エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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5話 その4《零号機起動実験》

 翌日、シイは預かったカードを渡すためにレイの家へと向かっていた。リツコから渡されたメモを頼りにようやく辿り着いたのは、彼女が予想していなかった光景だった。

「ここが、綾波さんの家?」

 シイは手にしたメモを何度も見返す。だが指定された住所は間違いなくこの場を示していた。

 第三新東京市の外れにある大きな団地。そこは住民など誰もいないと思わせるほど、廃墟に近い状態だった。付近では再開発が進んでいるのか、絶えず重機の音が聞こえてくる。

(一応入ってみよう。もし違ったらまた聞けば良いし)

 シイは不安を感じながら、コンクリートむき出しの団地へと入っていった。

 

(ここだ……本当にここに住んでるんだ)

 団地の一室、そこには確かに『綾波』と表札が掲げられていた。そっとインターフォンを押してみるが、壊れているのか音が鳴っている様子はない。ノックをして呼びかけてみるが、やはり反応は無かった。

(どうしよう……あれ?)

 困ったシイがドアノブに手を伸ばすと、予想に反してそれは抵抗無く回る。

(鍵掛かってない)

 一瞬迷ったシイだが、とにかく不在か否かの確認をしなければと、意を決して中に入ることにした。もし本部に向かってしまった後なら、急いで追いかけてカードを渡さなければならない。

 それに何時までもこの団地に居るのは、正直怖かった。

「綾波さん、入るよ」

 声を掛けてから静かにレイの部屋へと入っていった。中は外の様子とはまるで違う、何て事は無く、むき出しのコンクリートが生み出す冷たい空間が広がっている。

 一切の飾り気が無く、人が住んでいる事すら疑わしい室内を恐る恐る歩いて行く。

「綾波さ~ん、居ませんか~」

 声が室内に反響するが、それでも反応はない。失礼を承知でキョロキョロと室内を見回してみるが、ベッドや冷蔵庫など、最低限の家具しか置かれていない部屋には、人が隠れるスペースすら無かった。

(もう本部に行っちゃったのかな? どうしよう、一度ミサトさんに連絡してから、私も本部に……)

 次の行動を考えながら彷徨っていたシイの視線が、ある物を見かけて止まった。ベッドサイドにある棚の上に無造作に置かれた眼鏡が、不思議と気になってしまう。

(綾波さん目悪かったのかな? でもこれ、割れてる)

 そっと近づいて眼鏡を手に取ろうとした時、背後から不意に声が掛けられた。

「……碇さん?」

 ビクッと肩を震わせ、慌てて振り返るシイ。そこにはバスタオルで髪を拭いているレイの姿があった。シャワーから上がった後なのか、その白い肌を隠す物はタオル以外何もない。

「あ、あ、綾波さん。ご、ごめんなさい。その、勝手に入っちゃって……」

「……別に構わないわ」

 レイは普段と変わらぬ様子で答えると、全く動揺した様子を見せずに着替えを始めた。だがシイは落ち着いては居られない。他人の家に勝手に上がり込んだあげく、裸を見てしまった状況に、思い切り狼狽してしまう。

 そんなシイを気にもせず、レイは淡々と着替えを続ける。

(綾波さん、肌が白くて綺麗だな~。でも身体が細すぎる気がする)

 認めるように着替えを見続けながら、シイは自分の事を棚に上げて勝手な感想を抱く。実際はあらゆるサイズにおいてレイに軍配があがるのだが、そこはあえてスルーしていた。 

(やっぱりご飯はちゃんと食べて無いから?)

 殺風景な部屋には、食事をしている形跡が何も見えない。

(お弁当、作ったら喜んでくれるかな?)

 シイがそんな事を考えている間に、レイは着替えを終えていた。

「……私、もう行くから」

「あ、本部に行くんだよね?」

 頷くレイに、シイは鞄からレイのカードを取り出して手渡す。

「これ、リツコさんから預かってたの。新しいIDカードだって」

「……そう」

 興味なさそうにカードを受け取ると、レイはそのまま玄関に向かい靴を履き替える。

「私も一緒に行って良い?」

「……ええ」

 シイはレイと並んでネルフ本部に向かうのだった。

 

 

「今日、零号機の起動実験なんだってね?」

 本部内のエスカレーターに乗りながら、シイは前に立つレイへ尋ねる。

「……ええ」

「私も見学させて貰えるんだよ」

「……そう」

「上手くいくと良いね」

「……信じてるから」

「え、何を?」

「……碇司令」

 レイの言葉に、シイは戸惑いを隠せなかった。

(どうして……だってお父さんは、怪我をした綾波さんを)

