突然叫んだケンスケに、トウジ達は何事かと視線を向ける。
「なんや一体?」
「どうしたの相田君?」
「ネルフのVTOLだ! 凄い、こんな近距離で撮影できるなんて」
ケンスケは歓喜に震えながら、鞄から取り出したカメラを構える。その先にはミサト達が乗っていたのと同じ型の輸送機の姿があった。しかも徐々に屋上にいるシイ達へと接近して来ている。
「こ、こっちに来てる!?」
「えらい低く飛んどるな。何や捜し物かいな」
「……違うわ。ここに着陸するつもりね」
レイの予想通りVTOLはシイ達の真上で制止すると、屋上のスペースへ垂直に着陸を行う。吹き荒れる風にシイ達は飛ばされないよう、必死に身体へ力を入れて踏ん張る。
やがてそれが治まると、VTOLから一人の男が屋上に降り立った。
短髪眼鏡のネルフスタッフ、日向マコトその人だ。
「ひゅ、日向さん!?」
「シイちゃん、知り合いなの?」
「……ネルフの職員」
ヒカリにレイが簡潔に説明した。間近でVTOLを撮影できて嬉しそうなケンスケ以外は、突然の事態に頭が着いていかず呆然と日向を見つめる。
「ごめんね、騒がしくしちゃって」
「い、いえ……それより、一体どうしたんですか?」
「葛城さんから緊急の応援要請が入ったんだ」
日向の言葉にシイは顔を強張らせる。使徒の襲来時の招集でも車なのに、輸送機で直接迎えに来た。それだけで事態の重大さが容易に想像出来てしまう。
「ミサトさんに何があったんですか?」
「葛城さんと赤木博士が向かったJAの披露記念会で、JAが暴走したらしい」
「「えぇぇぇぇ!!」」
一斉に驚きの声を挙げるシイ達。つい先程話題に出たJAがまさか暴走するとは、夢にも思っていなかった。
「詳しい話は中でするよ。時間が無いから、直ぐ乗ってくれるかな」
「え゛」
「……私は?」
「零号機は改修作業中だから、出撃命令は出ていないんだ。だから君は待機していてくれ」
「了解」
レイは頷くと後ろへ一歩下がる。
「シイ、アホなロボットにしっかりやき入れたれ」
「出来れば後で話を聞かせてくれよ」
「怪我しないでね、シイちゃん」
「……頑張って」
「う、うん……頑張る」
友人達から声援を受けたシイは何故か泣きそうな顔で頷き、恐る恐るVTOLへと乗り込むのだった。
日向の話によると、JAは招待客を前に試運転を披露したのだが、その途中で突如制御不能に陥り今は暴走状態で歩行中らしい。
「JAは動力源としてリアクターを積んでるから、炉心融解の危険が高い。しかも現在人口密集地帯へ移動中だから、状況は極めて深刻なものなんだ」
「…………」
「このまま本部に向かって、そこからはエヴァ専用輸送機で葛城さんの所まで行くよ」
「…………」
「シイちゃん?」
輸送機の操縦桿を握っていた日向は、シイから返事がないことを訝しんで後部座席へと顔を向ける。そこには座席に小さく丸まって震えているシイの姿があった。
その様子を見て日向はある可能性を思い浮かべる。
「なあシイちゃん。ひょっとして、高いところ苦手だったりする?」
「……た、高い所は大丈夫ですけど……ただ、飛行機が怖くて……震えが止まらないんです」
どうやらある種の恐怖症らしい。ただ、だからと言って陸路で移動するほど時間に余裕があるわけではない。
「すまないけど少し我慢して欲しい。葛城さんが君を待ってるから」
「うぅぅ、はい、頑張ります」
震えながらも頷いて見せるシイを、日向は不謹慎ながら可愛いと思ってしまった。
ネルフ本部に到着したシイはふらつきながらも、直ぐにエヴァ専用輸送機へと乗り換える。再び始まった空輸に、プラグスーツへと着替えたシイは身体を抱きしめて恐怖に耐える。
(ミサトさんが待ってるんだから……怖くない怖くない……全然怖くない……)
エヴァ専用輸送機は、エヴァンゲリオンの第三新東京市外への移動を担当している。大きな両翼で後部に固定したエヴァを運ぶ事が出来るが、基本的に輸送だけを目的としている為輸送機自体に戦闘装備は無く、登場人員も操縦士を除けば数名が限度だった。
今運転席の後ろに位置するパイロット控え室では、シイとミサトが向き合っていた。
