エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

219 / 221
後日談《夏の日々》

 

~加持家、来訪~

 

 夏休みのある日、加持夫妻宅を訪れたシイ達は、赤ん坊のリョウトとの対面を果たした。一挙手一投足にはしゃぐ女性陣とは対照的に、男性陣は落ち着いた様子でミサトと会話を交わす。

「大人数でお邪魔して、こんなに煩くしてすいません」

「良いのよ相田君。みんなの元気な姿が見られて、私も嬉しいわ」

「いや~やっぱミサトさんは大人の女性やな。……あいつらに見習わせたいですわ、ホンマ」

 キャッキャと楽しげな声を発する女性陣をちらりと見て、トウジは用意されたジュースを飲む。

「ふふ、男性と女性では赤子に対しての感性が違うんだろうね」

「母性本能って奴か……」

「わしにはよう分からんのぅ」

「鈴原君も結婚して子供を授かれば、自然と分かるわ。私もリョウジもそうだったもの」

 腕組みをして顔をしかめるトウジに、ミサトは優しい声で答えた。子供を守り育て慈しむ気持ちは、誰に教えられる事無く、自然と理解するものなのだから。

「そんなもんですかね」

「僕達の中で一番早くそれを体験できそうなのはトウジだし、是非体験談を聞かせて欲しいね」

「あらあら、洞木さんとの仲はそんなに進んでたの?」

「なっ、そ、そない事……」

「照れなくても良いじゃ無い~。その辺りの話、お姉さんに聞かせて頂戴」

 ニヤニヤと笑うケンスケとミサトに詰め寄られ、トウジは顔を真っ赤にして動揺しながら、助けを求める様にカヲルに視線を送る。

「ふふ、何も恥じる事は無いだろ? 互いに好意を持つ者同士が惹かれ合い、結ばれて子を成すのは祝福されるべきだからね。さあ、目一杯惚気てくれ」

「か、勘弁したってや……」

 退路を完全に塞がれたトウジは、くせ者三人に散々弄られながらも、ヒカリとの恋路を祝福されて、何処か嬉しそうであった。

 

 その後、眠ったリョウトを起こさない様に、シイ達も会話へと加わる。

「へぇ~特殊監査部に入ったの? 期待されてるのね」

「加持さんが手を回してくれただけですって」

「?? 特殊監査部って凄いんですか?」

「あんたね……仮にも次期総司令が言って良い台詞じゃ無いわよ、それ」

 呆れたようなアスカの言葉に、ミサトは苦笑する。

「まあ簡単に言えば、ゼーゲンの職員がちゃんと仕事をしてるかチェックする仕事ね。機密情報や技術を扱う組織だから、私的に利用したり悪用する人が居ないか、厳しく監視する必要があるのよ」

「身内の見張り役っちゅう事ですな」

「ええ。だから信頼出来る優秀な人にしか、その役割は任せられないわ」

 ミサトはあえて説明を省いたが、実際の特殊監査部はゼーレによってネルフを監視する為に設立された部署であり、補完計画の進捗状況とゲンドウの行動を報告する役割を負っていた。

 所属する職員にも当然ゼーレの手が回っており、正しくネルフを監視する存在と言えただろう。もっとも今では本来の役割をこなす部署へと変わっているが。

「はぁ~、加持さんもマナも凄いんだ」

「因みに保安諜報部は副司令の直轄だけど、今の特殊監査部は司令の管轄よん。だからシイちゃんが総司令になったらリョウジと霧島さんの上司になるわね」

「……シイちゃん。是非私の給料アップを」

「ミイラ取りがミイラになってどうすんのよ」

 自ら監査に引っかかる発言をするマナに、アスカはため息混じりに突っ込みを入れた。

 

 相変わらずなミサトの様子に、初対面で気後れしていたマユミも次第に打ち解け、持参したお菓子を口にしながら軽いお茶会のノリで会話は弾む。

「ペンペンが!?」

「そうなのよ~。あっちで彼女を見つけたって話を前したでしょ? あれからずっとアプローチを続けててね、遂に粘り勝ちでゴールインって訳」

「ペンペン?」

「ミサトが飼ってたペットのペンギンよ。温泉ペンギンって言って……」

 一度もペンペンと会った事の無いマナとマユミに、アスカが簡単な説明をする。毎朝コーヒーを飲みながら新聞に目を通す知性を持ち、お風呂が大好きな希少動物で、かつてこの部屋で暮らしていたが、一目惚れした雌の温泉ペンギンをアメリカで口説いていたと。

