エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

47 / 221
9話 その4《レイとアスカ》

 使徒との戦闘の翌日、ミサトが冬月に提示したのは、二機のエヴァによるコンビネーション作戦だった。

「あの両名で大丈夫なのかね?」

「これより五日間、寝食を共にさせて協調性の向上と戦闘パターンの訓練を行います」

「やり方は君に任せる。敗北は許されんぞ」

「はいっ」

 冬月の了承を得て、作戦は正式な物として動き始めるのだった。

 

 ネルフ本部内の訓練室。木の床で出来た部屋は、職員達が格闘技の訓練などの目的で使用している。その広い室内には、ミサトに呼び出されたレイとアスカが並んで立っていた。

「コンビネーション?」

「そうよ。二機のエヴァによる同時攻撃こそが、使徒撃破に必要なものなの」

「必要ないわ。あんなの私一人で充分よ」

「貴方の力は知っているわ。でも今回の使徒は単機では勝てない相手よ」

 分裂した使徒の情報は当然アスカも聞いている。それでも反発せずに居られなかったのは、自分への自信とコンビを組む相手がレイだからだろう。

「百歩譲ってそれは良いとして、相手がどうしてこの優等生なのよ」

「初号機の修復が、使徒の再度侵攻に間に合わないからよ。シイちゃんも……当分安静だし」

「だからって……」

 アスカはチラリと隣に目をやる。レイは普段と全く変わらぬ無表情で、賛成も反対の意思も示さずに立っているだけ。それがアスカの勘に障る。

「こんな人形みたいな奴と、コンビネーションなんか取れる訳無いわ」

「レイは?」

「……構いません」

 あくまで淡々と答えるレイ。その従順な態度もアスカは気に入らなかった。

「アスカ、お願い。二人のコンビが完成しないと……」

「何よ?」

「いえ、何でも無いわ。とにかく、これは命令よ」

 一瞬辛そうな顔を見せたが、直ぐさまミサトは上官として厳しい表情に変わる。その様子に何か腑に落ちない物を感じたアスカだが、命令とあっては渋々従うしかなかった。

「分かったわよ。それで、何をするの?」

「二人には音楽に合わせた戦闘パターンを覚え込んで貰うわ」

「……音楽の必要性は?」

「使徒へのトドメの際に許される誤差は一秒。音楽に合わせた方が確実なのよ」

 ミサトの説明に納得したレイは小さく頷く。戦闘中に目で見て他のエヴァと動きを合わせるのは難しいが、音楽に動きを合わせるのなら、ある程度同調出来るだろう。

「では早速始めるわよ。これより五日間、二人には本部内の施設で寝泊まりして貰うわ。朝から晩まで、とにかく徹底的に戦闘パターンを身体に叩き込むの」

 不満げなアスカと無表情のレイ。欠片も協調性のない二人に、ミサトは深くため息をつくのだった。

 

 

 二人のコンビネーションは困難を極めた。互いに協調性に欠け、しかも元々の相性が最悪とくれば、この結果はある意味当然とも言える。

 そして、訓練は何の進展も見せないまま二日の時を経過してしまった。

 

 二日目の夜、ミサトはネルフ本部にある自室で一人、物思いに耽っていた。

(このままじゃ間に合わないわね……)

 訓練前半の日程を終えた時点で二人のコンビネーションは、まだ形にすらなっていなかった。残り三日でどうこうなるレベルでは無い。

 ミサトの脳裏に浮かぶのは、加持が告げたもう一つの策。シイを囮にして、使徒を殲滅するという非情の作戦。だが着実にそれを選択せざるを得ない状況へと追い込まれていた。

(……とにかく明日ね。明日の結果次第では……)

 ミサトの悩みが晴れることが無かった。

 

 ネルフ本部には、非番の職員用の娯楽施設も用意されている。リツコと加持はその一つであるバーのカウンター席で、並んで酒を飲んでいた。

「二人の訓練、加持君の予想通りみたいね」

「そりゃな。アスカは個が強い性格だから、人と合わせるのは苦手だろうさ」

「レイも同じよ。シイさんには多少心を開いているとは言え、元々人を遠ざける子だから」

 加持はアスカと、リツコはレイと付き合いが長い。だからこそあの二人には今回の作戦は難しいだろうと、嫌と言うほど分かっていた。

「そろそろミサトも考え始めてるんじゃないかしら……囮作戦を」

「だろうな。りっちゃんも動いてるんだろ?」

「一応ね。明日にでも初号機の起動試験を行うわ」

 初号機の修復状況は40%程度。実戦稼動など望めない段階なのだが、最低でも囮として動けるレベルまでは持っていく必要があった。

「ただ、囮作戦は私も反対よ」

「りっちゃんらしからぬ言葉だ。やはり彼女が大切かな?」

「それは当然だけど、それ以上に他のスタッフ達の士気がだだ下がりになるでしょうから」

「ネルフ職員の実に七割が加入している『碇シイファンクラブ』か。そりゃ確かに不味いな」

 組織において、志気の低下と言うのは出来る限り避けるべき事態だ。アイドル的存在であるシイが囮として使われ、傷つくような事があればどうなるかは容易に想像がつく。

「こりゃ……少し焚き付けてみるしかないかな」

「ミサトの為?」

「……ま、色々とな」

 加持はそれっきり仕事の話を止め、旧友であるリツコと純粋に夜を楽しむのだった。

 

