エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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懲りずにアホタイム二本立てです。




小話《レイとアスカ番外編・シイの帰還》

~レッツユニゾン~

 

 三日目の訓練を終えたアスカとレイは、本部の食堂で夕食を食べながら作戦会議を開いていた。

「とにかくあたし達には時間が無いわ」

「……ええ」

「残り二日。動きは完璧にマスター出来るとしても、それだけじゃ足りないのは、あんたにも分かるわね」

 ウインナーを囓りながら言うアスカにレイは小さく頷く。

「形だけじゃ無くて、本当の意味での同調が必要なのよ」

「……それで、何か案はあるの?」

「あんた馬鹿ぁ? あったらとっくにやってるわよ」

「…………」

 レイは無言のままコップの水を飲み、荒みかけた心を落ち着かせる。この少女と付き合うには、広い菩薩のような心が必要だと、僅か三日の間に学んでいたのだ。

「だからあんたに聞くわ。何か案は無い?」

「……ひ――」

「って、人付き合いが苦手なあんたに聞いても無駄だったわね」

 被せ気味に言い放つアスカに言葉を遮られ、レイは手に持ったグラスを思い切り握りしめる。あのレイに怒りという感情を呼び起こすのは、流石はアスカと言ったところか。

「あ~あ、何か良いアイディア無いかな」

「あら、悩み事かしら」

 大きく背筋を伸ばすアスカの背後から声を掛けてきたのは、白衣姿のリツコだった。既に通常勤務終了時間を過ぎていたが、エヴァの修復など仕事が山積みのリツコは、ここ数日本部に泊まり込んでいた。

「貴方達二人が一緒に食事するなんて、少しは訓練の成果が出たのかしらね」

「まあね」

「……赤木博士。相談があります」

「相談? 珍しいわね。それで何かしら」

「人と仲良くなる為に効果的な事はありますか?」

 リツコはレイから質問されると言う、ほぼ初めての事態に少し驚いた様子を見せたが、直ぐさま質問の意図を察した。暫しアゴに手を当てて考え込む。

「そうね……やはり共通の話題を持つことが一番かしら」

「話題って何よ」

「何でも良いのよ。趣味でも仕事でも、とにかく二人に共通している話があればね」

「ファースト、あんた趣味は何?」

「……無いわ」

 リツコの提案はものの数秒で破綻した。仕事の話題は確かに共通だったが、その特殊な性質故に仲を深めるには役に立ちそうも無かった。

「まあ頑張りなさい。貴方達二人には、みんな期待しているのだから」

 励ましの言葉を掛けると、リツコは頼んでいた夜食用の弁当を受け取り、食堂から出ていってしまった。

「全く、結局役に立って無いじゃない」

「……でも、人に助言を求める行為は間違って無いわ」

「みたいね。じゃあ手当たり次第、聞き込んでみますか」

「……ええ」

 二人は同時に立ち上がり、助言を求めるべくネルフ本部を徘徊する事にした。

 

「あ、発見。あのロン毛は確か……」

「……青葉シゲル二尉。中央作戦室所属のオペレーター」

「そういやそんな名前だっけ。ん~あの見た目、結構社交的っぽいわよね」

「……聞いてみましょう」

 二人は本部の休憩スペースでくつろいでいる青葉へと近づいていった。

「こんばんは」

「……お疲れ様です」

「ん? おっ、アスカとレイか。お疲れっす」

 ベンチに腰掛けていた青葉は、二人の姿を見ると軽く挨拶を返す。彼は戦闘配置以外では、レイ達チルドレンともフランクに接していた。

「訓練は順調かい?」

「実はその事でちょっと聞きたいことがあるの」

「俺にか? 何だろうな」

「人と仲良くなるのに、効果的な事って何かある?」

 年上にも敬語を使わないアスカだが、青葉は特に気分を害した様子も無く、質問の答えを考える。

「そうだな……やっぱり同じ趣味とか――」

「趣味以外で」

 同じ轍は踏まぬとばかりに、アスカは青葉の言葉を遮る。

「ん~後は……少し古いけど、ペアルックなんてのも効果的かもな」

「ペアルックぅ~!?」

「まあ気持ちは分かるけど、あんまり馬鹿に出来ないと思うぜ。同じ釜の飯、同じ服装、同じ仕事、これだけでも互いの距離ってのは縮まるもんだよ」

「ふ~ん、日本人らしい発想ね」

「かもしれないな。ま、二人は育ってきた文化が違うから大変だとは思うけど、頑張ってくれよ」

 青葉はスッと立ち上がると、二人に手を振って発令所へと戻っていった。

「……あんた、赤いプラグスーツ着なさいよ」

「……いや」

「あたしも白いプラグスーツなんてご免よ。じゃあこの案は却下ね」

「そうね。次を当たりましょう」

 青葉のアドバイスにも納得出来なかった二人は、更なる獲物を求めて徘徊を再開するのだった。

 

