エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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7話 その3《人の造りしもの》

 

 シイの朝は早い。起床して身支度を整えたら、直ぐさま朝食とお弁当の用意をする。育った環境のせいなのか、早寝早起きの習慣が身に付いている為、全く辛いと感じる事は無かった。

 ただそれはトウジ達に言わせれば、夜更かしが苦手なお子様なのだそうだ。

(寝すけのミサトさんよりよっぽど大人だもん)

 笑われた事を思い出して少し頬を膨らませながらも、シイは何時も通りの朝を過ごす。すると朝食の料理中にもう一人の同居人が姿を現した。

「あ、おはようペンペン」

「くえぇ~」

 シイの挨拶に方羽を上げて返事をする彼(どうやらオスらしい)は、ミサトに比べてよっぽど規則正しい生活を送っている。シイが料理をするのを新聞を読みながら待つ姿は、まるで父親の様にも見えた。

「何か面白い記事でもある?」

「くえくえくえ」

「え?」

 いつもと同じ問いかけに、しかしペンペンはいつもと違うリアクションを返した。気になったシイは料理の手を止めて、ペンペンが読んでいる新聞に目を通す。

「くえっくえ」

「これ? えっと……日本重化学工業共同体が新兵器『JA』の開発に成功。本日試運転をお披露目?」

 見出しをたどたどしく読み上げるシイに、そうだと言わんばかりにペンペンは頷いた。改めて記事の中身を流し読みしてみるが、特に興味を引かれるものは無い。

「も~ペンペン。これの何処が面白いのよ」

「人によっちゃ、面白い見せ物よ」

 不意に聞こえた声にシイは驚いて視線をダイニングの入り口へ向けると、そこにはいつの間にかミサトの姿があった。それも普段のだらしない格好ではなく、黒い制服を一分の隙もなく着こなした姿でだ。

 あまりの豹変ぶりにシイはポカンと口を開け、ペンペンは思わず新聞を落とす。

「み、ミサト……さん?」

「どうしたの?」

「その格好……」

「ああこれ? ネルフの正装よ」

 シイの反応を似合っていないと取ったのか、ミサトは少し苦笑を浮かべる。当然そんな意味では無く、黒を基調とした士官服はミサトに良く似合っていた。

 ただ身に纏う空気は普段のそれとはまるで違い、鋭い刃の様な冷たさがあった。

「あ、今ご飯が出来ますから」

「悪いけど直ぐ出かけるわ。仕事で旧東京まで行って来るから」

「旧東京……さっきの記事にあった、試運転のお披露目ですか?」

「ええ、帰りは遅くなると思うわ。シイちゃんのご飯が食べられないのは残念だけどね」

「なら用意しておきます。温めれば直ぐ食べられるように」

「ありがと。じゃあ行ってくるわね」

 ミサトは軽く微笑むとそのまま家を出ていった。玄関のドアが閉まる音が聞こえてから、シイは隣で自分と同じように戸惑った様子のペンペンに声を掛ける。

「……ねえペンペン」

「くぇ?」

 シイはしゃがみ込んでペンペンと視線の高さを合わせる。

「ミサトさん怖かったね」

「くえぇ」

「格好良かったけど……何だか他人みたいだった」

 表情を曇らせるシイの頭を、慰めるようにペンペンは撫でる。彼もシイと同じ気持ちだったのかもしれない。

「うん……ありがとうペンペン」

 ギュッとペンペンの身体を抱きしめて感謝を伝える。

(だらしない格好は恥ずかしいけど、ちゃんとした格好はもっとやだ。私は我が儘なのかな)

 今朝のミサトは先日シイが希望した通り、他の人の目に触れても恥ずかしくない正装だった。だがその姿のミサトは、何故か遠い存在に思えてしまう。

 シイは自分の中に生まれた矛盾に悩むのだった。

 

 

 かつて日本の政治経済の中心として繁栄を極めていた東京は、セカンドインパクトによる水位の上昇と、新型爆弾のテロにより荒廃しきっていた。

 水没したまま放置されているビル群の上空を、ネルフ専用VTOLが飛行する。

「……はぁ、ここがかつての花の都とはね」

「何年前の話をしてるのよ」

 VTOLの機内から外を見て呟くミサトに、リツコは呆れたように言葉を返す。

「しかし何だって、こんな場所でやるのかしら」

「自覚してるのではなくって? 万が一の時に被害が最小限で済むように」

「だったら海の上で勝手にやってて欲しいものね」

「……着いたわよ」

 二人を乗せたVTOLはドーム状の建物、国立第三試験場へと到着した。参加者を運んできたと思われる無数のヘリを見て、ミサトはからかうように苦笑する。

「こりゃまた、随分物好きと暇人が多いわね」

「私達がその代表格よ。ガラクタと知りながら見に来てるんだから」

 容赦なく切り捨てるリツコ。どうも彼女は今回お披露目される新兵器に、あまり好意的な印象は抱いていないらしい。そしてそれはミサトも同じであった。

「ま、そりゃそうね。にしても……これって戦自は絡んでるの?」

「戦略自衛隊? いいえ、関与は認められずよ」

「どーりで好き勝手やってるわけね」

 民間企業による新兵器の試運転お披露目。ミサトはきな臭さを感じつつも、それを口に出すことはせずに、リツコと共に会場へと向かうのだった。

 

