エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

3 / 221
1話 その3《対面》

 

 エレベーターが終点まで到達すると、ミサトは車を巨大な駐車場の一角へと停車させた。それから数十分。ミサトに先導され、シイはネルフ本部内を歩いていた。

 機械化された最新鋭の設備に、最初の内は物珍しげに周囲を見回して居たのだが、

「あの、ミサトさん。この場所さっきも通りましたけど」

 流石に何回も同じ所を歩けば突っ込みたくもなる。

「え、あ~そうだったかしら」

「五分くらいで着くと言ってましたけど……」

「あはは~もう直ぐだから。えっと、こっちが」

「そっちは先程行きましたよ」

 シイの冷静な突っ込みに、ミサトはぎくりと肩を震わせる。

「ひょっとして……」

「ま、迷った訳じゃ無いのよ。ただ」

「ただ?」

「今居る場所が分からないだけよ」

 人、それを迷子と言う。

(今まで通ったルートを考えると、多分あっちだと思うけど……ミサトさんに悪いし)

 シイが困り顔で居ると、

「葛城一尉。貴方は何をしているの」

 コツコツという足音と共に、女性の声が背後から聞こえてくる。二人同時に後ろを振り返ると、そこには白衣を纏った金髪の女性が、不機嫌そうにシイ達へと近づいてきていた。

 

「り、リツコ。これには深い事情が……」

「迷子の三文字で片づくわよ。この忙しい時に時間を無駄にしないで」

 金髪の女性は容赦なくミサトの言い訳をバッサリと切り捨てた。そのまま視線を、不安そうに事態を見守るシイに移す。

「それで、この子が?」

「ええ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン。碇シイちゃんよ」

「は、初めまして。碇シイと申します」

 急に話を振られ、シイは慌ててお辞儀をする。

 その小動物的な動作に、

(だ、抱きしめたい……)

 金髪の女性は衝動と理性の狭間で苦しむ。余談であるが、この女性は大層なネコ好きで、小さく可愛い物に目がない。そんな彼女にとって、シイはど真ん中ストライクだった。

 だが今は仕事中、しかも緊急時。

 沸き上がる衝動をどうにかくい止めると、

「私は赤木リツコ。E計画の責任者を務めているわ」

 極めて事務的に挨拶することに成功した。

「それでは着いてきて。貴方を案内したい場所があるの」

「お父さんの所ですか?」

「……その前に、見て欲しい物があるのよ」

 金髪の女性……リツコは会話をうち切り、二人を先導して歩き始めてしまう。置いて行かれる訳にも行かず、シイは妙な不安を感じながら後に続いた。

 

 

 シイが案内されたのは真っ暗な空間だった。訳も分からず、目の前の白衣を目印に暗闇を進む。

「ここよ」

 リツコに合わせてシイも足を止める。

「あの、ここに何が…………きゃぁ!」

 シイは軽い悲鳴と共に、思わず尻餅をつく。急に明かりが灯った事もさることながら、突如目の前に現れた巨大な顔に驚いたのだ。紫色の金属で覆われた顔に、鋭い目。そして額にそびえる一本の角。

 まるで鬼や悪魔を思わせるそれに、シイは恐怖を隠せない。

「こ、これ……なんですか……」

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」

 何処か誇らしげに語るリツコだが、シイはそれどころじゃない。正面から自分を睨むように佇む顔が、とにかく怖くて仕方なかった。

「シイちゃん、そんなに怖がらなくても平気よ」

「む、無理です……だって、凄く怖い顔してるし……」

 シイが半分泣きながら言うと、

 

 ズゥゥゥゥゥゥン

 

 初号機の顔がゆっくりと下を向く。まるでシイの言葉に落ち込むかのように、だ。

「「動いたっ!?」」

 リツコとミサトだけでなく、周囲にいた作業服のスタッフも驚きの声をあげる。

「まさか、あり得ないわ。まだエントリープラグも挿入されて居ないのに」

「ひょっとして、シイちゃんの言葉にショックを受けたとか……」

「馬鹿言わないで。エヴァが勝手に動くなんて、理論上はあり得ない事よ」

 ヒステリックに叫ぶリツコ。

「ん~じゃあ試してみる? ねえシイちゃん。初号機の事褒めてあげて」

「褒めるって……怖くてとても……」

 怯えた視線を初号機の顔に向けるシイだが、ふと視線が止まる。

「あ、でも……目元が何だか……可愛いかも」

 

 ズゥゥゥゥゥゥン

 

