エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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5話 その1《使徒調査》

 あれから数日が過ぎ、シイは再びミサトとの同居生活を送っていた。一度本気でぶつかり合ったお陰なのか、互いの間にあった不要な気遣いや遠慮が消え、より自然な関係が築けている。

 事情を知らない人が見れば、シイとミサトは年の離れた仲の良い姉妹だと思ってしまう程に。

「ねえシイちゃん」

「何ですか?」

「今日これからなんだけど、面白いもの見に行かない?」

 朝食の席でミサトが不意に切り出した。

「面白いって、映画とかですか?」

「ん~違うわね。もっと珍しいものよ」

 勿体ぶるようなミサトの言葉に、シイは少し興味を引かれたが、残念そうに首を横に振る。

「でも、私学校がありますし」

「それは平気よ。だってこれ、ネルフのお仕事だから」

(面白いのに仕事?)

 首を傾げるシイをミサトは楽しげに見つめる。

「じゃあ決まりって事で、ご飯食べたら早速出かけましょ」

 それっきり質問には答えてくれないミサトに、シイは押し切られる形で提案を了承することにした。何にせよ仕事だと言われてしまえば、シイに拒否権は無いのだから。

 

 食事を済ませた二人がやってきたのは、何かの作業現場だった。広い区画を巨大なシートで囲っている為、外部から様子を窺うことは出来ない。

 ミサトはシートの近くに車を止めると、シイと並んで作業現場の入り口へと向かう。

「作戦部の葛城一尉よ。サードチルドレンと一緒に見学に来たわ」

「伺っております。どうぞ」

「ど、どうも……」

 入り口に立つ守衛に頭を下げて、シイはミサトに続いて作業現場に入る。そして一歩足を踏み入れた瞬間、目の前に広がっている光景に目を疑った。

「な、な、な」

「ふふん、驚いたでしょ」

 予定通りだったシイのリアクションに、ミサトは満足げな表情を浮かべる。

「み、ミサトさん、あれって……」

「ええそうよ。貴方が倒した使徒の死体ね」

 シートの中、シイが見上げる視線の先には先日殲滅した使徒の巨体があった。シイにナイフで貫かれ活動を停止したそのままの姿勢で。

(私、こんな大きな敵と戦ってたの……)

 プラグのモニター越しでは分からなかった使徒の巨大さに、シイは恐怖を感じて小さく身体を震わせる。ショックが強すぎたのかと、ミサトが焦り顔でフォローを入れようとした時、作業服を着た男が近づいて来た。 

「葛城一尉、ここより先は作業区域ですので、ヘルメットの着用を」

「あ~そうね。はい、シイちゃんの分」

「ありがとうございます……って」

 ミサトに渡された安全ヘルメットを被ってみたのだが、大人用のヘルメットはシイには大き過ぎた様だ。ヘルメットはシイの頭だけでなく、目元まですっぽりと覆ってしまう。

「あっはっは、可愛いわよシイちゃん」

「ミサトさ~ん……」

「はいはい。悪いんだけど、子供用のヘルメットをお願い」

「りょ、了解しました……」

 口元を隠すように、作業服の男は奥へと引っ込む。

(笑ってた……笑われた……む~)

 替わりのヘルメットを貰っても、シイはむくれたままだった。

 

 制服に白いヘルメット姿で歩くシイは、作業場の視線を集めていた。

(む~みんな、私の格好がおかしいから笑ってるんだ)

 すっかり拗ねてしまったシイは、頬を膨らませて抗議の意を示す。だがそんな仕草に作業員達は揃って頬を染め、頬と口元がだらしなく緩む。

((か、可愛い))

 そもそも視線を集めていた理由は、子供用でもまだ大きなヘルメットを被ったシイが、小動物チックな可愛さを見せていたからだ。思わず抱きしめたくなる魅力、と言う感じだろうか。

 先の男も笑っていたのではなく、にやける顔を隠していたのだった。

(ん~すっかりここの連中も骨抜きね。ま、気持ちは分かるけど)

 隣を歩くミサトですら思わず頬が緩んでしまう。二人が通り過ぎた作業現場には、男女問わず作業員の微笑みだけが残されていた。

 

 シートの中を歩くこと数分。使徒の直ぐ近くまで辿り着いたミサトは、キョロキョロと周囲を見回す。

「この辺だと思ったけど……あ、居た。リツコ~」

 ミサトは地面から十メートルほど上に組まれた、鉄の通路へ向けて声を掛ける。そこには白衣にヘルメットと言う、シイに勝るとも劣らない奇妙な姿をしたリツコがいた。

「ミサト? 随分遅かったの……ね」

 声に気づいたリツコが下へと視線を向けて、思わず硬直する。

「シイさんを……連れてきたの?」

「ええ。やっぱ直接戦うパイロットだし、こんな機会は滅多に無いからね」

「あの、ご迷惑だったでしょうか」

 申し訳なさそうな目でリツコを見つめるシイ。両者の位置関係で自然と上目遣いになってしまい、それがリツコの心を見事に撃ち抜いた。

(こ、これは反則だわ。捨てられた子猫の様な……思い切り抱きしめたい)

 暴走寸前のリツコだったが、他のスタッフが居る手前それは出来ない。荒ぶる心をリツコは強靱な精神力で必死に押さえつける。

「い、いえ、構わないわ。今そっちに行くから」

 リツコは近くの作業員に声を掛けると、凄まじい速さで階段を下りてシイ達の元へ駆けつけた。普段の姿からは想像出来ない俊敏な動きに、ミサトは目を丸くする。

「リツコ……あんたそんな動き出来たのね」

「はぁはぁ、折角二人が来てくれたんだから、はぁはぁ、待たせちゃ悪いでしょ」

(ふふふふふ、近くで見ると更に良いわ)

