エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《子供達の旅行(その2)》

 

~いざ沖縄へ~

 

 旅行当日、シイ達は空港へとやって来た。中学の修学旅行ではクラスメイト達を見送ったここから、今度は自分が飛び立てる。目の下に真っ黒な隈を作ったシイの表情にも、自然と笑みが浮かぶ。

 搭乗手続きを済ませて荷物を預け、一同はロビーでフライトの時間を待つ。

「ん~楽しみだね」

「ふふ、その顔を見ればシイさんがどれだけ楽しみなのか、充分に伝わってくるよ」

「ごっつい隈やな。何時まで起きとったんや?」

「……一睡もしてないわ。ずっと旅行の話をしてたもの」

 同じ様に隈を作ったレイがトウジの問いに答える。興奮して眠れないシイに一晩中付き合っていたのだが、それでも眠そうな様子を見せない辺りは流石だ。

「あんた馬鹿ぁ? 向こうで眠くなったらどうすんのよ」

「シイちゃんらしいと思うけど。私も何だかんだで中々寝付けなかったし」

「その……実は私も。友達とプライベートで旅行なんて……初めてだから」

「全くお子様ばっかね」

 呆れたように肩をすくめるアスカだったが、先程からしきりにあくびを繰り返す様子から、彼女もまた寝不足なのは明らかであった。

「ふふ、まあ時間はたっぷりあるんだ。向こうに着いたら少し休憩をしても良いだろう」

「そうね。……そう言えばシイちゃんは飛行機大丈夫なの?」

「え?」

「ああ、山岸さんは知らなかったっけ。碇は飛行機恐怖症なんだよ」

「そうなんだ……」

 ケンスケの言葉にマユミは心配そうな視線をシイに向ける。だがシイは余裕の笑顔を崩さず、自信満々に頷いて見せた。

「お、なんや、ひょっとして克服したんか?」

「まだちょっと怖いけど……もう前みたいに泣いたりしないよ」

「な、泣いたの?」

「……まあ、察してやってくれや」

 ミサトと共にシイの飛行機恐怖症を目の当たりにしていたトウジは、その時の胃が痛くなるような緊張感を思い出しながら、しみじみとマユミに答えた。

 

 やがてフライトの時刻が迫った時、不意にマナがにやっと笑いながらシイに話しかける。

「そうそう、シイちゃんってゼーゲン以外の飛行機って乗った事ある?」

「え? 初めてだけど……」

「なら教えておくね。普通の旅客機は乗るときに靴を脱ぐのがマナーなの」

 真剣な表情で告げるマナだが、勿論そんな事は無い。飛行機が苦手だと言うシイの緊張を解こうと言う、彼女なりのジョークだった。

 シイが知っていればそれで良し。もし脱ごうとしても、それをからかってしまえば笑い話になると目論んだのだが……マナはこの面々を甘く見すぎていた。

「そうなの? 知らなかった……ありがとうマナ」

「リリンは変わったルールを持っているんだね」

「……勉強になるわ」

「へぇ~。まあ日本人って家でも靴を脱ぐし、やっぱ変わってるわね」

 普通なら直ぐに気づくマナの嘘。だがシイだけでなくレイとカヲルも、アスカも日本に来てからは一般の旅客機を利用するのは初めてで、それを素直に信じてしまう。

 まさかの展開にネタ晴らしをする機を完全に失ったマナは、いそいそと靴を脱ぐ四人を前にして、冷や汗を流しながら困惑の表情を浮かべる。

(うわ~こりゃやばいって……みんな、助けて!)

(き、霧島さん。早く誤解を解かないと)

(そりゃ分かってるけど、今更何て言えば良いか……)

(とにかく、正直に謝った方が良いと思うわ)

(軽い茶目っ気やったって言えば、別に怒るような奴らやあらへんって)

(そうそう。てか早くしないと搭乗が始まってるよ)

 マナが友人達とひそひそ話をしている間に、搭乗時刻がやって来てしまった。

「あ、もう乗れるんだよね。みんな、行こう!」

「ちょ、ちょっと待――」

 必死の制止も空しく、シイは靴を手にしたまま搭乗ゲートへと向かう。そして……係員から何かを言われ、顔を真っ赤に染めながらそそくさと靴をはき直した。

「………………」

「……霧島さん。ちょっと良い?」

「ふふ、少し僕達とお話しようか」

「因みに拒否権は無いから」

 背後から両肩を掴まれたマナは、両手を合わせるトウジ達に見送られ、ロビーから引きずられるように姿を消した。

 

