~密告者~
旅館に帰ってきたシイ達は、夕食までの時間を使って温泉に入る事にした。夕食の時に広間に集合すると確認し合い、男女それぞれの部屋に戻る。
「で、今回はのぞきはしないんやな?」
「警戒されたく無いからね」
「渚って変なとこでストイックだよな」
風呂支度をしながら、ケンスケは呆れつつも感心した様な言葉を掛ける。
「ふふ、勿論興味が無いと言ったら嘘になるけどね。ただ目的達成の障害になる可能性があるのなら、それを切り捨てるのは当然さ」
「裸見るんよりも、大事な事があるっちゅう事やな」
「そうだね。それに洞木さんの裸は、トウジ君だけのものだろ?」
クスリと微笑むカヲルに、トウジは何ともばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。水着姿のヒカリがまだ脳裏に焼き付いているからか、妙に意識してしまっているのだ。
「はぁ。奥手にも程があるよ。付き合って結構経つのに、まだこれだからな」
「うっさい」
「ま、トウジらしいけどね」
奥手で純情な友人の変わらぬ態度に、ケンスケは何処か嬉しそうに呟く。
「準備出来たよ。それじゃあ温泉に行こうか」
「……少し待ってくれるかい? どうやら予期せぬ客人の様だ」
「客? そんなん誰も来てへん……」
カヲルの言葉にトウジとケンスケが訝しげに首を捻っていると、不意に部屋の畳に真っ黒な影が出現した。その影から少女がぬるりと現れたのを見て、二人は驚きのあまり言葉を失ってしまう。
「ご旅行中に申し訳ありません。急ぎお知らせしたい事があり、失礼を承知で参りました」
「しゃ、喋りおった……」
「人間……なのか?」
「ああ、君達とは初対面だったね。驚かせてしまってすまないないが、そんなに警戒しなくて良いよ。彼女は僕の妹、レリエルさ。……ただ、この旅行に参加する予定は無かった筈だけど」
戸惑う二人とは対照的に、カヲルは余裕の態度を崩さない。だが予定外のレリエルの登場に何かを感じ取ったのか、その視線は鋭くレリエルを射抜く。
「君が力を使ってまで来たんだ。それなりの用件と思って良いんだね?」
「はい」
「なら聞かせてくれ。一体君は僕に何を伝えたいんだい?」
「……シイ様を狙っている者達がいます」
「へぇ」
カヲルの赤い瞳にスッと冷たい光が宿る。何より大切なシイと、友人達との貴重な一時。それを壊そうとする相手を決して許さない、そんな意思がハッキリと感じ取れた。
「おい! そらホンマか? ホンマにシイの命を狙っとる奴がおるんか?」
「シイ様を狙っている者が居るのは事実です。ただ、その狙いは命ではありません」
「は?」
「ん?」
「……どう言う事かな?」
「イロウルが得た情報によりますと、ゼーゲン本部が観測衛星を用いてシイ様の入浴姿を撮影、つまり全裸の映像を狙っています」
真面目な表情を一つも変えずに、レリエルは何とも間抜けな事を報告した。
「あ~つまり、あれか。盗撮しようとしとるっちゅう事か?」
「語弊を恐れずに言えばそうなります」
「それ本当なのかい? だとしたら情報のソースは何処から」
「イロウルが観測衛星の不自然な挙動を掴み、その原因を探っていたところ……シイ様達の水着の映像データが本部に送信されていました。それだけならば周辺警護の可能性も否定出来ませんが、現在衛星の観測座標がこの宿の温泉に合わせてありましたので、恐らく間違い無いかと」
淡々と報告するレリエルに、三人はもう呆れるしか無かった。本来なら怒るべきなのだろうが、そこまでするかと言うゼーゲンの執念に、そんな感情はすっかり吹き飛んでしまう。
「ホンマに……何ちゅうか……」
「やる事のスケールが大きすぎるよ。観測衛星まで持ち出すなんて普通考えつかないし、考えても実行に移さないって言うより移せないから」
