JA事件が解決してから数日が過ぎたある日の放課後、シイは友人三人に尋ねた。
「ねえヒカリちゃん、鈴原君、相田君、明日暇があるかな?」
「ごめんねシイちゃん。明日はお姉ちゃん達と一緒に、お父さんの所に行くの」
「あ、ううん、気にしないで。コダマさんによろしくね」
申し訳なさそうに謝るヒカリへ、シイは気にしないでくれと手を振る。
「鈴原君と相田君は?」
「わしは特に予定はないな」
「僕もだよ」
「あのね、もし良かったら明日、私に付き合ってくれないかな?」
「「えぇぇぇぇぇぇ!!!」」
シイの発言にトウジ達のみならず、クラス中から驚きの声があがった。その反応が理解できずに、シイはクラスメイト達からの視線を集めながら首を傾げる。
「あの~私何か変なこと言ったかな?」
「え、えっとシイちゃん。それってそう言う意味……なの?」
意を決して尋ねるヒカリに、シイはキョトンとした顔を向けるだけ。その様子にクラス全員が、間違いなくそう言う意味で無いことを察した。
「あのね、さっきミサトさんから電話があったの。明日仕事で大きな船に乗るから、良かったら友達を誘ってみたらどうかって言われて。それでみんなを誘ったんだけど……」
「な、なんや、そう言う事かいな」
「ちょっとだけ……焦っちゃったよ」
「やっぱりシイちゃんはシイちゃんだわ」
ちょっと残念そうに安堵する三人。そもそも最初にヒカリへ声を掛けた時点で、そう言った意味で無いのは明白なのだが、相当動揺していたらしい。
「前に相田君と約束したよね。そう言う機会があれば声を掛けるって」
「覚えてくれてたのか」
「うん」
「碇~。僕は良い友人を持って幸せだよ~」
ガシッとシイの手を握るケンスケ。またもや嫉妬の視線が向けられるが、やはり彼は気にしない。
「じゃあ二人は一緒に行けるんだね?」
「ま、暇つぶしにはなるさかい、付き合ったるわ」
「トウジは素直じゃ無いな。嬉しい癖に」
「やかましいわ」
じゃれ合う二人の姿を、シイは笑顔で見つめるのだった。
翌朝、シイ達三人はミサトの運転する車で街を駆け抜ける。一般人が乗っている為か、それともルノーが修理したてだからなのか、ミサトにしては珍しく安全運転だった。
「悪いわね二人とも。折角の休日に付き合わせちゃって」
「ええんです。ミサトさんとご一緒出来るなら、休日だろうが平日だろうが喜んで着いて行きます」
「あはは、ありがと」
ミサトファンを自称する彼にとって、休日に一緒にお出かけできる事を心底喜んでいた。すっかりメロメロになっているトウジに、ミサトは苦笑しながら礼を言う。
一方のケンスケは、持参したビデオのチェックに余念がない。
「フィルムは……OK。バッテリー残量も充分。これで心おきなく撮れるぞ」
「大丈夫ですか、ミサトさん?」
「平気平気。特に機密って訳でもないし」
撮影しても良いのかと心配するシイに、ミサトは軽く答える。
「それで、今日はお船で何処に行くんですか?」
「豪華なお船で、太平洋をクルージングよ」
「海か~楽しみだな~」
未だ見ぬ大海原へ思いをはせるように、期待に満ちた眼差しを窓の外へと向ける。実家がある京都でも、この街でも海を見る機会がほとんどなかったシイにとっては、遙かに広がる海は憧れの場所でもあった。
期待に目を輝かせるシイに、
(ごめんね。でも私にはこうするしか無かったの)
何故かミサトは心の中で謝るのだった。
そして一時間後。シイ達は海の上ではなく……大空を飛んでいた。
「Mil55D輸送ヘリ。こんな機会でもなきゃ、一生乗る機会なんて無いよ~」
四人を乗せた輸送ヘリの中では、タダ一人ケンスケだけがカメラ片手に大はしゃぎしていた。軍事マニアの彼にとって至福の瞬間なのだろう。
「……ミサトさん、ほんまに良かったんですか?」
「仕方なかったのよ……」
はしゃぐケンスケを横目に、気の毒そうにミサトへ問いかけるトウジ。それにミサトは、苦虫を噛みつぶしたような顔で答えるのだった。
※
先日の昼前、ミサトはゲンドウにネルフ司令室へと呼び出されていた。
「葛城一尉、ドイツから弐号機が輸送中なのは知っているな?」
「はい」
「明日にでもここへ到着する。君にはその前に太平洋艦隊へ合流し、受け渡しを行って貰う」
「了解しました」
椅子に座るゲンドウへミサトは凛々しく答えた。エヴァ弐号機は作戦部長であるミサトの管轄下に入る。その受け渡しを担当するのは当然だと、ミサト自身も思っていたからだ。
「それと……それにはサードチルドレンを同行させろ」
「へっ!?」
「何か問題があるのか?」
