時系列はどちらも7話の後です。
1本目はシイのアレに関して。
2本目はあの人にスポットライトを当ててみます。
~空を飛ぶ鉄の塊?~
JA事件の翌日、シイ達は屋上で昼食を食べていた。話題にあがるのはやはりその事件の事。シイは機密情報を隠しながら、事態のあらましをみんなに話す。
「はぁ~そりゃえらい大事やったんやな」
シイから話を聞いたトウジは、感心と呆れが入り交じった顔を見せる。あの事件はネルフらによって情報規制されており、一般の人には暴走した新兵器をネルフが食い止めたとしか、知らされて居なかったのだ。
「人型兵器にリアクターを内蔵するなんて、どう考えても危ないのに、何考えてたんだろ」
ケンスケがマニアらしい意見を述べて首を捻る。兵器に詳しい彼にとっては、白兵戦を想定している二足歩行のロボットにリアクターを搭載する事が、どれだけ無謀な事なのかが痛いほど分かっていた。
「そんなの分からないけど……もうあんなのはご免だよ」
「シイちゃんと葛城さんは大丈夫なの?」
「うん。あの後一応検査を受けたけど、問題なかったみたい」
心配するヒカリにシイは笑顔で答える。作戦終了後、危険作業に従事したと言うことでミサトは精密検査を受けた。ついでというわけでは無いがシイも簡単な検査を受けたのだが、どちらも健康に問題は無かった。
「ま、めでたしめでたしって訳や」
大きな事故は起こらず、友人も憧れの女性も怪我は無かった。彼にとってはそれが全てであり、ヒカリとケンスケも同じ意見だったようだ。
その後たわいない雑談をしつつ昼食を食べていると、不意にレイが口を開く。
「……碇さん」
「もぐもぐ、どうしたの?」
「飛行機……苦手なの?」
「ごふごふごほ」
予想外の質問にシイは思い切りむせ込んだ。慌ててお茶を飲んでどうにか呼吸を落ち着かせると、シイは涙目になってレイを見る。
「あ、綾波さん、どうして知ってるの?」
「昨日、本部で話題になってたわ」
(どうして~!?)
日向とミサト以外に知られていないと思っていたシイは、動揺を隠せない。その二人にも誰にも話さないで欲しいと念を押していたのでなおさらである。
だが世界はそれほど甘く出来てはいなかった。エヴァは常にネルフの監督下に置かれており、それは今回のような第三新東京市外での作戦行動も例外ではない。
つまりエヴァ専用輸送機でのやり取りは、全て発令所に筒抜けだった訳である。
(うぅぅ、絶対笑われたよ~。みんなで馬鹿にしたんだ……)
発令所で情けない自分の姿を見て笑うスタッフ達。シイはネガティブにその光景を想像して、顔を真っ赤にしつつ落ち込む。実際はそんな事も無く、寧ろ『弱点があった方が人間らしい』『やっぱり可愛い』など好意的な受け止め方をされていたのだが。
「はぁ~、みんな笑ってたんだよね」
「……いいえ。本部では怖くても頑張った碇さんを、みんな褒めていたわ」
「え?」
「貴方が怖がる姿を笑うような人、本部にいる?」
いつも自分を励まし支えてくれたネルフの人達。そんな彼らが自分を笑うだろうか?
(ううん、そんな人達じゃない。みんな優しくていい人ばかりだもん)
落ち着いて考えれば直ぐに分かる事。シイは少しでも疑った自分を恥じた。
「へぇ、碇は飛行機苦手なのか。何かトラウマでもあるのかい?」
「トラウマと言うか……だっておかしいじゃない!」
「な、何がや?」
「あんな重い鉄の塊が空を飛ぶなんて、絶対におかしいもん」
「「はぁ??」」
妙な迫力が込められたシイの言葉に、トウジ達はそろって間の抜けた声を出した。
「船が海に浮かぶのは分かるの。前に授業で習ったから。でも飛行機が空を飛ぶのは納得できないの!」
「えっと、それは……」
「まあ、な」
「そうね……」
力説するシイに、トウジ達は上手い答えが浮かばない。1+1=2であるのに疑問を抱かないように、飛行機が飛ぶのは当たり前だと思っていたからだ。
それに飛行機が空を飛べる理由を正確に説明するのは、中学生である彼らには少し難しかった。
「だから今落ちるかもって、不安になっちゃうの」
「……信じられないの? 人の造りしものが」
「信じられるわけ無いよ。あんな非科学的なもの」
((エヴァンゲリオンに乗ってる人の台詞じゃ無い!!))
