エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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8話 その3《プライド》

 艦橋を後にした一行は、空母の中にある食堂にやってきた。休憩中の軍人が何事かと視線を送る中、シイ達は加持の奢りでそれぞれ飲み物を頼み、六人がけのテーブルに席をとる。

「あの~」

「ん、ああ、まだ名乗って無かったな。俺は加持リョウジ、ネルフのドイツ第三支部に所属してる」

 加持は大人の余裕を漂わせて、シイへと微笑みかけた。今まで身近に居なかったタイプの男性に、シイは少し戸惑いつつも会話を続ける。

「ミサトさんと加持さんは、お知り合いなんですか?」

「……腐れ縁よ」

「おいおい、そりゃちと冷たく無いかい?」

 そっぽ向くミサトに加持は苦笑い。シイ達は気づいていないが、この間にもテーブルの下では加持がミサトの足へちょっかいを掛けていた。

「それで、今付き合ってる奴、いるの?」

「あんたには関係無いでしょ」

「あれぇ、つれないな~」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた加持は、スッとシイへ視線を向ける。

「君は葛城と同居してるんだったね」

「はい」

「彼女の寝相……直ってるかい?」

「「えぇぇぇぇぇぇ!!」」

 加持の爆弾発言にシイを除く子供達は、全員ショックを受けた表情で固まる。直接的な表現では無かったが、言葉に秘められた意味に気づいたらしい。

「それが全然。しょっちゅう布団をはだけちゃってますし」

 ただ一人状況を理解してないシイは、苦笑しながら加持の問いかけに答えた。

「相変わらずか。葛城、腹出して寝ると風邪引くぞ」

「あ、あ、あ、あんたは子供の前で何言ってるのよぉぉ!!」

 顔を真っ赤にしたミサトは、テーブルに思い切り手を着いて立ち上がる。動揺しているのがバレバレな彼女の態度に、加持はため息をついた。

「やれやれ。君はこんな大人になっちゃ駄目だぞ、碇シイちゃん」

「はい……あれ、私名前を言いましたっけ?」

「聞くまでもなく知っているさ。何しろ君は有名人だからな」

 加持は軽くコーヒーを啜り、何処か面白そうに言葉を紡ぐ。

「何の訓練も無しに実戦でエヴァを操縦して既に単機で二体、共同作戦で一体の使徒を倒したサードチルドレン。こっちの世界で、君の名を知らない奴はもぐり扱いさ」

「そ、そんな……私なんか全然駄目駄目で、ミサトさんやリツコさんにネルフの皆さん……それに綾波さんが助けてくれたお陰です」

「人から助力を得られるのも人望があってこそ。それも才能なんだよ、君のね」

 ここまで露骨に持ち上げられたことのないシイは、恥ずかしさと照れ臭さから顔を赤面して俯く。だから隣に座るアスカの視線が、明らかに敵意を抱いている事に全く気づく事は無かった。

 

 

 アスカと加持は、ミサト達から一度別れて甲板へとやってきた。落下防止用の策へ背中を預ける加持の横で、アスカは不機嫌そうに海を見つめている。

「どうだい、噂のサードチルドレンの印象は?」

「ガッカリ。見た目も中身もガキっぽいし、危機感なんて欠片も無い。あんな子が倒せるなら、使徒なんて意外と楽勝かも」

 ストレートな意見をぶつけるアスカに加持は苦笑を浮かべる。彼にしても事前に知り得ていたデータが無ければ、アスカと同じ感想を持っただろう。

「ま、確かに少々幼いとは思うが……見た目に騙されると痛い目見るかも知れないぞ」

「え?」

「彼女の初出撃でのシンクロ率は、訓練無しでいきなり40%を超えたらしい」

「嘘っ!?」

 アスカは目を見開いて加持に聞き返す。正式な訓練を受けている彼女にとって、その事実は素直に受け入れがたいものがあった。

(あたしですら40%を超えるのにかなり訓練したのに、初めてで……)

 柵を握る手に力がこもる。その様子を横目で見た加持は、小さなため息をつく。

「ま、現時点ではお前さんの方が圧倒的に上だろうさ。シンクロ率、ハーモニクス、射撃や格闘の戦闘技術、もろもろ含めてな」

「…………ちょっと行ってくる」

 何処にとは言わずに、アスカは加持から離れて船内へと戻っていった。

「やれやれ、相変わらずだな」

 これから彼女がするであろう行動を予想し、加持は笑みを浮かべる。それは先程までの嫌らしい物ではなく、娘や妹を見守る様な穏やかな笑みであった。

(碇シイ……ネルフ司令碇ゲンドウの娘にして、サードチルドレンか)

 水色のシャツの胸ポケットから、煙草を取り出し火を点ける。口から吐き出される煙が、潮風に乗って空へと舞い上がった。

(ネルフと委員会……いや、ゼーレにとっても重要な存在だ。そして、俺にとっても……)