「ふふ、自分の恋心を偽らず貫き通す。中々出来る事じゃ無いね。……僕は彼の行動と意思の強さ、そしてその結果に心から祝福を送るよ」

「相変わらず渚は大げさだな」

「そうでも無いさ。話を聞けば、元々相手は乗り気じゃ無かったんだろ? それでも決して諦めず、家族と離れる覚悟で愛を紡いだ。僕も見習いたいね」

「……貴方は諦めた方が良いわ。望み、無いもの」

 感心した様に微笑みながら頷くカヲルと、それをバッサリと切るレイ。変わらぬ二人のやり取りに、ミサトは懐かしそうに苦笑するのだった。

「ミサトさん。ペンペンはいつ頃戻ってくるんですか?」

「ん~まだちょっち先かしらね」

「戻って来たら歓迎会しましょう。私、頑張ってペンペンの好きな物沢山作りますから」

 満面の笑みで拳をぐっと握るシイに、ミサトは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

~見知らぬ音楽~

 

 決して得意では無いが、碇シイは音楽が好きだ。カヲルからバイオリンを贈られて以来、自分で演奏するだけで無く、クラシックのCD等も聞くようになった。

 そんな彼女はこの日、これまで全く知らなかった音楽と出会った。

 煌びやかなステージで数名の男女が演奏するそれは、荒々しくも何処か心を熱くする不思議な力を持っていて、観客は大きな声援で応える。耳がおかしくなりそうな爆音も、テンションが上がってしまえば全く気にはならない。

 熱狂。そんな言葉が相応しいこの場で、長髪を振り乱して激しくギターを響かせる青葉の姿は、他の誰よりも輝いて見えた。

 

 第三新東京市の繁華街にある小さなライブハウス。そこからぞろぞろと出てくる人混みの中に、シイ達の姿があった。

「……はぁ~、凄かったね」

「まあそれなりには良かったんじゃ無い? まだ耳が遠い感じがするけど」

「ふふ、リリンの生み出した音楽の派生……堪能させて貰ったよ」

「こらぁ、青葉さんにお礼言わなあかんな」

 今回シイ達は青葉からの招待で、このライブへとやって来ていた。ギターが趣味だとは聞いていたが、ここまで本格的な物だとは思っておらず、驚きと賞賛の気持ちで一杯だった。

「高校生がこんな所に来て……本当に良かったのかしら」

「……校則では問題無いわ」

「うんうん、それに保護者だって一緒だし」

「……あれ? その加持さんは何処行ったんだ?」

 心配するゲンドウを納得させる為、保護者役兼護衛として加持に同行して貰ったのだが、ケンスケの言葉通り彼の姿が見えない。キョロキョロと辺りを見回していると、小走りでライブハウスから加持が手を振って出てきた。

「っと、みんなここに居たのか」

「ど、どうかされたのですか?」

「いや、青葉二尉に挨拶してたんだが、折角来てくれたんだから控え室にどうかと誘われてな……時間があればで構わないが」

 加持の言葉にシイ達は迷うこと無く頷いた。

 

 ライブハウスの控え室では、演奏していたメンバーと関係者がライブの成功を喜んでいた。シイ達が入室すると、汗だくの青葉が嬉しそうな笑顔を浮かべて歩み寄る。

「おお、みんな来てくれたのか」

「招待してくれて、ありがとうございます。……素敵な演奏でした」

「はは、そう言って貰えるとマジで嬉しいよ」

 シイの賞賛を素直に受け取る青葉。その顔はゼーゲンであまり見せない、満足感に溢れた物だった。

「まあ悪く無かったわよ」

「……良く分からないけど……嫌いじゃ無いわ」

「随分と堂に入っていたけど、何処かで習ったのかい?」

「あ~……元々趣味でずっとやっててな、大学ん時にプロデビューの話もあったんだが……」

 カヲルの問いに青葉は気まずそうに頭を掻きながら、談笑しているメンバーへチラリと視線を向ける。そこに複雑な事情がある事は想像に難くない。

 と、空気を変えるように加持が話題を逸らす。

「……これから打ち上げか?」

「え、ええ。加持監査官もわざわざ来て貰ってすんません」

「俺も充分楽しんださ。……あまり長居しても邪魔になるな。俺達はお暇させて貰うよ」

「あ、はい。みんな、今日はありがとな」

 笑顔で手を振る青葉とバンドメンバーに見送られ、シイ達は控え室を後にした。

 

