エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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9話 その2《マステマ》

 ネルフ本部発令所は慌ただしい空気に包まれていた。館内に警報が鳴り響く中、スタッフ達は大急ぎで自分の持ち場に戻り、それぞれの仕事に取りかかる。

「状況はどうなっている?」

「海上を警戒中の巡洋艦より、正体不明の潜行物体を発見したとの連絡が入っています」

 冬月の問いかけに青葉が状況を報告する。今までのパターンでは使徒は海上、あるいは海中から第三新東京市を目指すケースが多いため、日本周辺の海は厳重な警戒網が張られている。

 今回はその網が功を奏した形となった。

「巡洋艦『はるな』から観測データが送信されます」

「受信データを確認。波長パターン分析…………パターン青、使徒と確認」

「うむ、総員第一種戦闘配置だ!」

 不在のゲンドウに代わり指揮を執る冬月の号令で、ネルフは使徒迎撃体勢へと移行するのだった。

 

 

『シイちゃん、状況を説明するわね』

「はい」

 エヴァ専用輸送機で空輸されているシイは、初号機のプラグ内でミサトと通信を行っていた。本人の強い要望もあり、今回は最初からエヴァに搭乗している。

『第五使徒との戦闘で、第三新東京市は迎撃能力の大部分を失っているわ』

「そうですね……」

 空から見下ろした街は、前回の戦闘の爪痕がまだ痛々しく残っていた。使徒の残骸がまだ処理されていないことが、復旧の遅れを強く印象づけている。

『て~訳で、今回は目標が上陸した所を一気に叩くわよ。短期決戦を心がけて』

「で、でもミサトさん……どうして私一人なんですか?」

『零号機は改修作業が間に合わなかったわ。弐号機の起動テストで、フィードバックに誤差が出ちゃってね、実戦投入は見合わせる事にしたの』

「私一人……」

 零号機はともかく、弐号機は修理が完了していたと聞いていたので、最低でも二人で戦えると思っていた。だが現実は単機出撃。シイの心が不安に包まれる。

『そんなシイちゃんに、頼もしい味方を用意したわ』

「え?」

『それは私から説明するわ。シイさん、聞こえてる?』

 スピーカーから聞こえるリツコの声に、シイは聞こえていると返事をする。

『今回の戦闘に、今日テスト予定だった新装備を使用するわ』

「……『マステマ』ですよね」

『そうよ。あらゆる戦闘状況に対応できる全領域兵器『マステマ』。それを用意したわ』

 本来なら今の時間はその装備のテストを行っていたはず。その為シイの頭には、マステマの情報はしっかり納められていた。

『実戦投入は初めてだけど、装備自体のテストは済んでいるわ。怖がらずに使ってみて』

「わ、分かりました。頑張ってみます」

 シイは胸の前でグッと拳を握り、覚悟を決めるのだった。

 

 輸送機から投下された初号機は無事海岸へ着地すると、電源車両から伸びているアンビリカルケーブルを接続して、まずは動力源を確保した。

 砂浜に立つ初号機の横へ、白い保護シートに包まれたマステマが運ばれてきた。シイがシートを取り除くと、新装備の姿が初めて人目に触れる。

「これが……マステマ」

 巨大な剣にガトリング砲が埋め込まれた特異な形状に、シイは戸惑い混じりに呟きを漏らす。それは発令所の面々も同じらしく、モニターに映し出されたマステマに興味と疑問が混じり合った視線を送っていた。

『さあシイさん、手に取ってみて』

「は、はい」

 リツコに促されてシイは恐る恐るマステマに手を伸ばす。取っ手を掴んで持ち上げると、ズッシリとした重量感が伝わってきた。

『どうかしら?』

「少し重いですけど……多分大丈夫だと思います」

『結構。間もなく使徒が上陸するから、よろしく頼むわね』

「はい」

 通信を終えるとほぼ同時に、少し離れた海に水柱が立ち上り、潜行してきた使徒が姿を現した。

(良かった、普通の使徒だ)

