エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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8話 その5《海中の死闘》

(やばいわね、動きが鈍いわ)

 引っかかったケーブルと一緒に、使徒に引っ張られているアスカは内心焦っていた。水中戦闘自体が初めての経験だが、予想以上に反応が鈍い。

 まともな戦闘行動など取れない状況に、勝ち気な顔が僅かに曇った。

「どうしよう惣流さん」

「決まってんでしょ。やっつけるのよ」

「そうだけど……あっ」

「やばい」

 ケーブルが使徒の身体から外れ、弐号機は海中に置き去りにされてしまう。水中を得意とする使徒は、あっという間に弐号機の索敵範囲から離脱していった。

 泳ぐという動作すら意のままにならず、弐号機は無防備に水中を漂う。

『アスカ、聞こえる! B型装備じゃ水中戦闘は無理だわ』

「じゃあどうするのよ」

『今水中用装備と初号機を、ネルフ本部から向かわせてるわ。一度戻って体勢を立て直すわよ』

(冗談じゃないわ。デビュー戦で応援なんて、そんな格好悪い事出来るわけないじゃない)

「いらないわ。悪いけど引き返すように連絡しといて」

 アスカはミサトの指示を拒否する。現状で勝算が限り無く低いことも、ミサトの策が妥当である事も理解している。これは単なる意地なのだが、彼女にとっては譲れない物でもあった。

『プログレッシブナイフしか無い弐号機じゃ、じり貧なのは分かってるでしょ』

「充分よ」

『アスカ!』

「……通信装置に不良があったみたい。一度通信を中断するわ」

 むすっとした声で告げると、アスカは通信機能を切ってしまう。自分を信用していないミサトに対して、苛立ちと怒りを覚えたアスカは拳を固く握りしめる。

 

「……ねえ、惣流さん」

「何よ。あんたからの説教なんてご免だわ」

 背後から声を掛けるシイに、アスカは不機嫌を隠そうともせずに睨み付ける。

「あの使徒の身体に、赤い球体って見えた?」

「はぁ? こんな時にあんた何言ってんのよ」

 八つ当たりも混じった怒声に、しかしシイは動じない。先程までの怯えた様子は影をひそめ、真剣な表情でアスカをじっと見つめていた。

「赤い球ね……見てないけど」

「私も見つけられなかった。多分、体内にあるんだと思う」

「それが何よ」

「あのね、その球体はコアって言って、使徒の弱点なんだってリツコさんが言ってたの」

「それで?」

 もうアスカの声に怒りは無かった。シイが何か策を思いついていると理解したアスカは、話を聞く姿勢を取って先を促す。

「今の私達にはナイフ一本しか無いけど、コアを狙えれば」

「充分殲滅出来るって訳ね。でもあんたの言うとおり体内にあったなら、お手上げじゃない」

「そこで、ちょっと聞いて欲しいんだけど――」

 

 オーヴァーザレインボーのブリッジでは、ミサトが必死に弐号機へ通信を繋ごうとしていた。だが、エヴァ側からロックされてしまっており、どうにもならなかった。

(まずったわね。アスカのプライドを考えたら、素直に聞くはず無いじゃない)