「二人とも、こんばんは」

「?? えっと……」

「……伊吹マヤ二尉。技術局一課所属のオペレーター。赤木博士の右腕ね」

「右腕なんてそんな、私なんてまだまだだし」

 偶然廊下で二人と遭遇したマヤは、レイの率直な発言に照れたように頬を染める。リツコを尊敬する彼女にとって、レイの言葉はある意味最大の褒め言葉だった。

「へぇ~、まあ良いわ。ねえマヤ、ちょっと聞いても良いかしら?」

「構わないけど、私に答えられるかな」

 いきなり呼び捨てにされたマヤだが、怒る素振りは見せない。外国人のアスカは、人を名前で呼ぶのだと勝手に思いこんでいたからだ。

「人と仲良くなるために、効率のいい方法って何か無い? 趣味とペアルック以外で」

「えっと、よく分からないけど……相手に自分が好意を持っている事を教えたいって事かな?」

「……少し違うけど、その方法は?」

「そうね、やっぱりプレゼントが一番じゃないかしら。性別問わず有効だと思うけど」

 マヤの提案にアスカは暫し考え、諦めの表情を浮かべながらレイに尋ねる。

「一応聞くけど、あんた欲しい物とかある?」

「……無いわ」

「ま、最初から答えが返ってくる何て期待して無かったけどね」

 予想していた回答にアスカはため息をつき、お手上げのポーズを取った。

「お役に立てなかったみたいね」

「気にしないで良いわ。この子が特殊過ぎるだけだから」

「大変だと思うけど頑張ってね。私達も出来る限りサポートするから」

 マヤは笑顔で二人を励ますと、そのまま廊下の角を曲がって姿を消した。

「こうなりゃ最後まで行くわよ。手当たり次第聞きまくるしかないわ」

「……ええ」

 二人はその後、本部で出会った職員に同じ質問を繰り返した。時間にして一時間程だったが、それでもかなりの人数から意見収集する事が出来た。

 

 食堂に戻ってきた二人は、渇いた喉をジュースで潤しながら現状整理をすることにした。

「じゃあ軽く纏めるわよ」

「……助言人数は述べ十七人。男性八名、女性九名、平均年齢は二十六――」

「そんな事どうでも良いでしょ。内容よ、内容」

「……共通の話題を持つ、同じ趣味を持つ、ペアルック、同じご飯を食べる、贈り物をする、一緒に料理する、一緒に寝る、デュエットする、踊る、他類似意見多数」

 まるでメモを取っていたかのように、レイはすらすらと受けた助言を並べていく。それを腕組みの姿勢で目を閉じて聞いていたアスカは、小さく頷くと目を開いた。

「あんた、料理できる?」

「……いいえ」

「歌は?」

「……歌った事無いわ」

「踊りは……まあ今もやってるわね。結局殆どボツじゃないの」

 ネルフスタッフも精一杯の助言をしたのだが、一朝一夕で仲良くなると言う都合の良い方法は当然無かった。

「振り出しに戻る、か。あ~も~何か良いアイディアは無いの?」

「……まだ聞いてない人が居るわ」

「誰よ? まさか副司令とか言わないでしょうね」

「……碇さん」

「何であの子に…………あ~」

 反論しようとしたアスカは、少し考えて納得の表情で唸った。あの少女は人と仲良くなるのが上手い。アスカも出会って間もないのに、気づいたらそれなりに気になる存在になっていた。

「でもシイは入院中でしょ」

「……病院はネルフ中央病院、ここから近いわ。病室も調査済みよ」

「変な所で行動的よね、あんた」

 感心するやら呆れるやら、アスカは複雑な視線をレイに向けた。

「……面会時間は過ぎているけど、巡回のタイムスケジュールも把握しているから、問題ないわ」

「ま、良いか。じゃあ行きましょ」

 シイに助言を求めるのはアスカも賛成だった。特にデメリットもリスクも無いレイの提案、断る理由は無い。二人は食堂を後にすると、夜の病院へと潜入するのだった。

 

「それで、ここに来たの?」

 真っ暗な病室のベッドで、上半身を起こしたシイは驚いたように二人を見つめる。眠れぬ夜を過ごしていた彼女は、突然の来訪者に最初こそ驚いたが、直ぐさま笑顔で迎え入れた。

