エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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5話 その2《平和な一時》

 作業現場から引き上げたシイは、ミサトの車に乗って中学校へ向かっていた。

「今からじゃ午後の授業しか受けられないわよ?」

「良いんです。学校に行くの楽しいですから」

「新しい友達も出来たから?」

「それもありますけど、綾波さんにも会えるので」

 ハンドルを握るミサトは、シイの言葉に引っかかるものを感じた。

「シイちゃんさ、前から思ってたけどレイの事、随分気にしてるわよね?」

「そうですか?」

「何か気になる事でもあるの?」

「ん~よく分かりません。ただ、お友達になりたいとは思ってますけど」

「レイと友達ね~。ちょっち道は険しいかもよ」

 ミサトは綾波レイという少女を、実はあまり知らない。チルドレンは通常作戦部長であるミサトの管轄下にあるのだが、レイに関してはまだ零号機が実戦稼働していないこともあって、技術局の指揮下にある為だ。

 それでもレイは感情の変化がほとんど無く、人との接触を好まない事を理解していた。

「良いんです。綾波さんは迷惑かもしれませんけど、私がなりたいと思ってるだけですから」

「ま、頑張ってみなさい。私も応援してるから」

「はい」

 シイを乗せた車が中学校に到着すると、丁度お昼休みを告げるチャイムが鳴り響いていた。

 

 教室に入ったシイはクラスメイトと軽く挨拶を交わす。お弁当を広げようとしていたヒカリは、シイの姿を見て驚いた様に駆け寄って来た。

「シイちゃん、今日は休みって聞いてたけど」

「うん。ちょっと使徒の調査現場に行ってたんだけど――」

「何ぃぃぃい!!」

 シイがヒカリに事情を説明していると、不意に教室中に男子の絶叫が響いた。慌てて声の方へ視線を向けるとそこには、手から購買のパンを床に落とし、口を開けたまま呆然としているケンスケの姿があった。

 そんなケンスケを気にする事無く、同じようにパンを手にしたトウジがシイ達の元へ歩み寄る。

「あ、鈴原君と相田君、おはよう」

「もうおそよ、や。今日は来んかと思ってたで」

「思ったより早く帰れたから、折角だし午後だけでも来たかったの」

「はぁ~わしやったら儲けものやと思ぅて、ずる休みするけどな」

「鈴原と違って、シイちゃんは真面目なのよ」

「ははは」

 すっかり打ち解けていた三人は、和やかに笑い合いながら一緒に昼食を摂ろうと席に着く。

「ちょ、ちょっと、そんな事言ってる場合じゃ無いだろ!」

 そこに我を取り戻したケンスケが割り込んだ。

「調査現場ってあれだろ。白いシートで囲まれてた」

「う、うん。そうだけど」

「あぁ~僕も行きたかった」

「で、でも、そんなに面白いものじゃ……」

「碇にはそうかも知れないけど、僕にとっちゃお宝映像撮影のチャンスだったんだよ」

「そうなんだ……」

 鼻息荒く熱弁をふるうケンスケに、シイは少し引き気味に身体を反らす。

「お前、そない行きたいんやったら、自分で行けばええやろ」

「もう行ったよ。そしたら、許可のない者は駄目って門前払いさ」

「行ったんだ……」

 さも当然と言い放つケンスケに、その行動力は凄いとシイは本気で感心してしまう。

「はぁ、僕もエヴァのパイロットだったらな~」

「相田君!」

「ケンスケ!」

「あっ」

 トウジとヒカリに言われ、ケンスケは自分の失言に気づく。ばつの悪そうな顔で頭を掻きながら、シイに対して頭を下げた。

「悪い碇。そんなつもりじゃ無かったんだ」

「良いの、気にして無いよ」

 凹むケンスケにシイは優しく微笑む。ケンスケのそれが軽口であることも理解していたし、あまり気を遣いすぎないで欲しいという気持ちもあった。

「……もし今度こういう機会があれば、相田君にも声を掛けるから」

「本当か!?」

「う、うん。連れて行っても良いって言われればだけど……」

「碇~。僕は何て良い友達を持ったんだ~」

 大げさに喜びながら、ケンスケはシイの手をがっしり握る。

((相田めぇ……碇さんの手を握りやがって……))

 教室にいた男子生徒から嫉妬の視線を受けている事すら、今のケンスケは気づかない。趣味に全てを掛ける男、それが相田ケンスケだった。

 