 今度は初号機の顔が上を向く。褒められて嬉しそうに、誇らしげに。

「ねっ」

「あり得ない……でも二度も動いた……理論的には……」

 ブツブツと呟き、自分の世界へと入っていくリツコ。

 その様子を見て、

「私、何か悪いことをしちゃったんでしょうか」

 不安げにミサトに尋ねるシイ。

「な~んにも。お陰でちょっち面白い物も見れたし」

「そう、なら良いんですけど」

 ニヤニヤ笑うミサトに一抹の不安を感じながらも、シイは初号機を見つめる。

 先程は突然の事で取り乱したが、落ち着いてみればそれほど怖いわけではない。細長いアゴを上げている姿は、どことなく可愛らしくも感じられた。

「この子……初号機は兵器って言ってましたけど……何かと戦うんですか?」

「ええ。その相手は、貴方もさっき見たはずよ」

 脳裏に思い浮かぶのは、先程目にした巨大な緑色の怪物。

「人類を脅かす敵と戦うために、エヴァは存在してるの」

「……それが、お父さんの仕事ですか」

「そうだ」

 ミサトとの会話に割り込むように、男の声が響き渡った。

 

 初号機の顔の更に上、ガラスで遮られた部屋の向こうに声の主は居た。

「お父……さん」

「久しぶりだな、シイ」

 黒い制服を着たサングラスの男……シイの父親である碇ゲンドウが声を掛ける。だがシイは突然の対面に上手く言葉が出ない。親子の対面は実に十年ぶりなのだから、無理も無いだろう。

(お父さん……何となく記憶にあるけど……)

(に、似ている……いや、ユイよりも)

 無言で見つめ合う二人。

 ほんのり頬を染めたゲンドウが、咳払いを一つ入れて、

「……しゅ、出撃だ」

 少しどもりながら告げた。

「出撃って、零号機はまだ凍結中でしょ」

 反応したのはミサト。慌てた様子で、ゲンドウではなくリツコに向かって声をあげる。

「まさか、初号機を使う気!?」

「他に道はないわ」

 思考の闇から戻ってきたリツコが冷静に答える。

「でもパイロットが居ないじゃない。レイはまだ動けないだろうし」

「さっき届い……もとい到着したわ」

 リツコは視線をシイに向ける。

「碇シイさん」

「は、はい」

「貴方に乗って貰いたいの」

 一瞬、目の前の女性が何を言っているのか、シイには理解できなかった。

(乗る? このロボットに? 誰が? ……私が?)

「ちょっと待って。幾らなんでも無理よ。あの綾波レイでさえ、エヴァとのシンクロに七ヶ月掛かったんでしょ。この子は今日初めてここに来て、エヴァを知ったのも今なのよ?」

「座っていれば良いわ。それ以上は望みません」

「だからって……」

 ミサトはシイを見て言葉を詰まらせる。今ここにいる少女は、どうひいき目に見ても戦える様な子ではない。寧ろ守るべき対象とも言える。

 それをエヴァに乗せて戦わせると言う行為に否定的な自分と、それ以外に方法がないと認めている自分の間で揺れていた。

 

「……ねえ、お父さん」

 シイは俯きながらゲンドウに言葉を向ける。

「お父さんが私を呼んだのは……このロボットに乗せる為……なの?」

「そうだ」

 否定して欲しかった。だが、父が娘に告げた言葉は非情なものだった。

「どうして……私なの?」

「他の人間には無理だからな」

「もし……私にも無理なら……お父さんは私を呼ばなかった……の?」

 俯きながら、震える声で尋ねるシイ。

 そんな彼女に向けられた言葉は、

「ああ。必要だから呼んだまでだ」

 碇ゲンドウの娘としての碇シイを、根本から否定するものだった。

 聞きたく無かった言葉に、シイの目から涙が零れる。

「そんなの……十年ぶりに……やっと……お父さんに会えたのに……私を見てくれたのに……」

「時間がない。乗るのなら早くしろ。でなければ、帰れ」

 あまりに無情な宣告。十四才の少女には、とても耐えられる物ではなかった。

「う……うぅ……」

 シイは嗚咽を漏らしながら、溢れる涙を隠すため手で顔を覆う。

 十年ぶりの親子対面は、最悪の展開を迎えたのだった。

 




ネルフに到着した事で、主要人物達が姿を見せ始めました。
性転換による影響は、今のところ物語を揺るがす程大きくありませんが、バタフライエフェクトの様に、着陸地点は大きく変わっていくと思います。

ご意見やご感想、ご指摘やご指導、また誤字脱字の指摘等は、常に募集しております。皆様の忌憚の無いお言葉を頂戴出来れば、作者冥利に尽きます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。