 加持は険しい表情で鋭い視線を空へと向けるのだった。

 

「ミサトさんどうしたんだろう」

 二人が席を外してからほどなく、ミサトは真っ青な顔で食堂から出ていってしまった。体調が悪い訳では無いらしく、シイは首を傾げて不思議がる。

「はぁ~碇はホントお子様だよな」

「全くやで」

「むっ、どうして」

 呆れたように言う二人へシイは少しムッとする。のけ者にされたようであまり面白く無い。

「あのな、加持って人はミサトさんの寝相が悪いのを知ってただろ?」

「うん」

「て事は、ミサトさんが寝ている姿を見たことがある……つまり一緒に寝るような仲って事さ」

「仲良しなんだね」

「あかん。このセンセは本気で言うとるで」

「だね。相当の箱入り娘みたいだ」

 トウジは匙を投げたとお手上げのポーズを取り、ケンスケもそれに同意する。またもや仲間外れにされたシイが、頬を膨らませて文句を言おうとすると、不意に食堂のドアが乱暴に開かれた。

「サードチルドレン!」

 ドアの向こうで仁王立ちしたアスカが、何処か怒っている様な顔で呼びかける。

「えっと、何?」

「ちょっと付き合って」

 アスカは有無言わさぬ態度で、強引にシイを食堂から連れ出して行ってしまった。

 

 シイとアスカの二人は小さな連絡船に乗り込むと、オーヴァーザレインボーから離れ、艦隊の中心で守られる様に航行している輸送艦に乗艦した。

「惣流さん、何処に行くの?」

「良いから黙って着いてきなさい」

 前を歩くアスカにシイは尋ねるが答えは得られない。食堂に現れてからずっと不機嫌なアスカに、状況を理解出来ないシイは戸惑っていた。

 ワンピース姿のアスカと制服姿のシイが甲板を歩けば、それだけで人目を引く。現に数人の海兵が二人へ声を掛けてきたのだが、アスカが一言二言告げると肩をすくめて離れていった。

「凄いね惣流さん。英語喋れるんだ」

「はぁ、あったりまえじゃない。寧ろあんたが喋れない方が問題ね」

「あはは……英語苦手で。日本語なら自信あるけど」

「自分の国の言葉くらい話せて当然でしょ。あたしだってドイツ語の方が得意なんだから」

 小馬鹿にしたようなアスカの言葉に、そう言えばこの船はドイツから来たのだとシイは思い出す。

「惣流さんはドイツ産まれなの?」

「ま~ね。ほら、着いたわよ」

 アスカが足を止めたのは、輸送艦後部の格納庫だった。そこには、赤い冷却水にうつ伏せの姿勢で身体を沈めた、赤色の巨人が納められていた。

「ふふん、どうサードチルドレン。あたしの弐号機は?」

(……不思議、怖く感じない。ミサトさんの言うように慣れたのかな?)

「ちょっと、何ぼけっとしてるのよ」

「あ、ごめんなさい……」

「ま、見とれるのも当然ね。何せこの弐号機は世界初の、本物のエヴァンゲリオンなんだから」

 アスカは弐号機の上に飛び乗ると自慢げに胸を張って言い放つ。

「でも零号機と初号機が……」

「あんなのは実験過程のプロトタイプとテストタイプ。だからあんたでも動かせたんでしょ」

 ストレートに失礼な事を口にするアスカに、シイはムッと眉をつり上げる。自分の事ならいざ知らず、ミサト達ネルフの全員が馬鹿にされたような気がしたからだ。

「惣流さん、そう言う言い方は……きゃぁぁ!」

 シイが文句を口にした瞬間、強い衝撃が輸送艦を襲った。船体がグラグラと大きく揺れ、格納庫に居る二人にも振動が伝わってくる。

「水中衝撃波……爆発が近いわ」

 華麗なステップで弐号機から駆け下りると、アスカは一目散に格納庫から外へと出ていく。慌ててシイもそれに続いた。

 

 落下防止柵から身を乗り出し、海を凝視するアスカ。その視線の先には、煙を上げながら沈んでいく護衛艦の姿があった。

「攻撃を受けたの? 一体何処から……」

 油断無く周囲を警戒するアスカ。そして彼女は初めて姿を見ることになる。護衛艦に襲い掛かり、圧倒的な力で沈めていく正体不明の存在、使徒の姿を。

 




アスカの事を色々調べてみたのですが、何でもアメリカ国籍を持っているドイツと日本のクォーターらしいですね。
細かなところの設定がしっかり作られていて、改めて驚かされました。

シンジTSの影響を一番受けるキャラクターは、ひょっとしたらアスカかもしれません。異性として意識する事が無くなりますので。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

※誤字修正しました。

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