エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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9話 その5《心重なる時》

 使徒との決戦前夜、ミサトは加持を誘って本部内のバーに来ていた。

「まさか葛城から誘いを受けるとはな。どういう風の吹き回しだ?」

「……ちょっとしたお礼よ」

 カウンター席に並んで座った二人。加持はグラスを持ちながら、隣のミサトへ視線を向ける。

「礼? はて、何かしたかな」

「あの二人の動き、貴方と話した後から見違えたわ。言ったんでしょ、あの事」

「まあな。ただ俺がしたのはそれだけだ。この結果は二人の努力」

「それは分かってる。けど作戦立案の件も含めて、筋だけは通しておきたいのよ」

 ミサトはここに至って、ようやく加持の本心に気づけた。

 もともと加持は囮作戦など、採用するつもりは無かったのだ。コンビネーション作戦が上手くいかなかった時の発破材料として、用意していたに過ぎない。

 それを見抜けず一方的に加持を糾弾した自分が情けなく感じられ、こうしてお礼と称してお酒でもご馳走しなければ気が済まなかった。

「ま、俺はお前と酒が飲めるなら良いけどな」

「……ねえ加持君。私はやっぱり甘いのかしら」

「ん?」

「あの子達を駒として扱う事に、今でも躊躇いがあるわ。作戦部長失格なのかしらね」

「そうだな……作戦部長としては問題かもしれない。ただ」

 珍しく弱音を漏らすミサトに、加持は酒を飲む手を止めて言葉を探す。本心をさらけ出した相手に、いい加減な答えをするのを嫌ったからだ。

「あの子達は機械じゃない。パイロットであると同時に、普通の中学二年生の子供だ。そんな彼女達を育み守る存在は必要だと思う。お前は良くやってるよ」

「加持君……」

「それでも辛いなら、少しは頼ってくれていいさ。父親役も必要だろうしな」

「ば、ば~か。何言い出すのよ」

 ミサトは顔を真っ赤にすると、一気に酒を飲み干す。それがアルコールのせいだと誤魔化す様に。

「あまり飲み過ぎるなよ。まだ決着は着いてないんだからな」

「分かってるわよ。勝負は明日だものね」

 決戦前夜の夜は静かに更けていった。

 

 

 翌日の昼前、発令所は緊張感に包まれていた。痛み分けに終わった使徒との再戦、負ければもう後が無いと誰もが自覚しているのだ。

「目標は?」

「自己修復を終了し、現在第三新東京市に向かい侵攻中です」

 観測機からの情報を分析した日向が報告を行う。同時にメインモニターに侵攻中の使徒の姿が映し出される。二体に別れていた使徒は、最初に出現した時と同じ姿に復元していた。

「ホント、見事に元通りね」

「でなければ、単独の侵攻兵器として役に立たないもの」

「そりゃそうね。少なくともガチンコ勝負じゃ、修復時間の差で勝ち目はないって事か」

「今はね。改修した使徒のサンプルから、エヴァの修復作業に応用できる技術を開発中よ」

「期待してるわよ、赤木リツコ博士」

 その間にも使徒は牽制の砲撃など気にも留めずに侵攻を続けていた。

 

「エヴァ零号機、弐号機、共に起動完了」

「二人とも、聞こえる?」

『『はい』』

 サブモニターに映るプラグ内の二人は、息ピッタリで返事する。完璧な仕上がりを予感させる反応に、ミサトは口元に小さく笑みを浮かべて指示を告げた。

「作戦は予定通りよ。全て貴方達に任せるわ」

『ふふん、大船に乗ったつもりでいなさいよ。華麗に仕留めて見せるわ』

『……了解』

『はぁ、相変わらず辛気くさいわね。もっとテンション上げられないの?』

『……貴方はもっと下げた方が良いと思うわ』

 軽くやり合う二人だが、そこには以前の様な険悪な空気は無かった。それを分かっているからこそ、ミサトは口を挟まずに、出撃前の戦友達による軽口を見守る。

「目標は、強羅絶対防衛戦を突破!」

「来たわね。目標がゼロ地点に到達したと同時に、音楽スタートよ」

『分かってるって。良いわね、最初から全開で行くわよ』

『ええ、内蔵電源が切れる62秒で勝負を決める』

 互いに見つめ合うレイとアスカには、自信が満ちあふれていた。

「目標、ゼロ地点に到達!」

『さあ、開演の時間だわ。あたしとレイの戦いぶり、見せてあげる』

『……アスカは一言多いわ』

「始めるわよ。外部電源パージ! エヴァンゲリオン零号機、弐号機発進!!」

 62秒の決戦が始まった。

 

