対策会議を終えたミサトは、ネルフ司令室を訪れてゲンドウと冬月に現状報告を行った。
「ふむ、状況は分かった。それで、何か対抗手段はあるのかね?」
「はっ。一つ提案したい作戦がございます」
「……聞こう」
ゲンドウはいつものポーズを決めたまま、ミサトに先を促す。
「目標のATフィールドを中和する事は、エヴァの接近が困難である以上現実的ではありません。よって、高エネルギー集束体による一点突破を提案致します」
「なるほど。目標の射程外、超長距離からの狙撃か」
「はい。現状で取れる唯一有効な作戦だと思われます」
驚きつつも感心する冬月に、自信に満ちた声でミサトは答えた。直立の姿勢で作戦実施の許可を待つミサトに、ゲンドウが口を開く。
「……MAGIの判断は?」
「賛成二、条件付き賛成一、作戦成功確率は8.7%と提示されています」
「少々心許ないな」
「ただ、最も高い数値でもあります」
対策会議ではエヴァによる近距離への奇襲など、超長距離射撃以外にも多数の作戦が提案されたのだが、MAGIによる試算では軒並み勝率1%以下。とても実行に足るものではない。
その事もあってか、冬月は黙って頷くと椅子に座るゲンドウに決断を任せる。
「……元より厳しい戦いだ。反対する理由もない。葛城一尉……君に任せる」
「はい!」
総司令のゲンドウの言葉によって、使徒殲滅はミサトの作戦に委ねられた。
※
状態が回復しつつあるシイは治療ポットから、病室のベッドへとその身を移していた。酸素吸入器のマスクを顔に着けたまま、シイは今も眠り続けている。
ベッドサイドに設置された計器類が、彼女の状態が安定に向かっている事を示していた。シイ以外に誰の姿もなく、ただ独特の呼吸音だけが響く病室。
そこにレイが姿を現した。無言で眠るシイを見つめると、静かにベッド脇に椅子を置いて座る。何をするでもなく、ただシイを見つめているレイ。
(私は……何をしているの?)
次の作戦では恐らく自分も零号機で出撃するだろう。その為の準備は山積みだったが、それでもレイはここに来ずには居られなかった。
(碇さん……)
先程まで自分と一緒にいた少女が今、目の前で眠っている。自分に笑いかけてくれた少女が、今は笑顔を見せてくれない。それがレイの心を乱していた。
レイが見つめる中、シイは苦しげに表情を歪めて身体をよじる。思わずレイは、シイの左手を優しく握った。何故かは分からない。身体が勝手に動いた、と言う程無意識での行動だった。
暫くそうしていると、不意にレイへ呼び出しが掛かる。
(それじゃ……行くわ)
シイから手を離してレイは病室を後にする。病室に再び呼吸音だけが響く。ただマスクを着けたシイの寝顔は、先程とは違い穏やかなものに変わっていた。
※
「また無茶な作戦を立てたわね」
「無茶とは何よ。時間内で可能な、もっとも勝算の高い作戦じゃない」
本部内を移動しながら、ミサトとリツコは言葉を交わす。
「でも、その作戦に必要な準備は山積みよ。例えば」
二人がやってきたのは、エヴァンゲリオン専用装備の開発部門、ネルフの技術開発局第二課。試作品の武器が置かれている倉庫のような部屋の壁には、白く塗装された大型のライフルが置かれていた。
「ATフィールドを打ち抜ける程の大出力、うちのポジトロンライフルじゃ耐えられないわよ」
「もち分かってるわよ。だから、耐えられるライフルを借りるの」
「借りるって……まさか」
「そう、戦自から」
にわかに表情を引きつらせるリツコに向かって、ミサトはニッコリ笑って答えた。
戦略自衛隊、通称戦自。国連直属のネルフとは違い、こちらは日本政府直属の組織となっている。表向きこそ使徒殲滅に協力体制にあるが、実際にはネルフとの関係は良好とは言えない。
心配するリツコに別の仕事を任せて、ミサトは直属の部下である日向と共にヘリに乗り込む。ミサトが向かったのは、戦略自衛隊技術開発研究所。そこではミサトの作戦に耐えうる、ライフルの開発が行われていた。
「てな訳で、このライフルをお借りします」
「し、しかし、これは重要機密で……」
白衣を着た科学社風の男が、必死に断ろうとする。突然やってきた別組織の人間に、開発中の武器を貸せと言われれば当然の反応と言えるだろう。
「あ~それはご心配なく。一応お偉いさんの許可は貰ってますから」
「それは!」
ミサトがピラっと提示した紙を見て、男の顔が衝撃に歪む。開発中の武器をネルフに貸し出す事を認めた書類に、研究所直属の上司がサインしていたのだ。
これでミサトの行動は徴発ではなく正式な貸与となる為、男には反対することすら出来なくなった。
「何か問題があります?」
「い、いや……」
「貴方達の開発したライフルが、使徒殲滅の鍵を握ります。人類の為、ご協力をお願いします」
「……分かりました」
