エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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8話 その4《エヴァンゲリオン弐号機》

 

 アスカの目前で護衛艦を次々に沈めていく、白い魚のような生物。護衛艦を遙かに超える巨体を誇るそれは、海を縦横無尽に動き回っていた。

 遅れてやってきたシイは、あの生物が使徒では無いかと予想を立てる。

「使徒……あれが?」

「う、うん。多分そうだと思うけど」

「もーハッキリしないわね。サードチルドレンの癖に」

「うぅ、仕方ないよ。だって使徒の姿って毎回違うし」

 人型、イカ、正八面体、と毎回イメージチェンジに余念がない使徒達。最大の特徴であるコアが見えれば一発なのだが、あの生物にはそれらしき物は見えない。

(この間の使徒みたいに、身体の中にコアがあるのかも)

「とにかく、早くミサトさんの所へ戻らないと」

「あんた馬鹿ぁ? 何で戻る必要があるのよ」

「え? だって」

「こんな美味しい見せ場に、主役が登場しなくてどうするのよ」

 にんまりと笑みを作るアスカに、シイは嫌な予感しかしなかった。

 

「護衛艦三隻撃沈……目標を捕捉出来ません」

「くそっ、何が起こってるんだ」

 オーヴァーザレインボーのブリッジが、非常事態に騒然とした空気に包まれる。艦長が付近の艦に状況確認を急がせるが、結果は芳しくなかった。

 そこにショックから立ち直ったミサトが、トウジ達を引き連れてやって来た。

「艦長! 状況は?」

「分からん。現在敵影の捕捉を急がせて居るが……」

「これは私見ですが、恐らく使徒の攻撃だと思われます」

「馬鹿な! 奴らは第三新東京市にしか現れないと聞いているぞ」

「本部へ侵攻中に、偶然こちらと遭遇した可能性もあります」

 ミサトの冷静な反論に艦長はグッと言葉を飲み込む。事情はどうであれ現実に今この時、謎の敵から襲撃を受けているのは事実なのだから。

 そして今すべき事も決まっている。

「くっ、これ以上敵の好き勝手にさせるな! 全艦任意に迎撃!!」

 艦長は動揺する艦隊へ檄を飛ばす。彼らの任務はエヴァ弐号機を無事に新横須賀まで輸送すること。例え納得いかなかろうが、任務は任務。軍人としてのプライドが彼らを奮い立たせた。

(ご立派な心がけだけど……無駄ね。使徒に通常攻撃では歯が立たないわ)

 ミサトの指摘は的中してしまった。高速で水面下を移動する使徒に対して、護衛艦と空母から無数の魚雷が撃ち込まれるが、足止め程度の効果すら見られなかった。

 

「ね、ねえ惣流さん。こんな所に来てどうするの?」

 シイの手を強引に引っ張ってアスカがやってきたのは、人気のない階段の陰だった。

「あんたみたいなお子様はともかく、あたしが人前で着替えられる訳無いでしょ」

「むっ、私子供じゃ……着替える?」

 アスカはシイの問いかけに答えず、格納庫から持ち出した大きなショルダーバックを漁っている。そしてビニールに包まれた、赤色のプラグスーツを取り出した。

(あ、そっか。惣流さんはミサトさんからの出撃命令に備えて、準備してるんだ)

 指示を待つ日本人とは違い、外国人は自分から積極的に行動すると昔聞いたことがある。自分のするべき事を黙々とこなすアスカに、シイは尊敬の目を送っていたのだが……。

「何ぼさっとしてるのよ。はいこれ、あんたの分」

「……え?」

「どうせ持ってきて無いんでしょ。あたしの予備を貸してあげるわ。ありがたく思いなさい」

「そ、それって……まさか」

 何故か偉そうなアスカからプラグスーツを渡され、シイはようやく察した。彼女はシイの予想通りではなく、予想の斜め上の行動をしようとしている事に。

「あんたも、来るのよ」

 ニヤリと笑うアスカからは、拒否を許さないと言う強い意志が伝わってきた。

 

 オーヴァーザレインボーの船室で、加持は使徒の動きをオペラグラスで眺めていた。無数の魚雷を撃ち込まれても全く怯まない使徒に、自然と表情が険しくなる。

「あの程度じゃ、ATフィールドは破れないか……さて、どうするかな」

 使徒を観察したまま、携帯電話を懐から取り出して通話ボタンを押すと、数コールの後に相手が出た。

『君か。どうやら現れた様だな』

 受話器から聞こえるゲンドウの声は、この状況を予想していたかの様に冷静なものだった。

「司令も人が悪い。こちらのシナリオとは少々違う出来事ですよ」

『イレギュラーは常に起こりえる。その為の弐号機と搭乗者だ』

「ご息女も、ですか?」

『……そうだ。予備くらいには役に立つ』

 娘に対してとは思えないほど冷たい言葉だったが、一瞬の間があったことを加持は聞き逃さない。

(碇司令も人の親、か)

