エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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9話 その3《ミサトの苦悩》

 

 ネルフ本部ブリーフィングルームは、戦闘データの分析、解析、対策を検討するための部屋だ。壁のモニターを見やすくするため明かりを消した室内には、主要スタッフが勢揃いしていた。

「本日午後16時27分22秒、エヴァ初号機の攻撃を受けた目標は、直後に二体へ分離。以後橙色を『甲』、白色を『乙』と呼称します」

 事務的に報告を行うマヤ。モニターには分離すると同時に、コアも復元していた使徒が映し出されていた。

「ふむ……シイ君の攻撃は、確かにコアを切り裂いていたと思うが」

「はい。ただ元々あの使徒のコアは二つで一つであり、あの状態のコアへの攻撃は無効であった可能性が考えられます」

 リツコの返答を聞くと、冬月は小さく頷きマヤへ先を促す。

「16時33分43秒、エヴァ初号機はマステマのN2ミサイルを目標に使用。同47秒、目標へ着弾。目標の構成物質の79%を焼却に成功します」

 海岸に出来た巨大なクレーターと、その中心でボロボロの身体を晒す二体の使徒。シイの攻撃は確実に使徒へ大ダメージを与えていた。

「N2ミサイル。地図を書き換える程の威力か……予想以上だな、赤木博士」

「ええ……予想以上でしたね。本当に」

 ジロリと視線を向ける冬月の言葉に、リツコは真っ青な顔で冷や汗を流す。なぜなら、

「同55秒、爆発の余波を受けたエヴァ初号機は中破。パイロットは現在入院中です」

 予想以上の破壊力は、攻撃したシイすらも巻き込んでしまったのだ。全身が程良く焼け焦げた初号機は、現在緊急修理中。シイもまだ目を覚ましていない。

 じーっと非難の視線がリツコへ集中する。

「この状況に対するE計画責任者のコメント、どうぞ」

「……私が悪かったわ」

 リツコは思いっきり土下座をして平謝りするのだった。

 

「で、結局使徒はまだ死んで無いのよね?」

「はい。現在自己修復中です。再度侵攻までは、およそ六日と予測されます」

「ふむふむ、零号機と弐号機は?」

「零号機は三日以内に、弐号機は本日中に出撃可能まで持っていくわ」

「……初号機は?」

「修復の追加予算は何故か即時許可が出たけど、どれだけ早くても一週間はかかるわ」

 なかなか厳しい現状を把握してミサトは眉をひそめた。少なくとも今回の使徒との戦いに、初号機は使用できないようだ。

「今のうちに弐号機が使徒を倒すってのは?」

「自己修復中の目標は、先の第五使徒と同等レベルのATフィールドを周囲に展開していますので」

「中和には最低でも、エヴァ三機が必要との試算が出てるわ。MAGIのお墨付きでね」

 使徒が休んでいる間に不意打ちで殲滅すると言う作戦は、あっさりと却下されてしまった。ミサトにしてもひょっとしたら、程度の気持ちだったのだが。

 

「二体の使徒か……。誘い込んで分断、零号機と弐号機で各個撃破が望ましいか」

「いいえ、あの使徒は対の存在。片方を倒した瞬間、もう片方が健在ならば即時に復元するわ」

「MAGIの分析?」

 ミサトの問いに頷くリツコ。MAGIに分析を行わせた所、両者にはエネルギーのやり取りが見受けられた。身体は二つだが、大本の存在は一つなのだ。

「てことは、同時に両方の使徒を倒す必要がある訳ね?」

「ええ。それも許される誤差は一秒以内。それ以上なら再生を許すことになるわ」

「厄介な相手ね……」

 ミサトは改めて事の困難さを実感し、深くため息をついた。

 

「では葛城一尉。明日まで待つ。使徒殲滅の作戦を提示してくれたまえ」

「副司令?」

「困難さは私も承知している。それを打開する策を検討するには、時間が必要な事もな」

 冬月はそれだけ言い残すと、足早にブリーフィングルームを後にする。何せ地図を書き換える程の爆発を引き起こしたのだ。事後処理は山ほど残っていた。

「やれやれ、随分と買われてるじゃないか、葛城」

「失敗は許さないって事よ。ま、時間を貰えたのはありがたいけど」

「それでどうするの、ミサト?」

「早速作戦会議と行きたい所だけど……流石にちょっちお腹が空いたわね」

 冬月が居なくなった事で緊張感が緩んだのか、ミサトだけで無く室内のあちこちからも空腹を告げる腹の音が聞こえてきた。使徒との戦闘から今まで、ろくに休憩もとらず働いていれば仕方ないだろう。

「よし……これより一時間の休憩を取ります。休憩後は作戦会議室に集合して」

「「了解」」

 使徒対策はひとまずお預けとなり、スタッフ達はそれぞれブリーフィングルームから出ていった。

「それじゃあ私も食堂に行くわね」

「私も付き合うわ」

「俺もご一緒させて貰おうかな」

「……あんたも来るの?」

「おいおい冷たいな。まあ騙されたと思って付き合えよ。悪い様にはしないからさ」

 笑みを浮かべる加持にミサトは心底嫌そうな顔をしたものの、結局断る事はしなかった。

 

