エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《意志》

 

~抑止力部署改め……~

 

 とある日の夕方、マユミはゼーゲン本部を訪れていた。正式に職員となったマユミが学校帰りに本部へ来るのは珍しく無いが、今日は少し勝手が違う。

 彼女は抑止力部署の執務室では無く、司令室に呼び出されたのだから。

「し、失礼します。山岸マユミ、招集により参上しました」

「ご苦労だったね。ただ、そんなに堅くなる必要は無い。我々は軍隊では無いからね、無礼にならない程度に態度と言葉遣いに気をつけてくれれば充分だ」

「……ああ。急に呼び出してすまない」

「いえ……それで私にご用との事ですが」

 多少和らいだとは言え、まだ緊張の残る表情でマユミは問いかける。職員が司令室に呼び出されるのは、生徒が職員室に呼び出されるそれと似て、無条件で警戒してしまうのだ。

「うむ、実は君に相談したい案件があってね」

「私に……ですか? その、正直お力になれるとは……」

「抑止力部署に関わる事だ。リーダーである君にも無関係では無いよ」

「……夏休み、君達は各国の支部を回ったな?」

 ゲンドウの言葉にマユミは頷く。夏休みの間にマユミは抑止力部署の面々と共にゼーゲン支部を訪れ、各国の関係者と顔合わせした。表向きは使徒と人との交流、挨拶だったが、各国の管轄地域で抑止力部署が活動する許可、その際に出た被害の補填や後始末の打ち合わせと言った面もあった。

 とは言えそれらは全て無事終了し、報告も全て済んでいる筈だが。

「……あの、報告書に不備があったとか」

「いやいや、初めてにしては充分良く出来ていたよ。内容書式共に問題は無い」

「ありがとうございます……では?」

「……先日、ゼーゲン特別審議室からある報告があった。君達の訪問の後に非公式で意見を聞いた所、各国の政府関係者は概ね君達を受け入れていたが、抑止力部署と言う名が気になっているらしい」

 思いがけない指摘に、マユミは思わず首を傾げてしまう。

「名前、ですか?」

「うむ。簡単に纏めると、シイ君は共に手を取り合う存在だと表明したのに、抑止力と言う名称で活動するのは好ましく無いのではないかと」

「……そして部署と呼称するのも、ゼーゲンの私的戦力と誤解を招くとも言っていた」

「まあ言いがかりに近いのだが、折角順調に進んでいる交流に水を差す恐れもある。そこで、だ。この機会に部署名を新たにしてはどうかと君に相談したいのだ」

 名前一つでそこまで神経質になるかと思ったが、マユミは口に出さずに頷く。自分が知らない大人の世界で大人のやり取りがあるのだと。

 

「お話は分かりました。私個人としては、名称を変更しても問題無いと思います」

「そうか、なら新たな名称の決定も任せて良いね?」

「はい…………へっ!?」

 勢い余って返事をしてしまったマユミだが、何を言われたのかを理解してポカンと間抜け顔を作ってしまう。

「おや、どうしたのかね?」

「わ、私が……名前を決めるって……」

「おかしな事ではあるまい。君は抑止力部署のリーダーだ。使徒の諸君もシイスターズも、君を慕っていると聞く。ならば君が決めるのが最善だろう。なあ碇」

「……ああ、問題無い」

「そそそ、そんな……私にそんな大役……無理です」

 活動期間はまだ長くないが、抑止力部署が世界から注目されているのは充分理解している。その名称を決めるのは、マユミにとって大きなプレッシャーであった。

 慌てて首と手を振るマユミに、ゲンドウは静かに声を掛ける。

「難しく考えるな。名は体を表す……君達が今後どう活動していくのか、その在りようや理念を、名前にすれば良いだろう」

「例えば我々のゼーゲンと言う組織名は、ドイツ語で祝福、幸福から名付けられた物だ。名付け親はシイ君……彼女の理想が込められている名だね」

「私達が決めてしまうのは容易い。だが君が決める事に意味があると私は思う」

「……分かり、ました」

 ゲンドウと冬月の説得に、マユミは覚悟を決めた表情で頷く。自信は無いが、出来無いと逃げる事は自分を信じてくれた全員への裏切りに思えたからだ。

「おお、そうか。そう言ってくれると助かるよ」

「無論、一人で悩めとは言わない。助言や意見を求め参考にすると良いだろう」

「急かすつもりは無いが、そうだな……三日後に結論を聞かせて貰おう」

「はい……頑張ってみます」

 一礼をして、マユミは司令室を後にした。

 

