第一中学校に登校したシイは教室に入って直ぐ、クラスメート達に取り囲まれてしまった。突然の事態に戸惑うシイへ、友人達は一斉に声を掛ける。
「碇さん大丈夫だったの? 酷い怪我をしたって聞いてたけど」
「あれ、俺は不治の病って聞いたぞ」
「僕は身内に不幸があったって」
口々に噂や誤報を言い出すクラスメート達。シイが学校を欠席して十日以上、機密保持から休んだ事情を公表するわけにも行かず、結果彼らの不安は最高潮になっていた。
予想していなかった展開にシイは動揺したが、みんなが休んでいた自分を心配してくれていたと分かり、直ぐ笑顔に変わる。
「心配してくれてありがとうね。もうすっかり元気だから」
((はぁ~良いな~))
グッとガッツポーズを作り微笑むシイ。久しぶりに見るその笑顔に、クラスメート達はすっかり心を癒されるのだった。
「おはようシイちゃん」
「おっす」
「おはよう」
「ヒカリちゃん、鈴原君、相田君、おはよう。久しぶりだね」
質問責めをくぐり抜けて席に着いたシイの元に、仲良し四人組が挨拶にやってきた。久しぶりに会う友人達に、シイは朝から幸せな気分になる。
「ミサトさんから聞いたで。何や、えらい大変やったらしいな」
「怪我は大丈夫なの?」
「あ、うん。ほとんど検査入院だったから、私は全然平気だよ」
微笑むシイに三人は安堵の表情を浮かべる。自分達を守る為に戦い、そして傷ついた少女の事をずっと心配していたのだ。
「ほんま良かったで」
「だね。やっぱネルフ組が来ないと何か物足りなくてさ」
(そっか、綾波さんは確か特別任務だって言ってたっけ……あれ?)
ふと気が付きシイは教室を見回すが、一際目立つ彼女の姿は見えなかった。不思議そうに首を傾げながら、シイはヒカリへと問いかける。
「ねえ、アスカも来てないの?」
「え、うん。惣硫さんもシイちゃんが休んでから、一度も登校してないわ」
「そうなんだ……」
(作戦は終わったのに、どうして来てないんだろ)
訓練中は一日中本部に詰めていたと聞いていたが、既にそれも終了している筈。シイが再入院している間も登校していないのは、少し不自然だった。
「ま、あんないけすかん女はほっといて、や。もうすぐ修学旅行やな」
「碇が休んでる間に色々あったからさ、後で詳しく話すよ」
「班分けは済んでるけど、私と同じ班だから安心して」
「そっか、修学旅行あるんだっけ」
様々な出来事がありすぎたせいで、シイは完全にその事を忘れていた。
(確か沖縄だよね……行きたいけど多分……)
「何か心配事?」
急に暗くなったシイを気遣い、ヒカリが声を掛ける。
「うん、多分私は行けないと思う。パイロットはみんな待機命令が出てるから」
残念そうにシイは三人に告げた。
使徒を倒せるのがエヴァだけである以上、その搭乗者は非常時に備えて任務以外で第三新東京市外に出る事を、原則禁じられている。彼女たちが自由に旅行することは、ほぼ絶望的と言えた。
「なんやそれ、けったいな決まりがあるのぅ」
「そうか、碇は一応ネルフの職員だもんな」
「特別に許可して貰えないの? だって修学旅行は一度きりなのに」
「我が儘言って困らせる訳には行かないし……私の分までみんなは楽しんで来て」
気を遣わせないようシイは笑顔で三人に言う。だが隠し切れていない寂しさを感じて、ヒカリ達はやりきれない気持ちを抱くのだった。
※
「ふむ、困ったな」
「ええ、困りましたね」
渋い顔で唸る冬月にリツコも同意する。二人が頭を悩ませて居たのは、シイの修学旅行だった。
「やっぱ可哀想ですよ。一生に一度の思い出っす」
「だよな。特にあの子達にとっちゃ、友人達と過ごす時間は貴重だろうし」
「でも、もし不在の時に使徒が来たら……」
シイを擁護していた青葉と日向も、マヤの言葉には上手い反論が出来ない。心情的には許可してあげたいが、使徒襲来時のリスクを考えればあまりに危険すぎるのだ。
警戒態勢中の発令所で五人は腕を組んで、何か良いアイディアは無いかと考えていた。
「あの子達だけうちの高速輸送機で、沖縄に行くって言うのはどうでしょう?」
「悪くないわね。でも」
「任務でもない旅行にそれを使えば戦自が煩いだろう。委員会も黙ってはおるまい」
日向の提案は冬月によって却下されてしまう。ネルフは絶大な権限を与えられてはいるが、それはあくまで使徒殲滅に限った話。平時では他の組織の手前、好き勝手やる事は出来なかった。
「エヴァが三機ありますし、一人くらい抜けても大事無いのでは?」
「マヤ、どうかしら?」
「MAGIは条件付き賛成一、反対二の回答です」
「条件とは何かね?」
「……初号機は必ず残すこと、です」
マヤの報告に一同は天を仰ぐ。それでは本末転倒だった。そもそもあのシイが、レイとアスカを残して旅行に行くとは到底思えない。
「本人は何と言っている?」
「迷惑を掛けられないので待機命令には従うと、葛城一尉に言ったそうです」