 自分の失言が危機を招いた事を悔やむ。ネルフからの応援が到着しても、肝心の弐号機とシイが居なければ意味がない。状況は厳しかった。

「……葛城君、エヴァのケーブルをこちらから巻き戻そう」

「艦長?」

「己の失敗を悔やむのは後だ。指揮官は最後まで、勝利のために最善の手を模索すべきだ。少なくとも、私はこれまでそうしてきたがね」

「……はい」

 ミサトの年齢以上のキャリアを持っている艦長。そんな彼だからこそ、言葉には重みがあった。

「頼めますか?」

「準備は整っております」

「では、ケーブルリバー……」

『ミサト!』

 突然ブリッジに響き渡ったアスカの声に、ミサトの指示は打ち消された。

「アスカ!?」

『ミサト、これから弐号機は目標を殲滅するわ』

 その言葉には先程までとは違い、確かな自信に満ちあふれていた。この短時間に何があったのかとミサトは疑問に思うが、今はそれを問いただしている場合では無い。

「でもどうやって……」

『ATフィールドを全開にして、目標の体内に侵入。コアをナイフでぶっ刺すのよ』

 相手が巨大な使徒、それも魚型だからこそ可能な作戦。極めて無謀で危険なものであったが、この状況で実現可能なほとんど唯一の策でもあった。

『反対してもやるわよ。強引に戻そうとしたらケーブル切って、内蔵電源でもやってみせるわ』

「…………アスカ、一つだけ条件があるわ」

『何よ』

「必ず無事に戻ってきなさい。シイちゃんと一緒にね」

『はん、そんなの当然じゃない。あたしの見事な戦いぶり、しっかり記録してなさいよ』

 最後まで強気の姿勢を崩さずアスカは通信を切った。

 

「これでよしっと。折角殲滅しても、命令違反で怒られるなんて馬鹿みたいだもんね」

「そ、そうだね……はは」

 心当たりのあるシイは乾いた笑いを零す。

「さっきからあいつの行動パターンを調べてたんだけど、ずっとあたし達の周囲を高速で巡回してるわ。多分そろそろ突っ込んでくるわよ」

「うん……多分その時使徒は、口を開いて私達に噛みつくと思うから」

「フィールドを全開にして体内に侵入。後はコアを探して破壊するだけね。それにしても……」

 アスカはじーっとシイへ不満げな視線を向ける。

「な、何?」

「あんた、やっぱり猫被ってたのね」

「ふぇ?」

「おどおどと怯えたふりしてたけど、これがあんたの本性、サードチルドレンの実力って事?」

 追いつめられた時こそ人の本性が見えてくる。この状況下で冷静さを失わずに打開策を提示したシイを、アスカは実力を隠していたと判断したのだ。

「……違うよ。私は臆病者だから、一人だったら多分震えて何も出来なかったと思う」

「はぁ?」

「でも惣流さんと一緒だから、私は安心して居られる。危険な事にも立ち向かえるの」

「……アスカ」

「え?」

「アスカで良いって言ってんの。そこまであたしを信じてるなら、名前で呼ぶことを許してあげる」

 一瞬戸惑ったシイだったが言葉の意図を理解して、直ぐさま満面の笑みを浮かべて頷く。

「うん、よろしくね……アスカ」

「名前位で大げさな子ね……。さ、あいつが来るわ。覚悟を決めなさいよ……シイ」

 二人の少女は光の届かぬ深海で、使徒と最後の戦いに挑むのだった。

 

 

 動かない弐号機を警戒する様に、周囲を高速で泳ぎ回っていた使徒。だがやがて危険がないと判断したのか、一直線に弐号機の正面から突っ込んでいく。

 両者の距離が縮まって行き、やがて接触する瞬間、使徒は大きな口を開いた。

「ATフィールド全開!!」

 使徒の内部への侵入を試みる弐号機。だがその行動を察したのか、使徒は予想よりも早く口を閉じてしまう。結果弐号機は上半身だけしか内部に侵入できず、使徒の鋭い牙に腰の部分を貫かれてしまった。 

「ぐぅぅぅぅぅぅ」

 フィードバックによる腹部の激痛がアスカを襲う。シイにも多少の痛みはあるが、メインでシンクロをしているアスカよりは余程マシだ。

「アスカ! 大丈夫!?」

「この……くらい……全然平気よ!」

 気力を振り絞り気丈な態度を取るアスカ。訓練しか経験のない彼女にとっては、初のフィードバックダメージだったのだが、強い精神力でそれを乗り越えた。

「やばいわね……これじゃ釣りのエサじゃない」

「でも、やっぱりあったよ」

 シイが指差すのは使徒の口腔内に赤く輝く球体、コアだ。ただその場所は、弐号機の身体一つ分ほど遠くにあり、ナイフでは届かなかった。

「動くのは……無理だよね」

「がっちりアゴが閉まってるから、上半身しか動かないわね。でも」

 使徒の口腔内は水が無いため、B型装備でも何時も通りの動作が可能だった。そして右手には、ナイフがしっかりと握られている。

 まだ諦める要素は何一つ無かった。

「……やるわよ。あんたも手伝いなさい」

 アスカはレバーのロックを外し、高機動モードに切り替える。操作をエヴァの両手に集中させ、より精度の高いシンクロを行う為だ。

「うん」

「チャンスは一度きり。使えるのは上半身のみ。得物はナイフだけ。なかなか絶望的な状況ね」

「でも、自信あるんだよね?」

「シイ、あんたにあたしの誇りを教えてあげるわ。それは……期待に絶対応える事よ」

 二人の少女は微笑み合う。絶望的な状況下にあっても、彼女たちにはある種の確信があった。

(大丈夫……二人ならきっとやれる)

