エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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6話 その4《決戦、第三新東京市》

 

 夜が深くなり、淡い光を放つ月が夜空に輝いていた。穏やかな月の光を受けながら出撃に備えるエヴァの傍らで、シイとレイは並んで座っていた。

「もうすぐだね」

「……ええ」

「綾波さんは怖くないの?」

「……ええ」

 二人は互いに視線を合わせずに会話を続ける。

「……碇さんは怖いの?」

「……うん」

 レイの問いかけに、シイは自分の本心を隠さずに答えた。気持ちを奮い立たせて再びエヴァに乗る決意をしたが、それでも恐怖が無くなった訳では無い。

「痛いのも怖いし、死ぬかもしれないと思ったときは本当に怖くて仕方なかった」

「…………」

「でも、私が負けて……みんなが死んじゃう事が……大切な人を失うのも怖いの」

 みんなを守りたいと言うシイの想い。その根底にあるのは失う事への恐怖。あえて悪い言い方をすれば、シイは恐怖から逃れるために戦おうとしているのだ。

「貴方は……臆病なのね」

「うぅ、そうかも」

 ストレートなレイの物言いに、シイは恐縮するように身を縮める。呆れられてしまったかも、と言うシイの不安を余所に、レイは淡々と言葉を続けた。

「失うことを恐れるのは、人として当然の反応よ」

「綾波さんも?」

「私は…………私には失う物が無いから」

 横目で見るレイの顔は普段と変わらず無表情。ただそれが少しだけ悲しそうに見えたのは、シイの気のせいだろうか。

「なら綾波さんはどうしてエヴァに乗るの?」

「……絆だから」

「絆?」

「そう、みんなとの絆」

「……だったら、失う物あるよね?」

 レイは初めてシイへ視線を向けた。

「綾波さんはみんなとの絆を守るために、エヴァに乗るんだね?」

「……そう……かもしれない」

 戸惑うようにレイは呟く。

「はぁ~、綾波さんは強いな~」

「どうして?」

「みんなを守る為に怖がらずに戦えるんだもん。私は……怖い」

「大丈夫よ。貴方は死なないわ」

「え?」

「……私が守るもの」

 月を背に立ち上がるレイ。その幻想的な姿にシイは思わず見とれてしまう。

「綾波さん……」

「時間よ、行きましょう」

「う、うん。頑張ろうね、綾波さん」

「……ええ、それじゃ、さよなら」

 別れの言葉を告げるとレイはシイに背を向けて零号機へと向かう。そんなレイを見つめるシイは、言葉に出来ない感情を抱くのだった。

 

 

 タイマーが規則正しく時を刻む。そして、午前0時。作戦開始の時を迎えた。

『作戦開始! シイちゃん、日本中の電力を貴方に預けるわ』

「はい」

 スピーカーから聞こえるミサトの声に、シイは表情を引き締める。

『第一次接続開始』

『送電を開始』

『現在システムに異常なし』

 次々に届く作戦の進捗状況を、スピーカー越しに聞いていたシイの手が震え始める。自分に寄せられた期待と重責が、ここに来て重くのしかかってきたのだ。

(やるんだ……やるんだ……)

 竦む身体を奮い立たせる為、呪文のように心の中で呟きを繰り返す。

 

 双子山山頂付近に設置された前線指揮車両の内部では、ミサト達スタッフが作業を行っていた。準備は順調に進んでいるのだが、ミサトの表情は晴れない。

「……どう?」

「葛城一尉の予想通り、シイちゃんの神経パルスに乱れが出ています」

「やっぱね」

 マヤの報告にミサトは小さくため息をつく。

「これだけ大規模な作戦、しかも一度敗北してる。あの子は今、凄いプレッシャーを感じてる筈よ」

「どうするのミサト?」

「……ねえシイちゃん」

 リツコの問いには答えずにミサトは初号機と通信を繋ぐと、努めて明るい声でシイに話しかけた。

『は、はい』

「これ終わったら、お買い物でも行きましょうか?」

『え?』

 作戦中にそんなことを言いだしたミサトに、シイは素っ頓狂な声をあげた。それは車両に居る他のスタッフも同様で、全員が訝しげな視線をミサトへ向ける。

「そ~ね~洋服とかどう? 折角だし私が見繕ってあげるわよ」

「なっ、ずるいわよミサト!」

「そうです、一人だけ抜け駆けなんて」

「自分も、洋服のセンスには自信があります」

「「我々も!!」」

 ミサトの発言を切っ掛けに、口々に車両のスタッフ達が名乗りを上げた。彼らの名誉のために言っておくと、それでも作業を行う手は止めていない。彼らは皆、能力は一級品なのだ。