 リフトに固定されずに射出されたエヴァは、空高く舞い上がる。そのまま手に持った武器を投げつけ、再生していた使徒を本来の姿である二体へ分断した。

 使徒の攻撃を避けながら的確に攻撃を加え、戦いのペースは完全にエヴァが握った。そして残り三十秒を切ったところで、アスカとレイは勝負を掛ける。

 使徒を華麗な体術で吹き飛ばすと同時に大空へとジャンプ。二機は背中をくっつけた姿勢で、空から使徒目掛けて蹴りを放った。

「いけぇぇぇ!!」

「決める!」

 零号機が甲の、弐号機が乙のコアへ同時に蹴りを命中させる。誤差一秒以内。その困難な条件をクリアした攻撃は、見事使徒を殲滅させるのだった。

 

 激しい爆発が巻き起こり、大地に巨大なクレーターを形成する。二人の安否が気遣われたが、

「……エヴァ両機、確認」

 無事を告げるマヤの報告に発令所が沸き立つ。

「うむ、見事だ」

「やってくれたわね」

「悪くないわ」

「ま、上出来だろ」

 ミサト達は困難な任務をこなした二人を誇らしげに称えていた。のだが、

「「……はぁぁ」」

 復旧したモニターが映し出す光景に、一斉に頭を抱える。クレーターの中心で二機のエヴァが、絡み合うような体勢で倒れていたのだ。それは何というか、大変無様な姿だった。

「あちゃ~」

「……無様ね」

「詰めが甘いのは、まあらしいっちゃらしいけどな」

「……碇が居なくて良かった」

 発令所の緊張感は一気に無くなり、あちこちでクスクスと笑い声すら聞こえる始末だ。

 

『ちょっとあんた、最後のタイミング外したでしょ!』

『いえ、私は間違っていないわ。アスカのキックが予定よりも左に角度がずれていたのよ』

『何よ、人のせいにするって~の!?』

『事実だもの。訓練の時に比べて、左に三度ずれてたわ』

『あ~そ~、だったら言わせて貰うけどね、あんたこそ最後のタイミングがコンマ二秒遅いのよ』

『アスカが早いだけ』

『な、何ですって~。図々しいわね』

『アスカのがうつったのね』

『……良いわ、表に出なさい。こうなったら直接決着を着けるわよ』

『……やだ、面倒だもの』

『むき~』

 

「……恥をかかせおって」

 アスカとレイのやり取りは、発令所全体にダダ漏れだった。笑い声があちこちで聞こえる中、疲れたように頭を抱える冬月の傍らで、ミサト達は寧ろ嬉しそうな表情で二人の会話を聞いていた。

「随分打ち解けたじゃない」

「まあね、怪我の功名って奴かしら」

「これも全部、シイ君のお陰かな?」

『……違いますよ。全部あの二人が頑張ったからです』

 加持の言葉に答えたのは、初号機から発令所に通信を繋いだシイだった。まだ初号機の修復は完了していないのだが、万が一に備えて待機していた。

『二人とも凄かったですよね。私感動しちゃいました』

「ごめんねシイちゃん。初号機で待機させちゃってて」

『私は全然良いんですけど……ちょっとエヴァはご機嫌斜めみたいです』

 困ったように苦笑を浮かべるシイ。その話を聞いてミサトとリツコがつられて苦笑いする横で、一人加持だけが驚いたようにシイと二人の顔を見比べる。

「おいおい、冗談だろ?」

「残念だけと……シイちゃんとエヴァのシンクロ具合は半端無いのよね」

「それでもアスカより大分低いだろ。彼女からは、エヴァの感情が分かるなんて聞いたこと無いぞ」

「数値には出ない部分で、シイさんと初号機はかなり深い部分まで同調しているのよ」

(……やはりエヴァには明かされていない秘密があるってことか)

 加持はそれっきり無言で思考を巡らせていった。

「じゃあ悪いけどシイちゃん、二人を回収して貰える?」

「修復状況は70%程度だけど、その程度の動作なら問題ない筈だから」

『あ、はい。分かりました』

 シイは初号機を宥めながら、二機のエヴァが絡み合う現場へと向かった。

 