 普通の定義がイマイチ分からないが、今回の使徒は人型に近いフォルムだった。細い足に肩と一体化したような手。やはり頭部はなく、使徒の象徴とも言える仮面が胸に付いていた。

(今回はコアが見えてる)

 腹部には赤く輝くコアが露出しており、それがシイの心を少しだけ落ち着かせた。相手の弱点が見えていると言うのは、それだけでシイを安堵させる。

 使徒は浅瀬で、初号機は砂浜で、それぞれ相手を正面に捉えながら睨み合う。

『シイちゃん、まずは相手の出方を見るのよ。射撃して』

「は、はい」

 シイはマステマの先端を使徒に向けると、照準を合わせてガトリング砲を放つ。パレットライフルとは比較にならない威力の射撃が、絶え間なく使徒へ降り注いだ。

 銃弾の雨は使徒を確実に怯ませていたが、有効なダメージは認められなかった。

『やはり射撃では決定打にならないか』

「ど、どうしましょう……」

『その為のマステマよ。シイさん、射撃を継続しながら使徒へ接近して』

「え!?」

『射撃での牽制を続けながら距離を詰めるの。そして射程に入ったら、剣で使徒を切り裂くのよ』

((そんな無茶な))

 無茶な要求をするリツコに、発令所スタッフは全員顔をしかめた。元々白兵戦が不得手なシイが、初めて使用する武器でそんな高度な戦術など、出来る筈が無いと思っていたからだ。

『大丈夫。その武器は貴方のために作ったもの。きっと貴方なら出来るわ』

「リツコさん……はい、私頑張ります」

 シイは再び覚悟を決めると、レバーを強く握りしめる。

(難しいけど……一緒に頑張ろう。貴方が力を貸してくれたら、きっと出来るから)

 心でエヴァに呼びかけると、それに呼応するかのように初号機に力が満ちる。一時的に高まったシンクロの効果で、手に持ったマステマが軽く感じられた。 

「す~は~……行きます」

 初号機はマステマを右脇に抱えて射撃をしながら、使徒へ向かって突進する。ガトリングの直撃を受けている使徒はエヴァの接近を邪魔する事が出来ず、両者の距離がみるみる縮まっていく。

 そして足が海に入る直前、初号機は力強く大地を蹴った。

「倒れてぇぇぇぇ!」

 マステマを大きく振りかぶると、その先端に付いている巨大な剣で使徒を上段から斬りつける。発光する刃は使徒の身体をチーズのように容易く切り裂く。そして使徒は、コアもろとも真っ二つになった。

 

「はぁ、はぁ、やった、やりました。ミサトさん、リツコさん、私やれました」

『ナイスよシイちゃん』

『素晴らしいわ』

 歓喜に震えるシイへ二人だけでなく、発令所スタッフ達も賛辞を送る。実戦初投入の新装備を使用し、被害無しで使徒を第三新東京市外で撃破。文句の着けようのない最高の戦果だった。