「状況は日向君から聞いてるわね?」
「……は、はい」
日向から話を聞いていたミサトは、目の前で震えるシイにため息をつく。精神状態でエヴァの能力は大きく左右される為、今のシイには不安要素しか無かった。
(そういや今まで輸送機での移動は無かったわね。こりゃ予想外だわ)
とは言え危機的状況はそんな都合を憂慮してはくれない。可哀相だと思う感情を押し込めると、ミサトは作戦の説明を始めた。
「目標のJAは五分以内に炉心融解の危険があるの。だからシイちゃんは私を初号機でJAの後部ハッチまで連れて行って。後は私が内部からプログラム消去を行い、JAを強制停止させるわ」
「でも中は危険な状況だって……」
「ええ。だからほら、ちゃんと放射能防護服を着てるわ」
ミサトは宇宙服のような防護服を身に纏っていた。それだけJAの内部が危険であると、本人も自覚しているのだろう。
「……で、でも、危険すぎます……」
「大丈夫。エヴァなら万一の事態にも耐えられるから」
「わ、私は……ミサトさんが危ないって……言ってるんです」
恐怖からか蒼白になった顔でミサトに食い下がる。自分の身を案じてくれるシイに、ミサトは心の中で感謝しながらも、作戦の変更をするつもりはなかった。
「ま、大丈夫じゃない? 私は悪運が強いから」
「……どうして……ミサトさんが……やるんですか?」
「やる事やっとかないと、後悔しそうだからね」
ミサトは口調こそ穏やかだが、その目には強い決意が込められていた。
(みんなを守る……ミサトさんも同じ気持ちなんだ)
シイは震えを押さえ込むよう身体を強く抱きしめると、小さく頷いた。
初号機の右手の平にミサトの身体をベルトで固定すると、シイは潰さないよう細心の注意を払って、右拳をそっと握る。
『こっちの準備は出来たわ。シイちゃん行けるわね?』
「はい、行けます」
飛行機から解放されたシイは、いつもの調子でミサトに答える。土壇場に来て不安要素が無くなった事で、ミサトは作戦成功への手応えを感じていた。
『OK。日向君、降ろして』
『了解! エヴァ初号機ドッキングアウト』
「はい!」
初号機を固定していたボルトが外れ、巨体が大空へと放たれる。途端、初号機の全身に強烈な風圧が襲いかかって来た。気を抜けば直ぐに体勢が崩れそうになるが、シイは全神経を集中して姿勢制御を行う。
(くぅぅぅ、もう少しだから一緒に頑張って)
シイの励ましに応えるかのように、初号機は初めてとは思えない程上手にバランスを取り降下を続け、最大の関門であった着地をも無事成功させて見せた。
「ミサトさん!?」
『こっちは平気よ』
右手に居るミサトの無事を確認すると、シイは前方を進むJAの姿を捉える。そして直ぐさま大地を蹴ってJAへと駆け寄り距離を詰める。
『相手の動きを止めて! その間に飛び移るわ』
「はい! 止まりなさい」
どうにか追いついた初号機は、左手でJAの背中にある取っ手を掴んで歩みを止める。それでもなお前へ進もうとするJAを、地面がえぐれるほど踏ん張って抑え込む。
『今よ』
右手をJAの背中に接触させるとミサトはタイミングを見計らい、無事飛び移ることに成功した。
『OK、上出来よ。じゃあちょっち中へ行ってくるから』
「どうか気を付けて」
内部に侵入したミサトを見届けるとシイは初号機をJAの正面に回り込ませ、力比べをするようにJAの歩みを押し返す。
「良い子だから……大人しくしてぇぇ!!」
これ以上人口密集地へ近づけない為に、シイと初号機は力を振り絞った。
ミサトがJAに乗り込んでから、既に四分が経過していた。内部の端末にパスワードを打ち込むだけにしては、あまりに遅い。JAの歩みは何とかくい止めているものの、JAは身体のあちこちから白い蒸気のような物が吹き出し、炉心融解の限界が近いことを示していた。
「ミサトさん、まだですか!?」
『……シイちゃん、ちょっち不味いことになってるわ』
スピーカーから聞こえるミサトの声には焦りが混じっていた。
『どうもパスワードが書き換えられてるみたいで、入力を受け付けないの』
