エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《安寧の地》

 

~お引っ越し~

 

 夏休みが終わり季節は秋へと移る。と言っても四季の失われた日本では、相も変わらず暑い日が続いているのだが、そんなある日、碇家に嬉しい知らせが舞い込んできた。

「新しいお家が出来たの!?」

「ふっ、そうだ。今日連絡が入って、内装工事も全て完了した」

「……おめでとうございます」

「あら、レイ。貴方のお家でもあるのよ?」

「……おめでたいです」

 夕食の途中でゲンドウが伝えたニュースに、シイとレイは驚きながらも喜びを露わにする。これでようやく、シイスターズと一緒に生活する事が出来るのだから。

「お父様達にも連絡しましたわ。とても喜んでいました」

「ああ、後日正式に礼を伝えに出向く。お義父さんの支援無しには厳しかったからな」

「そうですわね。折角ですから、新居に招いては如何ですか?」

「……ご足労願うのも悪いと思うが」

「喜ぶと思いますわ。沢山の孫達とも会えるのですから」

 ユイの提案にゲンドウは暫し考え、確かにと頷く。新居を直接見て貰いつつ、孫達とも会える。大勢で押しかけるよりも、よほど礼を逸しないだろう。

「そうだな。日取りと連絡は任せる」

「うふふ、任されましたわ」

「引っ越しの準備は合間を見て進めてくれ」

「は~い」

「……了解です」

 ようやくシイスターズの面々とも共に暮らす事が出来る。シイは新居への期待を胸に、満面の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

~変化の兆し~

 

 碇シイがリリスに働きかけた事により、この世に生を受けた二十人の少女達。シイスターズと呼ばれる彼女達は、現在ゼーゲンの本部で生活していた。様々な問題から学校に通うことは難しかったが、レイのパーソナルを引き継いでいる為に学力は問題無く、抑止力部署所属の常駐職員として日々を過ごす。

 とは言え行動に制限がある訳でも無く、数人ずつに分かれてシイ達と買い物に出たり、使徒の面々や職員達と交流を深めるなど、充実した毎日を送っていた。

 

 抑止力部署に割り当てられた一室で、シイスターズの面々は机に広げた本を見ながら、何やら相談をしていた。

「……私は赤色」

「……同じく」

「……私は緑色が好みね」

「……賛成よ」

「……青。薄い方が良い」

「……私は紺に近い色が好み」

「あら、みんな揃って何を見てるの?」

 と、部屋に現れた制服姿のマユミが、そんな面々の様子に驚きながら問いかける。

「あ、マユミさん。お疲れ~」

「……お疲れ様です」

「うん、トワちゃんとトキちゃんもお疲れ様。それで一体何をしてたの?」

「……話しても良いの?」

「……問題無いと思うわ」

「……要人の引っ越しは機密情報かも」

「……そう言われるとそうね」

「……マユミさんはゼーゲン職員よ」

「……でもお姉様達の引っ越しは、職員にも告知されていないわ」

「……つまり、秘密って事?」

「……その可能性は高いと思う」

「……なら私達から話すのは駄目なのね」

「……安全策をとりましょう」

「……お茶を濁すのがベターね」

「えっと……シイちゃん達、お引っ越しするの?」

「「!!??」」

 申し訳無さそうに言うマユミに、シイスターズは一斉に驚きを露わにする。

「……知っていたの?」

「その、今の会話で何となく分かっちゃったり……」

「……そう」

「……失敗ね」

「……責任はリーダーが取るわ」

「……後はよろしく」

「あんた達……ホント都合の悪いときだけ、リーダー扱いするのね。ま、良いけどさ」

 すっかりまとめ役になっているトワが、ため息混じりにマユミと向かい合う。シイの友人であり職員のマユミなら、別に隠す必要も無いだろうと。

「マユミさんの想像通り、お姉様達は引っ越すの。で、パパが頑張って大きな家を建ててくれたから、私達も一緒に暮らせちゃったり」

「……みんな良かったね」

 表に出さないが、シイスターズがシイとレイの事を愛しており、離れて暮らす事に寂しさを感じているのは、マユミも察していた。そして今も分かりづらいが、喜びを露わにしている事も。

 

