エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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6話 その2《再起》

 

対策会議を終えたミサトは、ネルフ司令室を訪れてゲンドウと冬月に現状報告を行った。

「ふむ、状況は分かった。それで、何か対抗手段はあるのかね?」

「はっ。一つ提案したい作戦がございます」

「……聞こう」

 ゲンドウはいつものポーズを決めたまま、ミサトに先を促す。

「目標のATフィールドを中和する事は、エヴァの接近が困難である以上現実的ではありません。よって、高エネルギー集束体による一点突破を提案致します」

「なるほど。目標の射程外、超長距離からの狙撃か」

「はい。現状で取れる唯一有効な作戦だと思われます」

 驚きつつも感心する冬月に、自信に満ちた声でミサトは答えた。直立の姿勢で作戦実施の許可を待つミサトに、ゲンドウが口を開く。

「……MAGIの判断は?」

「賛成二、条件付き賛成一、作戦成功確率は8.7%と提示されています」

「少々心許ないな」

「ただ、最も高い数値でもあります」

 対策会議ではエヴァによる近距離への奇襲など、超長距離射撃以外にも多数の作戦が提案されたのだが、MAGIによる試算では軒並み勝率1%以下。とても実行に足るものではない。

 その事もあってか、冬月は黙って頷くと椅子に座るゲンドウに決断を任せる。

「……元より厳しい戦いだ。反対する理由もない。葛城一尉……君に任せる」

「はい!」

 総司令のゲンドウの言葉によって、使徒殲滅はミサトの作戦に委ねられた。

 

 

 状態が回復しつつあるシイは治療ポットから、病室のベッドへとその身を移していた。酸素吸入器のマスクを顔に着けたまま、シイは今も眠り続けている。

 ベッドサイドに設置された計器類が、彼女の状態が安定に向かっている事を示していた。シイ以外に誰の姿もなく、ただ独特の呼吸音だけが響く病室。

 そこにレイが姿を現した。無言で眠るシイを見つめると、静かにベッド脇に椅子を置いて座る。何をするでもなく、ただシイを見つめているレイ。

(私は……何をしているの?)

 次の作戦では恐らく自分も零号機で出撃するだろう。その為の準備は山積みだったが、それでもレイはここに来ずには居られなかった。

(碇さん……)

 先程まで自分と一緒にいた少女が今、目の前で眠っている。自分に笑いかけてくれた少女が、今は笑顔を見せてくれない。それがレイの心を乱していた。

 レイが見つめる中、シイは苦しげに表情を歪めて身体をよじる。思わずレイは、シイの左手を優しく握った。何故かは分からない。身体が勝手に動いた、と言う程無意識での行動だった。

 暫くそうしていると、不意にレイへ呼び出しが掛かる。

(それじゃ……行くわ)

 シイから手を離してレイは病室を後にする。病室に再び呼吸音だけが響く。ただマスクを着けたシイの寝顔は、先程とは違い穏やかなものに変わっていた。

 

 

「また無茶な作戦を立てたわね」

「無茶とは何よ。時間内で可能な、もっとも勝算の高い作戦じゃない」

 本部内を移動しながら、ミサトとリツコは言葉を交わす。

「でも、その作戦に必要な準備は山積みよ。例えば」

 二人がやってきたのは、エヴァンゲリオン専用装備の開発部門、ネルフの技術開発局第二課。試作品の武器が置かれている倉庫のような部屋の壁には、白く塗装された大型のライフルが置かれていた。

「ATフィールドを打ち抜ける程の大出力、うちのポジトロンライフルじゃ耐えられないわよ」

「もち分かってるわよ。だから、耐えられるライフルを借りるの」

「借りるって……まさか」

「そう、戦自から」

 にわかに表情を引きつらせるリツコに向かって、ミサトはニッコリ笑って答えた。

 

 戦略自衛隊、通称戦自。国連直属のネルフとは違い、こちらは日本政府直属の組織となっている。表向きこそ使徒殲滅に協力体制にあるが、実際にはネルフとの関係は良好とは言えない。

 心配するリツコに別の仕事を任せて、ミサトは直属の部下である日向と共にヘリに乗り込む。ミサトが向かったのは、戦略自衛隊技術開発研究所。そこではミサトの作戦に耐えうる、ライフルの開発が行われていた。

「てな訳で、このライフルをお借りします」

「し、しかし、これは重要機密で……」

 白衣を着た科学社風の男が、必死に断ろうとする。突然やってきた別組織の人間に、開発中の武器を貸せと言われれば当然の反応と言えるだろう。 

「あ~それはご心配なく。一応お偉いさんの許可は貰ってますから」

「それは!」

 ミサトがピラっと提示した紙を見て、男の顔が衝撃に歪む。開発中の武器をネルフに貸し出す事を認めた書類に、研究所直属の上司がサインしていたのだ。

 これでミサトの行動は徴発ではなく正式な貸与となる為、男には反対することすら出来なくなった。

「何か問題があります?」

「い、いや……」

「貴方達の開発したライフルが、使徒殲滅の鍵を握ります。人類の為、ご協力をお願いします」

「……分かりました」

 頭を下げながら頼むミサトの言葉に、白衣の男は静かに頷いた。自分達の研究成果がネルフにここまで評価されていて、しかも人類の為になるなら悪い気はしない。

 ヘリにライフルを積み込む間、男はミサトに使用時の注意事項などを事細かに伝える。専門家からのアドバイスをありがたく受け取ると、ミサトはヘリに乗り込んだ。

 