「二人とも、お疲れさま。凄い格好良かったよ」

「何よ、あんた見てたの?」

「……もう大丈夫なの?」

「うん、すっかり元気だよ。それじゃあ、二人のエヴァを本部に連れて帰るね」

 アスカとレイを労いながら、絡み合うエヴァをどうにか引き離す。そして活動限界を迎えたエヴァを、肩に担ごうとしたその時だった。

「ちょっとシイ。何で零号機からなのよ」

「え!?」

「そんなプロトタイプよりも先に、あたしの弐号機を回収するのが当然でしょ」

 腰に手を当てたアスカが、何とも理不尽な要求を突きつける。

「じゃ、じゃあ弐号機から……」

「……碇さん」

 ならばと弐号機に手を伸ばしたが、レイが何かを訴えかけるような視線を向けるために、全く身動きが取れなくなってしまった。

(うぅぅ、どうしよう……)

「も~どうして日本人ってこう優柔不断なのかしら」

「……そうさせたのはアスカよ」

「うっさいわね。もう良いわ。ならどっちを先に回収するか、シイが選びなさいよ」

「私が?」

「あんたが大切だと思う方を先に回収しなさいよ。レイも文句ないわね」

「良いわ。私は碇さんを信じてるから」

 アスカとレイはパイロットの回収に来た車両から、初号機をじっと見つめている。その視線を受けてシイはますます追いつめられていった。

(アスカはプライドが高いから、最初じゃないと怒るだろうし……でも綾波さんは私を信じるって言ってくれてるし……)

 迷った末にシイがとった結論は……。

 

 

「で、どうなのリツコ?」

「上腕部が一部断裂、背面部と両足にもダメージ有り。完全修復が三日延びたわ」

 エヴァ専用修理ケージで修復作業中の初号機を見て、リツコとミサトは同時にため息をついた。

 結局シイは、零号機と弐号機を同時に回収するという荒技を実施した。当然同じ大きさのエヴァを二機も担ぎ上げれば、修復中の初号機が耐えきれる筈も無い。

「シイちゃんも病院へ直行よ。全身筋肉痛みたいになって動けないらしいわ」

「彼女も大変ね。癖の強い二人の鎹みたいな立ち位置だもの」

「……一番癖が強いのは、案外シイちゃんかもしれないけどね」

「……否定はしないわ」

 そんな会話をする二人を、修復中の初号機は静かに見つめていた。

 

 暗い会議室に、人類補完委員会の面々に呼び出されたゲンドウが居た。

「碇君、もう少し被害を抑える戦いは出来ないのかね?」

「これでは何のために、エヴァ弐号機を君に預けたのか分からんよ」

「左様。エヴァ三機の占有を許した我らの信頼に、答えて欲しい物だね」

「使徒は予定通り殲滅。初号機の損壊も計画に支障はありません」

 口々に嫌味をぶつける委員達だが、ゲンドウはいつものポーズで表情一つ変えない。のれんに腕押しだと悟ったのか、彼らはゲンドウへの非難をため息混じりに止めた。

「ある程度の追加予算は承認できる。だが限度があることを忘れるな」

「分かっております」

「ならば良い。本来の目的『人類補完計画』の遅延が無いようにしたまえ」

「ええ。全てはシナリオ通りに」

 キールの言葉にゲンドウが答えると、委員会のメンバーは一斉に姿を消す。それと入れ替わるような形で、冬月が会議室へとやってきた。

「やれやれ、老人達はご立腹だったようだな」

「彼らには何も出来んよ」

「だがあちらはそうも行くまい。彼はどうする?」

「好きにさせておけ。今はまだ利用価値がある」

 重ねた手で隠された口元は、ゲンドウの余裕を示すように笑みの形へと歪むのだった。 




どうにか無事、使徒を殲滅することが出来ました。
チルドレン三人の中では、シイが完全に貧乏くじを引く役回りですね。アスカもレイも両極端に癖が強いので。

読んでいて違和感があったと思いますが、アスカとレイが急に仲良くなっていますよね。描かれなかった訓練で打ち解けたと言う設定なのですが、流石に一言で済ませるのもアレなので、次回投稿の小話でそのあたりの話をやります。
ちょっと本編のシリアスムードとは合わなかったので……すいません。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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