エレベーターが終点まで到達すると、ミサトは車を巨大な駐車場の一角へと停車させた。それから数十分。ミサトに先導され、シイはネルフ本部内を歩いていた。
機械化された最新鋭の設備に、最初の内は物珍しげに周囲を見回して居たのだが、
「あの、ミサトさん。この場所さっきも通りましたけど」
流石に何回も同じ所を歩けば突っ込みたくもなる。
「え、あ~そうだったかしら」
「五分くらいで着くと言ってましたけど……」
「あはは~もう直ぐだから。えっと、こっちが」
「そっちは先程行きましたよ」
シイの冷静な突っ込みに、ミサトはぎくりと肩を震わせる。
「ひょっとして……」
「ま、迷った訳じゃ無いのよ。ただ」
「ただ?」
「今居る場所が分からないだけよ」
人、それを迷子と言う。
(今まで通ったルートを考えると、多分あっちだと思うけど……ミサトさんに悪いし)
シイが困り顔で居ると、
「葛城一尉。貴方は何をしているの」
コツコツという足音と共に、女性の声が背後から聞こえてくる。二人同時に後ろを振り返ると、そこには白衣を纏った金髪の女性が、不機嫌そうにシイ達へと近づいてきていた。
「り、リツコ。これには深い事情が……」
「迷子の三文字で片づくわよ。この忙しい時に時間を無駄にしないで」
金髪の女性は容赦なくミサトの言い訳をバッサリと切り捨てた。そのまま視線を、不安そうに事態を見守るシイに移す。
「それで、この子が?」
「ええ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン。碇シイちゃんよ」
「は、初めまして。碇シイと申します」
急に話を振られ、シイは慌ててお辞儀をする。
その小動物的な動作に、
(だ、抱きしめたい……)
金髪の女性は衝動と理性の狭間で苦しむ。余談であるが、この女性は大層なネコ好きで、小さく可愛い物に目がない。そんな彼女にとって、シイはど真ん中ストライクだった。
だが今は仕事中、しかも緊急時。
沸き上がる衝動をどうにかくい止めると、
「私は赤木リツコ。E計画の責任者を務めているわ」
極めて事務的に挨拶することに成功した。
「それでは着いてきて。貴方を案内したい場所があるの」
「お父さんの所ですか?」
「……その前に、見て欲しい物があるのよ」
金髪の女性……リツコは会話をうち切り、二人を先導して歩き始めてしまう。置いて行かれる訳にも行かず、シイは妙な不安を感じながら後に続いた。
シイが案内されたのは真っ暗な空間だった。訳も分からず、目の前の白衣を目印に暗闇を進む。
「ここよ」
リツコに合わせてシイも足を止める。
「あの、ここに何が…………きゃぁ!」
シイは軽い悲鳴と共に、思わず尻餅をつく。急に明かりが灯った事もさることながら、突如目の前に現れた巨大な顔に驚いたのだ。紫色の金属で覆われた顔に、鋭い目。そして額にそびえる一本の角。
まるで鬼や悪魔を思わせるそれに、シイは恐怖を隠せない。
「こ、これ……なんですか……」
「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ」
何処か誇らしげに語るリツコだが、シイはそれどころじゃない。正面から自分を睨むように佇む顔が、とにかく怖くて仕方なかった。
「シイちゃん、そんなに怖がらなくても平気よ」
「む、無理です……だって、凄く怖い顔してるし……」
シイが半分泣きながら言うと、
ズゥゥゥゥゥゥン
初号機の顔がゆっくりと下を向く。まるでシイの言葉に落ち込むかのように、だ。
「「動いたっ!?」」
リツコとミサトだけでなく、周囲にいた作業服のスタッフも驚きの声をあげる。
「まさか、あり得ないわ。まだエントリープラグも挿入されて居ないのに」
「ひょっとして、シイちゃんの言葉にショックを受けたとか……」
「馬鹿言わないで。エヴァが勝手に動くなんて、理論上はあり得ない事よ」
ヒステリックに叫ぶリツコ。
「ん~じゃあ試してみる? ねえシイちゃん。初号機の事褒めてあげて」
「褒めるって……怖くてとても……」
怯えた視線を初号機の顔に向けるシイだが、ふと視線が止まる。
「あ、でも……目元が何だか……可愛いかも」
ズゥゥゥゥゥゥン