『……くすくす』

 賑やかなやり取りから車両内部の光景を想像したのか、シイは小さな笑い声を漏らす。ミサトは自分の行動が成功した事を察すると、真剣な口調で言葉を紡ぐ。

「シイちゃん、貴方は一人で戦ってないの。貴方の後ろには私達が着いているわ」

『ミサトさん?』

「だから、貴方が感じてる重荷を私達にも背負わせて。一緒に戦いましょう」

『……はい!』

 シイの神経パルスは、もうすっかり安定していた。

 

『全電力、双子山変電所へ』

『最終安全装置解除』

『シイちゃん、撃鉄を起こして』

「はい」

 ミサトの指示通りに初号機は撃鉄を起こす。それと同時にインテリアの上部から、ヘルメットの様なパーツが降りてきてシイの顔を覆う。

(あれが目標……このバッテンを合わせて、トリガーを引く)

 狙撃用ヘッドギアを装着したシイの視界には、使徒の姿と照準がデジタル化された映像が広がる。シイは大きな深呼吸を繰り返しながら、ライフルが発射可能になるその時を待っていた。

『エネルギー充填まで、後十、九……』

『目標に高エネルギー反応!』

(え!?)

 カウントダウンに割って入る報告に、シイは動揺を隠せなかった。乱れた集中力を再び高めようとするが、心に生まれた焦りはそう簡単に消えない。

『気づかれた!』

『先に撃ったもん勝ちよ。シイちゃん、使徒に構わないで撃つ事に集中して』

「は、はい」

『三、二、一』

『今よ、発射!』

(当たって)

 ミサトの号令と共に、シイは祈るような気持ちでトリガーを引いた。長い銃身から光の奔流が使徒に向けて発射されると同時に、使徒もまたエヴァに向けて加粒子砲を放つ。

 二つの光は中間地点で交差すると互いに干渉し合い、それぞれの狙いを歪ませる。結果どちらの攻撃も目標から少し離れた場所へ攻撃が外れてしまった。

 

「うぅぅぅ!!」

 直撃こそ無かったが、使徒の加粒子砲は大地を抉った。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな強い衝撃に、シイは歯を食いしばって耐える。

(は、外しちゃった)

 巻き上がる土煙の向こうにモニターに映る使徒の姿に、シイは自分の失敗を悟った。後悔から一瞬頭が真っ白になるが、今の彼女は一人で戦ってはいない。

『シイちゃん、もう一度よ。まだ私達は負けてないわ』

『ヒューズ交換、第二射急げ』

『銃身冷却開始』

『再充電も開始しました』

 気落ちするシイを力強く励ますミサト。その言葉を証明するかの様に、スタッフ達は既に第二射に備えて作業を進めていた。この場には誰一人として、勝負を諦めている者は居ないのだ。

『貴方を信じるわ。最後まで、ね』

「……はい」

 シイはグッとレバーを握り、再び初号機に狙撃姿勢を取らせる。とその時、使徒の変化を察知した日向が、慌てた様子で声を上げた。

『も、目標に再び高エネルギー反応!』

『そんなっ、早すぎるわ!』

『くっ……間に合うか』

『来ます!』

 日向の叫びとほぼ同時に、使徒が再び加粒子砲でエヴァを狙う。

「ぁぁぁ……」

 狙撃のために腹ばい姿勢をとっている初号機は、加粒子砲を回避する術を持たない。一直線に向かってくる光の奔流に昼間の記憶が蘇ってしまい、シイは身体を竦ませる。

 加粒子砲はそのまま無防備なエヴァに……届かなかった。

「あ、綾波さん!?」

 盾を構えた零号機が初号機の前に立ち塞がったのだ。足を大きく広げて踏ん張り、一歩も引かない姿勢を見せながら零号機はひたすら耐える。

 だが作戦開始前に恐れていた事態が起こってしまう。

『シールド融解!』

『不味いわ!』

 強力な使徒の攻撃を受けていた盾が、徐々に溶けてきてしまう。受け止めていた盾が失われ始め、次第に零号機の身体へと、使徒の加粒子砲が容赦なく降り注いでいく。

「綾波さん! 逃げて!」

 シイの悲鳴混じりの叫びを受けても零号機は引かない。盾の半分が溶けてもなお、その身を盾代わりに初号機の前に立ち塞がり続ける。

(早く、早く、早くしないと綾波さんが)

