エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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8話 その2《セカンドチルドレン》

 空母へと着艦した輸送ヘリのハッチが開き、ミサト達は甲板へと降り立った。潮の香りと油の臭いが入り交じった風が、彼女達を出迎える。

「凄い凄い凄い、本物、全部本物だぁ」

 ヘリから飛び出すや否や、カメラを回しながら大声で叫ぶケンスケ。軍事マニアの彼にとってはこの場所は、楽園に見えるのだろう。

「これが豪華なお船かいな」

 対照的にトウジは無骨な空母に不満げな声を漏らす。興味の無い人間にしてみれば、飾り気も何も無い空母には何の魅力も感じないのだろう。

「シイちゃんごめん、本当にごめん。私が悪かったから……」

「ううぅぅぅぅ」

 最後にヘリから姿を見せたのは、必死に謝り続けるミサトと彼女の腰にしがみついて離れないシイ。そんな風変わりな来訪者達を、多国籍の軍人達は興味深げにニヤニヤと笑って見ていた。

 

「ほらシイちゃん、ここはお船の上よ。安心よ」

「ミサトさんの嘘つき、嘘つき……」

「ホントごめん。今度ジャイアントチョコをたんまり買ってあげるから」

「……うん」

 どうにかシイの機嫌が直った事に、ミサトはホッと胸をなで下ろす。

「んじゃ、まずは艦長に挨拶しましょうかね。二人とも~こっちよ」

 はしゃぐようにあちこち駆け回るケンスケを呼び戻すと、ミサトは三人を引き連れて艦橋へと向かおうとする。と、その行く手を阻むように一人の少女が姿を現した。

「ヘロウ、ミサト。元気してた?」

 黄色のワンピースを身に纏った勝ち気そうな少女は、ミサトへ声を掛けた。顔見知りなのか、ミサトは特に警戒した様子も無く笑顔で言葉を返す。

「ええ。貴方も元気そうね。随分背が伸びたんじゃない?」

「他の所も、ちゃ~んと女らしくなってるわよ」

 風になびく茶色の髪をかき上げ、少女は自慢げに答える。親しげな二人の様子を、シイ達は困惑した顔で見比べていた。

「あの、ミサトさん。この人は……」

「紹介するわね。彼女は惣流・アスカ・ラングレー。エヴァンゲリオン弐号機のパイロットよ」

 ミサトが少女を紹介した瞬間、一陣の風が吹き抜け、少女のスカートをふわりとはためかせる。

「……あ」

「「……白」」

 甲高いビンタの音が二つ、甲板に響き渡った。

 

「何すんねん!」

 頬に真っ赤な紅葉を咲かせたトウジが、アスカへ食って掛かる。ケンスケは眼鏡とカメラのレンズを割られて、すっかり涙目になっていた。

「見物料よ。安い物でしょ」

 恥ずかしさを誤魔化す為なのか、アスカはトウジを見下す様に言い放った。

「はん、ガキのパンツにそんな価値あるかいな。んなもん、こっちかて見せたるわ」

 売り言葉に買い言葉。すっかり頭に血の上ったトウジはお返しとばかりに、黒いジャージのズボンを勢いよく下ろした。縦縞のトランクスまでも一緒に。

「きゃぁぁぁぁ! 何て物見せるのよ、この変態!!」

 再び甲高い音が響き、綺麗な紅葉がトウジの両頬に完成した。

「この位の年頃だと、女の子の方が大人かもね……ってシイちゃん?」

 子供達のやり取りを苦笑しながら見つめていたミサトだったが、シイが無言で自分の腰にしがみついている事に気づいて、不思議そうに視線を向ける。

「み、ミサトさん……私……見ちゃった……」

「あ~……初めてだったの?」

 コクリと頷くシイ。余程ショックだったらしく、顔を引きつらせたままミサトから離れようとしない。

「よしよし、怖かったね。でもアスカがお仕置きしてくれたからね~」

 子供をあやすようにシイの肩を叩くミサト。周囲で様子を伺っていた海兵達は、美女と可愛い少女のやり取りを見て一層にやけるのだった。

 

「ま、この馬鹿はほっといて」

 アスカはビンタでダウンしているトウジを通り過ぎ、ミサト達の元へ近づく。

「噂のサードチルドレンは……この子?」

「そうよ」

「ふ~ん」

 アスカは無遠慮に、ミサトの腰へしがみついているシイを値踏みするように見つめた。つま先から脳天まで穴が開くほど見つめると、やがて困惑の視線をミサトへ向ける。

「……本当に?」

「ま、ちょっち見た目はあれだけど、間違いなくサードチルドレンよ」

(これが……あのサードチルドレン?)

