学校帰りに本部へやってきたシイは、エヴァとのシンクロテストを行っていた。エヴァのパイロットには、定期的な訓練とテストが義務づけられており、出撃が無い時も全く自由の身とはいかない。
ただシイはそれを苦痛と感じる事は無く、戦う意思を明確にした今は積極的にテストに挑んでいた。
(不思議……何だか前よりもエヴァが近くに感じる)
エントリープラグのインテリアに腰掛けたシイは、目を閉じて意識を集中させていく。操縦する必要の無いテストだからこそ出来る行為が、今まで感じられ無かった存在を認識させる。
(暖かい、それに優しい気持ちが伝わってくる……貴方がエヴァなの?)
一人きりのエントリープラグ。だがシイは自分以外の何かを感じ取っていた。それに近づこうとシイが一層意識を集中すると、シイを乗せたインテリアが少しずつプラグの前方へと稼働していく。
(痛い思いをさせてごめんね)
既に修復は終わっているが、出撃した二度とも損傷させた事を詫びる。
(これからも、傷つけちゃうかもしれないけど……一緒に戦ってくれる?)
心の中で一方的に呟くだけの呼びかけ。それでもシイは、エヴァがそれに応えてくれた気がした。
「プラグ深度、限界値です」
テストルームに隣接している管制室で、マヤがモニターを見て報告する。エントリープラグのインテリアは、レールで前後に稼動する仕様になっていた。前方に動くほどエヴァとの繋がりが強くなるが、その一方で精神汚染の危険は高まる。今のシイは精神汚染の危険がある領域まで到達していた。
「プラグを固定。深度を維持しなさい」
「了解」
シイを精神汚染から守るべくリツコは素早く指示を出す。エントリープラグは管制室の制御下に置かれており、シイを乗せたインテリアはレールを固定されて動きを止めた。
「ふぅ。……それにしてもシイさん、何かあったのかしら」
リツコ安堵のため息をつくと、テスト結果の数値を見て驚いたように呟く。
「シンクロ率、ハーモニクス、共に最高記録ですね」
「ええ。前回の出撃からは考えられないわ」
「やる気になった女は強いって事じゃない?」
ミサトはモニターに映るシイを見つめながら、少し嬉しそうに言った。
(あの子は自分から戦う事を選んだ。エヴァにはそれが分かるのかしら……)
テストが無事終わると、ミサト達はエレベーターに乗り込み上層エリアへ移動していた。シャワーを浴びてから合流したシイは、そこでテストの結果を聞かされる。
「凄いわシイさん、シンクロ率もハーモニクスも過去最高よ」
「あ、ありがとうございます」
実感のないシイは、差し障りのない返事をする。
「何か今までとは違う事があったの?」
「特に意識はしてないんですけど……あ、でも」
「でも?」
「今日はいつもと違う感じがしました」
シイの何気ない言葉に、リツコは興味深そうに瞳を光らせる。
「それはどんな感じだったかしら?」
「言葉にし辛いんですけど……私の他に何かが居るみたいな感じです」
「なるほど。他には?」
「とっても暖かくて、優しい感じでした。一緒にいると安心できるみたいな」
テストを思い出しながら語るシイに、リツコはふむふむと頷く。隣に立っているマヤも真剣に話を聞いていた。
「リツコさん。あれって、エヴァなんですか?」
「何とも言えないわね。ただエヴァは他のロボットと違い、心があるとも言われているの。貴方が感じたそれが、エヴァの可能性も否定できないわ」
慎重に言葉を選んでリツコが答えると、丁度エレベーターが目的地に着き、そこで会話は終わった。
(優しくて暖かくて……まるで……お母さんに抱きしめられてるみたいだったな~)
朧気な記憶でしか知らない母親を、シイは人知れず思い出していた。
その夜、葛城家にリツコがやって来た。ミサトに話があるとの事だったので、シイはリツコをリビングへ案内すると、二人の邪魔をしないようエプロンを着けて急ぎ三人分食事の用意をする。
料理の途中でチラチラとリビングの様子を伺ってみると、それほど深刻な話では無いのか、両者の間に流れる空気は和やかで時折笑顔も見えた。
ほっと胸をなで下ろしたシイが料理を完成させたのは、丁度二人の話が一段落した時だった。シイがお盆にのせた料理をリビングの机に並べ終えると、リツコが驚いた様に目を瞬く。
「これ全部シイさんが作ったの?」
「はい。時間が無かったので、簡単なものばかりですいません」
シイは申し訳なさそうに謝るが、今リツコの前に並んでいる料理からは、どれも湯気と共に美味しそうな匂いが立ち上っており、空腹だったリツコの食欲をそそる。
「「いただきます」」
食事前の挨拶を済ませてから、近くにあった煮物に箸を付けたリツコは、目を見開いて固まった。そんなリツコの様子を見て、シイは不安げに尋ねてみる。
「あ、あの、お口に合いませんでしたか?」
