エヴァンゲリオンはじめました   作:タクチャン(仮)

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後日談《リリンと使徒(鋼鉄のガールフレンド)》

 

 

~後始末~

 

「ところで、例の山岸さんは来ていないのかい?」

「うむ、彼女はまだIDカードの発行が済んでいなくてな。手続きは近日中に終わるだろうから、その時に改めて顔見せをすれば良いだろう」

「成る程。なら今日はこれで解散で良いのかな」

「ああ。……全員ご苦労だった。それぞれ持ち場に戻り、業務を再開してくれ」

 ゲンドウの言葉を受けて、スタッフ達は席を立って会議室を後にする。

「シイも今日は家に帰って休みなさい」

「えっと……もう少し使徒さん達とお話しちゃ駄目かな?」

「あんた馬鹿ぁ? 病み上がりなんだから、大人しくしてなさいよ」

「レイ、アスカちゃん、お願いね」

「……はい。責任を持って安静にさせます」

 名残惜しげなシイだったが、レイとアスカによって強制的に帰宅させられる事となった。

「み、みんな~。今度ゆっくりお話しようね~」

「シイちゃんばいば~い」

 サンダルフォンを始めとする使徒の面々に手を振られながら、三人は会議室の外へと消えていった。そして会議室には、ゲンドウと冬月にユイと加持、そしてカヲル達だけが残される。

 

「では例の件についてだが」

「戦自の上層部に居る内通者……難しい問題ですわね」

「加持君。その後の進捗は何かあるか?」

「内通者の副官と情報交換を続けていますが、芳しくないですね。相当に用心深い性格らしく、未だに尻尾が掴めないそうです」

 加持の報告にゲンドウ達は表情を険しくする。このまま事件が処理されれば、内通者は一切の責任を負わずに変わらず戦自の上層部に居続けるだろう。

 強い権限を持つ存在が、卑劣な武力行使も厭わないとなれば、シイや他の重要人物の安全が何時脅かされるとも分からない。ここで決着を着けるべきなのだが、事はそう簡単にはいかない。と思われたのだが。

「ふふ、そこで僕達の出番と言う訳だね」

「正直なところ、君が何か掴んでいる何かが頼りだよ」

「それ程大げさな物でも無いさ。ただその内通者とテロ組織の通信記録を、既に入手していると言うだけだからね」

 事も無さげに言ってのけるカヲルに、ゲンドウ達は驚きの表情を浮かべたが、先程の自己紹介を思い出して成る程と頷く。

「イロウル君か」

「ご明察。彼にテロ組織の情報を探って貰っている内に、厳重にプロテクトと偽装工作が施された端末から、何者かが情報を提供している事を掴んでね。一応データを保存して貰ったのさ」

「……失礼します」

 イロウルは断りを入れてから、会議室の端末を手早く弄る。すると巨大なスクリーンに、内通者が送ったと思われるメールの映像が浮かび上がる。

 マナが集めたであろうシイのデータから、テロ組織の活動を裏で支援する様な文面など、今回の件に関わっている事が誤魔化せない内容であった。

「こいつはまた……決定的だな」

「送信端末の特定は出来ているのかしら?」

「抜かりは無いよ。幾つかの端末を経由してカモフラージュしていたけど、大本は戦略自衛隊の端末からだった」

「決まりだな。後はこのデータを元に、その内通者を問い詰めれば全て片が付く」

 懸案だった決定的な証拠を掴んだ以上、二の足を踏んでいた戦自の高官達からも協力を得られるだろう。後は如何にしてチェックメイトまで持っていくかだ。

「……加持君。早速その副官を通じて戦自に連絡を取ってくれ」

「了解です」

「ユイ。霧島マナとコンタクトを取れ。一時的ではあるが、こちらの指揮下に入って貰う」

「分かりましたわ」

「冬月は老人達に事情説明を頼む」

「やれやれ、厄介ごとばかり回しおって……心得ているよ」

「渚。そして使徒の諸君にも力を貸して貰いたい」

「ふふ、言われるまでも無いさ」

「……決着を着けるぞ」

 何時ものポーズで力強く告げるゲンドウ。その堂々とした佇まいは敵対者には威圧感を、仲間に絶対の安心感を与える、組織のトップに相応しい物であった。

 