 平静を装いつつも、アスカは内心大きなショックを受けていた。

 噂で聞いていたサードチルドレンは、世界で初めてエヴァを実戦運用し、かつ勝利を収めた英雄。訓練のみで未だに実戦を経験していないアスカにとって、ある種のライバルと言える存在だった。

 それが蓋を開けてみれば、小動物のように怯える少女がサードチルドレンだと言う。肩すかしを受けたような感覚に、アスカは落胆すら覚えていた。

(噂は噂って事? ……ううん、ひょっとしてエヴァの乗ると豹変するのかも、うんそうよ)

 勝手に結論づけるとアスカは再び強気の表情に変わり、シイの顔を真っ正面から見つめる。

「あたしがセカンドチルドレンよ。ひとまずよろしくね」

「あ、うん、碇シイです。よろしくお願いします」

 差し出された手を握り返し、チルドレン同士のファーストコンタクトは終了した。

 

 アスカを加えた一行は、空母のブリッジに移動して艦長との対面を果たした。ブリッジの軍人達がからかい混じりの視線を向ける中、ミサトは艦長の元へ近づくと挨拶を交わす。

「特務機関ネルフ、作戦部長の葛城一尉です」

「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが……こちらの勘違いだったようだ」

 ミサトの身分証明カードを見て老年の艦長は皮肉を口にする。カードを返されたミサトは外向き用の笑顔を顔に貼り付け、あくまで穏やかに対応した。

「ご理解頂けて幸いです。この度はエヴァ弐号機及び搭乗者の輸送援助、ありがとうございます」

「いやいや、こちらこそ久しぶりに子供のお守りが出来て光栄だよ」

 艦長とミサトの間に見えない火花が散る。それをシイはキョトンと、アスカは興味なさげに、トウジはうっとりと見守る。ケンスケに至っては二人を無視して、勝手にブリッジ内を嬉々として撮影し続けていた。

「こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」

「はん、海の上であの人形を動かすつもりか」

「万が一に備えてとご理解下さい」

「その万が一に備えて我々太平洋艦隊が護衛に付いて居るんだ。大体……」

 徐々に険悪な雰囲気になりミサトと艦長の話は平行線を辿っていく。それを不思議そうに見ていたシイは、隣に立つアスカへ小声で尋ねてみる。

「あの、惣流さん」

「何?」

「どうしてミサトさんと、あの艦長さんは喧嘩してるの?」

「あんた馬鹿ぁ? 面子の問題に決まってんじゃない」

「面子?」

「太平洋艦隊にしてみりゃ、ネルフの使いっ走りにされるのが気にくわないのよ」

「なら断れば良いのに」

「ネルフは国連直属の組織よ。つまり納得行かない仕事を、上から命令されたって訳ね」

 アスカの説明にシイは成る程と手を叩く。

「凄いね惣流さん。色んな事知ってるんだね」

「こんなの常識よ、常識。あんたも一応エヴァのパイロットなんだから、この位知っときなさいよ」

「うん、また教えてね」

 嫌みを言ったつもりだったのだが、まるで効果のないシイにアスカはため息をつく。どうにもやりにくい相手だと、内心戸惑っていた。

 

「とにかく、海の上は我々の領分だ。君らの勝手は許さん」

「……分かりました。餅は餅屋と申しますので。ただ」

 ミサトは突き返された書類をバインダーに収めると、

「有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先となります。ご理解をお願いします」

 姿勢を正して艦長へ頭を下げた。この行動は予想外だったのか、艦長と隣に立つ副官、さらにはブリッジに詰めている海兵達も驚きの表情でミサトを凝視する。

「……ふん、非常時にブリッジへの立ち入りを許可する。それで良いな?」

「はい、ありがとうございます」

 そっぽを向きながらも譲歩する艦長に、敬礼をしながら感謝を告げるミサト。少々荒れ模様だったブリッジに、穏やかな空気が流れ始めていた、丁度その時、

「あの葛城にしちゃ、随分と殊勝な態度じゃないか」

 からかうような男の声が聞こえてきた。

 ブリッジに居た者達が一斉に、声が聞こえてきた入り口へと視線を受ける。そこには無精髭を生やした男が、軽薄そうな笑みを浮かべて立っていた。

「げぇ、加持ぃ!」

「加持先輩」

 顔を引きつらせるミサトと笑顔のアスカが同時に男の名を呼んだ。加持と呼ばれた男は、これまた軽そうに手を振ってそれに答える。

「加持君! 君をブリッジに招待した覚えは無いぞ」

「こりゃ失礼。ちょいと知り合いが居たもので」

 怒鳴る艦長をさらりと受け流し、加持はミサトを見つめる。

「ま、ここじゃ何だし、食堂にでも行こうか。コーヒーくらいは奢るぞ」

 男の誘いに心底嫌そうな顔をするミサトへ、シイは不思議そうに視線を向けるのだった。

 




ようやくセカンドチルドレン、アスカの登場です。
彼女もまた、物語の結末を握る重要な人物ですね。

ミサトの対応が原作と少し変わっています。
どうもネルフ至上主義の様な印象があったのですが、余裕を持たせるとこんな感じかなとイメージしています。
この小説でのミサトさんは「出来る人」であって欲しいので。

主要人物は今回で大分出そろいました。果たして今後、どの様な物語が紡がれていき、目指す結末へと向かうことが出来るのか。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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