『万が一の時には……君だけでも脱出したまえ」

「ええ、分かっています」

 通話を終えた加持は足下のトランクに視線を落とす。厳重に封印された対核仕様の特殊トランクが、中身の重要さを雄弁に語っている。

 ゲンドウの発言も、加持では無くこれの安全を案じての事だったのだろう。

「あの子達の戦いぶりを見たい所だが……ま、背に腹は変えられないか」

 小さく呟くと加持はオペラグラスをしまい込み、トランクを片手に部屋を後にするのだった。

 

 

 アスカ用の赤いプラグスーツに身を包んだ二人は、再び弐号機の元へ戻った。アスカは弐号機の首筋に登ると、レバーを引いてプラグを排出させる。

「さあ、乗るわよ」

「で、でも、まだミサトさんに許可を貰ってないし」

「勝った後に貰えば良いのよ。ほら、早くこっちに来なさい」

「どうして私も? 惣流さんの邪魔になると思うんだけど……」

 割と本気なシイの疑問に、アスカは自信に満ちた顔で見下ろすと、

「本物のエヴァンゲリオンの、本物のチルドレンによる戦闘を、特等席で見せてあげようってのよ」

 腰に手を当てたポーズでハッキリと言いきった。

 結局押し切られる形で、シイはアスカと共にプラグへ乗り込んだ。電力供給が行われていない為、アスカは弐号機の内蔵電源で起動シークエンスを行っていく。

「……思考言語切り替え、日本語をベーシックに」

「え?」

「英語が分からないなら、ドイツ語はもっと分からないでしょ」

「あ……うん。ありがとう惣流さん」

 さり気なく気を配ってくれたアスカに、シイは表情を崩してお礼を言う。感謝される事に慣れてないのか、アスカはぷいっと顔を背けてしまう。

「じゃあ行くわよ。しっかり掴まってなさい」

「うん……」

 インテリアの背もたれに、シイが両手を回して抱きつくのを確認して、アスカは表情を引き締める。

「エヴァンゲリオン弐号機、起動!」

 力強いアスカの言葉と共に、弐号機の瞳に光が宿った。

 

 使徒は不思議な動きをしていた。高速で水面下を移動し時折護衛艦を襲ってはいるが、積極的に攻撃を仕掛ける訳でも無い。艦隊の間をウロウロと潜行する姿は、まるで迷子の様にも見えた。

「くそっ、奴の狙いは何だ!?」

(まるで何かを探しているみたい……狙いは弐号機?)