 

 同時刻、暗い病室のベッドでシイは静かに目覚めた。

(……私、また負けたんだ)

 見知った病院の天井と痛む身体が、敗北の記憶を一層確かな物に変えていく。真っ暗な物音一つしない空間に一人居ると、ひたすら孤独である恐怖が襲ってきた。

(一人は嫌だ……嫌だよ……)

 孤独に押しつぶされそうになり、目から涙が溢れてくる。そんな時、不意に病室のドアが開いた。

「あれ、起きたんだ?」

 静かな空気を吹き飛ばす明るい声を掛けたのは、アスカだった。

「アスカ?」

「他の誰に見えるってのよ。って、あんた何で泣いてるの?」

 目ざとくシイが泣いているのを見つけると、アスカは不思議そうな顔でベッドサイドへと近寄る。

「何、一人で寝るのが怖いの? あんた本当にお子様ね」

 からかうように言ったつもりだが、シイの様子が明らかにおかしいことに気づく。小刻みに震える体と恐怖に歪む顔。自分の言葉が的を射ていたと察したアスカは、ベッドサイドの椅子に腰掛けると、シイの震える手を包み込むように両手で優しく握った。

 

 どれほどそうしていただろうか。シイの震えが治まるのを待って、アスカは口を開く。

「落ち着いた?」

「う、うん……ありがとう」

「ったく情けないわね。仮にもエヴァのパイロットが、一人で寝るのが怖いなんて」

「一人は……怖いの」

「だったら碇司令でも呼べば良いじゃない。あんたのお父さんなんでしょ?」

 何気ないアスカの一言に、ドキッとシイの胸が跳ね上がる。それは握られた手を通じて、アスカにも感情の揺らぎがハッキリと伝わっていた。

「お父さんは……エヴァに乗らない私に……負けた私に……興味が無いから」

「はぁ? 何よそれ。血の繋がった親なんでしょ。そんな事あるわけないじゃん」

「ううん、違うよアスカ。だってお父さんは……私を捨てたんだから」

 絞り出すように紡いだシイの言葉に、今度はアスカが動揺を見せる。明るく勝ち気な表情からは、いつもの余裕が完全に消え去っていた。

「私はお父さんと仲良くしたいのに……お父さんは私が嫌いだから、いらないから……」

 堪えきれずに嗚咽を漏らすシイ。彼女のみんなを守りたいと言う思いは、失いたくない恐怖の裏返し。そしてその恐怖の大本は、自分が捨てられる形で大切な人を失った事に由来していた。

(そうか……シイも一緒なんだ)

 アスカは父親に捨てられてはいない。だが過去に辛い思いをしていたのは同じ。だからこそ、シイが感じている恐怖が痛いほど分かった。

「……不満?」

「え?」

「このあたしがわざわざお見舞いに来て、一緒に居てやってるのよ。それじゃ不満なの?」

「う、ううん。とっても嬉しい」

「ならうじうじしてないで、あたしが居ることを素直に喜びなさいよ」

 アスカの不器用な励ましだったが、それでもシイにはその心遣いが伝わった。戸惑った顔は次第に笑顔へと変わっていく。

「うん、そうだね。ありがとうアスカ」

「ふ、ふん、別に励ましたつもりじゃ無いわ」

 顔を背けるアスカ。その頬が赤く染まっているのが、暗い病室でもハッキリと分かった。

「じゃああたしは帰るから、あんたもとっとと寝ちゃいなさい」

「……ねえアスカ。一緒に寝てくれない……かな?」

「はぁ、あんた馬鹿ぁ? どうしてあたしがあんたと――」

「駄目……?」

(くっっ、何よこいつ。そんな涙目であたしを…………)

「……分かったわよ」

 アスカ陥落の瞬間であった。

「ただし、イビキとか歯ぎしりが煩かったら、容赦なく蹴飛ばすからね」

「うん。ありがとうアスカ」

(……分かったことは、この子が危険って事ね)

 二人は病室のベッドに並んで横になる。シイが小柄と言うこともあり、一人用のベッドでも充分なスペースを確保することが出来た。

「おやすみ、アスカ」

「はいはいおやすみ。怪我人は早く寝なさいよ」

 目覚めたばかりだったが、傷ついたシイの身体は睡眠を欲していたのだろう。言葉を交わして数分としない内に、シイは直ぐさま小さな寝息を立て始める。

(ホントお子様ね……一人は嫌なんて、みんなそうに決まってるじゃん)

 アスカが眠りについたのは、それから暫くしてからだった。

 

