エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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7話 その1《家族という存在》

 

 ネルフ司令室では、部屋の主であるゲンドウが机に向かいながら、誰かと通信を行っていた。

「また君に借りが出来たな」

『返すつもりは無いんでしょ』

「ふっ」

 受話器から聞こえるのは若い男の声。軽い調子で答える男に、ゲンドウは思わず口元を歪める。それは男の言葉が正しい事を無言で示していた。

『例の件ですが、ダミーを混ぜた適当な情報であしらっておきました』

「ああ、問題ない」

 ゲンドウは机に広げられた資料を手に取る。そこには本来部外秘である筈の、ネルフの機密事項が記されていた。もっとも本当に重要な機密は隠されており、他の情報も真実とは違う歪められたものであったが。

『情報公開法でしたか? また面白い事を考えてきましたね』

「我々に対して少しでも優位に立とうという、無駄なあがきに過ぎんよ」

『……あちらの方はどうします? こちらで処理を?』

「いや、君の資料を見る限り問題ないだろう」

『……では、シナリオ通りに』

 男の言葉を最後に通信は終わった。受話器を戻したゲンドウは、一枚の資料を手に取る。

「戦自に対しての牽制くらいには役に立つだろう」

 それにはロボットのような姿をした何かの写真と機密情報が載っていた。

 

 

「ふぅ~美味しかった~。ごちそうさま」

「はい、お粗末様でした」

 朝食を終えるとシイは、制服の上からエプロンを羽織り洗い物を始める。そしてそれを見守りながら、食後のお茶をすするミサト。すっかり恒例となった朝の光景だ。

「ん~シイちゃんは良い奥さんになるわね~」

「だと良いんですけど、私みたいな子を貰ってくれる人が居ませんよ」

(……本気で言ってるのよね~この子)

 ミサトは呆れたような、少し安心したような複雑な表情を浮かべる。

 保安諜報部からの報告では、シイの人気は男女問わず高いらしい。中には異性として好意を持っている男子生徒もいるとか。だが本人には全く自覚が無く、気づく素振りもない。

(ま、その方が私にはありがたいんだけどね)

 もしシイに恋人が出来る様な事があれば、ネルフ本部がどうなるか想像もしたくない。管理不行き届きで減給、下手すれば全額カットと言う理不尽な処分も充分ありえるのだ。

(そうなったらマジで洒落にならないし、ここは黙ってるのが得策ね)

 あえてシイに異性関係を意識させる必要も無いと、ミサトはお茶をずずっと啜った。

 少しの間会話が途切れ、食器を洗う音だけがリビングに響く。すると沈黙を破るように、シイが背中を向けたままミサトに声をかけた。

「あの、ミサトさん。今日学校に来てくれるんですか?」

「そりゃそうよ。進路相談だもの。保護者が行くのは当然だわ」

「でも、仕事忙しいのに……」

「良いの良いの、ちゃんと許可貰ってるし、シイちゃんの学校生活にも興味あるから」

「ありがとうございます。でも」

 洗い物を終えたシイは、エプロンを脱ぎながらミサトを見る。

「その格好で来ないで下さいね」

「へっ?」

 一瞬何を言われたのか分からず、キョトンととするミサト。今の彼女は、タンクトップのTシャツに、短くカットしたGパンと言うラフな姿。とても人様に、特に思春期の男子にはお見せできない格好だった。

「あっはっは、勿論よ。流石に私もTPOは弁えてるわ」

「……本当にお願いしますよ。あの時は私、顔から火が出るほど恥ずかしかったんだから」

「あ~あれはね~、ちょっちタイミングが悪かっただけで……」

 訴えかける様なシイの瞳に、ミサトは気まずそうに頭を掻きながら苦笑する。

 

 少し前にシイは、ヒカリとトウジ、ケンスケを家に招待した事があった。その時たまたまミサトは非番だったのでたっぷり惰眠を貪っており、シイが三人を連れてきたときも今のような格好をしていたのだ。

 大喜びのトウジとケンスケ。絶句するヒカリと真っ赤になって泣きそうなシイ。ささやかな友人達との一時が、あっという間に崩れ去ってしまった。

 

「大丈夫よ。ちゃ~んとバッチリ決めていくから」

「それはそれで不安ですけど……」

 何故か自信満々のミサトにシイが不安げな視線を向けていると、不意に玄関のチャイムが来客を告げる。壁に取り付けてあるモニターには、ヒカリ達三人の姿が映っていた。

「ほらほら、お出迎えよ」

「ミサトさん、絶対にその姿で来ないでね」

「分かってるって」

 ミサトに見送られてシイは玄関のドアを開ける。すると、

「碇おはよう」「シイおはよう」

 ケンスケとトウジが元気良く挨拶をしたかと思えば、スッと家の中をのぞき込んだ。お出迎えと言えば聞こえは良いが、彼らのお目当てはミサトだ。あれ以来ミサトのファンになった二人は、毎朝顔を出しては少しでも姿を見れないかとどん欲な姿勢を見せている。