「艦長、エヴァンゲリオン弐号機の起動許可をお願いします」

「むぅ……だが……」

「このままでは打開策無く、一方的に蹂躙されるだけです。それに使徒の狙いが弐号機であるなら、起動していない状態では危険すぎます」

 ネルフに対しての対抗心と、軍人としてのプライドが艦長の中でせめぎ合う。

 遠回しに自分達が役立たずと言われた事に対し、当然悔しさもある。だがミサトの言うとおり現状の戦力では、任務を果たすことなく全滅する可能性も考えられた。

 どちらの感情を優先するかなど、迷うことなど無い。

「……分かった。我々の任務は弐号機の新横須賀までの護送だからな」

「ご理解、感謝致します」

 ミサトは一礼すると直ぐさま携帯でシイへ連絡を取ろうとする。一緒に居るであろうアスカへ、出撃命令を伝えて貰おうと思ったのだが、何故か留守電になってしまう。

「一体何やってるの……」

「お、オセロウより入電。エヴァンゲリオン弐号機が、起動しています!」

「「なっ!!」」

 艦長とミサト達は副官の報告を聞いて、ブリッジの窓へとへばりついた。

 オーヴァーザレインボーの後方に位置する輸送艦オセロウ。その甲板上に保護シートをマントのように纏った、真紅の巨人が立ち上がっていた。

「アスカ? それともシイちゃん?」

『あたしよ』

『すいません、私も居ます』

「ふ、二人とも乗ってるのね……」

 予想外の展開にミサトは、安堵と呆れが入り交じった声を出す。エヴァに二人同時に搭乗するなど、考えたことすら無かったからだ。

『ミサト、使徒の迎撃に移るわよ』

「ええ、出撃許可は出てるから、思い切りやっちゃって」

「いや待て。確か弐号機はB型装備のままだぞ」

 慌てて告げる艦長の言葉を聞き、ミサトは表情を曇らせる。

 エヴァのB型装備は、特殊な武装や装備を一切付けていない状態を指す。周囲を海に囲まれ、使徒自体が海中に居る現状には適していなかった。

『惣流さんどうしよう』

『あんた馬鹿ぁ。水中専用の装備に変えれば良いだけでしょ』

「水中用の装備は?」

「オセロウに水中行動用のパーツがあります」

 副官からの迅速な報告にミサトは満足げに頷くと、アスカへ指示を告げる。

「いいアスカ。そこに水中用の装備があるから換装して……」

「目標、エヴァに急速接近!」

 そんなミサト達をあざ笑うかの様に、使徒はオセロウへと突進していった。

 

 プラグ内のモニターにも、真っ直ぐ向かってくる使徒の姿がハッキリと映し出されていた。

「こ、こっちに来たっ!」

「換装の時間は無いわ。水中用装備換装を断念、危機回避を最優先」

 グンッと弐号機はしゃがみ込むと、大きくジャンプして使徒の突進を回避する。ただオセロウは成す統べなく真っ二つに船体を割られ、水中用の装備と共に海へと沈んでいった。

 付近の護衛艦へ強引に着艦した弐号機。使徒は小回りが利かないのか、大きく旋回運動をしている。

「惣流さん、残り時間が一分しかない」

「あいつら充電ケチったわね……。ミサト、非常用の電源を出して!」

『OKよ。用意しとくわ』

 ミサトは直ぐさまオーヴァーザレインボーの甲板に、非常用の電源ソケットを用意させる。彼女がここに来る際に乗ってきたヘリに積み込まれていた物だ。

「B型装備だと泳げないし……どうやってあそこまで行こう」

「簡単な事よ。さあ、飛ぶわよ」

「飛ぶって…………ひゃぁぁ!」

 弐号機は再びかがみ込んでから、力強く甲板を蹴り跳躍する。シートを脱ぎ捨て空を舞いながら、護衛艦や戦艦を足場代わりに踏みつけていく。

 まるでアスレチックの様に、海上を飛び跳ねる弐号機。足場を正確に捉えて跳躍するその動きは、アスカの操縦能力の高さを十二分に証明していた。

(目が……目が回るぅぅ)

 自分とはまるで違うアスカの操縦に、シイは文字通り目を回してグッタリとしていた。もしシイが初号機に搭乗していたとしても、この動きを真似することは出来ないだろう。

「あれね……エヴァ弐号機、着艦しま~す!」

 一際大きな跳躍をして、弐号機はオーヴァーザレインボーに着艦した。同時に船体を襲う強い衝撃に、ブリッジにいるミサト達も必死に耐える。

「ソケット確認。外部電源に切り替え」

 腰の部分にある接続口にソケットを差し込むと、プラグ内に表示されていたタイマーが消え、外部電源に切り替わったことを示す。

 電源切れによる活動限界の心配は消えたが、一息つく暇は無い。

「惣流さん、左後ろから来てるよ!」

「上等よ。迎え撃つわ」

 弐号機は左肩からプログレッシブナイフを取り出す。それは初号機の物とは違い、カッターナイフの様な形状をしていた。

 身体の前にナイフを構えて使徒との接触に備える。そんな弐号機目掛けて、使徒は勢いよくトビウオのように跳ねると、オーヴァーザレインボーの甲板へ空から襲い掛かった。

「お、大きい!」

「でかいだけでしょぉぉ!」

 間近で見る使徒の巨体に怯むことなく、アスカはナイフを使徒に突き立てて強襲を受け止めた。

「凄い……」

「さっさと、どきなさいよっ!」

 上からのしかかる使徒へ弐号機は前蹴りを打ち込んだ。圧力が掛かっている状況下で、一瞬とは言え片足立ちをするという恐るべき芸当を、アスカは見事やってのける。

 蹴られた使徒はそのまま海へと落ちていく。だがその際に弐号機のケーブルが使徒の身体に引っかかり、道連れの様な形で弐号機も海へ沈んでいくのだった。

 




アスカ&弐号機のデビュー戦です。思い返してみると、彼女の戦闘は特殊環境下が多いなと。やはりチルドレンで一番技量が高いからでしょうか。

能力的には、アスカ>レイ>シイの順で設定しています。多分最後までこの序列は変わらないと思います。

戦闘途中で話を切るのは、あまり宜しくないと思いますので、本日中に続きを投稿させて頂きます。
今後は出来るだけ、戦闘は一話に収めて参ります。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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