『今輸送機をそっちに着陸させるから、シイちゃんは戻ってきてね』

「はい」

 シイが両断された使徒に背を向けて砂浜へと歩き出した、その時だった。

『ぱ、パターン青。使徒です』

「え!?」

『何処から!?』

『初号機の付近…………その使徒からです!』

 叫ぶマヤの声を聞いてシイは慌てて振り返る。すると両断された筈の使徒が、ピクピクと身体を震わせて再び動き出そうとしていた。

「どうして? 確かにコアを斬ったのに……」

『これは……使徒の反応が二つに増えました!』

「『『えぇぇぇぇぇぇぇ!!!』』」

 二つに切り裂かれた使徒は、まるで脱皮をするかのように表面の皮を捨て去る。中から現れたのは、二体に分離した橙色と白色の使徒だった。

「ず、ずるいよ~。きゃぁぁ!」

 二体の使徒が同時に繰り出したタックルに、初号機の身体が大きく吹き飛ばされる。不意打ちを受けた初号機の身体は空を舞い、仰向けの姿勢で海岸沿いの街へと落下した。

 全身の痛みを堪えながら、どうにかシイは初号機を起きあがらせる。使徒は初号機を警戒しているのか、追撃する様子は無い。

『シイちゃん後退して。一旦引いて、作戦を練り直すわ』

「そ、そうしたいんですけど……逃げられそうに無いです」

 二体の使徒は身体を左右に揺らしながら、初号機へ攻撃する機会を窺っているようだった。少しでも隙を見せれば、間違いなく襲い掛かってくるだろう。

 本来なら援護射撃が入る場面でも、ここは第三新東京市の外。シイは完全に孤立無援だった。

 

 

 シイの危機的状況に、発令所は緊迫した空気に包まれていた。まだ大きなダメージを受けている訳では無いのだが、こちらの攻撃が通用していないのは間違い無い。

 緊急時にリフトで戦線離脱出来ない状況は、彼らから余裕を奪ってしまう。

「こりゃ、ちょっちやばいわね……弐号機は出せる?」

「動かせるでしょうけど、おすすめはしないわ。下手すればミイラ取りがミイラになるもの」

 ミサトは頭をフル稼動させて現状を脱する策を考える。だが手持ちの札が少な過ぎるため、有効な手段は思い浮かばなかった。

 すると何かを決意したリツコが振り返り、司令席の隣に立つ冬月に声を掛ける。

「……副司令、アレの使用許可を頂けますか?」

「あれって何よ」

「マステマ三つ目の装備にして、最大の破壊力を持つ広範囲攻撃よ」

(なら何故直ぐ使わないの? それよりも許可が必要な武装って一体……)

「致し方ないな。ただシイ君にはくれぐれも気を付けるように伝えたまえ」

「分かっています」

 許可を得たリツコはシイへと通信を繋いだ。

 

『シイさん、今から説明する事を良く聞いてね』

「リツコさん?」

『マステマには貴方に知らせていない、もう一つの武器があるの。今からそれを使うわ』

「もう一つの武器……」

『ガトリング砲の脇に、二つのミサイルが付いているでしょ? それが最後の武器よ』

「……あ、ありました」

 モニター越しにマステマを見ると、確かにオレンジ色の筒が二つくっついていた。今日の訓練でも使用予定が無かったので、シイも言われるまでそれが武器だとは気づかなかった。

『目標に対してミサイルを発射すると同時に、ATフィールドを全開にして』

「中和するんですか?」

『……いえ、自分を守るの。命中の可否にかかわらず、大爆発が起こるから』

 リツコの声はいつになく緊迫したものだった。それがこのミサイルの威力が、どれだけ強力なのかを何より雄弁に語っていた。

「わ、分かりました。やってみます」

『ええ。最後にシイさん…………死なないでね』

 シイが聞き返す間もなく、リツコは一方的に通信を切ってしまった。何とも不吉な言葉にシイは不安に駆られるが、今は他に手はない。

(大丈夫……だよね。リツコさんだもん、きっと大丈夫)

 いつだってリツコは自分を助けてくれた。そんな信頼感がシイに勇気を与えてくれる。心を落ち着けて使徒に照準を合わせると、初号機はマステマのミサイルを発射した。

(ATフィールド全開!!)

 シイが自分を守るフィールドを強くイメージすると、光の壁が初号機の前面に展開される。それとほぼ同時に、発射されたミサイルは二体の使徒へと着弾し、想像以上の凄まじい大爆発を巻き起こした。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 目の前に広がる真っ白な光と同時に襲い来る強烈な衝撃波に、シイの意識は途絶えた。

 




原作で一番王道っぽい展開だったイスラフェル戦です。敗北、訓練、リベンジの流れがとても好きでした。

前回話していた新武装は、タイトル通りマステマです。作者もゲームで存在を知りましたが、面白いコンセプトですよね。
この小説ではシイの専用武器として、今後も登場して参ります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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