 帰り道、並んで歩くシイ達に加持は静かに語る。

「……セカンドインパクトの影響でな、娯楽分野の職業ってのは厳しい状況だったんだ。勿論存在はしてるが、それでも昔よりも規模は縮小されてた」

「加持さんが言ってた、生きるのに必死だったって奴?」

「状況は大分改善されてたが、まあ爪痕はな。……人はパンのみに生きるにあらず。されどパン無くは生きられず。生きる事に力を注ぐのは当然っちゃ当然さ」

 実際に経験してきた加持の言葉は重く、シイ達は黙って聞き入る。

「青葉二尉はミュージシャンを夢見ていたらしい。そして努力と才能で実現の一歩手前まで来て……夢から現実へと引き戻された。夢を押し通す事も出来ただろうが、彼は違う道を選んだ」

「……生きる為、ですか?」

「どれだけの葛藤があったかは、彼にしか分からないがな」

「じゃああそこに居た人達は」

「当時からのメンバーだそうだ。青葉二尉を外してデビューする事も出来たらしいが、彼らも彼と同じく違う道を選んだ。因みに全員ゼーゲン関連企業の職員だ」

 夢を叶える事がどれだけ難しいか。そして手が届く所まで来て、その手を引っ込める事がどれだけ辛い事か。青葉の心情を考え、シイ達は一様に俯いてしまう。

「……ま、違う道を選んだとしても、夢への道が閉ざされた訳じゃ無いけどな」

「え?」

「彼らにデビューの話が来てるんだ。世界的に復興が急速に進んでる今、娯楽関連の需要も高まってるからな……当時とは状況も大きく変わってるさ」

「ふふ、シイさん達が頑張った結果、かな」

「ああ。使徒との戦いが終わり、平和な世界ってのが具体的になってきたからこそだろう。シイ君が提唱した未来へ向けて、世界は変化し始めているんだ」

 笑顔を守る仕事から、笑顔を生み出す仕事へ。身近な出来事から世界の変化を感じ、シイは瞳を閉じて小さく頷いた。

「安定した職に就いている今、再び夢に挑むかは分からない。だが諦めないで道を歩み続けたからこそ、彼は運命の分岐路でもう一度道を選ぶ権利を得た。その決断は尊重されるべきだ」

「辞めないでって駄々こねたりすんじゃ無いわよ」

「……しないよ。だって青葉さん、凄く楽しそうに笑ってたもん」

「確かに、スポットライト浴びとる青葉さんは、えらい格好良かったからのぅ」

「……人にはそれぞれ輝ける舞台があるわ」

「僕達に出来るのは、彼が挑戦を選んだ時に笑顔で送り出してあげる事だね」

 冬月の直属として働いていた青葉は、オペレーター組のリーダー格として活躍してきた。気さくな性格からムードメーカ的な役割も担い、チルドレン達とも親しく接していた。

 そんな青葉の決断を心から応援しようと、シイ達は頷きあうのだった。

 

 

 

~鳴り止まない電話~

 

 ゼーゲンの職員には、業務用の携帯電話が支給される。抑止力部署配属となったマユミも例外ではなく、主要職員の番号が登録された電話を受け取った。

(携帯電話……ちゃんと使えるかな)

 人と話す事が苦手だったマユミは、これまで携帯電話を持っていなかった。シイ達と出会い、初めて携帯電話の購入を考えていた位だ。

(これは業務用だから、私用で使ったら駄目だよね)