「ふふ、よく知らせてくれたね。とても貴重な情報だ」
すっかり警戒を解いたカヲルに頭を撫でられ、レリエルは頬を染めてはにかむ。登場から圧倒されていたトウジとケンスケだったが、そんな姿を見て彼女の印象を改めた。
「何や、そない顔で笑えるんやな」
「クールビューティーって感じだったけど、笑った方が可愛いと思うよ」
「!? し、失礼しました」
二人の言葉に自分の状態を察したレリエルは、大慌てでカヲルの元から離れる。
「おや、もう良いのかい?」
「……はい……」
言葉とは裏腹に、名残惜しそうな顔でカヲルの手を見つめるレリエル。トウジ達は悪いことをしたと、すまなそうに両手を合わせる。
「いや、二人が気にする必要は無いよ。レリエル、君にはまとめ役を任せてしまっているけど、僕にとっては君も妹なのだから遠慮しなくて良い。覚えておいてくれ」
「勿体ないお言葉です。……報告は以上です。どうかお気をつけて」
深く一礼すると、レリエルは再び現れた影の中へと消えていった。
「えらい真面目な感じやったな。ホンマにお前の妹か?」
「定義が難しいけど、とりあえずはね。良く出来た妹だと思っているよ」
「前に碇が話してた新生した使徒、か。他にも居るんだよな?」
「ああ。そうだね……今度君達にも紹介させて貰うよ」
カヲルは二人に微笑みながら告げると、スッと思考を切り替える。邪な陰謀が明らかになった以上、それを阻止するのは自分の役目なのだから。
「リリスの干渉を受けない衛星軌道からの覗き、か。露天風呂の弱点である直上の空白を狙った、良く出来た作戦だね」
「ま~副司令に姐さんが居るさかい、そん位の無茶はやってもおかしくあらへん」
「で、どうするんだ? あの子に頼んで覗きを止めて貰うか?」
「その必要は無いさ。この程度の問題、僕一人居れば充分対処出来るよ」
自信に満ちた様子でトウジとケンスケに言い放つカヲル。彼がこう言った以上、確実に覗きは失敗に終わるだろう。
「ま、そんならお前に任せるわ」
「僕達はのんびり温泉を堪能させて貰うよ」
「ふふ、それで良い。さあ行こう」
三人の少年は頷き合うと、露天風呂へと向かうのだった。
~リリンの矛、アダムの盾~
ピリピリと張り詰めた空気に包まれた発令所では、刻一刻と迫る作戦時刻を前に、最終確認が行われていた。
「第六観測衛星、予定高度を維持」
「衛星とのデータ送受信、問題なし」
「MAGIシステムは正常に稼働中。システムリソースを本作戦に回します」
「作戦開始時刻まで、後五、四、三、二、一」
「開始して」
「了解。映像データの受信を開始。主モニターに回します」
マヤが端末を操作すると、巨大な画面に露天風呂の映像が現れる。無人のそこに、間もなく目標が現れると思えば、ゴクリと唾を飲む音が聞こえても無理は無いだろう。
「座標の固定完了。作戦終了まで現状維持」
「MAGIによる映像補正を行います……データリンク成功、作業スタート」
「順調ね」
「碇とユイ君は問題無いな?」
「はい。司令、補佐官共に本日は業務を終え帰宅済みです」
全てが自分達のシナリオ通りに進んでいる事を確信し、冬月は小さく頷いた。
「後は待つだけか……さて、上手く行くかな」
「私の見立てでは、成功確率は五割と言った所でしょうか」
「五割? そんなに少ないのかね?」
「レイと渚カヲルがあちらに居るだけで、あらゆる不確定要素を考慮する必要があります」
「不確定要素か。確かにイレギュラーは常に起こりうるが……」
具体的に何か考えられる事はあるのかと、冬月がナオコに問いかけようとした瞬間、それは起こった。観測衛星から送られている映像が、突如砂嵐へと変わったのだ。