頭を下げながら頼むミサトの言葉に、白衣の男は静かに頷いた。自分達の研究成果がネルフにここまで評価されていて、しかも人類の為になるなら悪い気はしない。
ヘリにライフルを積み込む間、男はミサトに使用時の注意事項などを事細かに伝える。専門家からのアドバイスをありがたく受け取ると、ミサトはヘリに乗り込んだ。
「葛城さん、聞いても良いですか?」
「何かしら?」
ライフルを運ぶ輸送機の中で、日向はミサトに尋ねる。
「ネルフの権限なら強制的に徴発する事も可能だった筈です。何故わざわざ許可を?」
「ん~そうね~。あえて敵を作る必要も無いって事かしら」
「敵、ですか」
「今回はこっちが借りる立場でしょ。無理矢理徴発したら、誰だっていい気はしないはずよ」
「はぁ」
ミサトの答えに、日向は納得しきれない声を漏らす。使徒を倒す為にネルフへ協力するのはあたりまえ、そんな気持ちがあった彼にとっては、ミサトの行動は余計な手間にしか思えなかった。
「使徒とやり合ってる時に、人間同士で敵対する必要は無いわ」
「戦自が敵に回ると?」
「表向きはどうであれ、正直うちと戦自の関係は良くないわ。それをわざわざこじらせて、得する事なんて何もないって事よ。無理になれ合う必要は無いけどね」
予想以上に深い考えで行動していたミサトに、日向は思わず感心してしまう。彼女の元に着いてからまだ短いが、もっと感情や直感で動く人間だと思っていたからだ。
「それにしても、あの書類はどうやって?」
「ま、色々とね。言うじゃない……蛇の道は蛇って」
ニヤリと笑うミサトに、これ以上はやぶ蛇だと日向は問うのを止めると、話題を変える。
「それで葛城さん、ライフルは用意できたとして」
「分かってるわ。エネルギーの問題よね?」
「はい。ATフィールドを打ち抜けるエネルギーは、最低でも最低1億8千万キロワット。とてもネルフだけでは用意できません」
「ええ。だから集めるのよ。日本中からね」
丁度その頃、本部に残ったリツコによってある計画が実行に移された。使徒の狙撃に必要なエネルギーを、日本全国から集めるという大胆な計画。テレビでは日本中へ停電を呼びかけるCMが流され、車や飛行機からの呼びかけも行われた。
難攻不落な使徒に、日本中が一つになって挑もうとしていた。
数時間後、発令所に戻ったミサトは各部門に任せていた作業の確認を行った。
「それでは現在状況の確認を行います。まず攻撃手段ね。ライフルの改修状況はどう?」
『これから組み立てに入ります。後三時間で形にして見せますよ』
自信に満ちた声で答える作業服のスタッフに、ミサトは満足そうに頷く。超長距離射撃を実現させるライフルが無ければ、この作戦はそもそも成立しないのだから。
「次は防御手段。何か良いのはあったかしら?」
『一応はね。原始的だけど、盾で防ぐのが一番効果的だと思うわ』
リツコは背後にそびえる鉄の板を、モニター越しのミサトに見せる。
「盾と呼べるの、それ?」
『要はあの加粒子砲を防げれば良いのよ。デザインはこの際問題じゃないわ』
「ま、確かにね。性能は?」
『計算上は使徒の砲撃にも、十七秒は耐えられるわ』
「結構。そのまま準備を続けて」
リツコが大丈夫と言うのならそうなのだろう。科学者赤木リツコを信頼しているミサトは、盾についてそれ以上の言及を行わず次の確認に移る。
「狙撃地点は?」
「使徒との距離や変電所の位置などを考慮した結果、双子山山頂が適当と思われます」
「OK。スタンバイを進めて」
日向に指示を出すと、最後にミサトは少し躊躇いながら医療スタッフに通信を繋ぐ。
「初号機パイロットの容態は?」
『身体状況はほぼ正常です。間もなく薬も切れるので、意識が戻ると思われます』
「……分かったわ」
ミサトは気合いを入れて顔を上げると、ネルフ本部全区画に向けて通信を繋いだ。
「これより使徒狙撃作戦の最終準備へ進みます。狙撃地点は双子山山頂、作戦開始時刻は明朝0時、エヴァ二機を投入した総力戦となります。なお現時刻以後、本作戦を『ヤシマ作戦』と呼称します」
作戦責任者として声を張り上げるミサト。そしてそれに呼応するように高まる士気。
ただ、作戦の鍵を握る少女は、まだ眠りの中に居た。
ラミエルとの再戦に向けて、着々と準備が進んでおります。前半最大の山場、『ヤシマ作戦』は個人的に凄い好きなシーンですので、今から楽しみです。
ヤシマ作戦の名前は、狙撃戦に因んだ『屋島の戦い』と、全国から電力を集めることから日本を形作る八つの島『大八洲国』などの由来があるそうですね。
全く知りませんでした……子供の頃は真剣に人の名前位にしか思ってなかったので。
見れば見るほど、調べれば調べるほど新たな発見がある。エヴァって面白いですよね。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。