 午後の授業の体育は男女別で行われる。男子は校庭でサッカー、女子はプールで水泳の授業だ。教室から更衣室へ移動していると、シイは離れた場所を歩くレイを見つけた。

「綾波さん、こんにちは」

「……こんにちは」

 何時も通りの返事をするレイの横を並んで歩く。基本的にレイは自分からは口を開かないので、必然的にシイから話題を持ちかける形になる。

「綾波さん、何時もお昼は何処で食べてるの?」

 レイは昼休みになると姿を消す。人前で食事をしたくないのだと思ったシイは、何気なく尋ねてみた。

「……図書室」

「あれ、でもあそこ飲食禁止だよね?」

「……お昼、食べないから」

「そうなの? お腹空かない?」

「……別に」

 そっけなく答えるレイ。思えばシイは、彼女が食事をしている所を見たことが無い。

「ひょっとして、ご飯食べられないの?」

「……いいえ、栄養は摂取してるわ」

 二人の会話は何処か噛み合わない。シイが食事という行為を尋ねているのに対し、レイは栄養補給という結果を答えているのだから当然だろう。

 これはそのまま二人の考え方の違いを表しているとも言える。

「食べちゃ駄目って訳じゃ無いのね?」

「……ええ」

「だったら、今度一緒に食べない?」

「……何故?」

「みんなで食べると楽しいからだよ。それに、綾波さんと一緒に食事してみたいの」

 レイは答えずに不思議そうな視線をシイに向ける。

「綾波さんが嫌なら、諦めるけど……」

「別に……嫌じゃないわ」

「本当!?」

 シイは笑顔を輝かせると、がっしり両手でレイの手を握りしめる。

「それじゃあ明日、一緒に食べようね」

「え、ええ」

 心底嬉しそうなシイの視線を受けて、レイにしては珍しく少し動揺した様子で頷いた。

 

 強い日差しの中、プールサイドには女子達の楽しそうな声が響いていた。そんな中、シイはプールサイドでヒカリに心配そうに背中をさすられている。

「シイちゃん大丈夫?」

「ごふ、ごほ、う、うん、ありがとうヒカリちゃん」

 荒い呼吸と共に口から水を吐き出しながら、シイは涙目でヒカリにお礼を言う。つい数分前、水死体になりかけたシイはヒカリによって、命からがらプールから救出されていた。

「泳げなかったのね」

「はぁはぁ、最後にプールに入ったのは三年くらい前だから、泳げるようになってるかもって思ったけど」

 当然そんな都合の良い話があるはずが無い。シイの身体は重りを着けているかのように、プールの底に沈みっぱなしであった。

「少し休んだ方が良いわよ」

「う、うん、そうさせて貰うわ」

 シイはフラフラとした足取りでプールから離れると、休める場所を探して周囲をキョロキョロと見回す。そして、フェンス際に座ってプールをジッと眺めているレイの元へと歩み寄った。

「綾波さん、隣良い?」

「……ええ」

 シイはレイの隣に座ると、まだ異常を訴える身体を休ませる。しばしの間無言で居ると、珍しくレイの方からシイへと声を掛けてきた。

「……泳げないのね」

「見てた、よね。私ってどうもカナヅチみたいで」

 ズバッと切り裂くレイの言葉に、シイは頭を掻いて笑う。碇シイという少女、運動と言うものにとことん相性が悪かった。身体が小さいこともあり、体育の授業は常に最低点。運動音痴と言われ続けてきた。

「……どうして、泳ごうとしたの?」

「え? ひょっとしたら泳げるようになったかもって思ったからだけど」

「……人はそう簡単に変われないわ」

「う、うう……そうだよね」

 レイの正論にシイは返す言葉もない。ただその代わりと言わんばかりに、すっと立ち上がると何度も深呼吸を繰り返し、気合いを入れ直す様に頬を一度叩いた。

「やっぱり、ちゃんと練習しないと駄目だよね」

「……まだ泳ぐの?」

「だって簡単に変われないなら、もっと努力しないと泳げないもん」

 ポジティブなシイにレイは少し驚いた視線を向ける。

「あ、そうだ。綾波さんは泳げる?」

「……え、ええ」

「お願い、私に教えて」

 パンと手を合わせて頼み込む。

「……それは」

「碇さ~ん、ビート板借りてきたよ~」

 レイが答えに窮する間に、女子生徒が遠くからシイに叫ぶ。

「ありがと~。今行くね~」

 女子生徒にお礼を言うと、シイはレイの手をそっと掴む。

「行こう、綾波さん」

「あっ……」

 シイは答えを待たずに戸惑うレイの手を引いて、再びプールへと挑んでいった。

(碇さん……不思議な人。でも……嫌な感じじゃない)

 

 レイの指導とビート板のお陰もあり、シイはどうにかカナヅチを克服出来た。まだまだ泳ぐと言うレベルでは無く、沈まなくなったと言うレベルであったが、それでもシイは満足だった。

「はぁはぁ、綾波さん、私沈まなかったよ」

「……そうね」

「綾波さんのお陰だよ。ありがとう」

「……そう、良かったわね」

 シイの目には、僅かにレイが微笑んだように見えた。瞬間、シイの胸が大きく脈打つ。

 それが何なのか分からぬまま、水泳の授業は終わりを告げるのだった。

 




特に物語が進展するでも無い、ごく普通の日常風景でした。
原作では後半になるに従って、段々とこうした日常に歪みが生じ、シリアスな雰囲気一直線になりました。
ハッピーエンドを目指す為には、ネルフ以外でシイ達チルドレンが心穏やかに過ごせる場所と時間が必要だと思っております。
第一中学校での学校生活を維持出来るかが、一つの鍵になると考えてます。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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