エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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1話 その5《初出撃》

 

「エントリープラグ挿入完了。LCL注水開始」

 マヤが告げると、プラグの中に黄色の液体が流れ込んでいく。

『きゃぁぁ、な、何これぇぇ!?』

「落ち着いて。それはLCLと言って……」

『止めて下さい~』

 パニックになって叫ぶシイ。

「あのね、それは貴方に害するものじゃないから」

『怖いよ~』

 涙目で訴えるシイ。

 情けない姿に、ミサトが一喝入れようかとする前に、

「いかん。パイロット保護を最優先。LCLの注水を中断しろ」

「はいっ!」

 冬月の指示でマヤがキーボードを素早く操り、プラグへの注水がストップした。

「……へっ?」

 信じられない展開にミサトは惚けた視線を冬月へと向ける。だが冬月は素知らぬ顔でシイに語りかけた。

「すまんねシイ君。事前に説明しておくべきだった。申し訳ない」

『そ、そんな、こちらこそすいません。取り乱してしまって』

 見知らぬ老人声の謝罪に、シイは恐縮してしまう。

「赤木君、説明を」

「はい。いいシイさん、その液体は……」

 リツコは起動が途中で止められたにもかかわらず、嫌な顔一つせずに説明していく。自分の知らない友人の姿に、ミサトは口をあんぐりと開けたまま固まってしまう。

「……簡単だったけど、分かったかしら?」

『はい。この水がエヴァに乗るのに必要なんですね』

「肺を満たすから苦しいとは思うけど……」

『が、頑張ります』

 不安げな顔ながら、グッと両拳を胸の前で握るシイ。

((け、健気だ))

 男女問わず、少女の姿に心を打たれていた。

 

「じゃあマヤ、続けて」

「はい。LCL注水再開」

 再びプラグ内にLCLが流れ込む。ねっとりとした粘着質の液体に、シイは嫌悪感に必死に耐える。LCLは徐々に水位を増していき、シイの足を飲み込んでいく。

 ようやく起動できる、とミサトが胸をなで下ろしていると、

『ちょ、ちょっと待って下さい!!』

 シイの切羽詰まった声が響き、ミサトは思い切りずっこけた。

「今度は何!?」

『あの……ですね……』

「あ~じれったい。何かトラブル?」

『その……私の姿って……皆さんから見えてますか?』

 モニター越しのシイは、もじもじと顔を赤らめて言いにくそうに尋ねる。

「それがどうしたの?」

『だから……その……スカートが……めくれてしまいそうで』

((ギロッ!!))

 発令所スタッフの視線が、一斉にプラグ内のシイへと注がれる。LCLの水位は、現在シイの太股辺りまで達している。粘性の高いLCLがそれよりも水位を上げれば、当然……。

((ゴクリ))

 思わず唾を飲むスタッフ達。

『く、下らないことですいません。でも気になって……』

「あのね~」

 ミサトが頭痛を堪えながら、事実を伝えようとすると、

「貴方の気持ちは良く分かるわ。でも安心して。プライバシー保護の為、映像は切ってあるから」

「はぁ!?」

 しれっと嘘を教えるリツコ。

「だから心配いらないのよ」

『そう、ですか。ごめんなさい、気分を害してしまって』

「気にしてないわ。それじゃあ注水を再開するわよ」

『はい』

 とんでも無い大嘘つきがここにいた。

 モニターに映るシイの安心しきった顔が、唯一の常識人であるミサトの胸に突き刺さる。

「あんた……何考えてるのよ」

「……(ゴクリ)」

 もうリツコにはミサトの声は届いていない。その視線はモニターに映し出されているシイに釘付けだ。

「LCL注水、再開します」

 報告するマヤの声色には、何処か嬉しそうな響きが混じっていた。

 

 再開される注水。その瞬間を、固唾を飲んで見守る発令所一同。

「だ、駄目よ! シイちゃん聞いて! 貴方の姿は……」

「青葉!」

「了解! 通信回線遮断します!」

 まさに以心伝心とはこの事だろう。冬月の指示に即座に反応した青葉は、ミサトの声が届く前にプラグとの通信を遮断する。コンマ数秒の早業。青葉シゲルの力量の片鱗が垣間見えた瞬間だった。

「ふ、副司令!」

「今はパイロットの精神を動揺させる行為は慎むべきだ」

「こ、この~そんなに女の子の下着が見たいか、変態ども!!」

 遂に堪忍袋の緒が切れたミサトは、思い切り叫ぶ。

 勿論、ミサトの言葉は正論だ。だが正論を述べる行為が、正しいとは限らない。

「葛城一尉、言葉を慎め。上官への侮辱で今月の給料を10%カットだ」

「了解。経理部への報告終了」

 部下である筈の日向マコトが、あっさりと反旗を翻す。

「しょ、しょんな~」

 ボコボコのルノーを思い起こし、ミサトは力無く床へと座り込んだ。

 もはや邪魔者は居ない。心が一つになった発令所スタッフは、モニターを一心に見つめる。

 

「LCL、パイロットのスカートに接触」

「浮力有効です」

「コンタクトまで、後五、四、三、二」

 マヤ、青葉、日向の三名の報告に、発令所の緊張感が高まる。

 そして、

 

