いんだか、とミサトは呆れたように肩をすくめる。

「私も本部に行くけど、今日は早く戻ってくるつもりだから」

「はい、お仕事頑張って下さい」

 立ち上がったミサトは、シイに見送られて部屋を後にした。

 

 

 第三新東京市の繁華街にあるオープンカフェで、加持とアスカは軽い昼食を摂っていた。アスカの足下には、これまでに買い込んだ大量の買い物袋が並べられている。 

「ホント、加持さんに買い物を付き合って貰えるなんて、超ラッキー」

「ま、この間は大変だったからな。少しでも気晴らしになればいいさ」

 コーヒーカップを持ちながら、加持は大人の余裕を漂わせて答える。実際彼が買い物に付き合ったのも、前回の戦闘で活躍したアスカへの労いの意味が強かった。

「加持さんは何も買わないの?」

「俺は欲しい物が別に無いからな。服なんかもある程度は支給品でまかなえる」

「え~あんなだっさいの?」

「周りが同じ格好してりゃ気にもならないさ。おしゃれするってのは、若者の特権だよ」

「加持さん親父くさ~い」

 憧れの人の期待とは違う発言に、アスカは不満げに頬を膨らませて、オレンジジュースをストローで啜る。彼女は加持リョウジに格好いい大人であって欲しいのだ。

「学校には慣れたか?」

「まあね。ガキばっかだけど、そこそこ楽しめてるわ。あ、そうそう。もうすぐ修学旅行があるの」

「ほ~修学旅行か」

「沖縄だって。加持さんは何処に行ったの?」

「俺達は無かったんだ」

 サラッと答える加持を、アスカは不思議そうに見つめる。

「どうして?」

「セカンドインパクトがあったからな。それどころじゃ無かったのさ」

「……そんなに、大変だったの?」

「まあ、な。こればっかりは経験しなくちゃ分からないが、正直生き残るのに必死だったよ。今日の無事を感謝して、明日の無事を祈る。そんな生活だった」

 その頃を思い出しているのか、加持は瞳を閉じて寂しそうに語る。普段飄々としている彼とは違う一面に、アスカは何も言えずにただ話を聞いていた。

「っと、悪いな。つまらない話を聞かせちまった。とにかく、楽しく過ごせるってのは、どんな形にせよ生活が安定している証拠だからな。良いことだよ」

「私楽しんでくるわ。加持さんの分まで、たっぷり沖縄を堪能してくるから」

「ん、だが確か……」

 笑顔を向けるアスカに、加持はふと何かを思いだしたのか顔をしかめる。

「どうしたの、加持さん?」

「エヴァのパイロットは待機命令が常時出てるから、修学旅行には行けないと思ったが」

「……なんですってぇぇぇぇ!!!」

 アスカの絶叫は、青空へと吸い込まれていった。

 

 

 その夜葛城家のリビングでは、帰宅したミサトをアスカが問い詰めていた。凄まじい剣幕のアスカに、しかしミサトはまるっきり動じずに事実を告げる。

「そうよ。貴方達は全員待機命令中だから、修学旅行は不参加ね」

「どーしてよ!」

 リビングの机を叩いてミサトへ食って掛かるアスカ。隣に座るシイは不安そうに事態を見守っているが、当のミサトは涼しい顔をしている。

「だって、貴方達が不在の時に使徒が来たら対処出来ないでしょ」

「そんなのシイとレイが居れば充分じゃない」

「あら、アスカは自分が居なくても、使徒は倒せるって言うの?」

「ぐっ……」

 プライドを上手く刺激するミサトに、アスカは思わず言葉に詰まる。旅行には行きたいが、自分がいらない人間だとは認めたくなかった。

「それに貴方達の契約内容に、ちゃんと待機命令の項目があった筈よ」

「だからって! ちょっと、あんたも何か言いなさいよ!」

「え、私は最初から聞いてたから……旅行には行きたいけど、仕方ないよね」

 諦めたように湯飲みで茶を啜るシイに、アスカは一層不満げな顔をする。同じ立場のシイが納得してしまえば、自分が我が儘を言っている様になってしまうからだ。

「どうしてこう日本人は、事なかれ主義なのかしら」

「でもアスカ。使徒は何時来るか分からないし、私達はここに居なきゃ」

「あ~あ~、何時来るか分からない敵を待ってばっか。たまには攻めることも考えたらどうなのよ」

「それが出来ればとっくにやってるわよ」

 エキサイトするアスカに、ミサトは苦笑を浮かべて答えた。

 

「でも貴方達にとっては良い機会じゃない」

「何がよ!」

「みんなが居ない間、遅れてた勉強をたっぷり出来るんだし」

 ミサトはニヤリと笑みを浮かべながら、二枚のデータカードを見せる。それはシイとアスカの成績データが記録されたものだった。

 0点の答案が見つかった子供のように、シイの顔色はみるみる青ざめていく。

「え、どうしてミサトさんがそれを……」

「駄目よシイちゃん。貴方は隠したつもりでも、こっちには情報筒抜けなんだから」

「うぅぅ……」

「アスカもだけど、シイちゃんは特に成績ヤバめだからね。ちょっち頑張ってもらうわよ」

 これ以上にない程身体を小さくするシイ。元々勉強は得意では無かったが、訓練や入院などで学校を休むことが多かったため、かなり成績は厳しい物があった。

「はん、そんな減点式のテストなんて、何の意味もないわよ」

「郷に入っては郷に従え、よ。とにかく二人ともしっかり勉強しなさい」

「ふん、もう寝るわ!」

 ドスドスと乱暴に足音を立てて、アスカは自分の部屋へと戻ってしまった。それをやれやれと言った感じで見つめるミサトに、シイは恐る恐る尋ねる。

「あの、ミサトさん。私の成績の事……その、お父さんは」

「知らないわよ。これを見たのは今のところ私だけね」

「私頑張りますから、どうかお父さんには……」

(碇司令は多分……気にもしないだろうけど)

 必死に頼むシイにミサトは内心複雑な感情を抱いたが、表には出さずに了承した。

 

 シイも部屋に戻った後、ミサトは一人ビールで晩酌をする。

(修学旅行ね……仮初めでも平和な証だけど…………)

 自分がシイ達と同い年の頃に起こったセカンドインパクト。修学旅行なんて単語が決して出てこない地獄の日々。脳裏にその時の記憶が蘇ると同時に、ミサトの胸に鈍い痛みが走る。

 ミサトはそっと胸に手を当てると、誰にも見せない負の感情を込めた表情を浮かべるのだった。

 




アスカが加わり、葛城家がより一層賑やかになりました。ハッピーエンドの条件に、この共同生活の成功が挙げられます。
原作ではそこの綻びから、物語が鬱サイドに移行したので。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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