今度は初号機の顔が上を向く。褒められて嬉しそうに、誇らしげに。
「ねっ」
「あり得ない……でも二度も動いた……理論的には……」
ブツブツと呟き、自分の世界へと入っていくリツコ。
その様子を見て、
「私、何か悪いことをしちゃったんでしょうか」
不安げにミサトに尋ねるシイ。
「な~んにも。お陰でちょっち面白い物も見れたし」
「そう、なら良いんですけど」
ニヤニヤ笑うミサトに一抹の不安を感じながらも、シイは初号機を見つめる。
先程は突然の事で取り乱したが、落ち着いてみればそれほど怖いわけではない。細長いアゴを上げている姿は、どことなく可愛らしくも感じられた。
「この子……初号機は兵器って言ってましたけど……何かと戦うんですか?」
「ええ。その相手は、貴方もさっき見たはずよ」
脳裏に思い浮かぶのは、先程目にした巨大な緑色の怪物。
「人類を脅かす敵と戦うために、エヴァは存在してるの」
「……それが、お父さんの仕事ですか」
「そうだ」
ミサトとの会話に割り込むように、男の声が響き渡った。
初号機の顔の更に上、ガラスで遮られた部屋の向こうに声の主は居た。
「お父……さん」
「久しぶりだな、シイ」
黒い制服を着たサングラスの男……シイの父親である碇ゲンドウが声を掛ける。だがシイは突然の対面に上手く言葉が出ない。親子の対面は実に十年ぶりなのだから、無理も無いだろう。
(お父さん……何となく記憶にあるけど……)
(に、似ている……いや、ユイよりも)
無言で見つめ合う二人。
ほんのり頬を染めたゲンドウが、咳払いを一つ入れて、
「……しゅ、出撃だ」
少しどもりながら告げた。
「出撃って、零号機はまだ凍結中でしょ」
反応したのはミサト。慌てた様子で、ゲンドウではなくリツコに向かって声をあげる。
「まさか、初号機を使う気!?」
「他に道はないわ」
思考の闇から戻ってきたリツコが冷静に答える。
「でもパイロットが居ないじゃない。レイはまだ動けないだろうし」
「さっき届い……もとい到着したわ」
リツコは視線をシイに向ける。
「碇シイさん」
「は、はい」
「貴方に乗って貰いたいの」
一瞬、目の前の女性が何を言っているのか、シイには理解できなかった。
(乗る? このロボットに? 誰が? ……私が?)
「ちょっと待って。幾らなんでも無理よ。あの綾波レイでさえ、エヴァとのシンクロに七ヶ月掛かったんでしょ。この子は今日初めてここに来て、エヴァを知ったのも今なのよ?」
「座っていれば良いわ。それ以上は望みません」
「だからって……」
ミサトはシイを見て言葉を詰まらせる。今ここにいる少女は、どうひいき目に見ても戦える様な子ではない。寧ろ守るべき対象とも言える。
それをエヴァに乗せて戦わせると言う行為に否定的な自分と、それ以外に方法がないと認めている自分の間で揺れていた。
「……ねえ、お父さん」
シイは俯きながらゲンドウに言葉を向ける。
「お父さんが私を呼んだのは……このロボットに乗せる為……なの?」
「そうだ」
否定して欲しかった。だが、父が娘に告げた言葉は非情なものだった。
「どうして……私なの?」
「他の人間には無理だからな」
「もし……私にも無理なら……お父さんは私を呼ばなかった……の?」
俯きながら、震える声で尋ねるシイ。
そんな彼女に向けられた言葉は、
「ああ。必要だから呼んだまでだ」
碇ゲンドウの娘としての碇シイを、根本から否定するものだった。
聞きたく無かった言葉に、シイの目から涙が零れる。
「そんなの……十年ぶりに……やっと……お父さんに会えたのに……私を見てくれたのに……」
「時間がない。乗るのなら早くしろ。でなければ、帰れ」
あまりに無情な宣告。十四才の少女には、とても耐えられる物ではなかった。
「う……うぅ……」
シイは嗚咽を漏らしながら、溢れる涙を隠すため手で顔を覆う。
十年ぶりの親子対面は、最悪の展開を迎えたのだった。
ネルフに到着した事で、主要人物達が姿を見せ始めました。
性転換による影響は、今のところ物語を揺るがす程大きくありませんが、バタフライエフェクトの様に、着陸地点は大きく変わっていくと思います。
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