「はぁ~この馬鹿二人は……おはようシイちゃん」

「おはようヒカリちゃん」

 二人の後ろに立つヒカリが、呆れ混じりのため息をつく。彼女は純粋にシイと一緒に登校するために来ていた。トウジ達のお目付役と言う意味合いもあるのだろうが。

「じゃあミサトさん、行ってきます」

「は~い、行ってらっしゃい」

 シイに言われたとおりミサトは姿を見せずに、廊下の端から伸ばした手だけを振ってみせる。

「「はぁ~」」

 それだけでも少年二人には充分すぎた。でれでれと鼻の下を伸ばすトウジ達に呆れながら、シイとヒカリは二人を引きずるように学校へと向かうのだった。

 

 

 二年A組は進路相談の話題で盛り上がっていた。いや、正確には、

「碇さんの保護者って、そんなに美人なのか!?」

 ミサトの話題で盛り上がっていたのだった。自然と出来る男子生徒の輪。中心にはやはりというか、トウジとケンスケが居た。二人がミサトの魅力について語るたび、男子生徒達から驚嘆の声が挙がる。

 それはシイにとって、非常に気恥ずかしい物だった。

(うぅ……もう止めてよ……)

 悪口を言われているのでは無いのだが、身内に対してそう言った話題で盛り上がられるのは、精神的に辛い。声をシャットアウトしようと耳を塞ぐシイを心配して、ヒカリが近づいてきた。

「シイちゃん、大丈夫?」

「うぅぅ、駄目かも……」

「ごめんね。授業中ならともかく、休み時間の会話は注意できなくて」

「ううん、ありがとう」

 自分の味方が居ることにシイは心底感謝した。

 

「ヒカリちゃんはお姉さんが来るの?」

「うん。お父さんは仕事で忙しいみたいで」

 以前ヒカリの家に泊まったときに、母親が既に亡くなっていることを聞いていた。父親も仕事で忙しいらしく、一番上のお姉さんであるコダマが妹たちの保護者役を務めている事も。

「お姉ちゃん嬉しそうだったわ。またシイちゃんに会えるって」

「……お手柔らかにお願いしたいな~」

 もう三途の川はご免だとばかりにシイは苦笑を浮かべる。

 その後男子とは別に女子は女子で集まり、進路相談の話をしていた。学校に親が来る事を嫌がる生徒が多く、殆どが愚痴のようなものだったが、話を聞いていたシイはふと疑問を抱く。

(……あれ、みんなお母さん来ないんだ?)

 シイの経験上こういった行事には、平日と言うこともあり大抵母親が来る。中には父親や祖父祖母が来る人も居たが、大多数がそうだ。なのにこのクラスでは、母親が来ると言っている生徒は居ない。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど……」

 試しに女子生徒達に聞いてみると、返答はみんな同じ。

 

『お母さんは居ないの』

 

 クラスの半分近くの生徒に、母親が居なかった。気になったシイは嫌々ながらも男子生徒の輪に入り、同じ質問をしてみるが、ここでも答えは同じ。

 今日出席している二年A組の生徒全員、母親が居ないという結果が出た。

(どういうこと? そう言う子を集めてる特殊学級なの?)

 片親がイジメの切っ掛けになる事もあるらしい。それを避けるため、同じ境遇の子供を同じクラスに集めた可能性も否定できない。

(でも、みんな『母親』が居ないなんて……どうして……)

 何とも言えない不安をシイは感じていた。だがそれは、

「「いらっしゃったぞぉぉ!!」」

 男子生徒の叫び声によって、あっという間に消え去ってしまった。

 

 猛スピードで青いルノーが駐車場へ飛び込んで来て、華麗なターンでぴたりと駐車を決める。荒々しくも見事な運転技術に、男子生徒達は尊敬の眼差しでルノーへ熱い視線を送る。

 そして運転席からミサトが姿を見せた瞬間、

「「うぉぉぉぉぉぉ」」

 窓に身を乗り出している男子生徒が一斉に叫んだ。

 黄色いスーツに身を包んだミサトは、微笑みを浮かべながら入り口へと歩く。確かに彼女の言うとおりバッチリ決めてきては居るが、決めすぎだった。見目麗しい美女の登場に、二年A組だけでなく学校中の男子が窓へ身を乗り出す。

(ミサトさ~ん……違う、違うの。私が言いたいのはそう言う事じゃなくてぇぇ)

 真っ赤になって机に突っ伏すシイに、女子生徒は同情の視線を送るのだった。

 




第一中学校二年A組について、シイが僅かですが疑問を抱き始めました。これから少しずつですが、物語の謎へも迫っていきます。

ただシイはごく普通の少女……より少し劣る位に設定しています。単独で謎を解き明かす事はほぼ不可能です。
彼女がハッピーエンドを迎えるには、まだまだ問題が山積みですね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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