 

 

~終幕~

 

 戦略自衛隊本部。日本各地に基地や研究所を有する戦自にあって、本部に配属されているのは現場に出る機会の無い、高官達が多数を占めている。

 そんな本部の執務室に、一人の将官の姿があった。

 歳は五十代だろうか。神経質そうな顔立ちの男は、何処か苛立った様子で、先程からしきりに煙草を吸っては、一杯になっている灰皿に押しつけると言う行動を繰り返している。

(何故だ……何故あの男が……)

 男が苛立っている理由はハッキリしている。間もなくこの場所に、ゼーゲンの本部司令碇ゲンドウがやって来るからだ。

 友好的な関係を築いている以上、ゲンドウが戦自に顔を出す事はおかしく無い。現にこれまでにも幾度も、彼はここを訪れているのだから。

 だが男にとっては、テロ組織と内通していた男にとっては、このタイミングでゲンドウが訪れる事に、何か裏があるのではと思わずに居られなかった。

(……だが無駄だ。証拠の隠滅は完璧……奴には何も出来ん)

 テロ組織との情報交換は全てデータで行い、そのデータは完全に消去してある。仮に端末を調べられたとしても、何一つ証拠は出てこないだろう。

(私がボロを出さなければ問題無い……)

 男も伊達に戦自の将官まで上り詰めてはいない。ありとあらゆる手段で他者を蹴落とし、コネクションを築き、陰謀や思惑渦巻く世界をくぐり抜けて、現在の地位を得たのだ。

 その経験と自信が、男に冷静さを取り戻させた。

 

 やがて約束の時間を迎え、静かなノックの音と共にゲンドウが室内に姿を見せる。

「……失礼します。この度はお時間を頂き、ありがとうございます」

「いやいや、ゼーゲン本部司令直々の来訪だ。それ位の融通は利かせられる。まあ立ち話もなんだ。座ると良い」

 社交辞令を済ませてから、ゲンドウと男は応接ソファーに向かい合って腰を下ろす。

「さて……私に何か話があると言う事だが」

「ええ。まずは先日の、ゼーゲン次期総司令拉致事件解決に部隊を派遣して頂いた事について、改めて感謝させて下さい」

「はは、随分と律儀だな。我々とゼーゲンは協力関係にある。幸いにも人的被害は皆無で、憎きテロ組織は壊滅。君達の次期総司令も無事保護出来たんだ。それで良しとしよう」

 これは半分男の本心でもあった。彼の目的を果たすことは出来なかったが、全ての責任をテロ組織に被せる事は出来た。これ以上ほじくり返さないで欲しいのだ。

「まさかそれだけの為に、多忙の合間を縫って来たのかね?」

「いえ……その拉致事件について、事後の調査で明らかになった事があったので、協力して頂いた貴方方にも伝えるのが筋と思いましたので」

「……わざわざ君が、直接、か?」

「はい」

 表面的だが和やかだった空気が変わり、ぴりっと緊張感が二人の間に張り詰めた。

 

 女性士官が運んできたお茶を一口飲むと、ゲンドウは静かに口を開く。

「……例のテロ組織ですが、どうやらある人物から情報提供を受けていた様です」

「おかしな事ではあるまい。あれだけの規模の組織ならば、情報源も豊富だろう」

「ええ。ところがその人物から彼らが得た情報は、碇シイに関しての物でした。それも到底拉致には役立たないような、個人的な情報ばかりを」

「ほぅ、残念ながら私にはそいつらの考えが検討もつかんが、それが分かったのかね?」

「はい。奴らは拉致したシイに、世界中へ向けて自らを否定する様な声明を出させようと、目論んでいた。とは言えシイが素直に従うはずも無い。だから奴らはシイに対して最も有効な脅迫法を調べる為、情報を集めたのです」