「一体どうなっている!?」
「か、観測衛星は正常に稼働しています」
「こちらのシステムも同様です」
「違う……こ、これは…………ATフィールドです!!」
青葉の絶叫が発令所に響き渡った。それとほぼ同時に発令所のサブモニターには、使徒の出現を意味するパターン青の感知が表示される。
「これまでに無い、強力なATフィールドが露天風呂周辺に展開! 光波、電磁波、粒子すらも遮断しています! 何もモニター出来ません!!」
「パターン青……彼なの?」
「馬鹿な。衛星軌道からの視線に気づいたと言うのか」
「神の子を守るアダムの盾。まるで結界ね」
予想外の展開に、冬月は動揺を隠しきれない。それは他のスタッフも同様で、カヲルの力を改めて知らしめられ、愕然とした表情で砂嵐のモニターを見つめている。
「くっ、何か他に手段は無いのか……MAGIはどうだ?」
「全館一致で作戦断念を提唱しています」
「人類には手の届かぬ神の領域ですもの。それこそ同じ神でしか破れないでしょう」
「レイか…………」
唯一現状を打破できるレイは、絶対に協力を得られないだけでなく、自分達の企みを知られたら生命の危機が及ぶ存在。もはや彼らに策は無かった。
「……現時刻をもって、作戦の続行を断念する。全員事後処理に移れ」
「了解……」
力なく下された冬月の指示に、意気消沈した様子でスタッフ達は作業を始める。
科学というリリンの矛は、ATフィールドという神の盾の前に敗れ去ったのだった。
同時刻、温泉につかりながら、カヲルは二人に自分のとった対策を説明していた。最大出力のATフィールドで、この一帯を包み込んだのだと。
「ほ~ATフィールドはそない事も出来るんか」
「でもさ、前に僕が使徒とエヴァの戦闘を撮った時は、普通に撮れてたぜ?」
「そう言えばそうやな。本部でもちゃんとモニター出来とったみたいやし」
「ひょっとしてATフィールドって、強さに個人差があるのか?」
「ふふ、そうだね。ATフィールドは心の壁、同じ心を持つ者が居ないように、その強さは皆違っているよ。同じ個体であっても、その時の精神状態で強さが左右される事もあるからね」
ケンスケの推測にカヲルは頷いてそれを肯定する。
「心の壁か~。なあ渚」
「何かな?」
「人間にも心があるのに、何でATフィールドが出せないんだ?」
「そらお前……そう言うもんって決まっとるからやろ」
「でもエヴァに乗ったら使えるんだぜ?」
ATフィールドは使徒かエヴァにしか使えない。そう理解していたトウジは、ケンスケの問いに改めて疑問を抱く。
「そう言われると……そもそもATフィールドって何なんやろ」
「Absolute Terror Field。絶対恐怖場、あるいは絶対恐怖領域と表現出来るかな」
「恐怖?」
「そう。自らの存在を保つために、他者の侵入を恐怖して拒絶しようとする排他的精神領域、それが君達リリンがATフィールドと呼ぶ物の正体だ」
頭にタオルを乗せたカヲルは、折角だからと二人に詳しく話をする事にする。
「自分が自分である為に、絶対に守らなくてはいけない部分。それは理解出来るかい?」
「ま~何となくはな」
「それを守る為の力がATフィールドさ。ただリリンは元々群体生命、他者との共存を前提に存在しているから、使徒に比べて拒絶する力が弱いんだよ」
「なら僕達も……」
「ATフィールドは全ての生命が持っている。単体生命体の使徒は自分だけで完結しているから、他者を拒絶する力が防御壁を展開出来る程強い。群体生命体のリリンは自我境界線を維持する、人としての形を保てる位の強さしか無い。これでどうかな?」
丁寧に説明してくれたカヲルに、成る程とケンスケは頷いて見せた。
「せやけど、わざわざお前が頑張る必要はあったんか?」