「まあね」

「……碇さん、身体はどう?」

「うん、まだ痺れと痛みが残ってるけど、大分良いよ」

 胸の前で拳を握り元気をアピールするシイ。だがダメージは確実に残っており、顔色が悪いのが暗闇の中でも二人には直ぐに分かった。

「……ごめんなさい、無理矢理押し掛けてしまって」

「あ、全然平気だよ。眠れなかったから、二人が来てくれて凄い嬉しいんだ」

「それでシイ、何か良い方法は無い?」

 あまり長居するのはシイの体調にも良くないと判断したアスカは、単刀直入に尋ねた。シイは小さく唸りながら二人を見つめて、言葉を発する。

「あのね、気になった事があるの」

「何よ」

「綾波さんとアスカの呼び方だけど、名前で呼んで無いよね?」

 シイに指摘されて二人は頷く。レイはアスカをあなたと呼び、アスカはレイをファースト、優等生、あんた、等様々に呼んでいたが、名字や名前で呼んだことは無かった。

「それが何か関係あるの?」

「うん。やっぱり仲良くなりたいなら、ちゃんと名前で呼ぶのが良いと思うよ」

 シイの言葉には不思議な説得力があった。相手を名前で呼ぶ事は相手を認めること。信頼関係構築の基本を、アスカとレイはすっぽかしていたのだ。

「……ありがとう、碇さん」

「ま、試してみる価値はあるかもね」

「役に立てたのなら嬉しいな」

 二人は満足げに頷くと、来たとき同様コソコソと病室から出ていった。まるで泥棒みたい、と二人の後ろ姿を見送りながら、シイはそっと呟く。

「……でも、二人ともすっかり仲良しさんだと思うけどな~」

 シイの目にはもう既に、アスカとレイの姿が仲の良いコンビに見えていた。

 

 

 その後アスカはミサトに連絡を入れて、急遽二人部屋を用意させた。

「訓練の衣装もペアルックにしてもらったわ」

「……後は名前で呼ぶだけね」

 二つ並んだベッドに腰掛けて、レイとアスカは向かい合う。

「最初に言ったとおり時間がないわ。即効性を重視して、ここは下の名前でいくわよ」

「……分かったわ。私は貴方をアスカと呼べば良いのね」

「む、むず痒いけど我慢するわ。で、あたしはあんたをレイって呼ぶわよ」

「……少しアスカの気持ちが分かったわ」

 互いに初めて名前を呼ばれて、何とも言えぬ居心地の悪さを感じていた。

「慣れないわね」

「……ならこれも訓練メニューに入れましょう」

「やるっきゃないか。あんな状態のシイを囮に使うなんて、あたしのプライドが許さないもの」

「……ええ」

「じゃあ明日に備えて寝るわよ。お休み……レイ」

「お休み……アスカ」

 

 これを切っ掛けに二人の関係は確実に変わった。シイという存在だけで繋がっていた二人が、それ以外の繋がりを得た。それがあの完璧なコンビネーションを産み出すことになるのだった。

 

 

 

 

 

~シイの苦難~

 

 使徒殲滅から幾日か過ぎたある日、シイはようやく退院することが出来た。担当した医師からの、もう少し筋肉をつけた方が良いというアドバイスを胸に、長らく留守にしていた家へと向かう。

「ありがとうございます、加持さん。わざわざ送って頂いて」

「な~に、気にする事はないさ。丁度暇だったし、葛城からも頼まれてたからな」

 病院からシイを車に乗せてくれた加持は、恐縮するシイに軽く答える。ミサトは事後処理で手が離せない為、送迎役として彼に白羽の矢が立ったのだ。

「良かったら夕ご飯を食べていって下さい」

「そうだな、折角だしご相伴に預かろうか。君の腕前はりっちゃんから聞いてるから、楽しみにしてるよ」

「はい。じゃあ早速準備しちゃいますから」

 二人を乗せた車は、安全運転で第三新東京市を駆け抜けていった。

 

 ミサトの部屋の前までやって来ると、シイは鞄を開けて鍵を探す。

「えっと鍵は確か……」

「……君は確か、十日くらい家を空けてたんだよな?」

「そうですけど、何かありましたか?」

「いや、ちょっと気になっただけだ」

 不意にシリアスな顔になった加持に、シイは首を傾げたが追求はしなかった。やがて鍵を見つけると、家のドアを開けて……凍り付いた。

「……なんで、こんな事に」

「葛城の家事能力は絶望的だ。それは君も承知の筈だろ?」

「で、ですけど、私が最後に家を出た時は……まだ人が住む家だったんですよ」

「大体十日前、か。葛城のスキルを考えれば充分有り得る話さ」

 悲痛なシイの言葉に、加持は自身の経験から導き出された答えを告げる。今現在、葛城家の内部はカオスとしか呼べない状態になっていた。散乱する衣服とゴミ、暗い室内から漂ってくる異臭。ご近所から苦情が来なかったのが不思議なレベルだった。