 従わなければ殺す、と言う脅しはある条件下で効果を発揮しづらい。それは例え従ったとしても、その後殺される事が濃厚、あるいは確定している場合だ。

 今回の場合はそれに該当し、更に声明を出させるまでは死なせる訳にいかない。だからテロ組織は肉体的では無く、精神的な脅迫を行う必要があった。

「シイにとって最も効果的な脅し、それは近しい人間を傷つける事です。あれは自分が傷つく事は耐えられても、他者が傷つく事は耐えられない」

「報告では他に二名拉致されたとあったが、それはその為と言う事かね?」

「これは拉致された本人がテロ組織の人間から直接聞いているので、間違い無いでしょう」

「卑劣な事を考える……改めてそんな連中を壊滅させられて良かったと思うよ」

 大げさに安堵のため息をつく男に、しかしゲンドウは表情を崩さずに頷く。こうした場では、感情を制御出来ない方が不利なのだから。

 

「……簡単なプロフィールならともかく、この様な内面的な情報は通常知り得ない物です。それこそシイと親しい者で無ければ」

「だろうな。私も今初めて知った位だ」

「ではテロ組織は……いえ、その情報提供者は如何にしてシイの情報を得たのか」

「さてな」

「親しい者しか知らないのならば、そこから情報を引き出せば良い。例えば……シイの級友ならば、容易にその情報を得る事が出来るでしょう」

 この時点で男は、ゲンドウが自分を内通者と認識している事を確信する。それでも動揺を全く見せないのは、証拠が無いと自信を持っているからだろう。

「確かに道理だな。それで?」

「……霧島マナ。この少女をご存じですね」

「霧島……ああ、私が各地に研修目的で派遣した士官候補生の中に、そんな名前の子が居たな」

「では彼女がシイのクラスに編入したのは、研修が目的だったと?」

「そうだ。戦自という組織から離れ、多感な思春期に同世代の子供と触れ合い、視野を広げると共に自分を見つめ直して今後の糧とする。特に問題が無いと思うがね」

 ゲンドウの問いかけに男は淀みなく答える。マナ以外の士官候補生が実際に各地へ派遣されている事から、男は今の名目で研修を命じたのだろう。

 

「……今の回答は正式な物として受け取ってもよろしいですね?」

「どう言う事かな?」

「さる人物からは、貴方とは異なる回答を貰っています。霧島マナの派遣は、碇シイに近づいてその情報を得る為だと」

 ジャブの応酬を繰り返してきたゲンドウは、ここで大きく踏み込んでみせる。

「……妙な事を言う輩が居た者だ。一体何者かね?」

「貴方の副官ですよ。霧島マナが得た情報を、貴方に報告していた人物ですから、その証言には充分な説得力があります」

「…………」

「そして霧島マナ本人からも、碇シイの情報収集が目的であったとの証言を得ました。この矛盾に対する納得のいく回答をお願いします」

 丁寧な口調とは裏腹に、ゲンドウは視線鋭く男を射抜く。それでも男は動じる事無く、わざとらしく大きなため息をついた。

「……何と言う事だ……。まさか私の信頼していた彼が……」

「??」

「碇司令。どうやら私の副官は裏切り者だった様だ。私の与り知らぬところで、士官候補生に独断で碇シイの情報収集を命じたのだろう。恐らく目的は君の言った通り、テロ組織への情報提供……よもや戦自に内通者が居たとは思いも寄らなかった」

 ここまで聞いてゲンドウは男の意図に気づく。男は自分の副官に全ての罪をなすりつけ、スケープゴートとして処理するつもりなのだと。

「……彼は貴方に全て報告していたと言っています。それでも知らなかったと?」

「残念ながら、私には一切報告は上がってきていない。大方責任逃れのための嘘だろう」

「…………」

「ふむ、これは由々しき事態だな。早急に身柄を確保し、真相を突き止めなければ。すまないが私はこの件を処理しなくてはならない」

 男は立ち上がり、強引にゲンドウとの話を打ち切ろうとする。恐らくこの後、地位と権力を使って無実の罪で副官を処罰し、今回の一件を全て終わらせるつもりなのだろう。

 そんな巫山戯た事を押し通せるのが、戦自における男の立ち位置であった。

 