「どう言う事かな?」
「姐さん達が覗きを企ててるって司令かユイさんにチクれば、一発やったやろ」
トウジの疑問にカヲルはその事かと微笑む。
「これは彼らに対しての牽制だよ。君達の考えなど僕はお見通しで、簡単に阻止出来る。一線を越えた行為は今後しないように。次期総司令と言えども、プライバシーは守られるべきだからね」
「あ~、あの人達はその辺暴走しがちやもんな」
「まあそんな訳で今回は実力行使させて貰ったよ。勿論戻ったら釘を刺しておくさ」
「お前がそう言うんなら、それが一番なんやろな。ま、今は温泉を堪能しようや」
「ふふ、夜空を見上げながらのお風呂と言うのも良い物だね」
三人がまったりと温泉を楽しんでいると、女風呂から賑やかな声が聞こえてきた。
「温泉、温泉、楽しみだな~」
「はしゃぐのは良いけど、泳いだりしないでよね」
「え?」
「何であんたが反応すんのよ」
「いや~広いお風呂って、泳ぐのが基本かなって」
ぺろっと舌を出すマナに、アスカは頭を抑えながらため息をつく。常識人だと思っていたマナも、実はシイと同じくずれた思考をしていると、今回の旅行で改めて思い知らされたからだ。
「その……他の方の迷惑になるから……め、だよ」
「え~でも誰も居ないよ。なら泳いでも良いよね?」
「それは……えっと……」
「まともに相手すると疲れるから、適当にあしらっておきなさい」
マナにとって真面目なマユミは、からかいがいのある相手なのだろう。困惑するマユミに、アスカは肩をすくめながらアドバイスをする。
「洞木さ~ん。惣流さんが私に冷たいよ~」
「よしよし。でも海で沢山泳いだから、温泉ではゆっくりしましょうね」
「ヒカリちゃん、お母さんみたい」
「そんだけあんた達がお子様って事よ」
ポツリと呟いたシイの頭を軽く叩きながら、アスカは呆れたように答えた。ヒカリは家庭での立ち位置からか母性が強く、シイ達と並ぶとそれが一際強調される。
「ぶぅ~。あ、でもそう考えると結構バランス取れてるよね」
「バランス?」
「うん。シイちゃんに私がお子様なら、洞木さんと山岸さんがお母さん。惣流さんとレイさんが……お姉さんって感じでさ」
「あ、確かにそうかも」
「……自覚してんなら、少しは大人になる努力をしなさいよ」
マナの言葉にポンと手を叩いて同意するシイ。お子様二人組を前にして、アスカは疲れた様にため息をつくのだった。
温泉につかってリラックスする一同。身体の疲れと同時に、日々の生活で知らず知らず溜まっていたストレスも、湯に溶けるように消えていく。
「はぁ~極楽極楽。やっぱお風呂は命の洗濯だね」
「前にミサトさんも同じ事言ってたな~。あ、マナとミサトさん、ちょっと似てるかも」
「加持さんと?」
「うん。普段は少しだらしないけど、いざって時はとっても頼りになる所とか」
「あ~何となく分かるわ」
シイの言葉にアスカが同意を示す。ミサトは仕事と日常の切り替えがしっかり出来るタイプで、だからこそ二人の保護者役を務めることが出来た。
マナからはそんなミサトと同じ空気が感じられたのだろう。
「あの、……加持さんってあの加持リョウジさんの?」
「……ええ。加持主席監査官夫人。元ネルフの元葛城元三佐。同時にシイさんとアスカの保護者役を務めた人」
「ああ、そう言えばあんたはミサトと会った事無かったっけ」
「とっても綺麗な人よ。シイちゃんの三者面談で学校に来た時は、男子生徒が大騒ぎだったもの」
「あはは、そんな事もあったね」
当時は相当恥ずかしい思いをしたが、今となっては懐かしい思い出の一つ。まだ距離があったミサトと、家族として一歩踏み込む事が出来た大切な思い出だ。
「は~い、提案。今度みんなで加持さんの家に行くのはどう?」