「しかも何と、私達一人一人に自分の部屋があるのですよ!」

「……マイルーム、ゲット」

「……年頃の女の子には欠かせないって」

「……プライベートは完璧ね」

 グッと親指を立てるツキノに、マユミは苦笑しながら頷く。最低でも二十四部屋以上の家、ゲンドウがどれ程頑張ったかは聞かずとも分かる。

「そうなの……じゃあみんなが見てたのは?」

「……家具のカタログです」

「……ゼーゲンの部屋は備え付けなので」

「……これを機に、パパが買ってくれると」

「……今はカーテンの色を決めてました」

 そう言いながら、ヤエはカタログの脇に置かれた書類の束を指さす。それはオーダーシートで、家具の細かな形違いを個別に選べるようになっていた。

 カーテンの色も、青色は誰と誰、緑色は誰と誰と言った具合に、個人の好みが現れている。

「そうだったのね」

「引っ越しが済んだら、是非マユミさんも来てよ」

「……歓迎します」

「……お持てなし」

「……料理とお菓子」

「……お姉様に頼んでみるわ」

「……自分が食べたいだけ?」

「……否定はしないわ」

「……奇遇ね。私も同じよ」

「……大切なのは気持ちだってお姉様が言ってた」

「……流石お姉様ね」

「……リーダー。交渉よろしく」

「はいはい。まあそんな訳だから、絶対来てよね」

「うん、楽しみにしてる」

 客人を自宅に招く。それは信頼の証であり、親愛の表現でもある。初めて自分の家を持つ彼女達からの誘いに、マユミは本心からの笑顔で応えるのだった。

 

 

 

~汎用住居型決戦住宅~

 

 昼休み、シイは友人達に引っ越しの事を伝えた。保安上の問題から無闇に口外するのは不味いのだが、この面々ならば誰も文句は言わないだろう。

「ほぉ~引っ越しかいな」

「うん。今度はシイスターズのみんなとも一緒に暮らせるの」

「しい……すたーず?」

「ああ、そう言えばヒカリ達は知らなかったっけ」

「……私とシイさんの妹」

 機密情報を巧みに隠しながら、レイはシイスターズの紹介をしていく。自分と同じく人工的に生み出された存在で、自分と酷似した容姿をしていると。

「へぇ、碇の家は大家族なんだな」

「あれ? 思ってたよりも驚かないんだね?」

「変な言い方だけど、シイちゃん達とも大分長い付き合いだから……慣れちゃったかも」

 マナの問いかけにヒカリとケンスケは揃って苦笑する。エヴァから始まり、レイとユイ、そしてカヲルと常識外の出来事と向き合ってきた二人にとって、シイスターズも特別な事では無かった。

「……みんなとっても良い子だよ」

「おっ、そうか。今は山岸と一緒に仕事しとるんやったな」

「うん」

「しかしレイが二十人もおったら、渚はたまらんとちゃうか?」

「それは違うよトウジ君。レイは一人しか居ない。例え姿形が似ていたとしても、彼女達は全員違う存在だからね」

「……せやな。すまん、ちょいと無神経やったわ」

「……気にしてないわ」

「ふふ、それにもしレイが二十人居たら、僕はもうシイさんに近寄る事すら出来無いよ」

 肩をすくめておどけるカヲルと、そんな彼を鋭く睨み付けるレイ。変わらぬ二人の姿にシイ達は笑みを漏らし、トウジはカヲルのフォローに内心感謝した。

 

「で、引っ越しは何時なの?」

「今月の末だよ」

「そう……丁度予定は空いてるわね」

「??」

「あのねシイちゃん。惣流さんは引っ越しを手伝いたいって言ってるんだよ」

「あ、あんた馬鹿ぁ? 別にそんなつもりは無いわよ! ただ隣でバタバタやれるのが迷惑だから、それならちょっと手を貸して早く終わらせようってだけで……」

 頬を赤らめながら必死に否定するアスカに、一同は微笑ましげな視線を向ける。引っ越しの業者を使うのだろうが、それでも男がゲンドウしか居ない碇家を思っての事なのだろう。

「はいはいごちそうさま。あ、因みに私も手伝えるから、遠慮無く声かけてね」

「わしも行けるで」

「えっと、僕も大丈夫かな。記念撮影なら是非任せて欲しいね」

「私も。あんまり力になれないけど、お手伝いなら」

「ふふ、僕もさ。シイさんの荷物は僕が預かろう」

「……貴方はタンスと机と冷蔵庫ね」

「えへへ、みんなありがとう」

 優しい友人達の力強い言葉に、シイは笑顔でお礼を述べる。実際に手伝って貰うかは分からないが、さり気ない気遣いが嬉しかった。

 