 その後、緊張を解そうとしたんだと言う必死の弁解と、シイへの全力謝罪によって、マナは出発前にリタイアという最悪の事態を避ける事に成功する。

 そしてシイ達は第三新東京市から、沖縄へ向けて飛び立つのだった。

 

 

~バカンス~

 

 機内で仮眠を取った一同は、軽いあくびをしながら沖縄の地へと降り立った。肌に感じる風すらも、第三新東京市のそれとは違う地に、自然とテンションが高まる。

「ねえねえアスカ。海が見たい、海に行こうよ」

「ちっとは落ち着きなさいってば。そんな目で見なくても、ちゃんと後で行くから。ただその前に旅館のチェックイン済ませて荷物を置くわよ」

 はしゃぐシイを宥めつつ、アスカ達はバスに乗り込む。セカンドインパクト前から現役のバスに揺られること十数分、一行は予約してある旅館へと到着した。

 年季の入った佇まいであったが、自分達の予算からすれば破格の宿と言える。そんな宿を見事探し当てたヒカリを皆で賞賛しながら中に足を踏み入れ、手続きを済ませた。

「お待たせ。予約したのは二部屋だから、男子と女子で一部屋ずつね」

「おや、僕はシイさんと一緒じゃ無いのかい?」

「はいはい。先に言っとくけど、勝手に入ってきたら殺すわよ」

「……許可を出すつもりも無いけど」

 シイを守る様に、アスカとレイはカヲルの前に立ちはだかる。警戒心むき出しの二人に、カヲルは苦笑しながら両手を軽く上に上げた。

「やれやれ、ここまで信頼されて無いとはね」

「シイが絡まなかったら、それなりに信用してるわ。絡まなかったら、ね」

「話には聞いてたけど、やっぱ渚君ってシイちゃん大好きなの?」

「勿論さ。愛していると言っても過言では無いよ」

「で、そんな熱烈な求愛を受けたシイちゃんはどう?」

「え? 私もカヲル君の事好きだよ」

 キョトンとした表情で、あっさりと言い放つシイ。その言葉に込められた意味を察し、マナは気の毒そうな視線をカヲルに送った。

「その……何かごめんね」

「ふふ、慣れたものさ。嫌いと言われない限り、僕は何度でも立ち上がるよ」

「……言われてしまえば良いのに」

「でもシイちゃんが嫌いって言うのは、想像出来ないわよね」

 何気なく告げたヒカリの言葉に、一同は自分がシイに嫌いと言われる光景を想像してしまう。博愛主義の権化とも言えるシイから拒絶される。それはある種の恐怖でもあった。

「……部屋に行こうか」

「そうね……海に出ましょ」

 テンションを一気に下げた一同は、重い足取りでそれぞれの部屋へと向かった。

 

 

~初めての海~

 

 旅館から徒歩数分の場所に、白い砂浜と青い海が広がる海水浴場があった。更衣室で着替える女子達を待つ間に、カヲル達はシートとパラソルなどの準備を進める。

「かぁ~、ホンマにええ天気やな。絶好の海日和やで」

「折角来たのに雨じゃ洒落にならないもんな」

「海は良いね。リリスの生み出した安らぎの極みだよ」

 眩しい日差しに目を細めながら、カヲルはご機嫌な様子で微笑む。普段通りに振る舞う彼も、やはり初めての旅行に心を躍らせているのだろう。

「正直に言えば、海を侮っていたよ。知識としては理解していたけど、まさかここまでとは」

「そんなか?」

「ま、開放的になるって言われてるしな」

「全ての生命の源たる海と接触する事で、リリンは無意識に心の壁を解放するのかも知れないね。水着と言う露出の多い服装も、それを助けていると思うよ」

 あくまで自分の考えだけど、とカヲルは補足をする。

「水着って言えば、あいつら遅いのぅ。着替えにどんだけ掛かっとるんや」

「仕方ないだろ。海パン一丁の僕らとは掛かる時間が違うんだから」

「ふふ、こうして女神の登場を待つ時間も悪く無いさ」

「せやけど……」

「ま、早く愛しの委員長の水着を見たい気持ちは分かるけど」

 冷やかすようにニヤリと笑うケンスケに、トウジは顔を真っ赤にして動揺を露わにする。

「な、な、何言ってんねん。わしは別に……」

「委員長の水着姿に興味は無いの? 修学旅行の時とは違って、今回は自前の水着なのに?」

「ぐっ……」

「あ~あ、委員長も可哀相だな。相当気合い入れて水着を選んだらしいのに」

「……見たい」

「ん、何か言ったかい?」

「見たいって言ったんや! わしはヒカリの水着姿が見たい! 何か文句あるんか!!」

 ケンスケの挑発に乗ってしまい、トウジは大声で自らの欲求を叫んだ。と、何故かケンスケはニヤニヤしながらトウジの背後を指さす。

 訝しげに後ろを振り返るとそこには……顔を真っ赤にしたヒカリが立っていた。

 