 照準は既に使徒の中心に合わせてあり、エネルギー充填を待つだけ。ただ発射可能になるまでの時間が、今のシイには永遠のように感じられた。

『三、二、一、行けます』

『シイちゃん!』

「当たってぇぇぇ!!」

 絶叫と共に放たれた光は加粒子砲を突き抜け、使徒の中心を貫いた。身体に風穴を開けられた使徒は、煙を上げながら地上へと落下していく。

『『やったぁぁぁ!!』』

 難攻不落と思われた使徒の殲滅に、指揮車両内部に歓喜の声が響いた。

 

 歓喜の声はスピーカー越しにシイの耳にも入っていたが、彼女には勝利に浮かれる余裕など無かった。

「綾波さん!」

 ライフルを投げ捨てると、地面に倒れるボロボロの零号機へ直ぐさま近づき、首筋の装甲板を無理矢理引きちぎった。強制排出されたプラグを手で掴むと、衝撃を与えないよう優しく地面へ置く。

 シイは自分もエヴァを降りると、大急ぎでプラグへ駆け寄った。

「綾波さん……っっっ!!」

 非常用のハッチを開けるべくレバーを掴んだ瞬間、手が焼け付く程の高熱に顔を歪め、思わず手を離してしまう。それでもシイは火傷を負った手で再びレバーを握りしめ、必死にレバーを回そうとする。

「うぅぅぅぅぅ」

 だが非力なシイでは全体重を掛けても、レバーを回すことが出来なかった。

「お願いだから開いて! 綾波さんを……助けて!!」

 シイが叫んだ瞬間、異変が起きた。まるでシイの助けを求める声に呼応するかの様に、背後にそびえていた初号機の目に光が宿り、突然動き出した。

「え……」

 初号機は右手をプラグに伸ばすと、指でプラグのハッチを摘んでいとも容易く捻りきった。呆然とその光景を見つめていたシイだが、ふと我を取り戻す。

「あ、ありがとう」

 ぺこりと頭を下げるシイに、初号機が満足げに頷いたように見えた。

 

「綾波さん!」

 初号機がこじ開けた穴からシイはプラグの中へと飛び込む。

「……碇さん?」

 インテリアに背を預けたまま、レイは小さく呟いた。ダメージはあるようだが意識は残っており、ひとまず命の危険は無いように見える。

「良かった…………ぅぅ」

「……何故泣くの?」

「だって……綾波さんが無事で……嬉しくって……ぅぅぅ」

 嬉し涙を堪えられないシイを不思議そうに見つめるレイ。

「何故……私を心配するの?」

「当たり前だよ。だって、綾波さんは友達で、大切な人だもん」

「……友達?」

「あ、迷惑……かな」

「分からない。私は……友達と言う人が居なかったから」

「なら」

 シイは手を差し伸べて、レイの身体をプラグの外へと誘導する。外に出た二人は向き合うと、シイは再び右手をレイへ差し出す。

「私と友達になって下さい。私は綾波さんの、最初の友達になりたいな」

「……私と?」

「うん」

 シイは微笑みを浮かべながらレイの答えを待つ。真っ直ぐな視線に思わず視線を逸らしたレイは、差し出された手を見て驚くように僅かに目を見開く。

 シイの手は高熱のハッチを開ける為にプラグスーツが溶け、真っ赤に晴れた地肌が見えていたのだ。

(私を助けるために? 碇さんは……本当に私を大切な人だと思ってくれているの……)

 暫しの沈黙の後、レイはシイの手をそっと握った。

 

「ありがとう。これからもよろしくね」

「……ええ」

 笑顔のシイとは対照的に、レイは戸惑いの表情を浮かべる。

「えっと、やっぱり迷惑だったかな?」

「違うの。ただ……こんな時どういう顔をすれば良いのか分からないの」

 そんなレイの言葉に、

「もし楽しいとか、嬉しいとか感じたなら、笑えば良いんだよ」

 今日一番の笑顔をレイに向けた。

 

 太陽の様なシイの笑顔につられるように、レイは少しずつ表情を和らげ、そっと微笑む。それは見る者を落ち着かせてくれる、月の様な優しさに満ちたものだった。

 




無事ヤシマ作戦は完遂され、シイとレイの距離も少しだけ縮まりました。

原作を見ていても、シャムシエルがクラスメイト達との絆を、ラミエルがレイとの絆を深める役割を持っているように思えます。
エヴァに限らず、困難を乗り越えて深まる友情というのは、王道ではありますが良い物ですよね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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