「葛城さん、聞いても良いですか?」

「何かしら?」

 ライフルを運ぶ輸送機の中で、日向はミサトに尋ねる。

「ネルフの権限なら強制的に徴発する事も可能だった筈です。何故わざわざ許可を?」

「ん~そうね~。あえて敵を作る必要も無いって事かしら」

「敵、ですか」

「今回はこっちが借りる立場でしょ。無理矢理徴発したら、誰だっていい気はしないはずよ」

「はぁ」

 ミサトの答えに、日向は納得しきれない声を漏らす。使徒を倒す為にネルフへ協力するのはあたりまえ、そんな気持ちがあった彼にとっては、ミサトの行動は余計な手間にしか思えなかった。

「使徒とやり合ってる時に、人間同士で敵対する必要は無いわ」

「戦自が敵に回ると?」

「表向きはどうであれ、正直うちと戦自の関係は良くないわ。それをわざわざこじらせて、得する事なんて何もないって事よ。無理になれ合う必要は無いけどね」

 予想以上に深い考えで行動していたミサトに、日向は思わず感心してしまう。彼女の元に着いてからまだ短いが、もっと感情や直感で動く人間だと思っていたからだ。

「それにしても、あの書類はどうやって?」

「ま、色々とね。言うじゃない……蛇の道は蛇って」

 ニヤリと笑うミサトに、これ以上はやぶ蛇だと日向は問うのを止めると、話題を変える。

「それで葛城さん、ライフルは用意できたとして」

「分かってるわ。エネルギーの問題よね?」

「はい。ATフィールドを打ち抜けるエネルギーは、最低でも最低1億8千万キロワット。とてもネルフだけでは用意できません」

「ええ。だから集めるのよ。日本中からね」

 丁度その頃、本部に残ったリツコによってある計画が実行に移された。使徒の狙撃に必要なエネルギーを、日本全国から集めるという大胆な計画。テレビでは日本中へ停電を呼びかけるCMが流され、車や飛行機からの呼びかけも行われた。

 難攻不落な使徒に、日本中が一つになって挑もうとしていた。

 

 

 数時間後、発令所に戻ったミサトは各部門に任せていた作業の確認を行った。

「それでは現在状況の確認を行います。まず攻撃手段ね。ライフルの改修状況はどう?」

『これから組み立てに入ります。後三時間で形にして見せますよ』

 自信に満ちた声で答える作業服のスタッフに、ミサトは満足そうに頷く。超長距離射撃を実現させるライフルが無ければ、この作戦はそもそも成立しないのだから。

「次は防御手段。何か良いのはあったかしら?」

『一応はね。原始的だけど、盾で防ぐのが一番効果的だと思うわ』

 リツコは背後にそびえる鉄の板を、モニター越しのミサトに見せる。

「盾と呼べるの、それ?」

『要はあの加粒子砲を防げれば良いのよ。デザインはこの際問題じゃないわ』

「ま、確かにね。性能は?」

『計算上は使徒の砲撃にも、十七秒は耐えられるわ』

「結構。そのまま準備を続けて」

 リツコが大丈夫と言うのならそうなのだろう。科学者赤木リツコを信頼しているミサトは、盾についてそれ以上の言及を行わず次の確認に移る。

「狙撃地点は?」

「使徒との距離や変電所の位置などを考慮した結果、双子山山頂が適当と思われます」

「OK。スタンバイを進めて」

 日向に指示を出すと、最後にミサトは少し躊躇いながら医療スタッフに通信を繋ぐ。

「初号機パイロットの容態は?」

『身体状況はほぼ正常です。間もなく薬も切れるので、意識が戻ると思われます』

「……分かったわ」

 ミサトは気合いを入れて顔を上げると、ネルフ本部全区画に向けて通信を繋いだ。

 

「これより使徒狙撃作戦の最終準備へ進みます。狙撃地点は双子山山頂、作戦開始時刻は明朝0時、エヴァ二機を投入した総力戦となります。なお現時刻以後、本作戦を『ヤシマ作戦』と呼称します」

 

 作戦責任者として声を張り上げるミサト。そしてそれに呼応するように高まる士気。

 ただ、作戦の鍵を握る少女は、まだ眠りの中に居た。

 




ラミエルとの再戦に向けて、着々と準備が進んでおります。前半最大の山場、『ヤシマ作戦』は個人的に凄い好きなシーンですので、今から楽しみです。

ヤシマ作戦の名前は、狙撃戦に因んだ『屋島の戦い』と、全国から電力を集めることから日本を形作る八つの島『大八洲国』などの由来があるそうですね。
全く知りませんでした……子供の頃は真剣に人の名前位にしか思ってなかったので。
見れば見るほど、調べれば調べるほど新たな発見がある。エヴァって面白いですよね。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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