「け、ケンスケ……お前……ハメよったな!」

「え? 何の事?」

「ぬぅぅ、後で覚えとれよ」

 覆水盆に返らず。策略にはめられたとは言え、自分が叫んでしまったのは事実。トウジは恥ずかしげに俯くヒカリに、何とかフォローをしなくてはと必死に頭を回転させる。

「あ~その、何や……似合ってるで、その水着」

「……うん、ありがとう」

 着やせするタイプなのか、ヒカリのスタイルはアスカに引けを取らない。そんな魅力的な肢体を黄色のビキニで包んだ姿は、純情なトウジには刺激が強かった。

(あ、あかん、こらあかんで。何やこれ……マジかいな。ヒカリってこないスタイル良かったんか。それにビキニっちゅうんか、この水着。普段とのギャップがありすぎて…………あかん)

 思考回路がパンクしたトウジの鼻から、つぅ~と血が流れ落ちる。

「と、トウジ。鼻から血が……」

「大丈夫や。ちょいと予想を超えとっただけやから」

「駄目よ、早く手当しないと。ほら、こっちに来て」

 ヒカリはトウジの手を引いて、パラソルの下に置かれた荷物に近づく。そして取り出したティッシュで、優しく血を拭いた。

 

「やれやれだね。トウジは相変わらずか」

「全くよ。折角人がお膳立てしてあげたって~のに」

 ケンスケに同調するように、アスカが呆れた声を出しながら姿を見せる。それに続いて、女子達がカヲル達の元へと歩いてきた。

「惣流の仕込みか?」

「ま~ね。あの二人の関係を進展させてあげようとしたんだけど、大失敗だわ」

「ふふ、そうとも言えないよ。あれはあれで良い光景じゃ無いか」

 パラソルの下で寄り添うヒカリとトウジは、すっかり恋人同士の空間を作っていた。結果的にはアスカのお節介が成功した形だろう。

「鈴原君大丈夫かな?」

「幸せそうだし、気にしなくても良いでしょ」

「……イチャイチャしてる」

「れ、レイさん。そんなハッキリ言わなくても……」

「う~ん。これは素晴らしい光景だね」

 ずらりと並ぶ女性陣を前に、ケンスケは何度も頷きながらカメラを回す。

 赤いビキニを大胆に着こなすアスカと、白いビキニに身を包んだレイは、その容姿とプロポーションも相まって、浜辺の視線を釘付けにする。

 青白ストライプのビキニ姿のマナは活発な魅力を、薄緑のワンピースを着たマユミはお淑やかで儚げな印象を与え、やはり人目を引く。

 そして……燈色のワンピース水着姿のシイは、また別の意味で注目を集めていた。

 

 

「目標を最大望遠で確認! 距離、およそ5万」

「衛星回線を経由して観測データの受信を開始します」

「受信データを照合。主モニターに回します」

 その瞬間、ゼーゲン本部発令所は歓喜の声で溢れかえった。巨大なメインモニターに、水着姿のシイ達がハッキリと映し出されたのだ。

「素晴らしい……明るいシイ君にぴったりの燈色。清純なイメージに沿ったワンピースタイプの水着。申し分ないな」

「ええ、全くです」

 ティッシュを鼻に詰めながら、冬月とリツコは本当に良い笑顔でモニターを見つめる。学校指定の水着は何度も見ているが、やはり自前の水着にはそれとは違う魅力が溢れていた。