「問題と言いますか、同行させる理由が分かりかねます」
「君が気にする事ではない。これは命令だ、葛城一尉」
ミサトの質問をシャットアウトし、ゲンドウは威厳を持って告げた。意図と意味が分かりかねるが、命令と言われてしまえばミサトはそれに従うしかない。
「分かりました。ですがシイ……サードチルドレンが飛行機恐怖症なのをご存じですか?」
「それがどうした」
「太平洋艦隊との合流には、輸送機を使いますので……少々可哀想かと」
「私は命令だと言った筈だ」
厳しい表情を崩さないゲンドウに、ミサトは白旗をあげた。父親の情に訴えかけようとしてみたが、目の前の男があくまでネルフ司令としての顔を崩すつもりは無いらしい。
「了解しました。ですがパイロットの精神状態を考慮して、同行者の追加を申請します」
「……好きにしたまえ」
「では、明日12:00、太平洋艦隊へ合流しエヴァ弐号機の受け渡しを行います」
ミサトはそう告げると足早に司令室を後にした。
(せめて友達が一緒なら……ごめんねシイちゃん)
心の中で必死に詫びながら、ミサトはシイに電話を掛けるのだった。
※
(そう思ったんだけど……やっぱ無理だったか)
操縦士の横に座るミサトは、後部座席のシイへと目を向ける。窓際は論外と言うことで、ケンスケとトウジに挟まれるように真ん中へ座るシイは、身体を丸めてぶるぶると震えていた。
「……後どれくらいかしら?」
「およそ三十分で合流予定です」
「って事だから、もう少し頑張って」
ミサトは操縦士の言葉を伝えるが、シイの耳に届いているかは分からない。
「…………お母さん……お父さん……助けて……」
(そのお父さんが貴方を乗せたんだけどね……言わぬが花か)
恐怖に耐えるシイへ追い打ちを掛ける事もないと、ミサトは沈黙することにした。そんな彼女に変わり、隣に座っているトウジが意を決したように話しかけた。
「なあシイ。あれから調べたんやけど、飛行機は翼が揚力っちゅうのを産み出すさかい、空を飛べるらしいで。船と一緒で、ちゃんと科学的に解明されとるんや」
あれからトウジはヒカリ達と一緒に、教師に尋ねたり図書室で本を読み漁ることで、飛行機が飛ぶ原理を調べていた。完全に理解する事は叶わなかったが、それでも概要を掴むことは出来た。
トウジの言葉にシイは落ち着くかと思いきや、
「……でも、この飛行機翼がないの」
一層青ざめた顔で、涙を浮かべながらトウジに呟く。Mil55D輸送ヘリ。その名の通りヘリコプターなので、当然通常の飛行機の様な翼は無い。
実際は回転翼で揚力を発生して飛行するのだが、ヘリコプターを調べていなかったトウジは思わず言葉に詰まってしまう。
「あ゛……」
「飛ぶわけ無いよね。落ちちゃうよね。うぅぅ、ひっく……ひっく」
状況は更に悪化した。次迂闊な一言を発せば、確実にシイは限界を迎えるだろう。ミサトもトウジも、そして操縦士も頬に汗を流して、胃が痛くなるような無言の時を過ごす。
ただ一人幸せの絶頂にいるケンスケだけが、大空の旅を満喫していたのだった。
「おぉぉぉぉ!!」
静まりかえったヘリの中で、突然ケンスケが歓喜の雄叫びをあげた。興奮した様子で窓の外から、眼下の海へカメラを回し始める。
「凄い凄い凄い、空母が五、戦艦が四、大艦隊だぁ!」
「つ、着いたんか?」
「は、はい。あれの旗艦が本機の目的地です」
「……はぁ~」
ハイテンションのケンスケとは対照的に、心底疲れたように一斉に脱力するミサト達。爆発寸前の爆弾と一緒に過ごす時間は、予想以上に精神を削られるものだった。
「まさにゴージャス。さすがは国連軍が誇る正規空母、オーヴァーザレインボーだぁ」
「偉いでっかい船やな」
大きく旋回を続けるヘリの下には、統制された陣形で海を進む艦隊が広がっていた。
「着艦許可出ました。これより着艦致しますので、しっかり掴まっていて下さい」
「出来るだけ優しくね」
「……心得ております」
シイの導火線に火を点けないよう、操縦士は細心の注意を払って、オーヴァーザレインボーの甲板へと輸送ヘリを着艦させた。
その光景を、甲板からじっと見つめる少女。
(やっと来たわね。噂のサードチルドレン、か)
口元に小さく笑みを浮かべると、少女は着艦した輸送ヘリへと近づいて行くのだった。
気分的には新章突入と言った感じですね。原作でもこのあたりから、急に話が明るくコミカルになって印象があります。
それを維持出来るか否かが、ハッピーエンドの条件になってきます。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。