「……認めるつもりは無いのですか?」

「部下の不始末については、申し訳無く思っている。後日正式に謝罪を入れよう」

「自らの行いを認め、反省の余地があればと思ったが……どうやら無駄のようだ」

 残念そうにゲンドウが呟いた瞬間、それを待ちわびていたかの様に執務室のドアが勢いよく開かれ、

廊下からぞろぞろと人影が姿を見せる。

 戦自の高官達を筆頭に、渚カヲルとアラエル。それに加えて加持と男の副官にマナまでもが、ずらりとゲンドウの背後に立ち並ぶ。

「……これはどういうつもりだ?」

「見ての通りです。我々は始めから貴方が内通者であると確信していました。ただ出来る事ならば、自分で罪を認めて欲しかったのですが……残念です」

「証拠も無く人を罪人呼ばわりするのか?」

「……貴方がテロ組織と交わしたメールの記録は入手してあります。戦自の情報局にデータの調査を依頼しましたが、偽装無しの本物であるとの鑑定結果が出ましたよ」

 娯楽小説に出てくる探偵のように、ゲンドウは淡々と男を追い詰める事実を口にする。

「貴方の副官とは拉致事件の前から情報交換を行っており、彼が内通者である事を否定出来ます。……もう認めて欲しいものですが」

「……知らん。私はそんな事一切知らん。そのデータが本物だと鑑定されたと言っていたが、鑑定した者が真実を言っていると誰が証明する? 私を陥れようとする狡猾な罠かも知れんだろ。貴様らが何を言おうが、私は潔白だと主張を続けるぞ」

 堰を切ったように男は口早にゲンドウ達をまくし立てる。と、それに反応したのか、カヲルの隣に居たアラエルが不思議そうに首を傾げながら口を開く。

「ん~ねえカヲル兄さん。どうしてこの人はずっと嘘をついているの?」

「ふふ、自分の保身のために悪あがきをしているのさ。罪を認めたら、今まで築き上げてきた地位や権力を失うからね。それが耐えられないんだろう」

「ふ~ん。偉い人ってのは大変なんだね~」

「何を……こいつは何を言ってるんだ」

「彼女は先日新生を果たした使徒、アラエルです。相手の精神に干渉する能力を持っており、心の中を覗き嘘を暴く事も可能ですよ。……今、貴方にしたように」

 訝しむ男にゲンドウはサングラスを直しながら答える。アラエルの指摘によって、冤罪というほんの僅かだが存在していた可能性は、完全に否定された。

「ば、馬鹿馬鹿しい。そんな戯言、信じられるわけが無い」

「どうだいアラエル?」

「えっとね~、『使徒だと? 確かにあの化け物共ならあり得るかもしれんが……だが結局それを真実と証明する手段は無い。状況は何一つ変わっていない』って考えてる」

 ズバリ言い当てられたのか、男は唖然とした表情で絶句する。男の言うとおり、ゲンドウ達にはアラエルが本当に心を読んでいるのかは分からない。だが、男の反応が全てを語っていた。

 

「で、でたらめだ!」

「やれやれ、往生際が悪いにも程があるね」

「……失礼を承知で、一つお伺いしたい事があります」

 ため息をつくカヲルに代わり、深刻な表情のマナが男へ問いかける。

「何故、平和な世界を目指すシイちゃんを狙ったのですか? 私達戦略自衛隊は平和の為に……その為に存在していたのでは無いのですか?」

「その通りだ。私が碇シイを消そうとする理由などありはしない!」

「アラエル?」

「ん~『ふん、使徒とゼーゲンに管理される平和など願い下げだ。大体戦いが無くなれば、戦自の存在意義が無くなってしまうだろうが』だって」

 男の心を代弁するアラエルの言葉に、一同は悲しそうな、寂しそうな表情を見せる。

「どうやら平和の為の戦いが、貴方の中では目的に変わっていた様ですね」

「ふふ、それこそがリリンが背負った罪なのかもの知れないね。戦いを求めてしまう本能が、目的と手段を入れ替えてしまう。永遠に戦いという悲しい歴史を繰り返す……これこそが知恵の実を得たリリンに神が与えた罰なのかもしれないね」

