エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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1話 その4《決意、そして搭乗》

 

(司令、最低だな)

(ああ。あんな可愛い娘を泣かせるなんて)

(あの髭には人の心とか無いのかね)

(俺ならもっと優しく声をかけるな)

(ちくしょ~。今すぐあの子に近寄って肩を抱いてあげたい)

 シイ達のいる場所、初号機のケージで作業をしているスタッフ達は、全員が一様に非難の視線をゲンドウへと向けていた。

 彼らも今が非常事態とは理解しているが、それでもゲンドウの対応はあまりに酷いと感じていたのだ。

 そして、それはミサトとリツコも同じ。

(ったくこの髭親父は……本当に親なの)

(精神状態は最悪。例え嘘でも良いから、もう少し上手いこと言えないのかしら、あの人は)

 口にこそ出さないが、ジト目をゲンドウへと向ける。だが、当の本人はまるで気にしていない。

 変わらぬ姿勢、変わらぬ表情で冷たくシイを見下ろす。

「乗るんだシイ」

「……無理だよ。こんな見たことも無いロボットに乗るなんて、出来ないよ!」

 涙が浮かぶ瞳をゲンドウに向け、シイが感情を爆発させた。可憐な少女と涙は最強のタッグ。

(ぬぅぅ、わ、私とて乗せたくは無い……だが……シナリオの為には……)

 表情にこそ出さないが、ゲンドウは激しく動揺する。しかしゲンドウにしてみても、ここで譲るわけには行かない。心を鬼にして、更にシイに搭乗を迫ろうとした、その時だった。

 

 グラグラと地震のような振動が、初号機のケージに伝わってきた。

「奴め、ここに気づいたか」

 忌々しげに上を見上げるゲンドウ。彼はこの振動が、先程の怪物による攻撃だと気づいていた。

 もはや問答の時間すら惜しいと、ゲンドウは右手で通信装置を操作する。

「冬月、レイを起こせ」

「使えるのかね?」

 画面に映る白髪の老人……冬月コウゾウは訝しげに問い返す。

「死んでいる訳ではない」

「分かった」

 冬月の返事を聞くと、ゲンドウは通信を切った。

 

 

 その数分後。初号機のケージに、からからと移動用ベッドが運ばれてきた。

 医師と数人の看護婦が寄り添うそのベッドには、一人の少女が寝ている。青いショートヘアの少女。年はシイと同じくらいだろうか。病的なまでに白い肌と赤い瞳が印象に残った。

 だがそれ以上にシイが気になったのは、

(酷い怪我してる……)

 右手、右目、体中に痛々しく包帯が巻かれ、右手には点滴がまだついている。

 どう見ても重症患者だった。

「レイ、予備が使えなくなった。出撃しろ」

「はい」

「ちょ、ちょっとお父さん。何言ってるの。この子酷い怪我をしてるのに」

 信じられない父親の言葉に、シイは思わず抗議する。

「使徒を倒さぬ限り、我々に未来は無い。お前が乗らぬなら、レイが乗るまでだ」

「そんな……」

 シイは言葉を失う。つまりゲンドウはこう言っているのだ。

『お前が乗らないから、怪我をしている少女を代わりに乗せると』

 ここまで来ると、もうシイの心に先程までの悲しみは無かった。

 代わりに産まれた感情は、激しい怒り。

 

 起きあがることさえ辛いのだろう。青髪の少女は、時々うめき声を上げながら、それでも起きあがろうとしている。ようやく上半身を起こしたその時、再び激しい振動がケージを襲う。

「きゃぁ」

 少女はベッドから落ち、床へと身体を打ち付ける。それを見たシイは、思わず少女へと駆け寄った。

「大丈夫ですか!? …………あ」

 抱き起こそうとした手に、なま暖かい血が付いた。傷口が開いたのだろう。普通なら絶対安静状態の重症患者。それを無理矢理戦わせようとする父親。

(私は……私は……)

 恐怖、怒り、責任感、あらゆる感情がシイの中で葛藤を続け、そして、

「……もう大丈夫。……私が、やるから」

 シイは決意した。

 

 少女を優しく床に寝かせると、シイはゲンドウに正面から向き合う。

「お父さん、私が乗ります。だからこの子を早く治療してあげて下さい」

「そ、そうか……」

 突然様子が変わったシイに、ゲンドウは僅かに怯みながらも返事をする。

「それともう一つ、言っておきます」

「何だ」

「私はお父さんが……大嫌いです。べーっだ」

 それは娘から父への明確な拒絶だった。

 が、

((か、可愛い……))