 押し黙ってしまうシイに、レイは振り返る。

「貴方は信じられないの?」

「わ、私は……」

 シイが答えを出せないまま、二人を乗せたエスカレーターは終点へと辿り着いてしまった。それっきり会話が途切れてしまい、二人が無言のまま施設内を歩いていると、不意に進行方向に人影が現れた。

 それは予期せぬ人物、ネルフ司令のゲンドウであった。

「お父さん……」

 ゲンドウは一瞬だけシイを見たが、直ぐさま視線をレイに向ける。そしてシイの呼びかけを無視したまま、レイに声を掛けた。

「レイ、調子はどうだ?」

「問題ありません」

「そうか。今度は大丈夫だ、きっと上手くいく」

「はい」

 信じられないほど和やかにレイと会話を交わし始めた。ゲンドウがレイを見る目は優しく、思いやりに溢れている。またレイもゲンドウに対して、他の人とは違い笑みを浮かべて答えていた。

 どちらも今まで自分が見たことの無い姿、自分が見たいと思っていた姿。

「っっ、私先に行くから」

 チクチクと胸に棘が突き刺さる痛みに耐えかね、シイはその場から駆け足で逃げ出す。

 シイが抱いた感情は、嫉妬。ただそれがどちらに向けたものなのか、シイ自身も分かっていなかった。

 

 突然逃げるように走り去ってしまったシイを、レイは少し心配そうに見ていた。レイが僅かとは言え感情を表に出したことに驚きつつも、ゲンドウは平静を装い尋ねる。

「レイ、どうした?」

「……碇さんが、悲しそうな顔をしていたので」

「あれの事は気にするな。今は実験に集中すれば良い」

「……はい」

(碇司令は……碇さんの事を……)

 レイはゲンドウに対して少しだけ違和感を覚えたが、それを表に出すことは無かった。

 

 

 一つ目の黄色い巨体が実験室に立っていた。エヴァンゲリオン零号機。試作機、プロトタイプとも呼ばれる、最初のエヴァンゲリオンだ。

「あれが零号機……」

「どうしたのシイちゃん?」

「いえ、ちょっと怖いなって」

 シイ達が居る制御室を真っ直ぐ見つめる零号機。無機質な一つ目に、シイは何処か恐怖を感じていた。

「怖い、ね~。シイちゃん初号機の時もそう言ってたけど、今は平気でしょ?」

「はい」

「ようは慣れよ慣れ。直ぐに気にならなくなるって」

 見学者二人が無駄口を叩く間も、実験スタッフ達は最終確認に追われていた。リツコが各員に素早く指示を出し、準備作業を進める。ゲンドウと冬月は実験室に面したガラス壁に陣取り、実験開始の時を待っていた。

「碇司令、実験準備が整いました」

「分かった……レイ、始めるぞ」

『……はい』

「お前には期待している……頑張れ」

『……はい』

 ゲンドウの穏やかな激励の言葉に、スピーカーからレイの返事が聞こえる。そんな何気ないやり取りですら、シイの胸に刺さった棘は小さな痛みを与える。

「では、これより零号機の起動実験を始める。第一次接続開始」

 ゲンドウの合図で実験は始まった。

 

 実験は順調に進んでいく。次々に起動プロセスをクリアし、やがて前回事故を起こした箇所へと到達する。緊張の面持ちで一同が見守る中、今回は問題無く起動ラインを突破した。

「……ボーダーラインクリア。零号機起動しました」

 マヤが報告すると、制御室内に安堵の空気が流れる。まだ実験が終わった訳では無いのだが、最大の山場を超えた為かスタッフ達の表情にも余裕が生まれていた。

「ふぅ、どうやら無事終わったみたいね」

「本当に良かったです」

 固唾をのんで見守っていたシイもホッと胸をなで下ろした。

 