「……い、いえ、少し驚いただけよ。まさかこれ程の腕とは」
「へへ~ん、うちのシイちゃん凄いでしょ」
身内を褒められたミサトは自慢げにビールを飲む。そんな彼女を余所にぱくぱくと箸を進めるリツコに、シイは嬉しそうな微笑みを向ける。
「リツコったらがっついちゃって。はしたないわよね、シイちゃん?」
「いえ。美味しそうに食べて貰えると、私も嬉しいです」
「……ねえシイさん。今からでも遅くはないわ。私と一緒に暮らしましょう」
リツコは箸を止めてシイと向き直ると、真剣な表情で提案する。だがそれを自分の料理に対する社交辞令だと思ったシイは、軽い笑顔でさらりと流す。
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」
「私は本気よ」
ガシッとリツコはシイの手を取るが、流石に現保護者から待ったがかかる。
「ちょっと~、目の前で引き抜こうとしないでよね」
「中学生に家事を全部やらせる人に、シイさんを預けておけないわ」
「なっ、どうしてそれを……」
「呆れた、本当にやらせてるのね」
あっさりとカマ掛けに乗ったミサトに、リツコはため息をつく。
「シイさん、ミサトと一緒に暮らしていると、貴方まで駄目人間まっしぐらよ」
「あ~そうかもしれませんね」
シイは少し意地悪してリツコに乗ってみる。
「ちょっと~シイちゃんまで」
「冗談ですよ。ミサトさんは私の大切な家族ですから」
「シイちゃん愛してるわ~。だからビールもう一本ね」
「はいはい」
ハグをしてくるミサトにシイは苦笑しながら立ち上がると、冷蔵庫へと向かう。仲睦まじげな二人の姿を見て、リツコは今にも箸を折りそうな程拳を握りしめる。
(ミサトとシイさんがここまで仲良くなってるなんて……あの時私が引き取っていれば……)
シイと一緒に住む権利を巡っては、本人の知らない所でかなりの騒動があった。冬月、リツコ、マヤ、他にも女性スタッフが名乗りを上げていたのだ。
激しい議論の末、唯一中立な立場にいたミサトに任せることで、どうにかその場は納まったのだが。
「何よリツコ、そんな怖い顔して」
「後悔先に立たず。それを噛みしめてた所よ」
リツコは苦渋に満ちた表情を浮かべながら、手当たり次第料理へ箸を伸ばすのだった。
「あ、そうそう。シイさんにこれを渡すのを忘れていたわ」
「これって、IDカードですか?」
「ええ。防犯の為に定期的に更新されるのよ。明日の0時で古いのは使えなくなるわ」
「分かりました」
シイは頷くと、渡されたカードをポケットにしまう。
「明日って言えば、確か零号機の再起動実験があったわね」
「ええ」
「知らなかった……」
仲間はずれにされた様な気がして、シイは少しだけ表情を曇らせる。二人と自分では立場が違うから、知らない事があって当然とは思うが、それでも目の前で話をされて良い気持ちはしない。
そんなシイの様子に、ミサトは少し慌てたようにフォローを入れる。
「ほ、ほら、起動実験は他のパイロットにあまり関係ないし」
「もし興味があるのなら、シイさんはその時間警戒待機だけど、見学するのは全然構わないわよ」
「良いんですか?」
頷くリツコに、シイの機嫌があっという間に直る。
「あ、これも忘れる所だった。シイさんにお願いがあるのよ」
「リツコ、あんたボケが来てるんじゃない?」
「失礼ですよミサトさん」
「レイのカードも更新されたのだけど、渡す機会が無かったのよ。シイさんから渡して貰える?」
「でも綾波さん明日は起動実験があるなら、学校に行かないんですよね? 何時渡せば良いんでしょう?」
「彼女の家を教えるから、カードを渡してそのまま二人で本部に来てくれれば良いわ」
シイはレイのカードを受け取る。本人確認の写真は、まるで人形のように無表情だった。
「どうしたのシイちゃん。レイの写真をじっと見たりして。ひょっとして~」
「え?」
「レイに興味津々だったり?」
「そ、そうなのシイさん!?」
からかうミサトの言葉に、何故かリツコが慌てる。
「興味と言いますか……綾波さんが笑ってる所、見たこと無いなって思ったんです」
「レイが笑うね……リツコは?」
「私も無いわ。あの子が感情を表すことは、今まで無かったもの」
この場の誰よりも付き合いの長いリツコが言う以上、それは事実なのだろう。
(見てみたいな……綾波さんが笑うところ)
奥底から沸き上がってくるこの感情が何なのかは、シイ自身も分からなかった。
かなり早い段階で、初号機の中の人?の存在を感じています。ただこの小説では、シイの無双が行われる事はありません。
戦いが苦手な女の子ですので、原作のシンジと比べて大分弱いイメージです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。