シイとレイのやり取りに、トウジ達三人は心の中で思いきり突っ込む。それでも今シイを刺激するのは得策では無いと、三人は言葉を選んでシイへと声を掛ける。
「ま、まあ人間苦手な物の一つや二つあるさかい、あんま気にすんな」
「そうよシイちゃん」
「だよな。いずれ船みたいに納得できれば、碇も怖くなくなるだろうしさ」
「……(コクリ)」
「ありがとうみんな」
心優しい友人達にシイは本気で感謝するのだった。
そうこうしている間に予鈴が鳴り、昼休みの終わりが近づいている事を告げる。
「もう時間かいな。授業もこれくらい早ければええのにな」
「それだと、鈴原の睡眠時間が短くなるわよ」
「か~毎度毎度うっさい奴やな。わしかて本気を出せば凄いんやで」
「何時本気を出すのかしらね」
(はぁ……今日も平和だね)
すっかり夫婦漫才みたいなトウジとヒカリに、ケンスケは達観した視線を送る。
「じゃあ綾波さん、私達も行こうか」
「ええ……その、碇さん」
「なに?」
「……ありがとう」
はにかむように感謝の言葉を発したレイ。一瞬何を言われたのか分からなかったシイは動きを止めるが、それがお弁当のお礼だと理解した。
レイから初めて伝えられた感謝に、
「どういたしまして」
シイは満面の笑みを浮かべて返事をするのだった。
(ありがとう……感謝の言葉……初めての言葉……とても、暖かい気持ちになる言葉)
教室へ向かうレイの顔には、僅かに笑みが浮かんでいた。
~あの人は今?~
ネルフ司令室ではゲンドウと冬月に向き合うリツコが、二人に対してある提案をしていた。理路整然としたリツコの説明を聞いた冬月は、納得したように小さく頷いて見せる。
「君の考えは分かった。確かに有能な人材の確保は、我々としても重要な事項だな」
「はい」
「少々手を回す必要はあるだろうが、まあ問題あるまい」
自分は賛成だと冬月は椅子に座るゲンドウへ視線を向ける。決定権を持つゲンドウは、いつものポーズのままリツコを見つめていたが、やがて静かに口を開く。
「……利用価値はあると判断したのだな?」
「はい。本来の得意分野であるエネルギー開発ならば、充分役立つ人物かと」
「……任せる」
司令であるゲンドウの許可を得たリツコは、二人に一礼してから司令室を後にした。
数時間後、リツコは第三新東京市を車で走っていた。免許を持っている彼女だが、自ら運転することは極めて珍しく、今回の行動が特別である事が分かる。
「と言うわけで、貴方には明日より特務機関ネルフの技術局にて勤務して貰います」
ハンドルを握りながらリツコは助手席へ向けて事務的に告げる。
「い、いいのですか? 私は……」
「優秀な技術者を引き抜く。そこに一切の私情は必要ありませんから」
「……面目ありません」
助手席に座っていた男は、申し訳なさそうに頭を下げた。
リツコよりも年上に見える中肉中背の男。一見冴えない中年男だが、この男こそがあのJAの開発責任者である時田シロウその人だった。
先のJA暴走事件により、時田が所属していた日本重化学工業共同体は即時解体された。彼自身も事件の責任を取らされる形で、何らかの処分を受ける予定だった。
だがそこにリツコの要望を受けたネルフが横やりを入れ、彼の身柄を受け入れたのだ。
「しかし、赤木博士自ら送迎して頂けるとは」
「貴方を引き抜くよう提案したのは私です。監督責任者として最低限の義務ですわ」
「え!?」
さらりと告げるリツコに、時田は驚きを隠せない。実はこの二人、JA完成披露記念会で少々派手にやりあっていた。JAの兵器としての性能を疑問視するリツコに対し、時田は事前に入手していた極秘資料を盾にネルフとエヴァを扱き下ろして、大勢の招待客の前で笑い物にしたのだ。
恨まれこそすれ、こうして身柄を預かって貰えるなどとは思ってもいなかった。そんな時田の気持ちを察したのか、リツコは僅かに笑みを浮かべる。
「先程も言ったとおり、貴方の引き抜きに個人的感情は関係ありません。因みに貴方は私にとって大変気にくわない、大嫌いな人種にあたります」
「む……う」
「ですが、優秀な科学者として認めてもいます。個人的には大嫌いですが」
重ねて二度嫌いと言われ、流石の時田も少し凹む。
「ネルフの戦いは決して敗北が許されません。その為に必要な事は何でもします」
「何でも、ですか?」
「ええ。例え人に恨まれようと、人の道を外れようと、それは変わりませんわ」
リツコの断固たる決意を聞いて、時田は己の浅はかさを思い知る。
(これ程の意思を持った相手に、私は勝手なライバル心で……何と愚かだったのか)
「……赤木博士」
「何でしょう」
「私も微力ながら……人類のために力を尽くします」
拳を握りしめる時田を横目で見て、リツコは好意的な笑みを浮かべるのだった。