 第一中学校の屋上では、シイ達がお昼ご飯を食べていた。いつもの面々に加え、今日は退院したレイもその場に姿を見せている。

 最初はレイの登場に戸惑ったヒカリ達だが、シイの嬉しそうな顔に直ぐさま納得した。碇シイは綾波レイという少女すら、友達にしてしまったのだと。

「はい、綾波さん。良かったら食べてみて」

「……これ、碇さんが?」

「うん」

 レイはシイから渡された弁当箱をそっと開く。小さな弁当箱の中には、一目で食欲をそそるような色とりどりのおかずが詰められていた。

「かぁ~相変わらずシイの弁当は美味そうやな」

「ほんと、毎日手間掛かってるね」

 弁当箱をのぞき見したトウジとケンスケが、感心したように感想を口にする。因みに彼らの昼食は、いつも通り購買のパンであった。

「そんな事無いよ。夕食を少し多めに作ったりしてるから、実は大分楽してるの」

「私もよ。色々工夫しないと、お弁当って大変だものね」

 自分も姉妹の弁当を作っているヒカリが、シイと弁当談義に花を咲かせる。そんな中、レイは箸を持つこと無くじっと弁当を見つめていた。

「綾波さん? ひょっとして和食苦手だった?」

「……いいえ。ただ誰かに食事を作ってもらうの、初めてだったから」

 少し頬を染めてレイは呟くと、そっと箸を手にする。

「良かった。じゃあ食べようよ」

「「いただきま~す」」

 明るい日差しの下で、のどかな昼食が始まった。

 

 たわいない雑談を交わしながら食事を楽しんでいると、不意にケンスケが言い出した。

「そう言えばさ、今日JAの完成披露記念会があるらしいんだ」

「なんやその、JAってのは」

「日本重化学工業共同体って所が開発した、人型兵器なんだってさ」

 何処か投げやりな様子のケンスケに、シイは違和感を覚える。彼が自分の好きな分野で、妥協するとは思えなかったからだ。

「あれ、相田君にしては随分曖昧な言い方だね?」

「情報が全然無いんだよ。パパの所にも詳しい情報が入ってないみたいで」

 父親がネルフ職員とは言え、ケンスケはごく普通の中学生。おいそれと機密情報を得る事は出来ない。ケンスケにとってそれは悔しい事らしく、無念そうにサンドイッチを囓ってた。

「JAかぁ……そう言えばミサトさんがそれのお披露目に行くって言ってたっけ」

「何だって!!」

 ポツリと呟いたシイに、ケンスケがグイッと顔を寄せる。

「それ本当なのかい?」

「う、うん。今朝そう言ってたから……」

「他に何か聞いてない? スペックは? 武装は? 操縦方法とか?」

「うぅぅ」

 どんどん近づいてくるケンスケにシイが困っていると、

「……碇さんが困ってる」

 すっと二人の間にレイが箸を伸ばした。予想外の行動に、一瞬全員の動きが止まる。みんなレイが人を助けるために自発的に行動する姿を、見たことが無かったからだ。

「綾波……さん?」

「あ、ああ、すまない碇。つい興奮しちゃって」

 レイの行動で頭が冷えたケンスケは素直に詫びる。趣味が関わる事には視野が狭くなってしまうが、彼もまた本質的には素直な男の子なのだ。

「ううん良いの。それでJAの事だけど、私も全然知らないの。ミサトさんからは何も聞いてないし」

「そっか~。ま、完成したら正式に発表があるだろうし、それを待つか」

 自己解決したケンスケは再びパンを口に運ぶ。

(……なあ、委員長)

(何よ)

(綾波……あんな奴やったか?)

(分からないけど、少し優しい感じになったかも)

(そやな。前は人形みたいな奴やったけど、今はこう……生きとる感じがするわ)

 トウジとヒカリは、レイの小さな変化を感じ取っていた。その理由は何となくだが分かる。彼女の隣に座る少女が切っ掛けを与えたのだろうと。

 

 昼休みも終わりに近づき、食事を終えた五人は満腹感を味わいながら午後の授業に備える。

「はぁ~食った食った。やっぱ昼飯は午後への活力やな」

「鈴原の場合、睡眠への活力でしょ」

「か~相変わらず嫌みな奴やな。わしかてやる時はやるで」

「何時、そのやる時が来るのかしらね」

(トウジは尻に敷かれるタイプだな)

 まるで夫婦げんかのようなやり取りをする二人を、ケンスケは呆れながら見守っていた。

「……ごちそうさま」

「お粗末様でした。量多くなかった?」

「……丁度良かったわ」

「嫌いな食べ物とかある?」

「……肉が嫌い」

「ふむふむ、じゃあお肉は代替を考えなきゃね」

 レイへのリサーチに余念がないシイ。それは今後もレイのお弁当を作ると言う事。どうしてそこまでしてくれるのか、レイにはまだ理解出来なかったが、それよりも前に伝えなければならない言葉があった。

「あの……碇さん」

「どうしたの?」

「その……あ――」

「あぁぁぁぁぁ!!」

 レイが言葉を発しようとしたその瞬間、ケンスケの大声が屋上に響いた。




シイと友人達との交流、少ししつこいと感じられるかもしれません。ただ彼女はチルドレンであり、中学二年生の少女でもありますので、ネルフの場面と同じくらい重要だと思っております。
後半になるにつれて、描写は減ってしまいますが……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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