エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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6話 その1《敗退》

 

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ』

 使徒の放った光の奔流は初号機の胸部を直撃した。展開していたATフィールドをいとも容易く貫通した光は、胸部装甲板を融解させていく。

 攻撃を受け続けるシイは、強烈なフィードバックダメージで次第に悲鳴すら出なくなる。

『ぁぁぁ…………』

「リフトを戻して、早く!!」

 ミサトの指示で初号機を乗せたリフトが地下へと姿を消していく。それを追うように光は初号機の胸を狙い続けていたが、姿が完全に消えると同時に攻撃が止まった。

「目標、沈黙しました」

「シイちゃんは!?」

「心音確認できません!」

 最悪の展開にミサトは顔を引きつらせた。エヴァが受けたダメージはシイにも届く。あれだけ強力な攻撃を胸部に受け続けてしまったのだから、無事である筈が無い。

「ケージに行くわ。後の事よろしく」

 作戦部長である自分が、作戦行動中に席を外すことは許されない。それでもミサトはシイの元へと向かわずには居られなかった。リツコに後を任せると、青ざめた顔で発令所から駆けだして行った。

 

 射出レールを戻ってきた初号機は緊急格納ケージへと搬送される。その間にも発令所ではパイロットの状態確認と救命処置が行われていた。

「パイロットの脳波測定出来ず……心音停止しています」

「生命維持機能を最大にして」

 深いダメージを負ったためにプラグ内はモニター出来ず、身体状態を示すデータだけが頼り。だがその全てが、絶望的な状況を示していた。

 次々にスクロールしていく数値を見て、リツコは一際厳しい表情を浮かべる。

「不味いわね。スーツの心臓マッサージ機能を作動させて」

「はい!」

 リツコの指示で救命処置が実施される。マヤが端末を操作すると同時に、プラグスーツに包まれたシイの身体が、ドクンと跳ね上がる。だが表示される数値に変化は無い。

「もう一度、いえ何度でもやって! 絶対に助けるのよ!」

「はい!!」

 強い意志で下されるリツコの指示。二度、三度とシイの身体に心臓マッサージが行われる。

「……パルス確認!」

 何度目かの心臓マッサージの後、シイの身体は生存反応を示した。それでも本当に最悪な状況から脱却したに過ぎず、未だシイの容態は余談を許さない状況にある。

「初号機を固定したら直ぐにプラグを排出して。救護班は?」

「現在ケージに向かって移動中。後三十秒で到着します」

 マヤの報告を聞くリツコの表情は険しいまま、緩むことは無かった。

 

 エヴァからプラグが取り出される丁度その時、ミサトはケージに到着した。彼女の目の前でプラグの排水口から、LCLが強制排水されていく。

「いいから早くハッチを開けて」

 焦るミサトが指示を出すと、プラグの上部にある非常脱出口が解放された。高熱のプラグから湯気が立ち上る中、インテリアがクレーンで外へと吊り出された。

 そこには完全に意識を失っているのか、ぐったりとしたままピクリとも動かないシイの姿があった。鼻と口から流れている血が、彼女が受けたダメージの大きさを雄弁に語る。

「……シイちゃん……」

 変わり果てた姿のシイに向かって、ミサトは泣きそうな顔で呟いた。それから間もなく到着した救護班によって、シイは緊急治療室へと運ばれて行く。

(シイちゃん……ごめんね)

 自分の作戦ミスを悔いるミサトは、ストレッチャーに乗せられたシイに謝る事しか出来なかった。

 

 

 その後使徒はゆっくりと飛行を続け、第三新東京市の中心で停止すると、逆ピラミッドの先端から細長いドリルのような物を出現させ、地面を掘り始めた。

「直接ここを狙ってきたか」

「ええ、現在使徒はこのネルフ本部直上に位置しています。間違いないかと」

 冬月の言葉にリツコが賛同した。第三新東京市の直下に存在するジオフロントと呼ばれる巨大な地下空洞に、ネルフ本部はある。使徒の狙いが本部であるのは、想像に難くなかった。 

「直ちに作戦会議を行い、状況分析と対策を検討致します」

「……任せる」

 ゲンドウはそれだけ告げると、発令所を後にした。

 

 