 次の実験へと移行すべく制御室が再び慌ただしく動くさなか、通信機で何やら会話を交わしていた冬月が、険しい表情を浮かべて受話器を置いた。

「碇、未確認飛行物体が接近中だ」

「……実験中断。総員第二種戦闘配置」

「零号機はこのまま出さないのか?」

「まだ実戦には耐えられない。初号機は出せるな?」

「五分以内に」

「よし、準備が整い次第直ちに出撃させろ」

 ゲンドウの指示でスタッフ達は直ぐさま戦闘配置に移行する。ミサトも表情を引き締め、隣に立つシイの肩を軽く叩く。

「シイちゃん、出撃よ」

「あ、はい……」

 ミサトに促されるが、シイは正面に立つゲンドウを見つめたまま動かない。

「シイちゃん?」

 その声が聞こえたのかは分からないが、背を向けていたゲンドウがゆっくり振り返る。自分に視線を向けた父親に一瞬シイの顔に期待の色が浮かぶ。

「どうした、早く出撃しろ」

「…………はい」

 だがゲンドウの冷たい言葉に淡い期待を裏切られたシイは、一目で分かるほど落胆した様子で返事をする。

 そのまま制御室を出ようとした時、

「シイ君、零号機はまだ実戦では使えない。単機での出撃となるが、頑張ってくれるかな?」

 冬月の優しい声がシイの耳に届く。

「頼むわね、シイさん」

「頑張って」

 リツコとマヤもシイにエールを送る。すると、シイの表情がみるみる笑顔に変わっていく。

「はい、行ってきます!」

 力強い声援を受けたシイは、元気良く制御室を飛び出していくのだった。

 

(……どういう事だ?)

 ただ一人状況を理解できないゲンドウは、内心首を傾げた。そんな空気の読めないゲンドウへ、制御室のスタッフは冷たいジト目を送る。

(この男は、不器用にも程がある)

(シイさんのあの様子を見れば直ぐ分かるでしょうに)

((どうしてこの髭は、頑張れの一言も言ってやれないんだ))

 自分を責める視線の意味が分からないゲンドウは、こっそり冷や汗を流すのだった。

 

 

 発令所のモニターには、報告にあった正体不明の飛行物体が映し出されていた。ピラミッドを逆さにくっつけた様な形をした、青い正八面体の物体。手も足も無く、そもそも生物にすら見えないそれは、今までの使徒とは明らかに違っていた。

「こりゃまた、使徒も随分とイメチェンして来たわね」

「ですね。どうします?」

 日向の問いに、ミサトはアゴに手をやり少し悩む。

(あの姿形からじゃどんな攻撃をしてくるのか、正直見当が付かないわね)

 外見からすれば近接戦闘が得意では無さそうだが、先の使徒のように変形するかもしれない。無機的な使徒を睨み付けながら、ミサトはあらゆる可能性を頭に浮かべながら作戦を構築していく。

(少し離れた位置に出撃させて、ATフィールドを張りつつ様子見がベターかしら)

 攻撃手段が分からない以上、初号機を近距離に射出するのはリスクが高い。そう判断したミサトは、初号機の射出ルートを使徒から離れた位置に指定した。

 

「シイちゃん、今回の使徒は行動パターンが予測できないわ」

『はい。何だかガラス細工みたいな使徒ですね』

「よって初号機を使徒から離れた位置に射出するわ。地上に出たら直ぐにATフィールドを展開、使徒の動きをみてから攻撃に移って」

『分かりました』

 今のシイには先日のような不安要素はない。余程のイレギュラーでも起こらない限り、冷静に対応できるだろうとミサトは考えていた。

「初号機、射出カタパルトに移動完了」

「ルートは775に固定」

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

 ミサトの号令と共に初号機が地上向かって射出される。その瞬間、使徒の青い身体に光が走った。

「も、目標内部に高エネルギー反応!!」

 青葉が焦ったように報告する。

「何ですって!」

「円周部を加速、収束していきます!!」

「まさか……加粒子砲!?」

「初号機の動きを察知してるの? なら狙いは……不味い!」

 ミサトは一気に青ざめた。射出されたエヴァは、輸送台からリフトオフされなければ身動きが取れない。もしその瞬間を狙い撃たれたら……。

 発令所がざわつく中、初号機を乗せたリフトが地上に姿を現す。それと同時に、使徒から光の奔流がエヴァに向けて放たれた。

「シイちゃん避けてっ!!」

 無理なことは重々承知している。それでもミサトは叫ばずには居られなかった。

『え?』

 目の前にそびえるビルに遮られて、使徒の姿を見ていないシイは首を傾げる。そして次の瞬間、ビルを雨細工のように溶かして加粒子砲は初号機へと直撃した。

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ』

「シイちゃん!!!」

 シイの悲鳴とミサトの絶叫が発令所に響き渡った。 

 




ミサトも色々と考えて指示を出しましたが、ラミエルの規格外とも言える超射程に屈しました。
ラミエルはチート使徒ですので、初見で殲滅するのはほぼ無理かと。それこそ転生や逆行で事前に能力を知らないと、同じ結末になると思います。

シイ、レイ、ゲンドウの複雑な関係も、ハッピーエンドを目指す為には重要ですので、変化を丁寧に描けたらと思っております。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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