 心の声を知らないシイは、そんなリツコをいい人だと改めて思うのだった。

 

 リツコに案内され二人は、シートの隅にある解析室へと立ち入った。複数台のパソコンが設置されているそこでは、調査で得られた膨大なデータの分析と解析が行われている。

「ホント、理想的なサンプルだわ。ありがとうね、シイさん」

「い、いえ。その節はご迷惑をお掛けしまして」

「その件はミサトと話して解決したのでしょ? 私は技術局の人間として素直に感謝するわ」

 これはリツコの本音。経緯は何であれ貴重なサンプルが手に入った。科学者であるリツコにはその結果のみが重要であった。

「コア以外はほぼ無傷。これ以上を望むなら、それこそ生け捕りしか無い位よ」

「……あの、コアって何ですか?」

「使徒唯一の弱点と思われる部位よ。貴方がプログレッシブナイフを突き刺した、あの赤い球体ね」

 シイは先の戦いを思い出す。あの時はがむしゃらで意識してなかったが、確かにそこに攻撃していた。

「じゃあ、もしあれが違う場所だったら……」

「恐らく私達は全員、この場に居なかったでしょうね」

 暗に人類が滅んでいたと告げるリツコにシイは背筋が凍る。コアを攻撃したのは本当に偶然に過ぎない。自分の行動がどれだけ無謀だったのかを、改めて思い知らされたシイは泣き出しそうな情けない表情に変わる。

「それで、何か分かったの?」

 そんなシイの心情を察したミサトは、さりげなく話題を変える。するとリツコは無言で端末を操作して、パソコンの画面を指差す。

 そこにはただ一行。『601』とだけ表示されていた。

「何よこれ?」

「コード601、解析不能って事よ」

「結局何も分からなかったのね」

「あら、何もじゃ無いわ」

 落胆した様子のミサトに、リツコは心外だと反論する。

「例えばこれ、使徒独自の固有波形パターン。構成素材の違いはあれど、その信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似してるわ。99.89%ね」

「それって……」

(どういう事だろ?)

 あまりに難しい内容に、シイは全くついて行けなかった。なおもリツコとミサトが、再び専門的な会話をするなか、シイは作業区域を歩く二人の男性を見つけた。

(あれ?)

 作業服姿の人達の中、ネルフの制服にヘルメットと一際目立つ二人。司令のゲンドウと、副司令の冬月だった。

「冬つ……」

 呼びかけようとして、シイはふと声を引っ込める。ここで声を掛ければ、必然的に隣に立つゲンドウにも気づかれてしまうだろう。

(学校休んじゃってるし、怒られるかも)

 一応ネルフの職務として来ているため、そんな心配な無いのだがシイは躊躇う。結局声を掛ける勇気が出ないまま、二人の動きをこの場から眺めるしかなかった。

 

 ゲンドウと冬月は、作業服の男性から熱心に説明を聞いていた。そして頭上から降りてきたコアの欠片を、興味深そうに手で触れながら調べている。

(お父さん……火傷してる?)

 コアに素手で触れるゲンドウ。普段白い手袋に隠された両手には、真新しい火傷痕が痛々しく残っていた。

(お料理苦手なのかな? なら、私が作ってあげたら喜んでくれるかも)

「シ~イ~ちゃん!」

「ひゃぁ!」

 じっとゲンドウを見つめていたシイは、不意に背後から呼ばれて思わず飛び上がる。

「お父さんに熱い視線を注いじゃって~、どうしたの~?」

「べ、別にそんな事……」

「ひょっとして~、お父さんとお話したかったり?」

「ち、違いますよ」

 慌ててミサトの言葉を否定する。もうシイの中ではゲンドウにあの時感じた怒りや嫌悪感は、ほとんど残って居ない。それでもそれを素直に口にするのは躊躇いがあった。

「ただ、お父さんの手に火傷があったので、どうしたのかなって」

「火傷? あら本当ね。リツコは何か知ってる?」

「ええ、知ってるわ」

 話を振られたリツコは面白く無さそうに答えた。

「以前零号機が起動試験中に暴走したのを知ってるかしら?」

「はい、ミサトさんから聞きました」

「その時、オートエジェクションが……エントリープラグを強制的に排出する装置の事ね。それが作動してしまって、レイの乗ったプラグが実験室の壁や天井に激突してしまったの」

 本来パイロットを救い出す為の強制射出機能だが、屋内で作動してしまえば逆効果となる。勢いよく排出されたプラグは、無防備で障害物にぶつかる事になるからだ。

「だから綾波さんは怪我をしたんですね」

 何故起動を失敗しただけであれ程の怪我をしたのか。シイは以前から疑問だったが、リツコの話で納得できた。

「その後、床に落下したプラグに司令が駆け寄って、手動でハッチを開けたわ。当然排出されたばかりのプラグは高熱を帯びているから、その時に手を火傷したの」

「へぇ~、あの碇司令がね。正直信じられないわ」

(お父さん……綾波さんを助けるために怪我をしたんだ。でも、それならどうして……)

 脳裏に思い浮かぶのは、大怪我をしたレイを無理矢理出撃させようとしたあの光景。

(分からないよ……お父さんは……何を考えてるの?)

 シイは複雑な感情を抱きながら、ゲンドウを見つめ続けていた。

 




段々とリツコが愛おしくなってきました。個人的にもかなり好きなキャラですので、何としてもあの惨劇を回避しなくては……。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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