「……ま、今回は自分の地位や権力が弱くなるのが耐えられない、ってのもあるだろうがな」

 国家間の緊張があったからこそ、世界最強の呼び声高い戦自は日本政府にとって、自国の平和を守る切り札として重要視されていた。

 だが平和な世界が実現されれば、規模の縮小などの影響は避けられない。それが男には耐えられない屈辱であったのだろう。

「そんな事の為にシイちゃんを、人の命を奪おうとするなんて……」

「貴様に何が分かる……セカンドインパクトの後、この国がどんな惨状だったか知っているのか?」

「……水位が上昇して幾つもの都市が水没、旧東京がテロによって壊滅した、と」

「首都を失い政治機能が麻痺し、正常な国家運営が出来なくなった日本は、諸外国から併合と言う名の支配に脅かされていた。国連に庇護を求めたものの、代償として自衛隊を強制的に国連軍へ奪われ、独立国家としての地位が大きく揺らいだ」

 もはや内通を誤魔化せないと悟ったのか、男は腹をくくったかのように落ち着いた様子で、胸の内をさらけ出しながら語り続ける。

「そんな窮地に立たされた日本が今日まで存続出来たのは、我々戦略自衛隊が世界最強の軍隊として、紛争とテロの鎮圧で世界中にその力を示したからだ」

「……否定はしませんよ。実際戦自の存在が無ければ、日本は今の形で存在出来なかったでしょう」

「私も幾多の戦いに参加した。数え切れない程の敵を殺し……味方の命も失った。そしてその結果、私は今の地位に居る。誇りにこそ思えど、そんな事呼ばわりされるいわれは無い!」

 マナの言葉が棘となったのか、男は感情を露わに言い放つ。鋭い視線で一同を睨む男からは、強い自負心から産まれる凄みが感じられた。

 

「……平和の為に戦ってきた筈なのに、いざ平和な世界が現実になるとなったら、それを拒絶する。どれだけ理屈を並べても、結局貴方は自分が可愛いだけなんです」

「それは碇シイも同じだろうが。何だかんだと理由をつけてはいるが、結局は我が儘を強引に押し通し、自分にとって都合の良い世界を求めているだけだ」

「半分正解、かな。シイさんが我が儘なのは間違い無いけど、後半は否定させて貰うよ。彼女は常に他者を中心に物事を考えるからね。……悪く言えば歪んでいるのさ」

 吐き捨てるような男の言葉に、カヲルは苦笑しながら反論する。

「そもそもそんな自己利益に走るようなリリンが、あれだけ多くの友人や仲間、賛同者を得る事が出来ると思うかい? アダムとリリスに認められると思うかい? 特別な力も特出した頭脳も持たない少女が世界を動かす存在になったのには、それなりの理由があるんだよ」

「シイちゃんの意見や考えに反対するなら、貴方はちゃんと正面からぶつかるべきだったんです。暴力に訴えた時点で……貴方の言葉は意味を失ってしまうのだから」

「…………」

 男は何も答えず、ただ疲れた様にソファーへと腰を下ろした。口から零れる大きなため息に、どの様な感情がこもっていたのかは、本人以外には分からない。

 と、一連のやり取りで男が内通者であると認めた事を受けた戦自の高官達が、武装した隊員達に拘束するように指示を下す。

 男は抵抗する事も無く、隊員達に両脇を固められて連行されていく。その姿をゲンドウ達は、何とも言えぬ複雑な気持ちを抱きながら見送るのだった。

 

 