「これから技術局へ案内します。はぐれないように」
「はい」
本部へ到着した二人はネルフ本部の中を歩く。ネルフ本部はテロリストや敵対組織の潜入などを想定している為、内部は非常に複雑な構造をしていた。初見で迷子にならない人はいないくらいだ。
前を歩くリツコを見失わないよう時田も後に続く。すると、二人の前に小さな人影が現れた。
「あれ、リツコさん?」
「シイちゃん」
呼びかけられた声にリツコは嬉しそうに返事をすると足を止めた。冷徹な印象が強いリツコが、一目で分かるほど上機嫌になった事を、時田は不思議そうに見つめるが口を挟むことはしない。
「今日は……ああ、そうだったわね」
「はい。エヴァ用の新しい武器が出来たから、見に来いって言われたのですが……」
答えるシイの視線は、リツコの横に立つ時田へと向けられている。人見知りと言うわけでは無く、エヴァの情報を部外者に漏らしてはいけないと指示されている為だ。
「リツコさん……その人は?」
「そう言えば顔を見るのは初めてだったわね。この人は時田博士。あのJAの開発責任者よ」
「えぇ!?」
さらっと時田を紹介したリツコに、シイは目を見開いて驚きの声をあげる。
「ど、どうしてリツコさんと一緒に?」
JAの披露記念会で時田とリツコが派手にやりあった事。そもそもJA自体がネルフのライバル組織によって、エヴァに対抗する為に造られたとミサトから聞いていた為、シイは二人が並んでいることが不思議でならない。
「色々あってね。明日からネルフのスタッフよ」
「そうだったんですか……じゃ、じゃあエヴァもあのロボットみたいに」
「大丈夫よ。時田博士には本部の設備開発を担当して貰うから」
ふぅ~と胸をなで下ろす仕草を見せるシイ。炉心融解の危機を目の当たりにした彼女にとって、時田の存在は不安だったのだろう。
「エヴァは変わらず私が担当するわ。安心した?」
「はいっ。リツコさんの事信じてますから」
疑うことなど知らない純粋な笑顔に、リツコは軽く理性が飛びそうになる。もしこの場に時田が居なければ、シイをハグする位はやったかもしれない。
(あ、危なかったわ。流石に時田博士の前で威厳を失うわけには……)
そこでリツコはふと気がついた。隣に立っている時田が、先程から一言も発せず黙っていることに。
(……まさか)
嫌な予感にチラリと視線を向けると、そこにはだらしなく鼻の下を伸ばした時田の姿があった。何を考えているのかなど、聞くまでもないだろう。
(どうやら、この男も危険人物だったみたいね)
デレデレ状態の時田を、リツコは自分のことを棚に上げて断定する。こいつは敵である、と。
「……じゃあシイちゃん。また後でね」
「はい」
シイと別れてリツコは再び歩き出す。そして彼女の姿が見えなくなると不意に足を止めて、くるりと振り返り時田へ向き直るった。
「時田博士。一つ言い忘れていましたが」
「何でしょうか」
「あの子はエヴァ初号機のパイロット、碇シイです。貴方にとっては恩人と言える子でしょう」
「おお、あんな可憐な子が……」
「あり得ない話だとは思いますが、万が一あの子に手を出そうとした時は」
スッとリツコは目を細め、
「芦ノ湖で浮いているのを発見されると思いますので、どうかご注意を」
穏やかな口調に棘を含めて警告した。それに時田は慇懃に頷くと、全く動じた様子を見せずに答える。
「勿論、そんなつもりはありませんよ」
「結構です。優秀な人材を失うのは、私も避けたいですから」
何とも言えぬ緊張感を放ちながら二人は並んで歩き出す。
「……ただ赤木博士、こんな話をご存じですか?」
「??」
「薔薇の美しさは、鋭い棘によって一層引き立っていると」
「非科学的な話ですね」
「美しい物を得るためには時に痛みを覚悟する必要がある、とも言い換えられますね」
「……ふ、ふふふ」
「ははははは」
笑いながら歩く二人だが、その目は全く笑っていなかった。
時田シロウ。元JA開発責任者にして、現ネルフ技術開発部第七課所属。
そして、配属初日より『シイちゃんファンクラブ』会員の一員となるのだった。
一本目。
シイのアレは、恐怖症では無く恐怖癖に該当すると思います。まあ人間理解出来ないものを恐れると言いますし……。
ヒカリとトウジのペアは、原作からお気に入りです。基本的に恋愛要素は無い作品ですが、この二人は仲良くなって欲しいなと思っております。
2本目。
本編で完全にハブられていた時田さん、まさかのネルフ入りです。
JAの開発責任者ですし、優秀な科学者なのは間違い無いかと。ただ専門分野がエネルギー開発と言うのは、作者の勝手な妄想です。
今後の活躍にこうご期待。
小話ですので、本日は本編も投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。