 自室の机で真新しい白い携帯電話を、意味も無くパカパカと開け閉めする。早速使ってみたいが、真面目な彼女には大した用も無く使う事が躊躇われた。

 と、不意に手の中の電話が震えだし着信音を奏で出す。

「!? で、電話……着信? 誰から…………シイちゃん?」

 ディスプレイに表示された名前を確認し、慣れない手つきで通話ボタンを押した。

「も、もしもし、山岸です」

『こんばんはマユミちゃん。シイだよ』

「うん……どうしたの?」

『マユミちゃんが電話を貰ったって聞いたから掛けてみたんだけど、迷惑だった?』

「う、ううん、全然そんな事無い。……電話して貰って嬉しい」

 携帯電話で友人と会話をする。自分とは縁の無い話と諦めていただけに、マユミはシイとこうして話せることを本心から喜んでいた。

 シイとの会話は世間話程度の、全くゼーゲンの業務とは関係の無いものだった。暫く話をした後、マユミは不安げにシイへ問いかける。

「あ、あのねシイちゃん。この電話、業務用だけど……使って良いのかな?」

『?? 私もそうだよ』

「え?」

『プライベートで使っても良いって言われてるから、マユミちゃんも大丈夫だよ』

「そう……なの?」

『うん。あ、だけど会話は全部諜報部さんが記録してるから、機密情報とかを話そうとすると切られちゃうんだって。そこだけ気をつけてね』

 さらっと怖いことを告げるシイに、マユミは苦笑いするしか無い。それを気にしないシイは、本人の自覚無しにやはり普通とは感覚がずれているのだろう。

「う、うん、気をつける」

『またお話しようね。じゃあお休みなさい』

「お休みなさい」

 見えないとは思いながらも、マユミはお辞儀をして通話を終えた。私用での使用が認められている事にほっと胸を撫で下ろしてると、再び携帯が着信を告げる。

「も、もしもし、山岸です」

『山岸って……家の電話じゃ無いんだから、別に名乗らなくても良いわよ』

「ご、ごめんなさい」

『別に誤る必要なんて無いわ。それよりもあんた、あたしの番号は登録してるの?』

「一応……ゼーゲン関係者の人は、最初から登録してあるから」

『なら良いわ。どうせ真面目なあんた事だから、仕事以外で使っちゃ駄目って思ってるだろうけど、別にプライベートで使って良いんだからね。てかどんどん使いなさい』

「う、うん。それを教える為に電話くれたの?」

『べ、別にあんたの為じゃないわよ。ただ……そう、みんなで集まる時とかに、携帯使えるとあたしが連絡するのが楽だから』

 電話越しにもアスカが照れているのが分かる。アスカなりに自分を気遣ってくれているのだと察し、マユミは嬉しそうに微笑む。

「ありがとう惣流さん」

『お礼なんていらないわ。ま、何か困った事があれば電話しなさい。暇なら相手くらいしてあげるから』

「うん、ありがとう」

『だから……もう良いわ。充電するのを忘れないのよ。じゃあお休み』

「お休みなさい、惣流さん」

 やはりお辞儀をしながら、マユミはアスカとの通話を終えた。

 

 貰ったばかりの携帯に友人達が直ぐに連絡をくれる。マユミは幸せそうに携帯電話を撫でていたのだが、彼女の携帯はまだまだ休むことを知らない。

『……携帯電話、貰ったのね。何かあれば連絡して』

『ふふ、携帯電話は良いね。離れた場所に居ても声を聞ける。リリンの生み出した文化は素敵だ』

『洞木です。アスカから番号を教えてもらって……もし良かったら私の番号も登録してね』

『よう山岸。渚から聞いたけど、携帯貰ったんだって?』

『あ~鈴原や。わしも携帯もっとるさかい、困った時は遠慮せずに連絡せえよ』

『やっほ~。ねえ知ってる? この携帯って料金はゼーゲン持ちなんだって。ただでしゃべり放題だから、暇なときはじゃんじゃん電話してね』

『夜分にすまない。加持リョウジだ。君に支給された携帯電話は業務用だが、常識の範囲内なら私的な利用も認められている。ま、上手く使ってくれ』

『こんばんは、山岸さん。サキエルです。僕達も業務用の携帯電話を支給して頂いたので、貴方との連絡が容易となりました。今後ともよろしくお願いします』

『山岸さんこんばんは。トワで~す。私達も携帯貰ったから、どんどん――あ~うっさい。私が話してるんだから、ちゃんと順番守りなさいって』

 友人達だけでなく、加持や使徒の面々、シイスターズからもひっきりなしに電話がかかってきて、マユミの携帯電話は鳴り止む様子を見せない。

 普段の終身時間を過ぎ、予定していた読書も諦めざるを得なかったが、それでもマユミの顔からは微笑が消えることは無かった。

 

 

 

~冬月、逃げ出さぬ覚悟~

 

 碇ゲンドウの妻にしてシイの母。端から見れば碇ユイが司令補佐官の地位に収まっているのは、縁故によるものだろう。だが実際にはユイの能力は優秀を極め、本業である科学者を兼任しながらも補佐官の仕事をこなす傑出した存在として、ゼーゲンの職員に認識されていた。