 ビー、ビー、ビー、ビー

 

 突然けたたましい警報が鳴り響いたかと思うと、シイの姿を映し出していたモニターは、砂嵐へと切り替わってしまった。

「馬鹿な!」

 冬月は焦った声を出す。

「これは……エヴァ初号機が通信回線を遮断しています」

「副回線、予備回線も繋がりません!」

 絶望的な報告に、発令所は混乱に陥る。

「碇、まさか」

「……私を否定するのか」

 いつものポーズを決めるゲンドウだが、声には明らかに落胆の色が見える。

「モニター復旧急いで」

「駄目です。MAGIによる接触も拒否されています!」

「マヤ、LCLの注水を中断して!」

「駄目です。注水止まりません」

「まさか……暴走!?」

 驚愕に目を見開くリツコ。

 砂嵐のモニターが戻ることはなく、時間だけが無情にも過ぎていく。

 そして、

「……LCL……注水完了しました」

 マヤが震える声で告げると同時に、モニターも復旧した。そこには、LCL注水前と何も変わらぬ姿のシイが映し出されてる。

 絶望が、発令所全体を包み込んだ。

 

 

『あの~リツコさん、リツコさん』

 通信回線も復活したらしく、シイからの声が発令所に聞こえる。

「な、何かしら?」

『ああ良かった。急に声が聞こえなくなったので不安で』

「……ぷ、プライバシー保護のため、音声も切って置いたのよ」

『そうだったんですか』

 勿論大嘘だ。だがシイは全く疑う事無くそれを信じる。

「それじゃあシイちゃん、シンクロを始めるわよ」

『私はどうすれば良いんですか?』

「何もしなくて良いわ。ただ心を落ち着けて、リラックスして頂戴」

 シイが頷くのを確認すると、リツコはエヴァの起動プロセスを開始させる。

 

 エヴァンゲリオンは現存する他の兵器と異なり、ただ操縦すれば動く訳ではない。

 パイロットとエヴァの神経を接続し、両者をシンクロさせる事で初めて起動できるのだ。

 

 落ち着きを取り戻したスタッフにより、作業はスムーズに進む。

 ネルフは超エリート集団。

 能力は一流なのだ。能力は。

 

 

(変な感じ……呼吸は出来てるけど……気持ち悪い)

 LCLを肺に取り込んでいるため、肺が自動的に酸素を取り込んでくれる。だが普通の生活をしていれば、肺に液体が入ることは滅多に無い。

 耐えられない訳では無いが、強い違和感が体内に残っていた。

(それにこの水……血の臭いがする)

 LCL独特の臭気にシイは顔を歪ませる。生臭い液体に全身が漬かっていて、しかもそれを肺に取り込んでいる為、鼻を塞いでも臭いは容赦なく伝わってくる。

(でも我慢しなきゃ。みんな応援してくれてるんだもん)

 大人達の邪なたくらみなど知るよしもないシイは、拳を握って気持ちを奮い立たせていた。

 

 

 

「第二次コンタクト開始」

「インターフェイス接続」

「A10神経接続問題なし」

「LCL電化状態正常」

「初期コンタクト全て問題なし」

 次々に起動プロセスを終えていく初号機。

「コミュニケーション回線開きます……シンクロ率41.3%。ハーモニクス全て正常」

「凄いわ。プラグスーツの補助無しでこの数値」

 マヤの報告に、リツコは感嘆の声を挙げる。

「行けるわミサト」

「え、あ、そうね……」

「何を惚けているの。作戦部長の貴方がこの事態にそれじゃ困るわよ」

「あ~ごめん」

 急にシリアスへ突入し、切り替えが出来ないミサト。

(じゃあ、さっきのは何だったのよ……)

 愚痴りたい気持ちで一杯だったが、それを言ったらどうなるかは、身をもって知った。

(そうよ……何やってるの葛城ミサト。ようやく敵討ちが出来るんじゃない)

 パンと両頬を張り、気合いを入れ直す。

 

 射出カタパルトへ運ばれていく初号機。出撃の準備は整った。

 

 ミサトは振り返り、ゲンドウに向き直る。

「碇司令、宜しいですね」

「勿論だ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」

 威厳に満ちたゲンドウの言葉に頷くと、

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

 ミサトは力強く発進命令を下した。

 

 初号機は身体を固定されたまま、勢いよく地上へ向けて射出されていく。

「う……うぅ~」

 シイは強烈なGに、歯を食いしばって耐える。

 そして、

「きゃっ」

 初号機は開かれた射出口より、地上へと姿を現した。

 

 シイの視界には、いつの間にか日が落ちて暗闇に包まれた街と、

「い、居た……」

 緑色の怪物、使徒と呼ばれる敵がハッキリと映っていた。

 

 

 暗闇の中対峙するエヴァと使徒。

 人類の存亡を掛けた戦いは、今ここに幕を上げるのだった。




紆余曲折を経て、ついにエヴァ初号機は使徒と対峙しました。たっぷり待たされたサキエルの活躍に、こうご期待下さい。

これからもTV版の1話相当を、3~6のセンテンスに分けて投稿致します。今回の5で第一話相当が終了しました。
次は第2話かと思いきや、箸休め的な話を入れさせて頂きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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