「ま、住人が無事なら充分だろ」

「そうですね……はっ、ペンペン!!」

 加持の慰めにシイは頷こうとしたが、もう一人、いやもう一匹の同居人を思い出してハッと目を見開く。地獄のような状態の部屋。彼の安否が気遣われた。

「ペンペン、ペンペン!」

 声を張り上げながら室内へと進むシイ。だが何処を探してもペンペンの姿は無かった。仮にゴミに埋もれていても、返事は出来る筈。

(まさかペンペン……もう……)

「……くぇ……」

 シイの心に絶望が生まれ始めたその瞬間、小さな、本当に小さな鳴き声が聞こえてきた。

 

「ペンペン! 何処に居るの!?」

「くぇ……くぇ……」

「そこの冷蔵庫から聞こえたな」

 遅れて入ってきた加持が指差すのは、ダイニング脇に設置されたペンペンの冷蔵庫型寝室。シイは慌てて駆け寄ると、ボタンを押してドアを開ける。

 そこにはやつれたペンペンが、弱々しく横たわっていた。

「ペンペン……こんな姿になって……」

「くぇ……」

「大分弱っているな。だが食事はあるようだし、何が原因なのか」

 そんな二人の前でペンペンは、フラフラと立ち上がる。そして頼りない足取りで、二人を浴室の前まで誘う。彼が何かを伝えようとしている事を察したシイは、ペンペンの後に続いた。

「お風呂? でもミサトさんもシャワーを浴びるし、お湯が出ない訳じゃ……」

 首を傾げながらシイは浴室のドアを開ける。そしてペンペンがやつれた原因を察した。

 ミサトは忙しかったから、シャワーしか浴びなかったのだろう。だから使われない湯船はそのまま放置され、シイが居ないから当然掃除もされていない。

 不潔な湯船に浸かることは、きれい好きで風呂好きのペンペンには、大きなストレスだったのだろう。

「ペンペンごめんね、ごめんね」

「くぇ~」

 泣きながらペンペンを抱きしめるシイ。その優しい温もりを感じたペンペンは、ようやく以前の生活が戻ると歓喜の声をあげるのだった。

 

 

 数時間後、シイの鬼神のような活躍により、葛城家はかつての姿を無事取り戻した。ペンペンが久しぶりの清潔なお風呂に満足している間、シイ達は夕食を食べていた。

 掃除を手伝ってくれた加持に、お礼の意味も込めて出された料理は、彼の舌を十二分に満足させる。

「いや~こりゃ上手い。りっちゃんが絶賛したのも分かるな」

「ありがとうございます。あ、加持さん。どうぞビールをもっと飲んで下さい」

「良いのかい?」

「良いんです。どうせミサトさんは当分飲みませんから……ね?」

「え、ええ。そうね……」

 ニコニコと笑顔を向けるシイに、ミサトは引きつった顔で頷く。

 あれから帰宅したミサトはシイから徹底的に説教を受けた。そして罰として当分の間、ビール禁止を申しつけられてしまったのだ。

 ペンペンの事もあり本気で怒ったシイは予想以上に怖く、ミサトはやむなく従ったのだが。

「ね、ねえシイちゃん。その……一本くらい……駄目?」

「……どうする、ペンペン?」

 上目遣いでねだるミサトに、シイは呆れたようにため息をつくと、丁度風呂から出てきたペンペンにジャッジを委ねた。今回一番の被害者は彼なのだから。

「ペンペ~ン、お願い、ね?」

「…………くぇ」

 両手をすり合わせて懇願するミサトだが、ペンペンは顔を横に振って有罪判決を下した。温泉ペンギンから風呂を奪った罪は、想像以上に重いらしい。

「と言うわけですので、これはお預けです。あ、被害者が許すまでビール抜きですからね」

「そ、そんな~」

 シイの足下にすがりつくミサト。それはまるで、仲の良い姉妹がじゃれ合っているようにも見えた。

(そうか……彼女が葛城を変えたのか)

 加持は二人の姿を何処か嬉しそうに、そして何処か寂しそうに見つめるのだった。

 

 

 結局ミサトのビール禁止令が解除されたのは、それから三日後の事だった。




1本目。
本編でいきなり名前で呼び合っていたのは、こんな裏があったんです。確かに原作でも、アスカとレイは名前で呼び合って無いですよね。
この二人が互いに認め合えれば、幸福な結末を迎えられるかもしれません。

2本目。
シイに依存してるせいで、ミサトの家事能力は激減しています。その結果がこの大惨事と言う事で。

小話ですので、本編も本日投稿致します。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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