「この件はこれで終わりね。次は……」

 両手一杯に書類を抱えながら、ユイは本部内を急ぎ足で移動する。士官服に白衣を纏う独特の着こなしは、ユイの容姿と相まって自然と男性の目を惹く。

 もし彼女が独身であったのなら、間違い無く第二のシイ(おかしな話だが)になっただろう。

 

 と、トレーニングルームの前を通り過ぎようとした時、ユイは不意に足を止める。ガラス越しの室内に、珍しい人物の姿を見つけたからだ。

 チラリと視線を腕時計に落とし、若干の余裕がある事を確認してから、ユイはトレーニングルームへ足を踏み入れ、その人物へと声を掛ける。

「お疲れ様です、冬月先生」

「ん……おお、ユイ君か。随分と珍しいところで会うな」

「ええ全くですわ」

 冬月は手にしたダンベルを床に置くと、汗を拭きながらユイと向き合った。貴重な冬月のジャージ姿に、ユイは思わず笑みを浮かべる。

「今日はどうされたんです?」

「デスクワークばかりで身体がなまっていてね。少しいじめていたんだよ」

「相変わらず自分に厳しいのですね」

「何もせずに怠けていては、この先長く働く事など出来無いよ」

「まだ先生はお若いですわ」

「……自分の事は自分が一番分かっている。昔なら容易に出来た事が出来無い……認めたくは無いが、私も確実に老いている様だ」

 葛城家の大掃除、そしてシイスターズとの戦闘で冬月は腰を負傷した。どちらも若き日の冬月ならば、苦も無く乗り越えられたであろう。

「肉体の衰えは頭の衰えにも繋がる。だから暇が出来たらこうして、鍛えているんだよ」

「……冬月先生は、まだ働いて下さるのですね」

「ん?」

「ゲヒルンからネルフ、そしてゼーゲンまで冬月先生は働き続けて下さいました。……正直、先生をこのまま縛り続けて良いのかと迷ってしまいますわ」

 本来ならば冬月は退職を考えても良い年齢なのだが、いまだ現役で働き続けている。欠かす事の出来無い人材ではあるが、何時までもと言う訳にはいかないだろう。

 そんなユイの気持ちを察したのか、冬月は少し考えてからベンチへと腰を下ろす。そして隣に座ったユイに向けて、静かに語り始めた。

 

「……勿論ずっと働く事は出来無いだろう。ただ私にも区切りがあってね」

「区切り、ですか?」

「ああ。ゴール、あるいは目標と言っても良いかもしれん。それを成し遂げれば、私は満足して身を引くことが出来るだろう」

「……聞いてもよろしいですか?」

「私がゲヒルンに参加を決めた時、碇の奴はこう言った。『冬月、俺と一緒に人類の歴史を作らないか』とね」

「それは……」

「あの時は人類補完計画の事だったかも知れないが、今は違う。人類は確かに新しい歴史を、平和な世界を作ろうとしている」

「……はい」

「その総決算がシイ君だろう。彼女が総司令として表舞台に立った時、新たな人類の歴史は始まると確信している。私はそれを見届けたい……だからそれまでは身を引くつもりは無いよ」

 静かに紡がれる冬月の言葉は、しかし強い決意が込められていた。

「……それに、だ。私が居なくては碇のお守りが大変だろ?」

「うふふ、そうですわね」

「さて、私はまだ続けるが、君はどうする?」

「生憎と仕事が残っていますので、失礼しますわ」

 冬月に一礼して、ユイはトレーニングルームを後にする。

(……冬月先生……ありがとうございます)

 夫と娘、そして自分も冬月に支えられて来た。ならば彼の望みを叶える事こそが、その恩に報いる唯一の手段だろう。

 本部を早足で歩くユイの表情には、力強さが満ちあふれて居た。

 

 

 夏休みが終わり……また新しい日々が始まる。




夏休みがあまり関係ありませんが……あまり出番の無かった方々の近況報告ぽい短編集でした。

ペンペン、青葉、冬月の男三人衆。シイの身近な彼らは、それぞれの未来へ向けてしっかりと歩みを進めています。恋に身を賭け、夢に身を捧げ、信に身を尽くす。
彼らの選んだ道の果て……願わくば後悔の無い物で有りますように。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。