 

 翌日、登校してきたマユミの顔には深い隈が出来ていた。何事かと心配するシイ達に、マユミは昨日の一件を伝える。

「何か……前にも似たような事があったわね」

「そうなの?」

「ああ、霧島達がまだ転校してくる前だよ」

「あん時はシイやったな」

「……状況も同じ」

「ふふ、ゼーゲンと決めるまでに、シイさんも随分と悩んでいたからね」

 友人達の言葉に、マユミはそうなの、とシイを見つめる。するとシイは当時の苦悩を思い出したのか、引きつった笑みで頷いた。

「ま、シイの場合はネーミングセンスが絶望的だったから、余計に苦労しただけよ」

「む~酷いよアスカ」

「人類未来防衛組織なんて言い出すあんたに、反論の余地があるの?」

「うぅぅ」

 今聞くと自分でもおかしいと思えるネーミングを掘り返され、シイは恥ずかしそうに唸る。

「ふふ、だけど最終的にはゼーゲンと言う立派な名前をつけただろ? それにシイスターズ全員に素敵な名前を挙げたのもシイさんだ。それは誇るべきさ」

「えへへ……そうかな?」

「ホンマ、渚はシイの扱いが上手いのう」

「口が上手いってだけじゃ無くて、碇の事を知り尽くしてるんだろうね」

「ふっ、僕はシイさん研究の第一人者だからね」

「……聞き捨てならないわ」

「はいはい、馬鹿やってないの。今はシイじゃ無くてマユミの話でしょ」

 自分から脱線させた事を棚に上げ、アスカはしれっと話題を元に戻す。この辺りのふてぶてしさは、流石はアスカと言うべきか。

「……名前、悩んでるの?」

「うん……何かに名前をつけるの、初めてだから」

「確かにあまり機会は無いわよね」

「うんうん。で、同じ様なケースを経験したシイちゃんに、アドバイスを貰いたいって感じ?」

 マナの問いかけにマユミは頷く。

「その、シイちゃんはどうやってゼーゲンって名前を決めたの?」

「えっとあの時は……」

 シイはマユミと同じ様にみんなに相談し、名前の付け方を習い、カヲルから言葉の持つ意味を教わり、後は自分が目標としている事と同じ意味を持つ単語を探してつけたと説明する。

 

「こんな感じだったよ。あんまり参考にならないかも」

「……シイちゃんは怖く無かった? みんなに自分のつけた名前を受け入れて貰えるのかって」

「怖い? どうして?」

「私が変な名前をつけたら……あの子達やゼーゲンの人達に迷惑を掛けちゃうかもしれないから」

 ここに至って、一同はマユミが何に悩んでいるのかを察した。

「はぁ~。あんた馬鹿ぁ?」

「え?」

「あのね、司令達はあんたにしか出来無いって任せたんでしょ? んで使徒もシイスターズもあんたの事を認めてるのよね? ならそんな事考える必要ないじゃん」

 バッサリと切って捨てるアスカを、マユミは驚いた様に見返す。

「これは惣流に賛成やな。山岸はちょい難しく考えすぎやで」

「そりゃ適当につけた名前なら話は違うけどさ」

「山岸さんが隈つくる位悩んで考えて、頑張ってつけた名前なら文句なんて言われないって」

「もし文句を言われたとしても、君は堂々と胸を張っていれば良い」

「……何か言われたら私が相手をするわ」

「大丈夫だよマユミちゃん。きっと上手く行くから」

 友人達からの暖かい言葉に、マユミの心を覆っていた不安は消えていく。そう、今回マユミが挑む事に失敗はあり得ないのだ。どんな名前であっても、それが唯一の正解なのだから。

 深々とお辞儀をした後のマユミは、吹っ切れた表情で微笑むのだった。

 

 