 ネルフの職員食堂でミサトは、加持とリツコと遅い夕食を摂っていた。ネルフは交代勤務制のシフトなので、食堂も二十四時間営業している。

 空腹を満たしたミサトは、本題に入ろうと目の前に座る加持へと問いかけた。

「それで、何企んでるわけ?」

「ありゃ、随分と信用無いな」

「あるわけ無いでしょ」

「やれやれ。葛城の助けになればと、ちょいとアイディアを出そうと思っただけなんだが」

 頭を掻きながら呟く加持に、ミサトの目が輝く。

「ちょっと、何よそのアイディアって」

「信用されてないんじゃ、言っても仕方ないしな。大人しくするとしようか」

「……ミサト」

「分かってるわよ。悪かったわ、信用してないってのは取り消すから、教えて」

 嫌々なのが一目瞭然のミサトに、加持は苦笑を浮かべながら頷く。食後のコーヒーを軽く傾けると、少しだけ真剣な顔で話し始めた。

 

「今回の使徒を殲滅するのに有効な手段は、分離中の使徒のコアに対する二点同時攻撃だ」

「んな事は分かってるわよ」

「だがこれは難しい。何せ使徒の行動パターンが読めないからな」

「それで?」

「なら方法は二つだ。一つは使徒の行動パターンを、こっちで操作してやれば良い」

 加持の言葉にミサトは訝しげな視線を向ける。

「どうやってよ」

「二機のエヴァに同じ攻撃パターンを行わせ、使徒をその流れに乗せちまえばいい。そして最後の一撃で、同時にコアを潰せば……勝ちだ」

「なるほどね。でも二機のエヴァというと……」

 出撃可能なのは零号機と弐号機。つまりレイとアスカに完璧なコンビネーションを要求しなくてはならない。

(シイちゃんが居ればともかく、あの二人じゃ……ちょっち厳しいわね)

 今日本部で初顔合わせをしたレイとアスカ。そのファーストコンタクトは、お世辞にも良いとは言えなかった。静のレイと動のアスカ、性格的にも対極な二人の相性は悪い。

 そんなミサトの考えを察したのか、

「ま、この方法はどのみち六日じゃ厳しいのは確かだ」

 加持は慰めにもならないフォローを入れた。実現可能かどうかは別問題として、打開策が一つでも提示されたことはミサトにとって大きな収穫だ。

「検討の余地はあるわね。それで、もう一つの方法は?」

「……囮さ」

 加持の声色が僅かに低くなった。

「獲物を狩るときに有効なのは、獲物が別の獲物を狩る瞬間だ。使徒に限らずな」

「ちょ、ちょっと待って……それじゃあんた……」

「修復途中の初号機を囮に配置。それに攻撃を加える瞬間、伏兵として存在を隠していたエヴァ二機が、近接武器でコアを破壊。勝算が高いのはこっちだな」

 明らかな嫌悪感を見せるミサトに構わず、加持はあくまで冷静に意見を述べる。当然そんな作戦をミサトが受け入れる筈も無い。

「冗談じゃないわ。そんな作戦とも呼べないもの、却下に決まってるじゃない」

「そうかい? 最悪攻撃を受けたとしても、使徒の動きを押さえ込めれば二度、三度と攻撃の機会はある。使徒殲滅を最優先にするなら、多少の犠牲はやむを得ないと思うが」

「巫山戯ないで! あの子達は駒じゃ無いのよ!」

 感情を爆発させたミサトは、机を両手で思い切り叩いて立ち上がる。その怒鳴り声に周りで食事をしていたスタッフが視線を向けるが、ミサトは気にせず加持を睨み付ける。

 厳しいミサトの視線を真っ向から受けても、加持は全く動じた様子を見せない。

「決めるのは葛城だ。ま、部外者の戯言だと思ってくれ」

 加持は悠然と立ち上がり、手をヒラヒラさせて食堂から出ていってしまった。

 

 残されたミサトは怒りのやり場を失い、拳を握りしめて食堂の出口を睨み付ける。

「……座ったら?」

「リツコ、あんたは腹立たないの?」

「あら、どうして? 加持君はただ自分の考えを告げただけ。怒るのは筋違いだわ」

 冷静なリツコに諭されたミサトは、渋々席に着くと自分の結論を告げる。

「……コンビネーション作戦を採用するわ」

「そう。勝算はかなり低そうだけど、良いのね?」

「じゃあ何? あんたもシイちゃんを囮に使えっての?」

「ミサト、貴方は勘違いしてるわ。あの子達は駒では無いけど、エヴァのパイロットなのよ」

 怒りの矛先をリツコに向けるミサトだったが、リツコは表情を変えずに冷たい言葉を返す。

「だから危険な作戦も躊躇うなと言うの?」

「それが貴方の仕事よ。私達はあの子達に人類の命運を預けている。今更綺麗事は止めなさい」

「っっ、先に作戦室に行ってるわ」

 唇を噛みしめたミサトは、大きな足音を立てて食堂を後にした。

 

(ふぅ、損な役回りだ事。ねえ、加持君)

 リツコはため息をつきながら、すっかり冷めたコーヒーを流し込むのだった。




少しテンション下がり目の話です。

ミサトはシイ達と心を通わせるほど、作戦部長としての立場と板挟みになって、悩むことになると思います。
彼女の成長と心の整理も重要ですね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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