「そんな!? なら早く脱出して下さい。初号機に乗っていれば……」
『いえ、最後まで足掻くわ。中から制御棒を押し出せれば、あるいは何とかなるかもね』
それがどれだけ低い可能性なのかは、何も知らないシイにも分かる。それでもミサトは脱出せずに、その僅かな可能性に賭けるというのだ。
もうシイに出来る事はその僅かな可能性に期待しながら、JAの動きを止める事だけだ。だがJAの身体から一層激しく吹き出す蒸気が、彼女の心に絶望を与える。
そして炉心融解のタイムリミットが訪れた。
「ミサトさん!!」
最悪の事態に絶叫するシイ。だがその瞬間、JA内部のコンピューターが突如起動して制御棒が作動する。一気に内圧が下がり、炉心融解の危機は回避されたのだった。
突然力の抜けたJAにシイは一瞬戸惑ったが、直ぐに状況を理解した。ミサトがやってのけたのだと。
「ミサトさん、無事ですか?」
『ま、何とかね』
「凄いです。本当にミサトさんは凄いです」
涙目で喜ぶシイだったが、ミサトの反応はイマイチ鈍い。大仕事をやり遂げた達成感など微塵も無く、何処か納得のいかない表情を浮かべていた。
『炉心融解直前で突然の機能停止……まるで映画みたいな脚本ね』
「え、どうしたんです?」
『何でもないわ。んじゃ悪いけど、初号機で私を回収してくれるかしら』
「はい」
JAの暴走はエヴァによってくい止められ、炉心融解の危機は勇気あるネルフスタッフによる、自己犠牲を厭わない決死の行動によって防がれた。
後日正式報告として発表された事実に、ネルフの評価は一段と高まるのだった。
「ご苦労だったな、赤木君」
「いえ、先の事件はシナリオ通り進みました。葛城一尉の行動以外は、ですが」
ネルフの司令室でゲンドウにリツコが会話を交わす。
「報告を聞く限り問題ない。戦自に対しては丁度良い牽制になった」
「…………」
「他に何かあるのか?」
「今回の件に葛城一尉が不信感を持っています。何らかのリアクションがあるかと推察されますが」
リツコの報告を受けても、ゲンドウの表情は変わらない。
「適当にあしらえば良い」
「そして万が一の時は……消すのですか?」
「……今はまだ使い道がある。監視を付けて泳がせておく」
「分かりました。では、失礼します」
リツコは小さく頭を下げると、ゲンドウに背を向けて司令室から退室する。そこに浮かんでいた表情は、心内が読み切れない程複雑なものであった。
翌日の朝、葛城家には何時も通りの光景が広がっていた。朝食を作るシイと、新聞を広げてそれを待つペンペン。そして、だらしない大あくびをしながらリビングへと姿を見せるミサト。
何時も通り朝だった。
「ふぁぁ~、おはようシイちゃん、ペンペン」
薄いシャツに惜しげもなく足を見せつける短パン姿のミサト。いつもならここでシイの突っ込みが入るのだが、今日は違った。シイはミサトの元へ小走りで駆け寄ると、ギュッと身体に抱きつく。
「へっ、どうしたのシイちゃん?」
「……ミサトさんだ。ずぼらでがさつで、でも暖かい……私の家族のミサトさんだ」
温もりを感じるように、背中に回した手に力を込める。シイの突然の行動に戸惑っていたミサトだったが、やがて気づく。
(そっか、この子は私のことを本当に家族と思ってくれてるのね)
着飾らないありのままの姿を受け入れる。それが家族。シイの気持ちを察したミサトは、小さな身体を優しく包み込む。
「くえぇくえぇ」
そんな二人の姿を、ペンペンは微笑ましそうに見守るのだった。
巷で話題のJAですが、出番の大幅カットと言うことで。あの人に至っては、名前すら出てこないとは……。
ネルフを敵視する組織、ネルフの闇、家族、などなど鏤められたこの話は、原作の中でもかなり好きです。
子供の頃は純粋にエヴァ頑張れだったのに、大人になって改めて見ると、あの人のピエロっぷりに少し同情してしまったり。
そんなあの人は、小話で活躍して貰うとしましょう。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。