 そして約束の期日、マユミは司令室でゲンドウと冬月の前に立つ。

「ふむ……どうやら決めたようだね」

「はい。沢山悩みましたけど、私なりの答えが出ました」

「……聞こう」

 ゲンドウに促され、マユミは一呼吸置いてからその名を伝える。

「抑止力部署は……『ヴィレ』の名称で活動をしていきたいと思います」

「ヴィレ、か。ドイツ語のWILLEだとすると……意志、あるいは意欲と訳せるな」

「由来はそれか?」

「そうです。私達ヴィレは異なる生命体の集まりですが、その意志は一つに纏まっている……平和な未来を目指す仲間なのだと伝えたかったので」

 マユミの解説に二人は納得したように頷く。抑止力として、隣人として存在するヴィレは、滅びを免れ未来を得ようとする人類の意志を体現するに相応しいチームだと。

 黙ってしまったゲンドウ達に、マユミは駄目だったのだろうかと不安顔を見せる。

「あ、あの……」

「ふっ、成る程。良い名をつけたな」

「正直我々の予想を超えていたよ。君に任せて正解だった。ありがとう山岸君」

「あっ……ありがとうございます」

 二人が見せた笑顔に、マユミもつられて微笑みながらお辞儀をする。悩み苦しんだ分、それが認められた喜びもひとしおだ。

「早速特別審議室を通じて、世界各国に通達するよ」

「君は他のメンバーに新名称の伝達を頼む」

「はい、それでは失礼します」

 意気揚々と司令室を後にするマユミ。命名を頼んだ時とは打って変わり、誇らしげな後ろ姿を見せた彼女を、ゲンドウと冬月は頼もしげに見つめるのだった。

 

 

 

~特務部署ヴィレ~

 

 ゼーゲンに所属しながらも、独立した命令系統を持つヴィレは、リリンの少女、山岸マユミをリーダーに、新生した使徒とリリスの体現者であるシイスターズを有する特異な部署である。

 色々な意味で注目を集める彼女達は、世界各地で燻る戦争や紛争の火種を処理する抑止力として、人類が新たなステージへ進化する為の隣人として日夜活動を続けていた。

 

 ゼーゲン本部セントラルドグマの一角、かつて戦術作戦部が利用していた作戦室は今、ヴィレの活動拠点となっていた。常にメンバーの誰かがここに待機しており、有事に備えている。

「お疲れ様です」

「あ、お疲れ様ですマユミさん」

 作戦室に姿を見せたマユミに、サキエルが笑顔で応じる。副リーダーに任命された彼は、学校などでマユミが不在の間、ヴィレのまとめ役を務めていた。

「留守中も特に問題はありませんよ」

「そう……良かった」

「一応各員の状況を報告しますね」

「うん、お願い」

 サキエルは素早く手元の端末を操作し、メンバーの活動状況をモニターに表示する。

「まず、ガギエルですが、ゼーゲンの調査チームと共に、北極海域の調査を継続中です」

「様子はどうかな?」

「定時報告では順調との事ですね。帰還予定は二週間後です」

 地球環境改善計画の一環として、ゼーゲンが取り組んでいる北極海の調査。深海でも活動可能なガギエルの存在もあって、順調に成果を上げていた。

「レリエルはシャムシエル、マトリエル、イスラフェル、バルディエルを引率して、各国への遠征を続けています。今はドイツ支部を拠点に欧州諸国との交流を行っていますね」

「私も参加出来れば良かったのだけど……」

「ふふ、夏休み中に一緒に回れたので充分ですよ。あれのお陰で、僕達と会ってみたいって申し出が増えましたから」

 一度ヴィレとカヲルがゼーゲン支部を回り交流の輪を広げた事で、使徒達は意思疎通出来る危険な存在では無いと証明され、結果として直接会いたいと言う声が次々に寄せられた。

 人類と使徒との相互理解は、順調なスタートを切ったと言って良いだろう。

「ラミエルとサハクィエル、アラエルの三人は、本部で勉強を続けていますね。サハクィエルとアラエルは精神的な成熟を、ラミエルは対人恐怖症の克服が目標です」

「……大変そうだね」

「ええ。あの二人はある意味でサンダルフォン以上にお子様ですから……。カヲル兄さんやゼーゲン職員の方にご助力頂き、少しでも自重を覚えさせるつもりです」

「ラミエルちゃんはどう?」

「…………」

 マユミの問いかけに、サキエルは初めて即答を避ける。言葉を探すような視線の揺らぎに、マユミは答えを聞かずとも状況を把握した。

「ラミエルちゃんは恥ずかしがり屋さんだもんね……」

「……何とかします。不意に放つ加粒子砲を避けられる人は、そう多く無いので」

「うん。後で少しお話してみるね」

「是非お願いします。……後はイロウルですが」

「呼んだかな?」

 サキエルの言葉に、作戦室の奥から返答が聞こえてきた。マユミが声の方へ視線を向けると、そこには多数の端末を操るイロウルの姿があった。

 