「欲を言えば、もう少し近くで撮影をしたい所ですけど」

「レイがいる以上、それは難しいだろうな。リリスの目が届かぬ宇宙からの、観測衛星の映像だけが我々に許された救いなのだ」

「無念です。……日向君、相田君との交渉は出来ているの?」

「かなりの条件を提示しましたからね。戻って直ぐにデータをコピーする手筈になってます」

「うむ、これで士気も上がるだろう」

「はぁ~やっぱりシイさん、良いわ…………え!?」

 うっとりとモニターを見つめていたリツコが、不意に何かに気づいた様に目を見開く。

「まさか……あり得ないわ……でも……」

「先輩?」

「どうかしたのかね?」

「……シイさんの胸が……大きくなってます」

「「!!??」」

 愕然とした様子でリツコが告げるや否や、発令所の全職員がモニターを凝視する。だが衛星からの映像はロングアングルの為、それを確認する事は出来無かった。

「か、勘違いでは無いのか?」

「いえ……間違いありません。私が保証します」

「青葉! 衛星を大気圏ギリギリまで移動させろ。少しでも良い、映像感度を上げるんだ」

「え、衛星の保持に支障が生じますが……」

「構わん、最優先だ」

 事シイに関しては、リツコの保証は絶対の信頼を得ている。その彼女が間違い無いと言うのなら、シイは確実に成長しているのだろう。

 それを見逃す手は無いと、冬月はギリギリの決断を即座に下す。

「了解。観測衛星、移動を開始します」

「カウント……4万8千、4万6千……」

 少しずつだが、シイの姿が大きく鮮明に映し出されていく。だがそもそも映像から胸の成長を見抜くのは至難の技。リツコ以外の面々はまだそれを確認出来ない。

「4万4千、4万2千……限界安全高度到達、これ以上は危険です!」

「まだ確認出来ていない。後4千だ」

「しかしっ!」

「壊れたら補正予算でも何でも出す! 後4千降ろせ」

「そんな訳にはいかないでしょ。少し落ち着いて下さい」

 すっかり暴走状態に陥っていた冬月に、背後から呆れたような声が掛けられる。一同が慌てて振り返ると、そこには苦笑を浮かべるナオコの姿があった。

「母さん……」

「青葉君、衛星の高度を戻しなさい。良いわね」

「りょ、了解」

 やんわりとした口調ながらも有無を言わせぬ迫力で、ナオコは青葉に指示を下す。

「ナオコ君、何故止める? 君も真実を知りたくは無いのか?」

「お言葉ですが冬月先生。この後に待ち受けている絶好の機会を、一時の感情で失うつもりですか?」

「どう言う事だね?」

「シイちゃんの成長、それはこちらに戻って来てからじっくりと確かめれば良いんです。それこそたっぷりと時間と労力を使って」

 ナオコの淡々とした語り口に、冬月は少しずつ冷静さを取り戻していく。

「ふむ、確かにそうだ。では絶好の機会とは……まさか」

「ええ。シイちゃん達の宿泊先には、露天風呂があります」

「覗き防止用の柵があったとしても……」

「私達の前では無力です」

 もうそれ以上の言葉は必要無かった。かつて慰安旅行では成し遂げられなかった悲願が、今まさに叶おうとしているのだから。

「……総員第三種特別警戒態勢へ移行。勝負は今夜だ」

「「了解」」

 幾多の戦いを乗り越えてきた優秀なスタッフ達。その心が一つになった時、どんな困難をも打ち破る事が出来るだろう。

 ファンクラブの戦いはまだ終わらない。

 

 

~遠泳対決~

 

「絶対あたしの方が上手いわ」

「……いえ、私よ」

「あんた海で泳ぐの初めてでしょ? 何でそんな自信満々なのよ」

「……経験で補えない実力差があるから」

「へぇ~言ってくれるじゃない。なら勝負しましょう」

「……良いわ。あそこのブイに触って、先に戻って来た方が勝ち」

「上等! じゃあ行くわよ!」

 勢いよく砂浜を駆け抜け、海へと飛び込んだアスカは、華麗なフォームでブイを目指して泳ぐ。自信が決して過信で無い事を示すように、それはしっかりと訓練された見事な泳法だった。

(はん! こちとら水中行動の訓練を受けてんのよ。今回は勝たせて貰うわ)

 やがてブイに辿り着き、手を伸ばしてタッチしようとした瞬間、海中からスッと白い手が浮上し、アスカよりも先にブイに触れた。

(なっ!? 今の……)