 アッカンベーするシイの姿に、その場に居た一同が同じ気持ちを共有していた。

「リツコさん、ミサトさん、これから私はどうすれば良いですか?」

「え、あ~」

「簡単な操縦の説明をするわ。着いてきて」

 リツコの言葉に頷き、シイはケージを後にした。

「ふっ、これで良い……全てはシナリオ通りだ」

 口元に笑みを浮かべながら、自分もケージから姿を消すゲンドウ。

 娘にあそこまで言われても、全く動じないその姿に、作業員達は流石に鬼だ、と感心する。

 だが、

(し、シイに嫌いって言われた……大嫌いって言われた……)

 ゲンドウの心中は乱れに乱れていた。

 

 

  

 エヴァンゲリオンは、エントリープラグと呼ばれる円柱状のコクピットを、首の後ろから挿入することで起動する。リツコから簡単なレクチャーを受けたシイは、エントリープラグに乗り込んだ。

 細長い空間には、レバーの付いたマッサージチェアの様な椅子一つ。シイはその椅子に身体を預ける。

『パイロット搭乗完了』

『エントリープラグ挿入準備』

「え、あの、大丈夫なんでしょうか?」

 慌ただしく響くアナウンスに、シイは不安になってリツコに呼びかける。

『ええ。準備は全てこちらでやるから、貴方は心を落ち着かせて待っていて』

 スピーカー越しにリツコの声が聞こえる。

(落ち着けって言われても……)

 プラグの中は、黄土色の金属壁で包まれているため、外の様子が分からない。

 時折伝わる振動が、シイの心を不安にさせる。

(早く終わって……)

 シイは祈るように瞳を閉じた。

 

 

((う、守ってあげたい……))

 プラグ内の映像を見ていた発令所のスタッフは、猛烈な庇護欲に駆られていた。

 ネルフ本部第一発令所。まるで戦艦の環境の様な造りをした巨大なフロアには、司令であるゲンドウを始めとする主要スタッフが集結していた。

「ん~あの子閉所恐怖症かしら」

「いえ、あれが普通の反応っすよ」

 困ったように呟くミサトに、長髪の男性職員……青葉シゲルが即座に反論する。

「ですよね。彼女は何も知らずに来たわけですし」

 同調するのは、ショートカットの女性職員……伊吹マヤ。

「みんながミサトみたいに、神経が太い訳じゃ無いのよ」

 さらりと毒を吐くリツコに、ミサト以外の職員が一斉に頷く。

「な、何よみんなして……私が図太い女みたいじゃない」

 ミサトの言葉に、職員達は無言のままジト目を向ける。完全アウェーを悟ったミサトは押し黙ってしまう。

「そうだ。みんなで彼女を応援しましょう」

 ミサトの沈黙を確認すると、眼鏡の職員……日向マコトが提案する。

「応援って……まだエヴァにすら乗ってないのに」

「「賛成!!」」

 ミサトの言葉は、発令所スタッフの統制の取れた声にかき消されてしまった。

「な、何よこの空気は……」

 普段と様子の違うスタッフ達に、ミサトは呆然と立ち尽くす。

「副司令、宜しいですね?」

「構わん。パイロットにベストな状態で戦って貰えるなら、あらゆる手段を許可する」

 冬月の許可を得た発令所スタッフは、声を揃えてシイにエールを送った。

 

 

『『シイちゃん頑張れ~。フレーフレー、シ・イ・ちゃ・ん、フレー!!』』

 突如プラグ内に響き渡る大声援に、シイはびくっと身体を震わせる。まあ、普通はそう言う反応だろう。

「あ、あの……今のは……」

『シイさん。貴方は一人じゃないわ。沢山の味方が応援してるの』

「えっと……」

『不安だと思うけど頑張って。みんな応援してるから』

 声はすれど、姿は見えない。だがリツコの声は、シイの心に安心感を与えた。

「その……皆さん、ありがとうございます」

 シイは少し照れながら、そっと頭を下げてお礼を言った。

 

 

「「うぉぉぉぉ」」

「「きゃぁぁぁ」」

 モニター越しに見ていたスタッフ達は、歓喜の雄叫びをあげた。

 まだ敵との戦いはおろか、エヴァにすら搭乗していない。なのに発令所のテンションは最高潮だった。

「ホント……何なのよ」

 唯一の常識人であるミサトは、本領を前に疲れ果てていた。

 

 

 エヴァンゲリオン初号機は、既にスタンバイが完了していた。

 紫を基調としたそのボディは、各部に突起がある以外は人間のそれと酷似している。

 勿論、比較にならないほど巨大ではあるのだが。

 

『エントリープラグ固定完了』

 アナウンスと共に、シイの乗ったプラグがエヴァの首筋へと挿入されていく。プラグ全てが初号機の内部へ挿入されると同時に、プラグを保護するように首筋の装甲が稼働して穴を塞ぐ。

 この瞬間、シイはエヴァンゲリオン初号機への初搭乗を果たした。




ついに初号機への搭乗を果たしました。が、発進には至らず……。
サキエルも待ちくたびれていると思うので、次こそは対峙して貰いましょう。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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