「イロウル君、今日もお疲れ様です」

「マユミさんも。……僕の方はいつも通りですよ」

 ネットワーク上で不穏な動きが無いかを監視し、ハッキングやクラッキング等のサイバーテロを防ぐイロウルは、争いを未然に防ぐヴィレの土台を支えていた。

「ここの所は厄介ごとも減ってきたな」

「無くなった訳じゃ無いけど、火種が起こしにくい状況になってるのは確かだろうね」

「少しずつ、良い方向に向かってるんだよね」

「その為のゼーゲンとヴィレですから」

 イロウルは気取った動作で眼鏡を直す。自信に満ちた表情が慢心で無い事を、これまで彼が挙げてきた実績が示していた。

「頼りにしてるよイロウル」

「でもちゃんと休んでね。ずっと働いてると疲れちゃうから」

「ええ、ありがとうございます」

 基本的に使徒達は病気になる事は無く、食事や睡眠を取らなくても問題無く活動出来る。効率だけを考えれば、彼らに休みは必要無いのだ。

 それでも普通のリリンと同じ様に接してくれる事が、イロウルには嬉しかった。

 

「報告を続けますね。サンダルフォンは情操教育の一環でカヲル兄さんと同居中。ゼルエルとアルミサエルは、本部で有事に備え待機しています」

「あの二人は一緒に居る事が多いけど、やっぱり相性が良いのかしら」

「戦闘に特化したゼルエルと、治療行為可能なアルミサエルは、非常時に頼りになる存在ですから。それに……ゼルエルにはアルミサエルの猥談が通用しないので」

 困った様に告げるサキエルに、マユミはほんのり頬を赤らめて納得した。

 面倒見が良く社交的なアルミサエルだが、猥談好きという困った癖があり、マユミも以前その身をもって味わっていた。単なる下品な話では無く、妙にリアルと言うか……性的欲求を刺激するのだ。

 仕事自体は真面目に取り組む為、何とも悩ましい存在であった。

「そ、そうね……ゼルエルさんなら安心だものね」

「ええ。あいつは朴念仁と言うか、そっち方面に興味が無いので、ある意味でアルミサエルの天敵でありベストパートナーでもあります」

 妖艶に身体をしならせながら猥談を口にするアルミサエルと、それを全く意に返さないゼルエルの姿を思い浮かべ、マユミは思わず笑みを零してしまう。

「二人は控え室で待機してますから、もし時間があれば声を掛けてやって下さい」

「うん、そうせさせて貰うね」

 今現在、マユミに任されている仕事は多くない。平時にはこうしてサキエルから現状報告を聞き、重要な案件があればそれを皆と相談し、使徒の面々と触れ合う事位だろう。

 それでもマユミは与えられた自らの役割を全力で全うする。まだ自分は無力であると自覚した上で、出来る事をしっかりとやろうとする姿勢は、加持から最初に学んだ事だ。

 友人達との交流とヴィレでの日々を通じて、マユミもまた変わりつつあった。そんなマユミの成長は、リリスに人類の可能性を示すに足るものだろう。

 

 使徒と人とが手を取り合って、共に平和な世界を生きる。実現不可能な夢物語は、一人の少女の理想から目指すべき目標へと姿を変えた。

 どんな困難があろうとも、必ず乗り越えられる筈だ。

 人類に決して諦めぬ意志が……ヴィレがある限り。

 




かつて使徒とシイスターズの抗争の火種となった、抑止力部署の新名称、決定しました。

元ネタはアレですが、名前を借りただけなので空中戦艦が出てきたり、ゼーゲンに反旗を翻したりはしないので、ご安心下さい。

使徒達を表に出す前に一度状況整理が必要だと思い、今回は説明回にしました。
これからは少しずつスポットライトを当てていく予定です。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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