 動揺する心を必死に抑えながら、アスカはブイにタッチしてから浜辺へと戻る。だが海から上がった彼女を待っていたのは、息一つ乱していないレイだった。

「はぁ、はぁ、あんた……ホントに泳いでたの? 姿が……見えなかったけど」

「……ええ。ずっと海の中を泳いでいたわ」

「せ、潜水してたって~の?」

「……その方が泳ぎやすかったから」

 いともあっさり言い放つレイに、アスカは脱力したように砂浜に座り込む。

「じょ、常識を守りなさいよ。あんた人間辞めてんじゃ無いの?」

「……知らなかったの?」

「あ~そうだったわね……って、ちょっと待って。リリスは地球と同化してるって事は」

「……自分の身体で負ける筈が無いわ」

「は、反則よ。あ゛~でもそれに気づかなかった自分にも腹が立つ~」

 リリスと地球が同化した今、地球上でレイに優しく無い場所は存在しない。圧倒的な地の利、あるいはホームアドバンテージを握られていた時点で、アスカの負けは確定していたのだ。

「こうなったら勝つまでやるわよ。次は別ので勝負しましょ」

「……受けて立つわ」

 二人は頷き合うと、新たな戦いを求めてシイ達の元へと並んで戻る。何だかんだ言いつつも楽しそうなレイとアスカの姿は、海を満喫する親友のそれにしか見えなかった。

 

 

~死闘~

 

 ゴム製のボールに空気を入れ、地面に落とさないように打ち合う。マユミの知っているビーチバレーは砂浜で楽しむ遊戯であり、決して犠牲者など出ない筈の物だった。

 その筈だったのだが……。

「鈴原君、相田君、大丈夫?」

「お、おう……この位何でもあらへん……」

「予備の眼鏡を持ってきてて……良かったよ……」

 パラソルの下で大の字に倒れるトウジとケンスケに、マユミは心配そうな視線を向ける。二人の顔面には真っ赤なボールの痕がついており、二人を襲った悲劇を容易に想像させた。

「動いちゃ駄目よトウジ。ほら、また鼻血が」

「すまんのうヒカリ……格好悪いとこばっか見せてもうて」

「そんな事無い! 一生懸命に頑張るトウジは……いつも格好いいから」

 またもや二人だけの空間を作るトウジとヒカリに、ケンスケは巻き込まれまいと重い身体を起こして側から離れた。

「動いて大丈夫なの?」

「あのまま二人の側に居る方が、よっぽどダメージが大きいよ」

「……鈴原君と洞木さん、とっても仲が良いのね」

「お似合いだよ、この二人はさ。出来ればこのままゴールまで行って欲しいな」

 半分ふさがったまぶたで、トウジとヒカリを見つめるケンスケの眼差しは、彼の言葉が本心からの物である事を証明するかのように優しさに溢れていた。

「相田君は、二人と昔からの友達なの?」

「そんな長い付き合いじゃ無いよ。でも色々あったし、ただ長い間一緒に居るだけの友達よりも、ずっと大切な友達だって思ってるけどね」

「……そう、なんだ」

「どれだけの時間を共に過ごしたかよりも、どんな時間を共に過ごしたかが大切だ。僕のパパの言葉だけど、ようやくその意味が理解出来たかな」

「…………」

「だから山岸も遠慮しなくて良いよ。言いたい事言って、やりたい事やって、一緒に馬鹿やろうぜ。少なくても僕はそうしたいって思ってるから」

 ケンスケのさり気ない気配りを察し、マユミは小さくありがとうと呟く。恋人同士のそれとはまた違う、友人同士の穏やかな空気が二人の周囲を包む。

 と、そんな空気を吹き飛ばす様に、また新たな犠牲者が現れた。

「マナ、しっかりして」

「ぐえぇぇ……」

「霧島も犠牲になったのか」

 シイに肩を借りながら、ふらふらとパラソルに舞い戻ってきたマナ。彼女は顔こそ無傷だが、露出した健康的なお腹にくっきりとボールの痕が刻まれていた。

「き、霧島さん……」

「まあ、あの連中に良くここまで付き合ったと思うよ。うん、本当に」

 呆れたように呟きながら、ケンスケは視線を浜辺へと移す。そこにはレイとカヲル、アスカがもはやビーチボールと言う名のドッチボールをしている光景があった。

 強力なスパイクに破裂音を奏でつつ歪むボールは、風切り音を響かせ相手を襲い、しかしそれは決定打になり得ない。

「はぁぁぁ、アスカスパァァイクゥゥ!」

「ふふ、まだまだ」

「どぉぉぉりゃぁぁぁ、アスカアタァァァクゥゥゥゥ!」

「……甘いわ。ATフィールド全開!」

 勝利条件が相手を倒すへと変貌した戦いは、更に激しさを増していく。

「あいつらって、手加減とか何時になったら覚えるんだろうな」

「す、少なくとも……覚えるつもりは無いと思うな」

「三人とも凄い上手ね……」

「僕はあそこに違和感なく溶け込んでる惣流に驚きだよ」

「マナ、早く冷やさないと。あ~でもお腹冷やしたら駄目だし……うぅぅ、どうしよう」

「海って……危険が一杯……だね」

 熱い浜辺で行われる熱い戦いは、まだまだ終わる気配を見せなかった。  

 