(いい感じよ。いつもよりシンクロ出来てるわ。これなら行ける)

 腰の固定パーツを外して、アスカは自分の膝上にシイの身体を乗せる。そして重なり合った二人の手が、レバーを力強く握りしめた。

 弐号機は上半身を限界まで身体を捻ると、右手のナイフを投擲する姿勢を取る。

((当てる、当てる、当てる、当てる))

 弐号機の特徴である四つの瞳が一際強く輝き、全身に力が満ちていく。そして渾身の力を込めてナイフをコア目掛けて投げつけた。

 放たれたナイフは一直線に突き進み、輝くコアを直撃した。大きくひびが入ったコアは激しく点滅を繰り返していたが、やがて命が消えるように光を失うのだった。

「やった~! やったよアスカ。私達やったんだ」

「ふん、当然よ。ま、あんたも少しは役に立ったんじゃない」

 勝利の喜びにはしゃぐシイと、余裕を見せつつも笑顔を隠しきれないアスカ。力を合わせる事で困難を打ち破った事で、アスカはシイの評価を少し改めた。

「やっぱりアスカは凄いね」

「あんたも……まあ思ってたよりはやるじゃない」

「これからもよろしくね」

 差し出されたシイの右手に、アスカはたっぷり時間を掛けてから自らの右手を重ねた。

 

 

 見事使徒を殲滅した弐号機だが、一つ問題が起きた。コアを破壊された使徒は、その身体を維持したまま活動を停止してしまった。死後硬直の様に弐号機を口にくわえたままでだ。

 結局自力で脱出出来なかった弐号機は、ケーブルを巻き戻す事で回収される事になった。巻き戻されるケーブル。やがて海上に姿を見せたのは、使徒に上半身をぱっくりと食われている弐号機だった。

「こりゃ……まるで釣りやな」

「お、上手いねトウジ」

「新横須賀まではこのまま行くしか無いわね。二人とも、良いわね?」

『うぅぅ、分かりました』

『あたしの日本上陸が……こんな格好悪い姿で……』

 アスカの嘆きにブリッジにいた面々は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 新横須賀にはリツコを始めとする技術局のスタッフが集まっていた。それぞれが一様に、エヴァが使徒に食われている異様な光景に目を奪われていたが、直ぐさま作業に取りかかる。

 エヴァの救出回収作業が行われる中、リツコはミサトへと近づく。

「また随分と大物を釣ってきたじゃない」

「ま~ね。海上輸送なら最初から、水中戦用装備をさせておくべきだったわ」

「あら珍しい、反省するなんて」

 リツコは皮肉混じりに驚いた顔を見せる。そんな彼女にミサトは、今回の戦闘データが記載されたファイルを手渡す。

「B型装備での水中戦闘、チルドレン二名の同時搭乗、貴重なデータが取れて良かったわね」

「……ええ、これは本当に貴重だわ」

 リツコの目が鋭い科学者のそれになったことに、ミサトは気づくことはなかった。

 

「そう言えば、加持君と会ったんでしょ?」

「あんた……あいつが同伴してくること知ってたの?」

「いいえ。こちらに向かう直前に彼と会ったのよ。本部でね」

「はぁぁ? だってあいつは……」

 驚くミサトへ、リツコは手紙を手渡す。眉をひそめながら、ミサトは手紙を開く。

 

『葛城……すまないが急用を思い出したから、一足先に本部へ向かう。君と弐号機の勇――』

 