「そう言えばさ、新しい家ってどんな感じなの?」

「シイ達とシイスターズが住むんやから、相当でかいんやろな」

「うん。えっとここに資料が……」

 鞄をがさごそと漁り、シイは分厚いファイルを取り出す。表紙に思い切り部外秘と記されている点については、全員が気づきつつも見て見ぬ振りをした。

 ファイルをシートの上に置き、シイが捲るページを全員で見つめる。敷地面積、部屋数共に普通の家を遙かに凌駕しており、小さなお城とも言うべき豪邸であった。

 それだけでも驚くべき物なのだが、彼らは所々に現れるおかしな物に注目する。

「不審者探知用レーダー?」

「熱源探知センサー……CO2感知センサー……」

「侵入者撃退用武装って……このレベルだと殺害用だぞ」

「……塀及び壁の素材に、エヴァに使用していた特殊装甲を流用」

「全方位監視カメラの映像は、ゼーゲン本部保安諜報部へリアルタイム転送可能」

「簡易MAGIシステムにより、非常時は各方面への自動連絡及びシャッターの閉鎖……」

「耐水耐熱耐圧対核仕様……宇宙線の遮断可能なガラスを採用」

「……地下保管庫に非常食を収納可能」

「電源系統は正、副、予備、緊急の四系統。通常時は太陽光と風力地熱発電による自力供給可」

「……対渚カヲル専用疑似ロンギヌスの槍射出装置……お義父さん……」

 あまりに仰々しい防犯設備の数々に、一同は何とも言えぬ表情を浮かべる。確かに要人一家なのだからそれなりの設備は必要だろうが、これは流石にやり過ぎだろうと。

「これって、司令とユイお姉さんが考えたの?」

「ううん。あのね、リツコさんとナオコさん、それに時田さんが協力してくれたんだって」

「……うん、OK。それだけで充分だわ」

 シイの答えにアスカは納得したと頷く。シイ大好きなゼーゲンの頭脳二人と、マッド気味なナオコが噛んでいるのなら、この結果はある意味で妥当だろう。そしてこれだけの設備を、外観を一切損なわずに装備させたのも、優秀すぎる三人の力あってこそだとも。

「……ま、そこんとこ無視すれば良い家なんじゃ無い?」

「そ、そうね。素敵なお家だと思うわ」

「えへへ、ありがとう。引っ越しが終わったら、みんなも遊びに来てね」

「お、おう……せやな」

「防犯設備の誤作動が無いって分かったら、是非お邪魔させて貰うよ」

(……ふふ、トワちゃん。交渉しなくても大丈夫だよ)

 汎用住居型決戦住宅、碇家。実戦稼働の日は、直ぐ近くまで迫っていた。

 

 

 

~家族~

 

 新居への引っ越しは業者に加えてシイの友人達、シイスターズの協力もあって、極めてスムーズに終了した。まだ細かな荷ほどきや整理等は必要ろうが、後はそれぞれで片付けていけば良い。

 協力してくれた人達に感謝と、後日新居祝いに招待すると伝え、碇家の引っ越しは幕を降ろす。

 

 その夜、碇家は初めて全員揃っての夕食を迎えていた。シイとユイの料理が並べられた食卓に、シイスターズの面々も喜びを隠しきれぬ様子を見せる。

「レイさん。こっちのお皿も運んでくれる?」

「……任せて」

「簡単な物しか用意出来無くてごめんなさい」

「いや、充分だ。二人とも疲れている中、良くやってくれた」

 満足に食材も器具も無い状態で、ここまでの料理を用意してくれた二人にゲンドウは素直に感謝する。最悪インスタント食品に頼る事も考えていたのだから、喜びこそすれ咎める理由など無い。

「……お姉様とママの手料理」

「……家族の手料理」

「……美味しそう」

「……こんな時、どんな顔をすれば良いの?」

「まずはよだれを拭いてから、笑えば良いんじゃない?」

 ゼーゲンの食堂で食事を済ませていたシイスターズにとって、最愛の姉であるシイとユイの手料理は、ただの食事以上の価値がある物だった。

「みんな席に着いたわね。それではあなた、お願いしますわ」

「ああ」

 ユイに促され、ゲンドウはコホンと咳払いをしてから、全員に向かって声を掛ける。

「今日はご苦労だった。全員の協力のお陰で、無事引っ越しを終える事が出来た。……腹を空かせてる所悪いが、新たな暮らしを始める前に言っておく事がある」

「うん……」

「世間一般の価値観からすれば、我々は異質な家族だろう。悲しい事だがそれが原因で、言われ無き避難や差別的な視線を向けられる事があるかもしれん」

「…………」

「だがお前達は私の子供だ。血の繋がりも生まれも関係無く、全員が私とユイの大切な子供だ。決して自分を軽んじないで欲しい。お前達は私とユイの宝物なのだから」

「パパ……」

「私はお前達を愛している。全力でお前達を守る。……父親として、それを誓おう」

 自らの意志を継げたゲンドウに、シイスターズは嬉しそうに頷いて見せる。今日の引っ越しで自分達が周囲の人達からどう思われていたのか、それを察していたからこそ、ゲンドウの言葉が嬉しかった。

「……話は以上だ。では新たな住居と家族の始まりに」

「「乾杯」」

 ゲンドウの音頭に合わせ、全員のグラスが高々と掲げられる。碇家が新たな一歩を踏み出した、記念すべき夜であった。

 

 




話が出てから沈黙を守っていた新居、ようやく完成しました。
二十四人の大家族、それに一人プラスされる事を加味すれば、それはもう相当の家で無いと無理だと言う事で……汎用住居型要塞の出来上がり、と。
シイとレイは今後の展開上、この家に長く住む事は出来無いので、実質シイスターズと生まれてくる子供の為に用意された家ですね。

そのシイスターズ。少しずつですが、それぞれに個性と言いますか、違いが現れて来ています。環境が大きく変化した事で、これからそれが顕著になれば嬉しいですね。

次はこちらも沈黙を守っていた、抑止力部署の面々に触れたいと思います。
あまりに放置状態だったので、まずは現状などの解説になりますが。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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