 ネルフ本部作戦会議室にはミサトを始めとした、各部門の担当者が集結していた。

「さて、それじゃあ始めましょうか。まず使徒の追加情報をお願い」

「はい。初号機回収後、ダミーバルーン及び長距離自走砲を用いて、使徒の能力分析を行いました」

 ミサトに促されて日向が報告を始めると同時に、会議室のモニターに映像が流れ始める。会議参加者の視線が集まる中、モニターでは初号機を模したバルーンが姿を現す。

「目標の行動パターンですが、一定範囲内に入った外敵を、自動的に攻撃する性質があるようです」

 バルーンをワイヤーで繋いだ無人車両は、ゆっくりと使徒に向かって走る。使徒は初めこそ全く反応を示さなかったが、ある地点までバルーンが近づいた瞬間、先と同様の加粒子砲を放ち、バルーンを消滅させた。

「射程内へ侵入した瞬間に加粒子砲で狙い撃ち。使徒に接近するのはほぼ不可能と思われます」

「……んで、ATフィールドは?」

「健在です。肉眼で確認できる程、強力な物を展開しています」

 続けてモニターに映し出された無人で動く長距離砲台が、使徒に向けて砲撃を行う。威力十分の砲撃が一直線に使徒を襲うが、目前でATフィールドに弾かれてしまった。その後反撃を受けて、砲台は消滅する。

「MAGIの分析結果によると、使徒の射程外からではATフィールドの中和は不可能だそうです」

「な~るほどね。まさに鉄壁の空中要塞……攻守共にパーペキね」

 ミサトは呆れたように笑うと、次の報告へと話を進める。

「使徒のドリルはどう?」

「現在本部に向かって進行中。装甲板も第二層まで突破され、阻止は困難と思われます」

「ここへの到達予想時刻は?」

「明日の午前0時6分54秒です」

「って事は、後十時間足らずね。こりゃ忙しくなりそうだわ」

 青葉の報告に肩をすくめたミサトが初号機のケージに通信を繋ぐと、破損した初号機の状況確認を行っているリツコとマヤの姿がモニターに映った。

「リツコ、初号機の状況はどうなの?」

「胸部第3装甲板まで見事に融解。機能中枢が無事なのは不幸中の幸いね」

「後数秒退却が遅れていたら、危ない所でしたけども」

 二人の背後では、溶けた装甲板がワイヤーに吊されて運び出されていた。使徒の攻撃の威力を物語る光景に、作戦会議室の面々は一様に顔をしかめる。

「行けそう?」

「一応ね。後三時間で換装作業は終了よ」

「そう……それで、零号機の方はどうなの?」

「起動自体は問題ないわ」

「ただフィードバックに誤差が残っていますので」

「実戦投入は……厳しいか」

 ミサトの表情が僅かに険しくなった。エヴァが一機か二機かで戦術の幅は大きく異なる。とは言え起動実験直後なので過度な期待はしていなかったが。

「それじゃあ最後にシイちゃん……初号機パイロットの容態は?」

 ミサトの問いかけに再びモニターが切り替わる。映し出されたのは、治療ポットで眠るシイの姿だった。

((!!!!!!))

「映像切って、早く!」

 ミサトは即座に指示を出してモニターを消すと、凍るような冷たい声で静かに告げる。

「……今見たことは忘れなさい、これは命令よ」

「「りょ、了解!」」

 頬を赤く染め、鼻血を出しながらも敬礼をするスタッフ達。だが彼らの目と脳裏には、治療ポットで眠る全裸のシイがしっかり焼き付けられていた。

(ったくこいつらはぁぁ……こりゃシイちゃんには黙って無いとやばいわね)

 恥ずかしがり屋の少女を思い、ミサトは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

「こほん。それで初号機パイロットの容態は?」

「胸部に強い衝撃を受けたことで、肺と循環器にダメージが残っています。脳波にも若干の乱れがありますね。今は薬で眠っている状態です」

「…………戦える?」

「ダメージそのものは深刻では無いそうです。目覚めれば可能かと」

「……そう」

(傷ついたあの子を、私はまた戦場に送り出すしかないのね)

 唇を噛みしめ、ミサトは作戦部長として決意を固めた。

 

「発令所より連絡。目標のドリルが第三装甲板を突破。到達時刻まで後9時間55分です」

「パイロットは負傷、エヴァは損傷、敵は難攻不落で、制限時間は十時間を切ったか……どうも旗色が悪いわね」

「白旗でも上げてみますか?」

「それも面白いアイディアね。でも、やることやってからにしましょう」

 日向の冗談に軽口で答えながら、ミサトは会議室の面々に視線を向ける。絶望的な状況下にあっても、誰一人として諦めている様子は無い。

「これから大忙しになるけど……いっちょやりますか」

 ミサトの言葉に反対する者は居ない。残り十時間弱、ネルフは総力をあげて使徒の殲滅に挑むのだった。

 




前半戦の山場、ラミエル戦突入です。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。


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