「それは……流石に迷惑じゃ無いかしら」
「ミサトなら大歓迎すると思うけど。久しぶりにリョウトの顔も見たいし」
「リョウト?」
「加持さんとミサトさんの赤ちゃんだよ」
「……アスカが狙っている男の子」
ボソッとレイが呟いた瞬間、視線が一斉にアスカへと集中する。
「へぇ~流石惣流さん。有望そうな子には唾をつけておくって訳ね」
「アスカ……」
「……まるで源氏物語みたい」
「ちょっ、ち、違うって……あんた達も本気にするんじゃ無いわよ!」
慌てて否定するアスカだが、その動揺ぶりがレイの言葉の信憑性を増してしまう。勿論ジョークなのは分かっているが、あり得ない年齢差では無いのだから。
「生憎とあたしはモテるの。それこそガキの相手をする必要が無い位にね」
「……でも一度も付き合った事は無いわ」
「それは、このあたしに相応しい男が居なかったからよ」
「ふ~ん。因みに惣流さんが思う、自分に相応しい人ってどんな感じ?」
「……そうね……格好良くて頼りがいがあって、頭も良くて何時も余裕を持っていて、それでいてユーモアを忘れずに、気配りが出来て優しい……」
マナの問いかけに、アスカは割と本気で理想の男性像を語っていく。その余りに高すぎるハードルを聞いて、一同は察した。
アスカが結婚するのは、シイとは別の意味で困難だろうと。
貸し切り状態の露天風呂は心の壁を取り払い、互いの距離を縮めるのに充分な効果を発揮する。盛り上がる女子達の会話が終わったのは、実に一時間も後の事だった。
~レイの弱点~
温泉を満喫した一同は、大広間で揃って夕食を堪能する。ゼーゲン慰安旅行の時の様な豪華さは無いが、それでも予算以上の料理に子供達は大満足だった。
「あ、シイちゃんグラス空だね。ジュース貰ってくるけど、何が良い?」
「ううん、自分で持ってくるよ。さっきからマナばっかりにお願いしちゃってるし」
「まあまあ良いから。どんどんこき使っちゃってよ」
「へぇ~、随分殊勝ね。何か悪いもんでも食べたんじゃ無い?」
「あはは……空港での事もあるし、ここらで一丁汚名返上しておかないとね」
アスカのからかいに、マナは苦笑しながら頭を掻く。流石にはしゃぎ過ぎたと思ったのか、彼女は夕食が始まってからずっと、かいがいしく世話を焼いていた。
「そんなの気にしなくて良いのに……」
「……本人が望む様にさせてあげましょう」
「ふふ、それが良いだろうね。なら霧島さん、僕はワインを貰おうか」
「だ、駄目よ渚君……お酒は……本当に駄目」
「洞木さん?」
「翌朝の苦しみは、正直洒落にならんからな」
「トウジ?」
「……あれは悪魔の飲み物よ」
「レイさん?」
アルコールに関して苦い思い出しか無い面々は、顔を引きつらせて俯く。事情を知らないケンスケ達は、そんな友人達の様子に首を傾げた。
「あ~まあ色々あってね。とにかく、アルコールは絶対に駄目。不許可よ」
「その……飲酒は不良だから、駄目です」
「ま、揃って退学なんて洒落になんないから、大人しくジュースで我慢しといてね」
「ふふ、ならぶどうジュースを頼もうか」
カヲルは参ったとばかりに両手を挙げると、苦笑しながらマナに注文をした。
それから暫く、シイ達は広間で食事と会話を楽しんだ。ボケ役と突っ込み役が勢揃いの面々だけあって、話題は尽きること無く笑い声が響き渡る。
と、そんな中、シイは隣に座っているレイの異変に気づく。
「あれ、レイさん……眠いの?」
「……いえ、問題無いわ」
「だけど……」
心配そうなシイの言葉にレイは問題無いとアピールするのだが、半分落ちかけているまぶたを擦りながらではまるで説得力が無かった。
「ちょっと本気で眠そうじゃない。シイより先にって、どんだけお子様なのよ」