 そこまで読んでミサトは手紙を握りつぶした。

「あの馬鹿はぁぁ、先にトンズラしてたのねぇぇ!」

「じゃあ私はサンプルの検分に行くから」

 爆発寸前のミサトからリツコはさり気なく離れていく。肩を震わせていたミサトは大きく息を吸い込むと、

「加持のばぁぁぁかぁぁぁ!!」

 本部へ向かって力の限り叫ぶのだった。

 

 

 ネルフ司令室では一足先に脱出していた加持が、ゲンドウと冬月の前に立っていた。この部屋に入室を許されている時点で、彼が一介の職員で無い事が分かる。

「スリルのある船旅でしたよ。使徒の姿を直接見れたのは、まあ収穫でしたがね」

「先程葛城一尉から連絡があったよ。使徒は無事殲滅、生体サンプルのおまけ付きだそうだ」

「そりゃ何よりです」

 加持は飄々とした調子で答えると、持ち出したトランクを執務机の上に置く。この時点で彼の役割は終わったのか、僅かに安堵したようにため息をついた。

「こんな物を運ぶなんて心臓に悪い仕事、出来れば二度と遠慮したいですね」

「ふっ、ご苦労だった」

 ゲンドウは珍しく上機嫌で加持を労う。それだけこのトランクの到着を、正確にはその中身の到着を心待ちにしていたのだ。

 加持は六つの鍵を開けて暗証番号を入力、更に生体データ認証を行いトランクを開く。

「ほぅ、ここまで復元出来ていたか」

「ええ。硬化ベークライトで固めてはいますが、生きています。人類補完計画の要ですね」

「そうだ。最初の人間、アダム。我ら人類の悲願を果たす鍵となる存在だ」

 サングラス越しにも分かるほど、ゲンドウの目は底知れぬ怪しい光を宿していた。

 

 

 翌朝、二年A組ではシイ達が昨日の事を話していた。旅行を楽しんだと思っていたヒカリは、波乱の船旅に驚きの表情を浮かべる。

「そんな大変な事があったの?」

「大変やったけど、結構おもろいものも見れたで」

「全くだね。昨日のデータなんて、僕の家宝にしたいくらいさ。本当にありがとう、碇」

「う、うん、喜んで貰えたなら良かった」

 本当は危険な目にあわせた事を謝ろうと思ったのだが、シイの予想に反して二人は『豪華なお船で太平洋をクルージング』を楽しんでいたらしい。

「碇さん……怪我は無い?」

「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

 気遣うレイにシイは笑顔で答える。彼女は昨日一日中本部で、零号機改修のためのテストを受けていたらしく、直接会えたのはここに来てからだった。

「にしてもや、あの女だけは気にくわん奴やったな」

「アスカは良い人だよ」

「碇にかかっちゃ、誰だって良い人だよ」

「む~違うの。ちゃんと話せば相田君達だって分かるんだから」

 むくれるシイに、トウジとケンスケは苦笑を浮かべる。

「はいはい、碇はすっかり仲良しになったんだよな。ペアルックまで着るくらいに」

「流石はセンセやで。お見それしたわ」

「うぅぅ、それは忘れてよ~」

 恥ずかしさで真っ赤になるシイを授業開始のチャイムが救った。ざわつく教室に教師が入ってきて、トウジ達もそれぞれの席へと戻っていく。

「え~今日は転校生が居ます。入ってきなさい」

 何時も通りの授業が始まるかと思いきや、教師の言葉に一層騒がしくなる教室。クラスメイト達の視線が注がれる中、教室のドアを開けて一人の少女が入ってきた。

 茶色の髪と青い瞳を持ち、勝ち気そうな顔をした少女。クラスの視線を一身に受けながら、動じることなく黒板に名前を書き終えると、少女は優雅な動作で振り返る。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく」

 にこやかな笑みを浮かべるアスカを、シイは笑顔で、トウジとケンスケはあんぐりと口をあけて見つめるのだった。  

 




アスカ登場エピソード、無事終了です。

原作では戦艦の砲撃で殲滅しましたが、通常兵器で殲滅された使徒ってガギエルだけですよね?
今回はちょっと展開を弄りまして、弐号機にしっかり片をつけて貰いました。

ムードメーカーであり、トラブルメーカーでもあるアスカ。TSの影響を大きく受ける彼女が、今後の展開のキーキャラクターですね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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