 

~砂の城建設計画~

 

 延々と続いていたビーチバレーだったが、三人よりも先にボールが限界を迎えた為、結局引き分けという形に終わった。

 流石にはしゃぎすぎたと、今度は落ち着いた遊びをする事にする。

「砂のお城?」

「うん。砂を使ってお城を作るの。これなら誰も痛い思いをしないと思うけど」

「へぇ、中々面白そうじゃないか」

「ちょっと疲れたし、休憩がてら丁度良いんじゃ無い?」

 マユミからの提案に反対する者はおらず、砂の城築城計画が始まった。競争にすると妨害などで犠牲者が出るとの判断から、今回は全員で協力して一つの城を作ることにする。

「まず場所だけど、海から近くも遠くも無い所が良いの。……うん、ここが良いかも」

「砂を詰んでいけば良いのかな?」

「最初に地盤を固めた方が安定するわ。水を軽くまいて踏み固めるの」

 唯一の経験者であるマユミの指示に従って、シイ達は作業を進める。しっかりと固めた場所に、水を含ませた砂を次々と積み上げていく。

 ぱらぱらと乾いた砂をまぶし、その上にまた泥状の砂を重ね、乾いた砂をまぶす、と言う単純な行程だが友人との共同作業ならそれも楽しい物だ。

 やがて大きな砂の塊が完成すると、マユミが次なる指示を下す。

「この後は、自分達が作りたい形に削っていけば良いの」

「お城だよね。……あれ?」

「何よ?」

「お城って、どんな形だっけ?」

 顎に指を当てて問いかけるシイに、何を今更と苦笑した一同だったが、いざ具体的な城の形となると思いの外浮かばないもので、揃って頭を悩ませてしまう。

「こ~あっちこっちに煙突みたいんがあるやろ?」

「屋根の先端が尖ってるイメージかな」

「城門があって……」

「……屋根にしゃちほこが乗ってるわ」

「あんた馬鹿ぁ? それ日本の城でしょ!」

「でもお城って一口に言っても色々あるし」

「ふふ、制作前に全員のイメージを統一する必要があるね」

 そんなカヲルの言葉を待っていたのか、マユミは荷物の中から一冊のスケッチブックを取り出し、一同の前に開いて見せる。そこには中世の欧州を思わせる城の絵が、丁寧に描かれていた。

「うわぁ~上手。これマユミちゃんが書いたの?」

「う、うん。海に行くって決まった時から……みんなでやりたいって思ってて。発案者がいい加減だと迷惑を掛けちゃうから、完成予想図を書いてみたの……」

 恥ずかしそうにスケッチブックで顔を隠すマユミ。旅行が楽しみで仕方なく、勝手に一人で盛り上がって絵まで用意した自分が恥ずかしいと、彼女は今更に後悔する。

 だが、友人達の反応はマユミの予想とは大きく違っていた。

「まあまあね。あたしならもっと上手に書けるわ」

「ちっとは素直に褒められんのか。こら良う出来とるで」

「うん、いかにも城って感じだし良いと思うよ」

「……グッド」

「大仕事になりそうだね。パーツごとに役割を決めた方が良さそうだ」

「じゃあ山岸リーダー。指示をお願いします」

 ニカッと笑いながら軽いノリで敬礼をするマナを、一同も笑いながら真似をする。やる気満々と言った様子の友人達に、マユミは今日一番の笑顔で頷いた。

 

 数時間後、夕暮れの砂浜で子供達は一枚の写真を撮った。

 全身砂まみれの姿だったが、達成感と満足感に溢れた笑顔で写るシイ達は、どんな着飾った格好よりも眩しい輝きを放ってフィルムに収まる。

 その背後には渾身の一作『マユミキャッスル』が、十人の変わらぬ友情を示すように、誇らしげにそびえていた。

 




学生時代に友人と行く旅行って、何をやっても楽しい不思議なテンションになりますよね。
執筆しながら、ふとそんな気持ちを思い出しました。

色々と企んでいる面々も居ますので、このまますんなりとは終わらなそうです。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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