「むぅ~酷いよアスカ。……でもこんなに眠そうなレイさん、初めて見るかも」
「ふふ、大分はしゃいでいたからね。疲れが出てもおかしく無いさ」
アスカとの水泳勝負に始まり、レイは表にこそ出さなかったが旅行を満喫していた。温泉で心身共にリラックスした今、それが一気に現れても不思議で無いだろう。
「疲れと無縁のレイが?」
「日頃積み重なった小さな疲労が、今日みたいにリラックス出来た時にまとまって出るのは、別に珍しい事じゃ無いよ。何だかんだでレイは疲れを表に出さずにため込むタイプだからね」
「確かにレイって何時も張り詰めてる感じだもんな。それが緩んだって事か」
「なら今日はゆっくり休ませてあげた方が良いかも」
ヒカリの提案に反対する者は居なかった。まだ就寝には早い時間であったが、この状態のレイを放置して騒ぐ気にもなれないからだ。
「ま、充分過ぎる程楽しんだし、今夜はこれでお開きっちゅう事でええな?」
「だね。無理して体調を崩したんじゃ本末転倒だし」
「私も……それが良いと思う」
シイの肩に寄りかかり、完全に眠ってしまったレイを見ながら、子供達は頷きあった。
「さて、なら眠り姫を運ばなくてはならないね。霧島さんと君で、レイを部屋まで運んであげて貰えるかな? 僕達だとレイは嫌がるだろう」
「あはは、まあ確かにそうかも」
「ま~男に身体を触らせたくないだろうし……全く世話が焼けるんだから」
レイに気遣いをしたカヲルの提案に、アスカとマナは賛同する。カヲルなら一人で抱きかかえて行けるだろうが、それをレイは望まないだろう。
「……ふん!」
「おぉ、惣流さん力持ち~」
俗に言うお姫様抱っこでレイを持ち上げたアスカに、マナはからかい混じりに賞賛する。脱力した人間を持ち上げるのは、中々に骨の折れる事だと知っているからだ。
「別に大した事じゃ無いわ。レイはそんなに重く無いし…………ん?」
「何かあった? ひょっとして腰をやっちゃったとか? その若さでぎっくり腰はちょっと……」
「……何でも無いわ。ほら、馬鹿な事言って無いで、さっさと襖を開けなさいよ」
「はいは~い。じゃあ私達は先に部屋に戻ってるね」
シイ達に見送られながら、三人は大広間を後にする。
「……さて、今日はこれでお開きにしよう。気分が高揚しているから自覚していないけど、僕達もそれなりに疲労が溜まっている筈さ」
「ま、無理をしても仕方ないからな」
「そうね。私達も部屋に戻りましょう」
カヲルの言葉に反対する者はおらず、一同はそれぞれ部屋に戻ろうとする。と、カヲルはシイにそっと近づいて声を掛けた。
「……シイさん、ちょっと良いかい」
「どうしたの?」
「これから少し付き合って貰えないかな?」
微笑みながら誘いをかけるカヲルに、シイは不思議そうに首を傾げた。もう休もうと提案したのは、カヲルなのだから無理も無い。
「ふふ、寝る前に少し散歩をして気持ちを落ち着けたいのさ。ただ一人では寂しいからね、君と軽く話でもしながらと思ったんだよ」
「お散歩? うん、私で良ければ一緒に行くよ」
「ありがとう」
「ちょっと渚君……」
「まあまあヒカリ。シイの事は渚に任せとけば安心やさかい、好きにさせてやろうや」
大広間から外へ向かおうとする二人に、待ったを掛けようとしたヒカリをトウジが遮る。マユミも何か言おうとしていたが、ケンスケが無言で頷くのを見てそれを押し止める。
友人達のフォローを受け、カヲルはシイと二人きりで外に出る事に成功した。
真冬なのに夏のお話……季節感って大事ですね。
旅行編は5話構成ですので、折り返し地点を越えました。
執筆は終了していますので、添削終了次第投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。