 翌朝、訓練室にはミサトの姿は無く、替わりに現れたのは加持だった。

「や、二人とも、おはよう」

「加持さん」

「…………」

 手を挙げて爽やかに挨拶する加持に、正反対のリアクションをとる二人。その姿に加持は内心苦笑を浮かべるが、表には出さずに用件を告げる。

「葛城が呼び出しを食らってるんでね、戻ってくるまで俺が代理で監督させて貰うよ」

「呼び出し?」

「ああ、作戦変更についてのな。副司令から直々だから、結構長引くと思うぞ」

 さらりと聞こえた不穏な単語をアスカは聞き逃さない。

「作戦変更って、この作戦は中止なの?」

「それは二人が一番分かってると思うけどな」

「と、当然よ。こんな女とコンビネーションするなんて、どだい無理な作戦だったのよ」

「……変更後の作戦は?」

 やはり正反対の反応を返す二人に、加持は呆れを隠しながら言葉を続ける。

「ああ、囮を使うんだ」

「囮?」

「修復中のエヴァ初号機を使徒の前に立たせて、わざと使徒に攻撃させるんだ。その瞬間に初号機の側に潜ませた零号機と弐号機でコアを同時攻撃。目標を殲滅させるって寸法だ」

 さらりと言ってのける加持に、アスカとレイは目を見開いて顔を強張らせた。今告げられた作戦は、シイが攻撃されるのを前提としている。それは二人に大きな衝撃を与えた。

「ちょ、ちょっと待って。それって、あの子を犠牲にするって事じゃ」

「そうさ。それがコンビネーション作戦以外で、唯一使徒を殲滅出来る手段だ」

「何よそれ。ミサトはそんな作戦提案したっての?」

「葛城は反対派だよ。だから今も異議申し立てをしてる所だろうさ」

「……なら、作戦は継続?」

「それは二人次第だな。恐らく今日の訓練結果次第では……間違いなく作戦は変更されるだろう」

 加持から告げられる最終勧告。その意味を理解した二人は、自分達のふがいなさに強い怒りを抱いていた。

「だが見込みを示せれば、話は変わってくる。だから全ては二人次第だと言うことさ」

 それだけ言うと加持は二人を監督する事も無く、訓練室から出ていってしまった。

 残されたアスカとレイは、しばし無言のまま立ち尽くす。胸中は様々な感情が渦巻いているが、両者に共通する思いがある。それはあの少女の事。

(シイを囮にするですって……あたし達のせいであの子が……冗談じゃ無いわ)

(碇さんが危険な目に……駄目)

 二人は静かに向かい合う。考えてみれば、こうして正面から目を合わせたのも初めてだった。

「ファースト、あたしはあんたが嫌いだわ」

「……私も」

「だけど今は、そんな事言ってる場合じゃ無いのも分かってる」

「……ええ」

「やるわよ」

 突き出されたアスカの拳に、レイは小さく頷いて自分の拳を軽く合わせる。この僅かな動作が、本当の意味で両者にとって初めての協調だった。

 

 レイの特徴はミスのない動き。音楽に合わせて、あくまで決められた通りの動作を行う。一方のアスカは徐々にテンポアップしてしまうため、両者の動きにズレが出てしまっていた。

「いい、まずはあんたの動きに合わせてあげるわ。だから」

「……ええ、その後は貴方の動きに合わせるように、テンポを上げれば良いのね」

「上等。じゃあ行くわよ」

 二人の動きは昨日までが嘘のようにユニゾンし始める。シイと言う少女の存在が、水と油である二人を混ぜ合わせる乳化剤のような役割を果たしていた。

 

 二人の少女の間に生まれつつある同調。それを陰から見ていた加持は、満足げな笑みを浮かべるのだった。

 




レイとアスカの相性は、どう考えても悪いと思います。性格うんぬんではなく、価値観が違いすぎるので。
ただ二人の間を繋ぐ何かがあれば、あるいは上手くいくかもしれません。
シイがその役割を果たせるかは、まだ分かりませんが。

サーバー増設が完了して、少し安定した様なので、本日はもう一話投稿させて頂きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字修正致しました。ご指摘感謝です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。