 事後処理の為に戦自の高官達が退室していく中、一人残った老年の将官がゲンドウに向かって頭を下げる。

「……碇君。今回はこちらの不始末で、君達に迷惑を掛けてしまった。すまない」

「いえ、戦自の部隊派遣が無ければ、シイ達の救出はもっと難航していたでしょう。咎められるはあの男であって、戦自には感謝しております」

「そう言って貰えると助かるよ」

 高官の一人である老将官は今回の一件で、ゼーゲンとの関係が再び悪化する事を危惧していた様だが、ゲンドウの言葉に表情を和らげて頷く。

「事後処理が済んだら、正式に報告を上げさせて貰う。……仮にも戦自の将官、裁くにもそれなりの手続きを踏まねばならないからな」

「構いません。……ところで彼女の事なのですが」

 ゲンドウからチラリと視線を向けられ、マナは全身を緊張させて姿勢を正す。

「霧島士官候補生だったか……まあ知らされていなかったとは言え、直接碇シイから情報を得たのは事実。彼女にも処罰は必要か」

「……はい。私の行動によって、シイちゃ……碇シイ次期総司令を危険に晒しました。どの様な処分も受ける所存であります」

「ふむ……」

 両手を腰の後ろに組み、直立不動の姿勢で処罰が下されるのを待つマナ。自分が大切な友人を裏切ってしまったと言う後悔の念が、彼女に今も強く残っているのだろう。

「では霧島候補生に…………ゼーゲンへの転属を命じる。以後は戦略自衛隊の指揮系統から外れ、ゼーゲンの職員として任務に励むように」

「え?」

「不服かね?」

「い、いえ……決してその様な事は……」

 慌てて否定するマナだったが、予想外の処罰に内心相当動揺していた。いや、そもそもこれが処罰と言えるのかすら怪しいだろう。

「……君の責任は謹慎や降格、減給でとれるものでは無い。碇シイを危険に晒した事を悔いるのならば、今度は彼女を守る事で汚名を返上してみせろ」

「…………」

「ん、どうした。返事が聞こえないぞ?」

「はっ! ゼーゲンへの転属命令、謹んで拝命致します」

「よろしい。正式な辞令は本日中に用意する。君はここで転属の手続きを済ませてから、第三新東京市に戻ると良いだろう。……では碇君、彼女の事を頼んだぞ」

 姿勢を正して敬礼するマナに返礼すると、老将官は優しい笑顔でゲンドウに頭を下げ、静かに部屋から出て行くのだった。

 

 

 

~親心~

 

 その後ゲンドウとカヲル、アラエルは加持にマナの事を任せ、一足先に本部へ戻る事にした。能力を使うと疲れるのか、アラエルはカヲルの膝枕で安らかな寝息を立てている。

 立派に役割を果たした妹の頭を優しく撫でながら、カヲルはゲンドウと言葉を交わす。

「これで決着、かな?」

「ああ」

「あの男の処分はあれで良かったのかい? 僕は存在を消滅させるつもりだったんだけど」

「……それはシイの望む結末では無い」

「ふふ、まあお義父さんがどんな気持ちだったのかは、アラエルから教えて貰って居るけどね」

 男に対してゲンドウは最後まで丁寧な態度を貫き通した。それは気を抜けば男を殴ってしまう程、心の中に渦巻く怒りを抑える為だったのだろう。

 感情の赴くまま男を糾弾する事も、暴力を振るう事もシイは望まない。そんなゲンドウのシイに対する深い理解を感じ、カヲルは微笑みながら頷いた。

 

「ところで、霧島マナについては予定通りだったのかい?」

「ああ。事前に戦自と転属の話はついていた」

「もしそれがシイさんの友人にする為だとしたら、相当な親馬鹿だと言わざるを得ないね」

「戦自は当事者をゼーゲンに委ねて遺恨を無くしたい。我々は正式な訓練を受けた軍人を、自然な形でシイの護衛としておける。……それだけだ」

 ゲンドウの答えが本心で無い事は、アラエルが居なくてもカヲルには分かる。護衛ならばレイとカヲルが居るだけで充分な以上、それ以外の理由がある筈なのだから。

 だがあえて追求する必要も無いと、納得した素振りを見せておく。

「まあ良いさ。シイさんの支えとなる友人が増えるのは、喜ばしい事だからね」

「……ああ」

「新生した使徒達に加えて、山岸マユミと霧島マナと言う新たな翼も得た。ようやくこれで、シイさんが望む未来への第一歩を踏み出せた、かな」

「……ああ。全てはこれからだ」

 大空を力強く羽ばたく鳥の姿を見つめながら、ゲンドウは小さく呟くのだった。




転校生編マナパート、これにて決着です。

次回で使徒救済編も完結となり、予定しているシリアス部分は消化し終えます。
本来の肩の力が抜ける後日談へと戻りつつ、終幕に向けて詰めていく予定です。

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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