((け、健気すぎる……))
冬月達はそっと涙を拭う。友人が多いシイにとって、修学旅行が楽しみでない訳がない。きっと無理して言ったのであろう彼女を思うだけで、涙腺が緩んでしまうのだった。
「だが我々はネルフの一員として、職務に忠実で無ければならない」
「……私は今この時ほど、使徒を恨んだことはありませんわ」
「全くです。もし使徒の本拠地でもあれば、総攻撃を仕掛ける所っすよ」
「だよな。毎回守る戦いってのは、どう考えても不公平だ」
「せめて、使徒の発生源を特定できれば良いんですけど」
使徒は正体不明で神出鬼没。何処から来るのかすら分からない。常に受け身で戦わざるを得ない不満が、話の流れでつい表に出てしまう。
「それが出来れば苦労しないわよ。あら、そう言えばミサトは?」
「葛城一尉でしたら、例の件でアスカに付き合っています」
「ああ、そう言えば今日だったわね」
日向に言われてリツコは思い出したと軽く頷く。
「とにかくシイ君の件は、残念ながら諦めざるを得ない。この悔しさは次回の使徒にぶつけよう」
「「了解っ!」」
冬月の言葉で彼らは通常業務へと戻っていった。使徒への激しい闘志を胸に秘めて。
※
(みんなに気を遣わせちゃったな……)
学校からの帰り道、シイは友人達の事を思って暗い表情を浮かべる。あれからヒカリ達だけでなく、クラス全員がシイの前で修学旅行の話題を一切しなかった。
明らかに自分に遠慮していた彼らに、申し訳ない気持ちで一杯になる。
(行けないのは寂しいけど、仕方ないよね。私はみんなを守るって決めたんだから)
気合いを入れ直すように軽く頬を叩くと、シイは気持ちを切り替えて家へと向かった。
家の玄関を開けようとして、シイは違和感に気づく。
(あれ……鍵が開いてる。出かける前にちゃんと閉めた筈だし、ミサトさん帰ってるのかな)
「ただいま。ミサトさん帰ってるんで…………えぇぇぇぇ!!」
ドアを開けて中に入った瞬間、シイは驚きの叫びをあげた。リビングへと繋がる廊下が埋まってしまう程大量の段ボール箱が、びっしりと積み上げられていたのだ。
当然、今朝シイが家を出る前には無かった物だった。
「な、な、何これ……」
「あらシイ。帰ってきたの?」
「アスカ!?」
積み上げられた箱の奥から、ひょこっと顔を覗かせたのはアスカだった。
「何変な顔してるのよ。余計馬鹿っぽく見えるわよ」
「ば、馬鹿じゃないもん。って、それよりアスカがどうしてここに?」
「ミサトから聞いてないの?」
「何を?」
「今日からあたしもここに住むから」
「ああ、そうなんだ。じゃあこれはアスカの荷物…………えぇぇぇぇぇ!!」
すっかり混乱しきったシイは、本日二度目の絶叫を響かせるのだった。
段ボールの壁をすり抜けてリビングに移動した二人は、机に向かい合わせに座る。どうにか落ち着いたシイが入れたお茶を啜りながら、アスカは不満げに口を尖らせた。
「全く、そんなに驚く事ないじゃない」
「だって、いきなりだったから……普通驚くよ」
「文句はミサトに言いなさいよね。あたしはちゃんとミサトに話を通しておいたんだから」
「うん……あれ、ミサトさんは?」
その張本人の姿が見えない。
「あたしをここまで連れてきて、また本部へとんぼ返りよ」
「ミサトさん忙しいもんね」
「だから、あんたが手伝ってよね」
「何を?」
「あんた馬鹿ぁ? この状況見て分かるでしょ。荷物の整理よ」
相変わらず言葉の足りないアスカに言われ、シイはゆっくりと後ろを振り返る。そこには十や二十では済まない数の段ボールが、手つかずで置かれていた。
「これ……全部?」
「当然でしょ。ほら、早くしないと日が暮れるわ」
「あの、アスカ。私これから夕食の準備が……」
「あたしの言うことが聞けないっての?」
ギロッと睨み付けるアスカに、シイは何も言えなくなってしまう。二人の力関係がハッキリとした瞬間だった。
「それにこれを片づけないと、あんたも眠れないわよ」
「え?」
「置ききれなかった段ボール、あんたの部屋に置いてあるから」
「…………え゛!?」
顔を引きつらせたシイは、大慌てで自分の部屋のふすまを開ける。そこには部屋の様子が分からない程の段ボールが押し込まれていた。
「私の部屋が……」
「これでやる気になったでしょ。さ、やるわよ」
アスカはニンマリと笑顔を浮かべて、段ボールを親指で指す。たっぷり落ち込んだシイには、もうそれに反抗する気力は残っていなかった。
原作よりも一話遅れて、アスカがミサトの家に襲来してきました。ユニゾン訓練をしていないので、同居する理由が無かったんですよね。
修学旅行には行かせてあげたいのですが、どう頑張っても厳しかったです。第一ゲンドウが許可を出すわけ無いと思ったので。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。